エピローグ
『日常』という歯車から外れて異世界という『非日常』知った。
一度知ってしまえば知らなかったころには戻れない。
しかし――――
―― * * * * ――
あれから数日たった朝、俺は自分の家で目が覚めた。
いつものように学校へ行く準備をして、時間になったら家を出る。
空は晴れているが冬の朝はとても寒く、俺はマフラーに顔をうずめながら登校した。
街の空気は少しばかり重い。
異空間での一幕の後、アリスがすぐに上空に展開されていた星魔術を解除してくれたおかげで街の消滅という未来は免れたが、それで今までの事件の爪痕がきれいさっぱり無くなったわけではない。
改造吸血鬼との戦いと、マラドーナたちとの戦いで更地になった大通りはいまだ復旧が完了していない上、つい先日には数多くの行方不明者がいるというニュースがテレビで流された。
報道された行方不明者はどれもノアによって吸血鬼あるいは屍食鬼と化した者たちだった。おそらく、元凶であるノアが消滅して、さらに教会にいた神父たちまで死んでしまったがために、報道規制が間に合わなかったのだろう。
当然、行方不明者の中には和人の名前もあった。
「……………」
学校にたどり着くと、俺は上履きに履き替えて自分のクラスに向かった。
街が少し暗い雰囲気に陥っているのと同じで、このクラス……というか学校全体も暗い雰囲気となっている。
自分の席について教室を見渡すと、ところどころ空席が見られる。ニュースで報じられた行方不明者の中には和人以外にもこの学校の学生の名前がいくつもあった。
「―――っ」
……こんなにも身近に異常があったというのに、誰もそれを知覚できないまま当たり前の『日常』を過ごす。俺は改めてノアの異能の恐ろしさに身を震わせた。
――それもあって本日は授業がなく、朝のホームルームだけ行って帰宅となった。
ホームルーム後、俺は帰路につきながら、アリスが上空に展開されていた星魔術を解除した直後のことを思い返した。
―― * * * * ――
――星魔術の解除直後。
「終わったね……」
サンジェルマンは、空へ視線を向けながらそう言った。
「じゃっ、私はこのまま異世界にいるアイちゃんを回収して、この街を去らせてもらうよ!」
「――待て」
俺はそんなサンジェルマンの背中を呼び止めた。
現在、俺は度重なる疲労から地面に座り込んで、気絶したアリスを両腕で抱えていた。
彼女は星魔術を解除すると突然、線が切れたように倒れこんでしまった。最初は死んでしまったのかと焦ったが、サンジェルマンによるとただの魔力切れで眠っているだけだから心配ないとのこと。
実際、彼女の寝顔からは疲労が見て取れるものの、苦しんでいる様子もなく、とても静かだ。ならば今はそっとしておこう。
異空間に入る前に考えていた通り、こいつにはいろいろ聞いておかなくちゃいけないことがある。
「このまま逃げられたらもう二度と会えなさそうだから今聞いておくぞ。――サンジェルマン……アンタはどうしてアリスの両親を殺害したんだ――?」
彼女の家庭の悲惨さを見れば、助けるために殺したと解釈することも可能かもしれない。
しかし、あの記憶の中で聞いたサンジェルマンのセリフ――。
『踏み込みすぎればどうなるかなんてわかっていただろう。昔……私は何度も君に告げていたからね。――世界に魔力を響かせる手段として音に注目したのは結構。だが、ずっと聞えるんだよ……君があちら側と繋がろうとするたびに世界からの悲鳴が………』
口ぶり的にアリスの両親のことを以前から知っていそうだったり、世界からの悲鳴だのと、俺では理解できない話をしていたりと。
このことから少なくともアリスを助けるためなんてことは無いだろう、という事が伺えた。
そして――
「どうして今になって、アリスを救ってほしいなんて言ってきたんだ?」
記憶の中でのサンジェルマンはアリスを殺そうとしていた。
「………」
質問に対し、彼はしばらく考え込んだ後、いつもより少し音の低い声で……言い換えれば真面目な声色で語りだした。
「この子の両親を殺した理由は君が記憶で聞いた通りだよ。この子の両親は踏み込みすぎた。そして、世界は悲鳴を上げていた」
「っ……。はぐらかすなよ。俺はそれが何なのか聞いてるんだ!」
夜風が肌に突き刺さる。
サンジェルマンは俺と俺に抱えられているアリスをしばらく見つめると、重々しく口を開いた。
「…………そうだね………私の無茶ぶりを達成してくれたご褒美だ。教えよう」
「―――!」
「まず、この世界が今私たちのいる世界と、異世界の二つ存在するのはわかってるね? 彼女……アリスの両親はその二つの世界を行き来を可能にしようとしていた。そこは別に問題ない。私自身、こうして行き来しているからね。問題なのは目的を持続させようとしていたことだ」
「――? どういうことだ?」
「彼らは世界を行き来するための出入り口――『裂け目』を開く手段として音を利用した。ピアノとかバイオリンとか……まあ、使う楽器は何でもいい。とにかく音に魔力を乗せて世界に響かせて『裂け目』を開く、彼らは研究を重ねてこれを成功させた。実に素晴らしい! が……素晴らしいのはここまでだ。『裂け目』を現出に成功した彼らは次にこう考えたのだろうさ、”この『裂け目』をずっと出し続けることで、世界同士を繋ぎ続けることはきないだろうか……”とね。――それこそ、宇宙空間という広大な闇を通して星同士がつながっているみたいに……」
「…………それは………たしかにヤバそうだな」
もしも『裂け目』が開き続け、世界同士が繋がり続けるなんてことになったら異世界の凶悪な生物……それこそ、俺が異世界に飛ばされてすぐに戦った水竜みたいな化け物がこの世界にやって来ることになるかもしれない。
そんなことになってしまえば、魔術の使えないこの世界の人間はあっという間に滅んでしまう。
「ん? いや待て。話それるけど星同士は別につながってないだろ」
「何言ってるんだ……。たとえどれだけ遠かろうと、ロケット飛ばしてたどり着ける場所にあるのならそれは繋がっていると言えるものだよ。――話し戻すぞ」
そう言うサンジェルマンの声はどこかイラついているように聞こえた。
……話題そらされて怒ったのか?
「少しの間なら問題ない。けれどそれが長時間……ましてや永遠に開き続けるなんてなったら異常事態だ。人体で例えればわかりやすいかな、たとえ傷が開いても通常であればその傷は癒える。しかし永遠に残り続けるなんてことになったらそこから細菌なんかが入って悪化する。そうでなくても、ずっと塞がらずに開き続けている傷なんて気意味悪くて泣いちゃうだろ? 要はそういうものさ」
「…………」
「長く生きて、世界と同調しすぎた影響かな……私はその悲鳴を聞くことができるんだ。だからその元凶であるアリスの両親を殺害した」
「――――」
何も言えなかった。
この話が一体どこまで真実なのわからない。仮にすべて真実だとして、世界の悲鳴とやらが聞こえる生活というのはどれだけ大変なのだろう。
「――! あー、少年。一応言っておくが、私に同情などといった感情を向ける必要はない。勘違いしてほしくないんで言っておくが、私は別に善人というわけじゃなければ、何か悲しい過去があるとかいうわけでもない」
俺の表情から何かを察したのかサンジェルマンはそんなことを言ってきた。
「私はただたんに自身の欲望のために魔術と錬金術を極め、吸血鬼などといった存在を作り出してきた。その自身の欲望を満たす過程で可哀そうな女の子がいたから少し助けてあげようかなと気まぐれを起こしただけ。……半分は私のせいでもあるしね」
「気まぐれ……。じゃあ、俺が子供のころ、大人を殺した俺にまじないをかけてくれたのはなんでだ? あれも気まぐれ?」
「そうさ。君の中にあるニーズヘッグの力の残滓……それも機関のような後付けではなく、生まれながらに保有して生まれた存在。そんな存在である君が一体どうなるのか見たかった、あのままだと残滓とはいえニーズヘッグの強大な魔力に肉体が耐えられず自壊しかねなかったかね。――魔術をかけて君の肉体が成長するまで待っていた」
「…………なるほど」
俺は顔をうつむかせながら返事をした。
「……ショックかい? 幼少期の自分を助けてくれた理由がこんな最低な理由で」
「いや、別にそこはたいしてショックじゃない。まっとうな理由ではないだろうなってのは予想してたし」
今のはただそういうことかと納得してただけだ。むしろ、ショックかどうかで言うのなら、幼少期の自分がそんな自壊寸前の激やば状態だったことの方がショックだ。
「………まあでも、そうだな。ありがとうよ。理由は何であれ、今も昔もお前のおかげで俺の命があるんだ」
「――――、それはどうも。では、話は終わったし、私はこれで退散させていただくとするよ」
サンジェルマンはそう言うと、俺に背を向けて軽く靴を鳴らした。
その瞬間、『裂け目』サンジェルマンの正面に出現し、彼は異世界へと戻っていく。
そして『裂け目』を通る直前、
「”かつて世界は一つだった、そこにいた者たちはさながら悪魔の様であった”とさ」
「……なんだ、それは?」
「なに、ちょっとした御伽噺だよ」
その言葉を残して、サンジェルマンは異世界へと戻っていった。
―― * * * * ――
帰宅中、俺は少し寄り道をした。
目的地はアリスの家、自分の住むアパートより幾分かボロイ木造アパート。
設置されている階段を上がって一番手前の扉。その横に取り付けられているインターフォンを軽く押すと、少しの足音の後、彼女が扉を開けた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
そんなお決りの挨拶と共に俺は部屋の中へと入った。
「君にはいろいろ迷惑をかけたわね」
部屋に入って開口一番それだった。
今回の件でアリスに非があるとは思っていないが、アリス本人はどうやらそう思っていないらしく、本当に申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。
「いや、その話はもういいよ。街も無事なことだし、アリスに非は無いんだから堂々としていてくれ」
「そう……かしら……」
何やら煮え切らない様子。
どうやら、彼女がこんなにも自罰的になっているのは街を危険にさらしたことだけでなく、ノアとの戦いのときに自分は何もできなかったからというのもあるようだ。
気持ちはわかるけどいつまでもこんな調子でいられたらこっちも気分が良くない。
「マラドーナたちも全然気にしてないみたいだし、もう謝らないでください」
「…………、そういえば! マラドーナたちは大丈夫なの? 目覚めてから一度も会ってないけど……」
思い出したようにアリスはそう聞いてきた。
この大丈夫なの? はノアとの戦いの傷のことだろう。アリスには彼らが入院していることだけ伝えていたが、その後の安否を伝えていなかった(いろいろありすぎて俺自身正確に把握できていなかった)ため、今彼らがどんな状態か知らないのだ。
「それなら心配ないよ。昨日見舞いに行ったけど、とっくに退院して元気してた」
「それならよかった……!」
アリスは安心した様子で胸をなでおろす。
「「………………………」」
気まずい沈黙が部屋の中に充満した。
まずいな……話題が尽きた。今までは吸血鬼のこととか魔術のこととか、重要な話題があったため特に苦労することなく話すことができたが、いろいろなことが落着した今、何をどんな風に話したらいいかわからん。
この短い期間で何度も一緒に戦っておいて、その戦いが終わった途端このザマとは。
自分は思った以上にコミュ障なのかもしれない。
「……今日のところはこれで帰らせてもおうかな。それでは――」
「――待って」
沈黙に耐えかねて帰宅しようとしたその時、俺はアリスに呼び止められた。
「訊きたいことがあるの。あの時、サンジェルマンの作った異空間で私にいろいろ話しかけてくれたでしょ――」
……その話か。非常にまずいぞ。
何がまずいって、俺がいまアリスと二人きりという状況を気まずく感じているのは、少なからずその時の影響があるからだ。
できれば話題に上げず、全部なかったことにしたかったのだが、アリスにその気はないらしい。
彼女は頬を少し赤らめながら聞いてきた。
「その時、あなたの言葉が途中からはしっかり聞き取れてたんだけど、最初の方は意識があいまいでなんて言っていたか聞き取れなかった。――それで私の効き間違いでなければなんだけど、すごくうれしいことを言われていた気がするのよ」
「うれしいこと……?」
「ええ……」
要領を得ない言い回しに困惑したふりをする。
このままわからないふりをして逃げてしまいたい。
……だって、この後なんて言われるかなんて、俺でも察することができてしまう。
「――もう一度、あの言葉を言ってくれないかしら?」
「もう一度?」
分かっているのに聞き返してしまう。
あの時の告白をもう一度してほしいなんて殺生な……。
しかしそんな俺の心情もまっすぐ見つめてくるアリスの瞳に勝てず、ボロボロとメッキがはがれ始めた。
「……あ、あの時は場の雰囲気的な……勢いで何とか言えただけで、その…………」
しどろもどろになりながらなんとか逃れようと必死に頭を回すが、テンパってしまってうまく頭が回らなかった。
「――――」
……こうなってしまっては仕方がない。
仕方がないので、俺は覚悟を決めて、ごくり、と喉を鳴らした後――
「ちょっ……と、これから用事があるので――!」
そう言って、勢いよく扉をあけ放ってアリスの住む部屋から逃亡した。
男としてだいぶ最低な行為であることの自覚はあるが、こればっかりは勘弁していただきたい。
「あっ………!」
アリスの間の抜けた声が聞こえた。
俺はそれすら無視して全速力で自分の住むアパートまで向かう。
現在の天気は晴れ。
街の空気はあえて気にせず、おれは軽やかな気持ちで地面を走った。
―― * * * * ――
『日常』という歯車から外れて異世界という『非日常』知った。
一度知ってしまえば知らなかったころには戻れない。
しかし――――
完全に戻すことは不可能でも、また新しくやり直すことはできる。
二度と後悔や間違いをしないため、清濁あわせて巻き起こった出来事を忘れないよう心に刻み、また新しくこの『日常』を過ごしていこう。
「夏村晴明の非日常」はこの話で完結となります。
至らぬ点は多々あったと思いますが、この作品を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。




