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夏村晴明の非日常  作者: 空き缶
第三章 『記憶のゾンビ』
37/37

異常な世界へようこそ! ―夏村晴明の非日常―

 意識が浮上する。

 張り付いた紙を無理やり引きはがすような、そんな感覚を覚えながら夏村晴明の意識は現実へと戻っていった。



 ――   *   *   *   *   ――



 ――。

 ――――。

 ――――――。

  

 ”――なんだ、これは?”


 現実に意識が戻って最初の感想はそれだった。


 疑問ではなく怒り。

 

 こういう親からの虐待といった話はニュースなどでよく聞くが、俺にとってそれはテレビの液晶越しに伝えられる情報に過ぎなかった。いわば、漫画やアニメといったフィクションと似たような認識だった。自分とは一次元隔てたような作り話。

 

 けど、これは違う。アイという名の少女が持つ力で見せられたこれは幻覚であると同時にこの上なく現実だった。矛盾のように聞こえるが確かにそうなのだ。

 気色悪いとか気持ち悪いとかいうレベルでは無い。吐き気なんて通り過ぎてもはや殺意すら湧く。アリスがこんな最低な日常を過ごしていたなんて信じたくない。

 

 幼いころから父親の虐待に耐え続け、その呪縛から脱却を試みた結果が村の人たちの皆殺しだなんて。

 

 あまりに救いがない――――。


 「確認できたようですね」


 俺が怒りに身を震わせている(かたわ)らで、魔眼の少女の声が聞こえた。

 彼女は極めて理性的な声色で話しかけてくる。


 「私は今、この家の中にある魔力の残滓を解析してそこに宿る記憶を貴方に見せました。私の役目はこれで終わりです」


 「終わり――?」


 彼女の言ったセリフを俺が復唱したと同時、パキッ、という氷が砕けるような音が聞こえた。

 音の方向へ視線を向けるとそこには、俺をこの世界に飛ばした時と同じ裂け目がまるで門のように広がっていた。

 

 まるで戻って来いと言われているようなタイミングと開き方。

 俺は導かれるままにそれを通った。



 元の世界に戻ると空はもう真っ暗になっていた。

 

 「やあ少年」


 そうしてあたりを軽く見まわす俺に何者かが話しかけてくる。――サンジェルマンだ。

 彼は相変らずの怪しげな笑みを浮かべていた。


 「どうっだった? 危険で異常な世界と記憶の旅行は――」


 相変わらずの笑み――であるはずなのだが、俺は今の彼からはどこか微妙な違和感を覚えた。

 

 「……なんだサンジェルマン……お前にしてはやけに余裕がなく見えるぞ?」


 「……話が早くて助けるよ」


 「?」

 

 言いながら、サンジェルマンはシルクハットを深く被り直した後、無言で上空を示す。

 俺はそれにつられる形で上を向いた。


 「…………」


 サンジェルマンが指し示す先、そこにあるのは真っ暗な夜空とそれを埋め尽くしかねない程の美しい星々。


 「――――-、――――まさか!」


 「ああ、そのまさかさ」


 サンジェルマンの言葉も、右から左へと素通りさせて俺は内心で驚愕と焦りに支配される。

 上空にある星々――いや、ただの星々ではない。遠くて確認しづらいが、あれら全てから魔力を感じ取れた。つまり上空にあるあれらは魔術によってつくりだされたものということ。


 「アリス……」


 俺は自然にその名を呟く。

 上空にあれほどの星を展開させる魔術師など、俺は彼女しか知らない。


 しかも、俺はその光景にひどく最悪な既視感を覚えた。

 ついさっきあの家に刻まれえた記憶から見たものと同じ――。


 星から発せられる光は頂点に達しており、今すぐにでも降り注ぎかねない。

 

 「――どうやら彼女はノアに捕まった際にトラウマを思い起こしてしまったみたいなんだ」


 「トラウマ……」


 「ああ。ノアの魔力……というかノアの持つ魔力の奥にある私の魔力に感じ取って反射的に魔術を開放してしまったようだ。今の彼女は昏迷状態になって一切を寄せ付けない」


 俺はそれを聞いて固まってしまった。


 「昏迷状態って……じゃあ、アリス本人に魔術を解除してもらうのは不可能なわけか……!」


 もたらされた情報に俺が愕然としているとサンジェルマンはそんな様子の俺に対してこう言い放った。


 「そこで、だ! 異世界に飛ばす直前に私が君に言ったことを覚えているかい? 私は確かにこういった『彼女を救ってあげて欲しい』と!」


 「―――――」


 確かに言っていた。異世界に飛ばす直前というより飛ばしながらではあったが……。

 いや、今はそれよりも――

 

 「―――無理だ」


 その言葉が絞り出すように口から出た。

 

 「…………………………投げ出すのか、君らしくないな。今まで君はアリス・エインズワースのために奮闘してきただろう。――改造吸血鬼の時も、マラドーナたちとの戦いも、ノアとの戦いだって」


 「ああ。――けどそれは明確に敵がいたからできたんだ……」


 今サンジェルマンが上げたものには、アリスを殺そうとする明確な敵がいた。

 ノアとの戦いのときは、吸血鬼化した和人を殺してしまったこともあって私怨が多分に含まれていたが、明確な敵がいてそれを倒せば解決、アリスの命も助かるというものだった。


 しかし今回のはどうだ。

 親の虐待を受けていた人のメンタルケアなんてとても一高校生にすぎない俺には難しい、しかもそれが異世界出身で自分の住んでいた村を自分の手で滅ぼしてしまった罪悪感をかかえているんて、完全に手の内から外れている。


 「……………」


 「―――そうかい……なら見捨てるのか? せっかくノアという脅威から助かった街を――」


 「……っ」


 「――なにより、親からの虐待と村の壊滅で心に傷を負った女の子に、これ以上の傷を背負わせるのかい?」


 「―――!」


 その言葉を聞いてハッとした。

 アリスにこれ以上の傷を背負わせるつもりだと? 


 「………………っそんなの……あるわけないだろう………!!」



 ――   *   *   *   *   ――



 沈んでいた気持ちを持ち上げてアリスを救うと決めた。


 それはそうと――


 「アリスは今どこにいるんだ?」


 彼女の居場所がわからなければ救うもくそもない。俺はサンジェルマンに居場所を尋ねるとサンジェルマンは微笑を浮かべながら答えた。


 「私が作りだした異空間の中だ。――今もなお壊滅中の大通りとか、ノアが拠点にしていた教会の地下とか、候補は他にもあったんだけどそこが一番安全だからね」


 安全、といのは街の人たちがということだろう。

 こいつの言うことが本当なら、アリスは今近づくものすべてを拒絶する。

 もしうっかり街の住民が近づいてアリスが魔力を開放したら大惨事になってしまう。


 「! つーか、近づくものすべて拒絶するなら俺はどうすればいいんだ!?」


 「それなら大丈夫。君ならたぶん拒絶されない」


 「……?」


 何故かわからないがそういうことならまあいい。追及するにも時間が惜しい。

 なんせ空にはいつ爆発するかわからない爆弾がいくつも浮いている。


 サンジェルマンは軽く手を回すと、少し離れた場所に『裂け目』とは異なる扉が出現した。

 おそらくこれが異空間への入り口だ。


 「………」


 俺はその扉を開く前にサンジェルマンの方を少し見た。


 こいつに関してはわからないことが多すぎる。

 異世界で見たアリスの過去、その中に出てきたコイツはアリスの両親を容赦なく殺害していた。その後アリスも殺そうとしているようなそぶりを見せていた。


 それが何故、今はこうしてアリスを助けようと動いているのだろうか。

 村壊滅の瞬間を目撃して罪悪感でも湧いたのか。

 そもそも何故アリスの両親を殺害しようと思ったのか。

 

 ついでに言うと吸血鬼もそうだ。

 こいつは何故、吸血鬼なんて存在を多く作りだしたのだろう。

 

 「………」


 時間にすればほんの二秒ほど停止をして、すぐにその問いただしたい気持ちをぐっと抑えた。

 

 視線をサンジェルマンから扉へ移す。

 聞きたいことはアリスを救った後に聞けばいい。今は彼女の心を救うことに集中しよう。


 ギィ、という扉の開く音。

 俺はドアノブを強く握りしめ、その奥に広がる空間へと足を踏み入れた。



 ――   *   *   *   *   ――


 

 異空間に踏み入って最初の感想は、あの白い空間に似てるな……、である。


 あの家にこびりついたエインズワース家の記憶。それを覗く前に、俺が放り出されたあの真っ白い空間。


 あそこと同じで空間に果てが見えず、長居していると平衡感覚を失いそうなる。

 違いを上げるとすれば、あの白い空間に対してこの空間は真っ黒だと言うこと。


 俺はなんとなく宇宙を思い浮かべた。ともするとアリスから発せられる魔力がこの空間になにかしらの影響を与えているのかもしれない。


 俺は視線を前に向ける。

 探すまでもなく、そこには鎖で縛られ、中吊(ちゅうづ)りのような状態になっているアリスがいた。


 「アリス……」


 俺は小さく彼女の名を呟く。


 ここまで来ておいて言うのは何だが、俺は彼女を救うための言葉を持ち合わせていない。熟考している余裕も時間もなかったためだ。

 いや、仮に時間があったところで救うための言葉なんて思いつかなかっただろう。


 あと忘れてはいけないこととして、アリスを救った後街の上空にある星魔術を解除してもらう必要がある。そのためには昏迷状態になっているアリスを目覚めさせる必要があるのだが、これが難しい。


 叩いて起こすは論外。

 起きて! と大声を出して起きるとは思えないし、最悪それにびっくりして魔術が起動したら笑えなさすぎる。昏迷状態の人を起こす魔術なんて都合のいいものは無い。


 ――だから、俺が今日までの『非日常』で体験したことの感想をそのまま口にすることにした。


 「まず最初にいっておくけど、俺はアナタのことが好きだ」


 はっきりと、そう告げた。

 ほんの少しでも俺の声が届いていると信じて。


 「それこそ最初に教室で初めて会った時、一目惚れした。浅い理由と思うかもしれないけど、その時に……アナタを好きになった」


 口に出す声が震えてる気がした。

 顔の周りも妙にほてっている気がする。


 まったく自分に呆れてしまう。こういう告白を涼しい顔で言えたのならどれだけかっこいいことか。

 考えている間にも顔周りがどんどん熱くなってしまうのだから仕方がない。このまま勢いに乗ってすべて話そう。


 「その日の帰り道で吸血鬼に襲われてあなたに助けらえれた時は、正直何が起こっているのかよくわからなかった。その次の日に吸血鬼探しに協力してくれるようお願いされたけど、俺は人殺しに加担するのが嫌で断った。けどその時にアリスが浮かべた表情が寂しそうに見えて、俺は協力しようと思ったんだ!」


 「それからマンションの調査の後、俺、遊びに誘ったでしょう? その次の日、これデートじゃね? って内心かなりはしゃいでたんですよ!」


 恥ずかしくってつい敬語に戻ってしまった。

 

 「そういえば、吸血鬼探しで街を歩いてるとき敬語辞めるように言ってくれましたよね。あれ、うれしかったです!」


 これは言う必要なかったかもしれない。

 もう頭の中がめちゃくちゃで言いたいことが整理できない。


 「あとは……マラドーナとの戦いで最初に出した雷魔術。あれもすごかったです。俺つい固まっちゃいましたもん」


 一か月程度の短い期間。

 そんな短い期間でも濃密すぎるほどの出来事があった。


 俺のありきたりな『日常』は完全に破壊されて、『非日常』が当たり前になっていた。和人を殺してしまって、俺自身も何度となく死にかけた。


 それでも――


 「――――ありがとうございます」


 この『非日常』に関われてよかったと思った。


 「もしも、アナタが吸血鬼から俺を助けてくれた時に、暗示魔術をかけていたら俺は何も知らずに今も生活してた。改造吸血鬼も、マラドーナとの戦いも、ノアが街を異能で包んだ時だってそうだ。街に迫る脅威にも、親友が吸血鬼になっていることにも気づかないで……親友が消えたことに対して、ただ悲しんで終わっていたかもしれない」


 場合によっては、自分もいつか吸血鬼に襲われてなにもわからないまま死んでいたかもしれない。


 「アナタのおかげで俺は、そうならず、進むことができたんだ」


 アリスの指が少し動いた気がした。

 

 「アナタは俺を巻き込んでも申し訳ないと思ってるかもしれないけど、俺はアナタとこの『非日常』を過ごせてよかった!」


 巻き付いていた鎖がもはや不要とばかりに、魔力の粒子となって散っていく。


 「俺はこれからも―――アナタと一緒に過ごしていきたい!」



 ――   *   *   *   *   ――



 真っ黒い空間の中に、誰かが入ってきた気がした。

 私は一人、鎖につながれている。


 その誰かは何か反している気がするが、うまく聞き取れない。




 ―――思えば、私は村を滅ぼして以降、随分と長い間、悪夢をさまよっている気がする。

 それ以前はいつも明るい未来を夢見ていた気がする。


 明日になれば父が改心して普通の家庭になるかもしれない。

 そんな希望を見ながら眠りについていた。

 

 でも、滅ぼしてしまってからは、村中の人たちが私を殺そうとしてくる夢ばかり見るようになった。


 私はどうしても、あの世界には居づらかった。

 父の研究もあって、私は異世界の存在を知っていた。だから、逃げるようにこの世界へとやってきた。


 

 この世界に来てからはなるべく人と深くかかわらない様にしようと思った。

 村を滅ぼした私に誰かと仲良くする権利はないと思ったから。


 けれど……一人でいるのはどうしても寂しくて、誰か味方になってくれる人が欲しかった。

 

 そんな中で私はあなたに出会ったの。

 何も知らない少年を吸血鬼探しに協力させるなんてどうかと思うけど、助けたんだから味方になってくれるはずなんて、最低なことを考えて君を誘った。


 改造吸血鬼と戦って、君を家まで送った後、君の家のソファーを借りて眠りについた。


 ”どうしてかわからないけど、その時は珍しく悪夢を見なかったわ。”


 君に色々説明するとき、村を滅ぼして逃げてきたなんて知られたくなくて、両親の復讐のためと嘘を吐いた。


 本当に最低よね……。巻き込んだ上に嘘までつくなんて。


 それからずっと、吸血鬼探しの時も、マラドーナたちと戦う時もずっと後ろめたさをかかえてた。

 これを知ったら君はきっと幻滅する―――。

 


 

 意識が沈んでいくような感覚があった。

 私はいっそもうこのまま意識を完全に手放してしまおうかと思った。


 そこに――


 「――――ありがとうございます」


 たいして時間は経っていないはずなのに、やけに懐かしく感じる声が聞こえた。


 それで気づいた。

 先程まで気のせいだと思っていた人の気配と声は、気のせいなどではなく、実際に私の目の前にいるんだと。


 しかもその人物は私が巻き込んだ少年――夏村晴明だった。


 ……感謝なんてしなくていい。私はそれを受けていい人間じゃない。


  「もしも、アナタが吸血鬼から俺を助けてくれた時に、暗示魔術をかけていたら俺は何も知らずに今も生活してた。改造吸血鬼も、マラドーナとの戦いも、ノアが街を異能で包んだ時だってそうだ。街に迫る脅威にも、親友が吸血鬼になっていることにも気づかないで……親友が消えたことに対して、ただ悲しんで終わっていたかもしれない」


 そんなことはない。

 私はただ心の傷を塞ぐのに君を利用した最低な人間だ。


 「アナタのおかげで俺は、そうならず、進むことができたんだ」


 それは君の力であって、私は何もしていない。

 だからそんなことを言われても私はこのまま意識を落として死ぬだけだ。


 ………………そのはずのなのに、なぜだろう。

 

 やけに体に力が入る。

 瞳から涙がこぼれだした。

 これはきっと罪悪感から来る謝罪の涙だ。


 「俺はこれからも―――アナタと一緒に過ごしていきたい!」


 胸の奥が暖かくなる感じがした。

 もはや誤魔化せない程、うれしさ()がこみ上げてくる。

 

 

 ――気が付けば私に巻き付いていた鎖は跡形もなく消失していた。


 


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