冒険者と友達と
「ごめんください」
昼食を食べてから少し時間を空けて、マリアはモモたちのテントの前に立つ。少し上擦った声は、果たして気づかれてしまっただろうか。落ち着かない気持ちのまま、顔の横に垂れる髪を指先で遊ばせていると、一拍置いて誰かがのそりと動く気配がした。
緊張で息を呑む間に、一枚布で隔たれた向こう側に立つ影がゆっくりと入口から顔を覗かせる。マリアよりもやや薄い金色の髪、新緑のような翡翠の色をした美しい目がこちらを見ている。
「.....はぁい、どなたです?」
「あ、こ、こんにちは。先日お世話になりました、マリアです。」
小鳥の囁きに似た声が、緩やかにマリアを迎え入れる。女性にしては高身長なマリアよりも頭ひとつ分低い位置にある顔は、初めて会った時と変わらず何を考えているか分からない、しかし無表情と呼ぶには柔らかな色を宿している。
まりあ、まりあ、と舌足らずに名前を繰り返し、虚空を見つめながら記憶を探っているようだ。光を仄かに反射する瞳が、木々の向こうを見つめること数秒。不意にナノハナの無垢な目にマリアをしっかりと映し出した。
「マリアちゃんこんにちは。いいお天気だね、おさんぽ日和だよ」
「あえ、あ、こんにちは。確かに散歩にはうってつけだね。」
「モモとサクラはいないけどあがってってよ。どうぞどうぞ、お構いなく。ゆるりとおすごし召されよー。」
「ええ、ええ.............。じゃあお邪魔します.....?」
独特のテンポで話すナノハナに流され、あっという間にテントへと招待される。ちらりと見た外には竈があり、近くには井戸もあった。必要最低限の設備はあるらしく、マリアは改めて安心する。
いくら冒険者と言えど、ナノハナたちはマリアよりも小さな女の子だ。歳も背も、手のひらさえも小さな女の子。逞しく生きていても、自身よりも若い子に苦労はして欲しくない。そんなマリアの気持ちは露知らず、ナノハナはご機嫌を花歌を歌っているが。
「はじめてのお客さま。ナノハナはきちんとお相手できるよ。サクラが教えてくれたから。今日はどんなご用件ですか?おいそぎです?びゅーん?」
矢継ぎ早に言葉を投げかけるナノハナは、くるくるとそこまで広くないテントの中を回っている。あまり顔には出ていないが、嬉しいらしい。もしかしたらひとりでお留守番だったのがさみしかったのかも、とマリアは思い至る。
失礼にならない程度に辺りを見渡す。土の上には模様が擦り切れたラグが敷かれ、その上に背の低いテーブルが置かれている。四方を囲むように色の違うクッションがあり、ひと目で彼女たちの座る位置が理解出来る。
入口から最も近いクッションは濃いピンク、左側には薄いピンクがあり、対峙する形で置かれた黄色のクッションにナノハナはどっかりと座る。見た目の儚さに反して彼女は豪快だった。
「お客さまはここ。ナノハナは歓迎するよ。ここに来てはじめてのお客さま。ご用件は?どこに住んでるの?ハト交換しましょう。おてがみ書くね、大事にね。大事に書くよ。」
戸惑う暇すら与えられず、マリアは真新しい空色のクッションに招かれた。マリアの目に似た色をしているそれが、妙にこそばゆい。ふんふんと張り切って喋りかけるナノハナの頬が紅潮している。表情は変わらないが、手に取るように感情が伝わるのがまた面白い。
「ナノハナさん、今日はこの前のお礼に来たんです。母の形見を見つけてくれてありがとう。お口に合うか分からないけれど、良かったら食べて欲しいな。」
話すことに一段落着いたナノハナの隙を見て、ジャムを差し出す。眠たげな眼差しがゆっくりと開かれ、小首を傾げてマリアを見つめる姿は年相応でかわいらしい。テーブルに置いたジャムを両手で包み込み、ナノハナは今日はじめての微笑みを見せた。
「───ああ、ナノハナは嬉しいな。贈り物は嬉しいよ。大事にたべるね、大事にたべるよ。ナノハナはここのパンがふかふかであったかで好きだけど、ちょっとだけあまくしてほしかったの」
マリアは魔法使いみたい、とこぼしたナノハナは、無垢な幼さを纏って美しく目元を緩ませた。春の陽だまりによく似た笑顔だった。
一気に登場人物が増えました。
上手く彼女たちの動きを伝えられるか分かりませんが、頑張って行きます。