白い傘 第1話
大正6年
和帆は母校の女学校に教師として赴任してきた。
「ごきげんよう、和帆先生」
仕事が終わり下駄箱に向かうと袴姿の女学生達が和帆に挨拶する。
田舎の小さい女学校のため教師も生徒も下駄箱が同じ場所にある。
女学生達は雨が降ってる中自分の傘をさして帰っていく。
「どうしましょう?」
和帆は朝は降っていなかったので傘を持ってこなかった。
「先生」
1人の少女が和帆に声をかけてきた。
肌が白く桃色の振り袖に青い女袴をはいている。
「宜しければ一緒に帰りません?先生と方向一緒ですの。」
和帆は赴任してきた日集会で全生徒の前で紹介した。その時に住んでる場所も話した。
少女の手には白いレースの傘が握られている。
「先生のせっかくのお着物濡れてしまいますわ。」
和帆は少女の傘にいれてもらって帰ることにした。
少女の名前は里咲子という。4年生で16才。2年前に引っ越してきた。今は別荘で母とメイドと暮らしているという。
「私幼い頃から体調を崩しがちで、それで空気のいいこの地方に越してきたのです。」
里咲子と話していると山道へ続く道が見えてきた。
「先生、こちらから行きましょう。近道なんです。」
里咲子がそんな提案をしてきた。和帆も小学校の頃探検気分で入ったりもした。
「里咲子ちゃん、山道は雨だと歩きにくいです。真っ直ぐ人通りのある道を行きましょう。」
「先生、こちらのが速いです。」
里咲子は和帆の手を取り山道へと進んでいく。
2人は山の奥へと入っていく。雨のせいで足元も悪い。
「里咲子ちゃん、どこへ向かってるの?」
「大丈夫ですよ。先生。」
歩いても歩いても山道が続く。
その時1軒の家が見えてきた。そこは白い洋館だった。
「ここ私の家。ここでお別れですわ。」
里咲子は和帆に傘を渡す。
「使って下さい。それからそこの階段を降りれば帰れますわ。」
お屋敷の隣には木でできた階段があった。
「ごきげんよう。」
里咲子は一礼すると屋敷の中に入っていく。
和帆は階段を下っていく。山道だったが自分の家の裏へとたどり着いた。やはり近道であった。
「ただいま。」
「和帆、大丈夫だったかい?」
和帆が家に帰ると母親が出てくる。
「大丈夫。生徒が傘を貸してくれたから。」
和帆は里咲子から借りた傘を母親に見せる。
「そうじゃなくて。大通りで騒ぎがあったんだよ。」
母によると和帆が通勤で通る大通りで刃物を持った男が暴れ通りすがりの老婆と少年の2人が刺され病院に搬送されたという。
「男はすぐに捕まったけどあんたは巻き込まれなかったかい?」
和帆はぞっとした。もしもあの時里咲子と一緒に山道を行ってなかったらどうなっていたか?