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09話.[それはどうして]

「谷口さん、そろそろ起きないと」


 うるさい、朝ぐらいゆっくり寝かせてほしい、これだからお母さんはあんまり好きじゃないんだ――そこまで考えたところで目を開ける。


「あ、やっと起きたっ」

「……そりゃ起きるでしょうよ、生きているんだから」

「はは、もう九時を過ぎているけどね」


 ゆっくりと体を起こすとタオルを東雲が渡してくれた。

 なぜタオル? と悩んでいたら「涎」と短く言われ慌てて拭く。


「里美さんは?」

「まだ帰ってきていないよ。朝食はどうする? 食べるなら作るけど」

「いい、あたしいつも朝は食べないから」

「そっか。んー、それならどうしようかこれから」


 確認してみると外は相変わらず雨模様ではあるが雷が鳴っているとかではないみたいだ。

 ま、もし仮に鳴っていたらその時点で起きる。

 そして普通は慣れていない相手の家ではすぐに寝られないはずなのに、あたしは朝まで爆睡してしまったということになるわけで。


「(なんで? しかも相手は東雲なのに)」


 別に気持ち悪いとか変態とかそういうことを思っているわけじゃないけど、関わった時間があの3人に比べて凄く少ないわけで、しかもどうしてか昨日のあたしは「別にいいじゃない」とか言ってここで寝ることを選んだのか、選んでしまったのかそれが分からなかった。


「よく寝られた? 床で寝てもらうことになっちゃってごめんね」

「いや、自分の家でも布団を敷いて寝てるし大丈夫よ」

「そっか、それなら良かったけど」


 ……どう考えても後は帰るだけなのにそう行動しようとする自分が見つからない。


「東雲」

「うん?」

「あ……、んー、えーっと、……あのさ」

「ゆっくりでいいよ」


 待て、いまあたしなにを言おうとした? 思わずど忘れしたくなるくらいには恥ずかしい言葉だったようにも感じる。

 だってそうでしょ? 「もう六堂先輩のためにご飯を作らないで」なんて言ったら痛すぎるだろって話。

 いまだって東雲がただただ優しいから普通の関係でいられているだけなのに、ちょっとマシになったからって今度は独占欲とか自分的にもありえない。


「……ちょっとシャワー浴びてきてもいい?」

「大丈夫だよ」

「ありがと……」


 実は借りてる東雲の服を脱いで浴室に。


「最悪……」


 自分の中の感情が変わってきていること、自分勝手に発言しようとしたこと、そしてこれまでそうやって行動してきたこと――後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 意味はないがちょっと頭を冷やしたくて物理的にしてみた結果、もの凄く冷たくて思わず変な声が出た。


「普通……ってどんな感じだったかな」


 友達になったんだからこはく達の相手をするように接すればいいんだろうけど、なんだか無性に恥ずかしい。

 お店で使っている対お客さんモードだと余所余所しいし、というか最初はできていたのにどうしてだろう……。

 とりあえず人の家の水をずっと出しているわけにもいかないので頭をシャクシャクと洗ってすぐに出た、なんとなくボディーソープとか使うのも気恥ずかしかったから体は洗わずだけど。

 タオルで拭いて服を着る。


「そういえばあたしより低いのにどうして服だけはこんなに大きいのかしら」


 膝より上くらいまで丈があるのを指で撫でたのが馬鹿だった、あいつのを着ていると思ったら一気に――してしまい、慌てて洗面所から出る。


「お風呂ありがと」

「げっ!?」

「え?」


 そこまで驚くことはないでしょうに、だって普通に朝食を摂っているだけなのよ?


「ご、ごめん、僕は毎日食べるタイプだからさ……」

「別にいいじゃないコソコソしなくたって」

「う、うん。あ! ほら、ちょっとだけでも食べなよ」


 ちょっとと言う割には少しオシャレな朝食、せっかく作ってくれたのに食べないという選択肢を選ぶことはできなかった。


「いただきます」


 食べてみると見た目通り普通に美味しい。

 昨日の夕食だって東雲ひとりで作ったようなものだし、あたしより女子力が高いような気がする。

 ……ま、「谷口さんが作ってくれたおかげで美味しいよ!」なんて分かりやすいお世辞を言ってくれていたが。


「千尋さんとうちの母さんって仲いいよね」

「そうね、夜遅くまで通話している時もあるし」


 そのせいで朝起きれなくてお店番をやらされることも多い、朝食を摂らない理由もそういうところにある。

 でも、東雲がお店に来るまで一切関わりがなかったというのにいつ知り合ったんだろうか? 常連のお客さんはいるけど、そのみんなと継続的に連絡を取り合っているというわけでもないのに。


「ごちそうさまでした! でもさ、仲がいいのに越したことはないよね」

「……そうね」


 いまの言葉はあたし達にも当てはまる。

 これはそうでありたいというアピールなのか? それとも「お前もそうしろ」というやつなのだろうか。

 これまでの東雲なら前者だと思うが、いつまでもそうだとは限らない。


「そうだ、また今度も泊まりに来なよ」

「ごちそうさま。それはどうして?」

「えと、母さんもいる時ならもうちょっと谷口さんも気が楽かなって……」


 別にこの家に来て緊張なんてしていなかった、部屋で寝ようとしたことだって、そして寝たことだってあくまで普通の一日の流れとしては当然のことを選択しただけ――でも、今日起きてみたら変わっていた、しかも悪い方に、なのが問題で。


「あのさ」

「あ、め、迷惑だったよね、嫌なら別にいいんだよ」

「そうじゃなくて、あんたの服ってどうしてこんなに大きいの?」


 それでも、ずっと気になっていたことを優先。


「あぁ、それは見栄を張って大きいやつを買った結果になります……」

「あははっ、あんたでもそういうの気にするのね」

「だって谷口さんより小さいんだよ!? 女の子が小さいなら可愛いけど、男が小さいとただただださいだけっていうか、好きな女の子を守れないじゃん」


 自分で言うのもなんだが、六堂先輩といいあたしといい、東雲が関わる異性というのは面倒くさいのが多い。

 が、どれだけ面倒くさい絡まれ方をしても、損ばかりしかなくてもこいつは愛想を尽かしたりはしなかった。

 もちろん、これからどうなるのかは分からないが、少なくともいまはそうだ。

 背が小さいとかそういうのはあまり重要ではない、……あたし的には身長がなくても十分魅力的だと思うけど……。

 って、だめだなあ、なんかもういい方にしか捉えることができない、ただ普通の友達になっただけでこれとかほんと痛い女。

 

「東雲はそのままでいいでしょ」

「えぇ、良くないよ」

「じゃなくてさ、生き方の話」

「どうしていきなり生き方の話? いや、そのままでいいって言ってくれたのは嬉しいけど」


 あー、なにを言っているんだろうあたし……。

 もうどうしようもなく落ち着かないので洗い物でもして気持ちを落ち着かせようとしたのだが、お皿を東雲から受け取る際に手が触れてしまい落としてしまう。

 自分としてはあまりにおかしな行動だ。


「……割れてないよね?」

「うん、やっぱり僕がやるよ。谷口さんは座って待ってて」

「え、あ……ありがと」


 うざい、あたしが。

 謝ることもまともにできない人間とかありえないでしょ。

 東雲は一切気にすることなく鼻歌交じりで洗い物をしていた。が、量が量なのですぐに終えて戻ってきてしまう。


「あれ、どうしたの? 今日は落ち着かなさそうにしているけど」


 顔を俯かせることしかできないあたし、で、いま覗き込まれることだけは絶対に避けたい。 


「谷口さん?」

「……そろそろ帰るわ」

「え、それは残念だな。でも、あんまり長くいたらお父さんも心配するしね、送っていくよ」

「うん」


 よし、傘をさしていれば顔を見られることもない――と考えていたあたしは馬鹿だった。


「――っと、大丈夫だった?」


 水しぶきから守るためにあたしをほぼ抱きしめるような形で庇った東雲。

 おかげでほぼ濡れることはなかったが、違う問題がこっちを襲う。


「って、顔が赤いけど大丈夫?」

「……さっきシャワーを浴びたからよ。あ、そっちこそ……大丈夫なの?」

「濡れちゃったけど谷口さんを守れたからね、帰ったらすぐお風呂に入るよ。あ、ごめんね、距離近くしちゃって」

「別に大丈夫……」


 お礼すらも言えなくなったら人として終了だ。

 だから言う、少しでも常識のある人間だと思ってほしいから。


「あ、あり……」

「アリ? あ、ほんとだ。沢山いるね、雨とか関係ないんだ」


 空気読んでよアリ……、いや、責任転嫁している場合じゃない。

 ……って、どうしてお礼を言うだけでこんなに緊張するの? 告白する方がまだ緊張しないんじゃない?


「ありがと!」

「え? ああ、普通だよ普通、気にする必要はないよ」


 やばい……から再度「ありがと!」と口にし走り出す。


「待ってよ、追いかけっこなら負けないよ?」

「だ、だめっ」

「ん?」

「東雲は早くお風呂に入らなきゃだめ」


 あたしのせいで風邪を引かれるのは複雑だし、今日はまだ土曜日だけど月曜日に会えなかったら……嫌だし。


「あー、確かに冷たいしね」

「だから早く帰って、いや、帰りなさい! GOHOME」

「んー、まあこんなんで谷口さんの家に行くわけにはいかないし今日は帰ろうかな、もう見えてるしね」

「そうよっ、もうあたしは大丈夫だから! 気をつけなさいよ、あと風邪を引かないように」

「はははっ、谷口さんもね。それじゃあね!」


 一応ちゃんと帰ったか見送ってからお店に寄る。


「いらっしゃい。おぉ! こんなに若いお客さんが来てくれるなんて思いませんでした!」

「し、白々しいわね」

「ははは、おかえり」


 お父さんは相変わらず明るい人だ、お母さんが気にいる理由が分かる気がする。


「ただいま、お母さんは?」

「リビングのソファに寝転んで爆睡中」

「お店番代わった方がいい?」


 いまはなにかをしてこの落ち着かなさをどこかにやってしまいたい。

 どうせほとんど突っ立っているだけだし、これが最適だと思った。


「いや? そんな顔が赤い娘にお店番なんか任せられないよ」

「――っ、お、お母さんのところに行ってくる!」


 いや、いや待ってよ、おかしいでしょそんなの……。

 別に告白されたとかそういうのじゃない、ただ普通に「普通のことだよ」と笑みを浮かべられながら言われただけ。


「だというのになんでっ」


 こんなにドキドキしているのあたし……。


「ふっふっふー! 人はそれを恋と言う!」

「ぎゃあああ!? 変質者ー!?」

「ちょっ!? 僕だよ僕っ、六堂菖蒲!」

「はぁ、もうなにをやっているのよ人の家の扉の前で……」


 彼女は「よい、しょ」なんて呑気に呟きながら立ち上がり、あたしを見下ろしつつ、


「あははっ。待ってたんだ、キミをね」


 そして不敵に笑いつつそう言ったのだった。

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