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021  作者: Nora_
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「ポッチーって美味しー!」

「はぁ……で? あんたはなんで来たのよ?」


 あたしの部屋で悠長に出したお菓子を食べているギルティな存在、六堂菖蒲はあたしを見つめて言った。


「さっきの百花めっちゃ可愛かった!」

「はいはい」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど……お礼も謝罪も勢いが乗ってないとできないレベルまで下がってしまった。

 それってかなり問題じゃないだろうか。


「だって瑞に抱きしめられてたしね」

「それは違うわよ、それが目的じゃないし」


 そういう形に見えただけで本当に抱きしめられたわけじゃない――ってか、何気に見ていたのねこいつ。


「でさ、百花は瑞のことどう思っているわけ?」

「それは……」


 認めたくないとかそんなのは一切ない、が、如何せん初めての体験すぎてどう言っていいのかが分からないんだ。


「ちなみに僕は可愛いおもちゃ――あ、可愛い後輩だと思っているけど」

「あんたブレないわね……」


 あたしはてっきり全部言い訳で本当に好きなのは東雲だと考えていたのに違うみたいだ――って! どうしてそこでホッとするんだあたしの心はあ!?


「あたし的にはMな同級生って感じだけど」

「本当は?」

「ん、そんなに悪くないやつだとは……」


 あいつが来てくれるのは嫌じゃなかった、しかも来てくれる理由があたしがこはくや大輝達に嫌われないようにということだったし、優しくもある。

 でも、だからこそ出てくる不安があって、もしそれがなかったら来てくれてはいなかったんじゃないのか、ということだ。


「だけど今回はちゃんと正式な友達になったじゃん」

「あんたなんでそんなことも知ってんのよ」


 それにしてもそうだ、あくまで違う責任の取り方を提案されて乗っかっただけ。

 そういう強制力がなければ友達にすらなってくれていないんじゃないかって――駄目だ、あたしらしくなくて気持ちが悪い。


「ねえ、人を好きになっているときってどんな感じ?」

「ん、そうだねえ――えっと、その人の笑顔を見たりするとドキドキしちゃうとか? 会えないと分かっていても探しちゃうし、会いたいと思っちゃうとかかな」


 彼女はあたしの胸に指で触れて珍しく純粋で魅力的な笑みを浮かべた。


「ふっ、あんた恋する乙女をやってるじゃん」

「問題なのは全然距離が縮まらないことなんだよなぁ」

「他人に余計なお節介してないであんたは自分のことに集中しなさいよ」


 ところであたしのは初恋だけど大丈夫だろうか、それゆえにこの気持ちをどう片付けていいのかが分からない。

 せめて一緒にいない時くらいは普通でいたいんだけど。


「ま、もし上手くいかなかったら瑞でいいかな~」

「あんたそれまじ?」

「百花が興味ないなら、だけどね」

「いや、別にそういうつもりでいるわけじゃ。……でも、そういう誰かに選ばれなかったからあいつを選ぶって失礼だと思うけど」

「あーはいはい、百花のだから駄目って言うんでしょ?」


 違う、あいつはいいやつだから嫌な目にあってほしくないんだ。

 まあ、あたしが一番……嫌な目にあわせてきたんだけど。


「そもそもあたしのこの感情がそれだとしても大事なのは東雲の気持ちじゃない」

「おお、それって瑞が言う立場だと思うけど」

「東雲は東雲、あたしはあたしよ」

「というかさ~、その名字で呼び合うのそろそろやめようよ」


 名前で呼ぶのはあたしが認めた人間のみ。

 だけどいまなら話は別、勝手に判定するのは偉そうだけど東雲はいい人だって分かったわけだし。


「よしっ、いまからここに呼びます!」

「はっ? 東雲はさっきびしょ濡れになったから無理よ」

「いやいや、こうしてちょちょいと百花のスマホでメッセージを送れば……っとお!」

「あっ、あんたなにをしてんのよ!」


 慌ててスマホを奪い取るも『家に来て♥』と送られてしまっていた。

 ぎゃあああ!? 終わったあ!?


「あはは……。これで来てくれなかったら終わりねえ、他者の手によって終わる、これほど虚しいことはないわねえ……」

「大丈夫っ、瑞を信じろ!」


 まあ、東雲の性格的に来るだろうなんて思ってしまっているけど。

 どうなるのかしらね……。




「いらっしゃい」

「こんにちは。あの、谷口さんに家に来てと言われたので来たんですけど」

「ははは」


 え、どうしてそこで笑う? 「ふははっ、次に来たらぶちのめそう、チャンスはいくらでもある!」という笑みだろうか。


「そういえばさあ東雲くん」

「は、はい」

「さっきなんでか知らないけど百花の顔が赤かったんだ、あれってなんでかな?」

「えと、……本人はシャワーを浴びたから――ひぃ!?」

「どうして朝にシャワーを浴びるのかなあ?」


 他のお客さんがいないのをいいことに完全父親対応モード。

 そりゃそうだ、こんなどこの馬の骨とも分からない男をほいほいと無条件で家に入れさせるわけにはいかない。


「家に入りたければ条件があるよ」

「な、なんですか?」

「百花のことを名前で呼ぶこと」


 え、そんなことで、と思ってしまった僕は馬鹿だ。

 多少は柔らかくなったとはいえ、相手はあの谷口さんだぞ。


「それができないなら花を買ってから入ってもらう」

「あ、結局入らせてくれるんですね……」


 うーん、それでもいまなら大丈夫かな? 残念ながらお金を持ってきていないので買うということはそもそもできない。

 名前を呼ぶだけで家に入らせてくれるのなら谷口さんの願いを叶えるためにそうするべきではないだろうか。


「分かりました、谷口さん――百花さんのこと名前で呼びます」

「うん、それならどうぞ。外は雨だし、ここから入っていくといいよ」

「はい、お邪魔します」


 ただ、こっちから入ると新たな問題が。


「ふんふーんっ――うん、美味しいっ!」

「あの」


 そう、この人――千尋さんがいること。

 別にやましいことをしているわけでもないのに謎のプレッシャーがある。


「きゃあああ!? って、東雲くん?」

「あ、お邪魔します。それで百花さんに呼ばれていまして」


 仮に正面から入っても結局千尋さんが出てきただろうが直接は話が別、ある意味谷口さんのお父さんより怖いぞ。


「百花さん――ふふ、そう、百花なら二階の部屋にいるわよ」


 怖いぃ……が、これでやっと自由に行くことができる。

 階段を上がってよく分からないので手前から適当にノックしていこうと思った時だった。


「あ、やっほー瑞! それじゃあねー!」

「え? あ、ちょ、六堂先輩!?」

「大丈夫大丈夫、百花なら部屋でぐったりしてるから~」


 いや、それは逆によくないんじゃ……。

 部屋に入らせてもらうとベッドにうつ伏せ状態で転がっている谷口――あ、百花さんが。


「あ、あんたほんとに来たのね……」

「うん、その様子だとどうせ六堂先輩がメッセージを送ったんでしょ?」 

「そう、もうあいつ嫌い……」


 まあ、こっちを振り回す人だが基本的にはいい人だ、そう言わないであげてほしい。

 ……だって僕的にはこうでもなきゃ彼女の部屋に入れなかったわけだしね。


「にしても……あんたよく来たわね」

「まあ、お風呂にももう入ったしね」


 だから女の子の部屋に入るのには適している状態だと思う。


「あ、そういえばこの服、借りたままだったわね」

「あ、僕もすっかり忘れていたけどそうだったね」


 なんか戻ってきた時に次に着るの気恥ずかしいな。

 部屋着だからあんまり問題もないような気がす――いや、だからこそっていうか……。


「ま、百花さんが返したいってなった時に返してくれればいいよ」

「ま、今日はまだお風呂にも入らないし、借りておこうかな」

「うん、それでいいよ」


 って、彼女が僕の服を着ていることも、初彼女の部屋に入っていることもあってドキドキしているんですが!?


「にしても、百花さんも苦労仲間だね、六堂先輩に自由に遊ばれてさ」

「ん、てかあんたのせいなんだけど、菖蒲と出会ってしまったのは」

「はははっ、まあそう言わないでさ、あの人も僕達のことを考えて行動してくれる時もあるからさ」


 まあ、そのほとんどは駄目なのだが。

 彼女はともかく、僕の扱いは完全におもちゃか自分の思い通りになる人間という存在でしかない。

 それでも嫌だと思わないのだから彼女の言うように本当にMだって話だ。


「とりあえずお疲れさま」

「ん、あんがと」

「肩でも揉んであげようか?」

「それなら頼もうかしら」


 彼女はベッドの上に正座。


「うわ、ガチガチだね」

「そうなのよね、菖蒲以外にも色々と苦労はあるから……」


 いや、ガチガチなんて嘘だ、同じ部位のはずなのになんか柔らかくてやばい。

 一番大きいのは彼女の部屋で彼女に触れていること、こんな現場を見られたら千尋さんに殺され……。


「百花、飲み物とお菓子を持ってきたわ……よ」

「あ、あの、これはその……」

「ふふ、私にもやってくれていいのよ? み・ず・きくん――ま、今回はいいわ、邪魔者は去るわね」


 あれ、というかなんで名前呼びになっているのだろう。

 ま、まあいい、これでドキドキすることもなく――なっていないぞ……。


「お菓子、食べたいわ」


 え、これってもしかして食べさせてくれというアピール?

 頑張ってポッチーを掴んで彼女の口元に運ぶ。


「は? あんたなにしてんの? つか頬に突き刺さってるんだけど!」

「え、食べさせてくれってアピールのはずじゃあ……」

「違うわよ、お菓子くらい自分で食べるわ、だから突き刺さってる!」

「ごめん……」


 流石にこのまま彼女に手渡すのは衛生的に不味いので食べようとしたのが悪かった、言葉とは裏腹に彼女もそのまま食べようとしてしまっていたのだ。


「あ、ど、どうぞ」

「ん、これは最高ね……」


 でも、既のところで僕の反射神経が勝った、なんとか彼女にそのままあげて僕は少し距離を作る。


「これ、僕も食べていい?」

「別にいいわよ――あ、やっぱりなし」

「えぇ……」

「あたしが食べさせてあげる。ほら、食べなさいよ、草じゃないけどさ」


 口に含んだ瞬間察した、僕達はなにをやっているの? ということを強く。


「ははは、百花さんが食べさせてくれたおかげでそうでなくても美味しいのが更に美味しいなー……」

「なにそれ、めちゃくちゃ棒読みじゃない」

「はは、いやでもまじでこれを高頻度でやるのはやめてください、僕の心臓がどうにかなっちゃいそうなので」


 こういう時にこそ先輩がいてくれたらいいのになと強く思う。

 だけどふたりきりでいられて嬉しいというのもあるからやっぱりいてくれなくていいか。


「つかあんた、さっきからあたしのこと名前で呼んでるよね? それはどうして?」

「あ、気づいてたんだ……。えっとね、そろそろ仲良くなってきたからいいかなって思って――いやごめん嘘をついた! 百花さんのお父さんに言われたんだ、名前で呼ぶことが家に入れさせる条件だって」


 めちゃくちゃ怒っているようにも見えたのに本当は違うのかな? それともうちの母さんみたいに「百花さんなら」の逆バージョン、「瑞くんなら」なんて考えてくれているのだろうか?

 でも、僕だけがそう思っていればいいわけじゃない、大切なのはいつだって彼女の気持ちだ。


「もう、お父さんは基本的にはいい人なのに……」

「いやいや、父親としては正しいことをしていたと思うよ、僕が言うのは偉そうだけど」

「ま、別にいいけどね。それならあたしも瑞って呼ぼうかな、私はさん付けとかいらないからね」

「え、百花さ――百花っぽくない対応だね」

「別に、そろそろいいかなってあたしも思っていただけよ」


 え、案外僕の評価って悪くない? あれだけ冷たくされていたのもある意味裏返しの行為とか?


「あ、勘違いするんじゃないわよ? いちいちさん付けで呼ばれるのは面倒くさいし、どうせあたしはほとんど『あんた』としか言わないんだからあんまり関係ないでしょ」

「いや、僕はこれをポジティブに捉えておきたいな、百花が僕を気に入ってくれたんだってさ」

「ふぅん」

「え?」


 彼女はそこで敢えて先程のように背を向け聞いてきた。


「あんた、やっぱりあたしのことを意識しているわけ?」


 そういえばどうなのだろうか。

 一緒にいたいとはいつも思っている、でも、それが恋心かどうかって問われたら答えるのに悩むのが現状だ。


「ま、それは置いておくとしても、僕は君といたいって思ってるよ」

「あはは、あんたやっぱりMなのね」

「いやいや、いまの百花といるのなら普通のNでしょ」


 彼女はそれからしばらくひとりで笑っていたが、「それならあたしも言っておくわ」と口にしてこちらを向いた。


「あたしもあんたといるの嫌いじゃないわよ」

「お、ありがと」

「というわけで今日はもう帰ってくれる?」

「えぇ、落差が酷い……」


 彼女は顔をぷいと反らして「帰ってくれないとお母さんを呼ぶわよ」なんて脅しもしてきた!?

 ま、これ以上いると僕の心臓が過労死してしまうので仕方ない、帰ろう。


「あ、瑞」

「ん?」


 出ていこうとした僕を彼女が呼び止める。


「さっきのあんた、格好良かったわよ」

「はは、お世辞じゃないことを願っておくよ」

「うん、それでいいわ」


 あーあ、なんで出ていく間際でそんなことを言うんだか。

 やっばいわ、雨なのに傘をさしてちまちま歩いている場合ではなくなってしまったぞこれは。


「ここでひゃっほー! とか喜びながら走ったら青春っぽいかな?」


 でも、恥ずかしいので黙って走って帰った。

 さっきせっかくシャワーを浴びたのに~とかそういうのはどこかに吹き飛んでしまっていたのだった。

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