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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第五章:少年王編
34/39

第33話:少年王と騎士

すみません。昨夜、誤ってこの34話より早く35話を掲載してしまいました……!

 その次の日のこと。

 風音は兵士に無理矢理外に出された。処刑されるのかと青ざめた。しかし、風音が連れて来られてのは王室の間という立派な部屋の中だった。

 その部屋の中には、執事服をまとった男と数人の侍女、そして兵士が三人立っていた。

 中央には、深い藍色のマントに、金の刺繍があしらわれた上等な服を着た王子が立っていた。昨日とは見違えた姿だったが、それはとてもしっくりとした。


「瑳良守様。この暗殺者をお側におくなど、どうかなされていますよ! いくら子供といえど、貴方様のお命を狙った輩!」


 そう叫んだ老人は昨日見かけた、執事服の男だった。


「その話はもう終わっただろ、じいや。そろそろおれにも従者が必要だって言ったのはじいやだ。ちょうど良いじゃん」


 瑳良守は男を見上げてニコリと笑った。


「しかし、他にも候補者はおりますし」


「王子に剣を向けるなんて肝がすわってんじゃねえか。よーくしつけられた奴より、こういう自分で考えられる野良犬の方が良いと思うぜ」


「それでもしまた牙を向けられたら!」


「おれが殺られるわけねえし」


 瑳良守が片目を開いて風音を見つめる。


「とにかく。おれはこいつじゃねえと騎士はつけない。あとヴァイオリンも勉強もダンスもその他もろもろさぼる」


「それはいつもでしょうが! その上こっそり王城を抜け出し村娘などとお戯れになるなんて、言語道断ですっ!」


「はいはいわーったって」


 瑳良守はハエをはらうように手をひらひらさせ、ゆっくりとした足取りで風音に近づいてくると、凛とした瞳を向けた。


「……向咲風音」


「なんでオレの名前を」


「父親は向咲開。王宮のためにその力をふるってくれたことは、この城の伝記に……いや、この国の歴史に刻まれている。そんな恩人の息子だもんな、ぜひ仲良くしたいって思うよ」


 風音は黙って顔をそむける。


「事情は調べさせてもらったぜ。お前の村がどうなったのかも、知ってる。風音、すまなかった」


 瑳良守は、そう言うと頭を下げた。

 王子が、平民に、頭を下げたのだ。


「――国はもう手が回らない状態だ。おれたちの力不足で、大切な民を、お前の家族を救えなかった。恨んでくれてかまわない。それでももし、お前がおれと一緒に来てくれると言うのなら……この国の剣となってくれるなら、一緒に影を撃ってほしい。おれを守るためじゃなく、お前の大切な者を奪った奴らを壊すために」


 瑳良守はそう言って顔をあげた。

 優しいとも悲しいとも形容しがたい微笑を浮かべ、窓から差し込む光にきらきらと黒髪は輝いている。

 風音はゆっくりと、差し出された手をとった。


 それからというもの。風音は、瑳良守直属の騎士となるための厳しい訓練を受けることになった。


「おい謀反野郎、次はちゃんとかわせよ?」


 大人の兵士は容赦なかった。

 まだ年端もいかない風音を、肉体的にも精神的にもいたぶった。

 風音は瞳をかたくつむった。

 また痛い剣が振り下ろされる……そう思った瞬間、兵士の剣が吹き飛んだ。


「てめーらァ、おれの従者になにしてんだ?」


 瑳良守だった。今しがた兵士の剣を弾き飛ばした短剣をぐるぐる回しながら、ニヤリと笑う。兵士たちは『ひっ』と怯えた声を漏らす。


「そんなに本気でやりあいたいなら、まずはおれが相手になってやるぜ、暇つぶしに。さあはやく剣拾ってこいよ」


 瑳良守は、両手に一本ずつ短剣を握り、ぐるりとまわして飛びかかった。

 その鮮やかな剣さばきは、大人すら手も足もでないものだった。

 風音は呆気にとられて瑳良守の動きを見つめていた。


「王子! また稽古場で油を売っていたのですか。お勉強をさぼるんじゃありません!」


「瑳良守様、早く茶道のお稽古に戻ってください!」


「王子! 外に口説かれたという娘がごった返しているのですが!?」


 最終的にいつも、瑳良守は使用人たちに連れ去られて行った。

 さぼりの常習犯だった。しかしそれでも、頭の回転が速いだとか、器用になんでもこなすだとか、「やればできるのに」と使用人たちがぼやいていたのを風音は何度も耳にした。


 そして、瑳良守が街におりるのは、娘を口説くためではなく、王子という立場を隠し、民の暮らしや不安に対する声を聞くためだったということは、かなり後になってから分かったことだった。


「……おれ、この国が好きだぜ。今はまだちゃんと戦場に出させてもらえねえけど、王になったら民を守るんだ」


「そうかよ。で」


 夜が更けた頃。風音は、自分の寝台の上でくつろぐ瑳良守をにらんだ。


「なんでオレのベッドにいるんだ。もう夜も遅い、はやく自室に戻れ、お前、王子なんだろっ!」


「お、やっとおれが主だと認めたのか?」


 瑳良守はニヤニヤしながら頬杖をついた。


「……あ」風音は口を塞ぐ。


 瑳良守を王子と呼んだのはこれがはじめてだった。


「けどさ、親しく思ってくれたんなら、もう主従関係なんてどーでもいい」


 瑳良守は風音の布団に寝転びながら声をあげた。


「は?」


「王子だって特別扱いされるのは苦手なんだよな、普通で良いんだよ。あときもいし」


「……確かにお前は王子らしくないな」


「へへ、それにお前、影を撃ったらおれのことも倒すんだろ?まあ、百億年無理だろうけどなっ!」


 ゲラゲラ笑う瑳良守。


「ぜってー殺す」


 苛立つ風音。


 瑳良守は結局、風音の寝台を占領して眠ってしまった。

 王子らしくない王子だった。

 平民の服を着ては城下町におりて、街の民と汚い食堂で飯を食う。

 使用人にもフレンドリー、キザできどった態度はとるが、けして自分の力を恣意的に使うことはなかった。

 瑳良守の太陽のような笑顔は、みんなをいつも明るく照らしていた。


 遠くの場所で療養している母親思いで、戦場をかける父親を尊敬する少年だった。風音が来てからの三年間、王が瑳良守のもとへ帰ってきたのは一度きり。それでも少年は、「王様だから当たり前なんだ」といつも笑っていた。

 そして、けして笑わない風音が使用人に気味悪がられても、風音を見放すことはなかった。


 風音は、瑳良守を殺したいのかよく分からなかった。

 瑳良守の手をとった時から。

 死んだ家族のため、その無念をはらすために、ひとまず瑳良守の力を利用しようとは思っていた。

瑳良守に任せておけば、道は開けると思っていた。

 他の使用人が、民が思っていたように。

 それから数日後のことだった。


 国王が死んだ。


 戦場で流行り病にかかり、わずか三日で命を失ったらしい。

 王位継承権がある瑳良守王子は、わずか十二歳という若さでで戴冠の式を急かされた。子供の王子に政務が務まるわけがない。そういった声もあがり、摂政がつくこととなった。


「……あの王子様なら、きっとみんなを助けてくれるわ」


「王子が国を変えてくれる、はやく王子が正式な王になれば良いのに」


 戦の激化と比例するように、民の期待は膨らんでいった。

 まだ、前王の喪は明けていなかった。

 瑳良守は、ぴたりと城下町に降りるのをやめ、部屋に引きこもりがちになった。

 風音はそっと扉を開き、瑳良守の様子を伺った。

 少年王は書斎で本を開き、地図をにらんでいた。


「風音か、わりいな、今手が離せない」


 必死に何かを書き込みながら、こちらには目もくれず呟いた。


「……少しは休めよ、まだ前王の埋葬も終わってないんだ」


「王は戦で死んだ。影の侵攻はとどまるどころか広がってる。はやくおれが前王の意思を継がなくちゃいけねえんだ」


「本当にお前が、この国を守る盾になるのか」


「そうだ」


「だったら、オレが……僕が、貴方の剣になる」


 風音の言葉に瑳良守は動きをとめた。風音は、せき止めていたものが溢れ出すように、ただ、理屈ではない感情に任せて言葉を吐き出していた。


「お前がこの国を守るってなら、僕が敵を斬って貴方を守る。影を全部倒して、家族の仇を撃って、この国の騎士になります」


「てめーがこの国の騎士か、へへ」


 瑳良守はクスクス笑い、しだいに大きな笑い声をあげて、にやりとしながら風音を見た。

 ひさしぶりの笑顔だった。


「良いだろう、今日からてめーはおれの、この国のナイトだ」


 少年王は立ち上がると、壁に仰々しく飾られていた、銀白色の細剣を手に取った。


「向咲風音、受け取れ」


 両手のひらの上におとされたそれは、見た目よりずっしりと重かった。

 柄や鞘には細部まで彫刻があしらわれ、剣の繋ぎ目には、王家の紋章が記された宝石が埋め込まれていた。


「騎士の証だ。それで戦え」


「承知、いたしました。瑳良守王子」


 風音は剣を腰に装着して、跪いた。


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