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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第五章:少年王編
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第29話:開戦

 次の日は九時に起きて身支度を整えた。軽食をすませてSSJ室で待機する。


 昼前にサラマルたちと合流した。驚いたことに、サラマルたちは今日も制服姿だった。


「この服が着慣れてるしさ、一番動きやすいんだぜ」


 にっと笑ったサラマルの両腰には、今日も二本の短剣がある。

 その隣にいるギルは刀を背負いながら、焼きそばパンをくわえていた。

 カザネは寝癖の激しい髪で、まだ眠そうに目を細めている。

 カレブはネクタイをきちんとしめ、制服を校則通り着ながら、手には鞄をさげていた。


「そろそろ移動だよ。サラマルとカザネは体育館。ギルは屋上。ゆきなはオレと一緒に図書館ね。図書館は敵の出現が少ないエリアで、体育館が侵攻されない限りまだ安全といえる。各々移動だよ」


 害意はある時刻になると一定のエリアにどこからともなく現れて、限られた時間で人を捕まえ食らうという。それを繰り返し、セカイを灰に変えていくのだという。


「ひめ、あとでなっ」


 サラマルとカザネがにっと笑って部屋をあとにした。


「ゆきな、なにかあったらすぐに駆けつけるからな。やばそうになったら無線で呼ぶんだぞ!」


 念入りに言うとギルも出て行った。


「……さあ、行こうか」


 隣のカレブが涼しい顔で笑った。


「カレブくんは、何をするの?」


「他の地域と連絡をとったり、状況把握と分析をしながら、各部隊に指令を出すんだよ」


 カレブは司令塔らしい。


「ゆきなはオレのそばから離れちゃだめだよ」


「私だけ、良いのかな?」


 こんなの役に立っていないじゃないか。こんなのでイレギュラーだなんて名乗れない。ゆきながそう思っていると、カレブは何かを見据える、いや、見透かす時の瞳で告げた。


「それぞれできることをやれば良いんだよ。この戦いを凌げても、害意はまだ攻めてくる。今君ができることは、いずれ君がイレギュラーの力を発揮するその時まで、生き延びること。ここで無茶をしたって、それは何の意味もなさない。だから自分を役立たずだなんて思わないことだね」


「うん……」


 カレブは口元を緩めて、耳元に顔を近づけてきた。


「オレのそばにいる限り大丈夫だよ。君のことは離さないからね」


 それがどういう意味なのか分からないまま、ゆきなはカレブと共に指定位置に向かった。

 図書館前にはテントが広げられ、シールドが五つ配置されていた。

 その奥には巨大な六つのスクリーンと、三つのコンピューターが並べられ、二人の人間がキーボードをうっていた。

 それを守るように、武装した七人の教師たちが、表情を凍らせ佇んでいる。

 その中に一人、見覚えのある赤毛がいた。

 これは生徒だ。それもマルス学園生徒会員。

 名は確か。


「琥珀雅先輩、そこは邪魔です。退いてください」


 カレブが冷たく言い放った。

 琥珀雅、ゆきなとサラマルに敵意むき出しのヤンキーだ。


「あんだと、カレブ・ウェルザーブ。薄っぺらい敬語なんて使うんじゃねえよ」


 雅はゆきなが見えていないかのようにカレブにまくしたてている。


「そんな頭に血が上りやすいと死ぬよ」


 カレブは依然として冷たい声だった。


「海飛はもっと最前線だろうが、なんでおれはこんなチンケな場所に配属されてんだよっ!」


「あの人は腕が良いからね、どこかの馬鹿と違って。それと、ここはマルス学園の要。司令塔をおとされると戦況は悪化の一途をたどる。つまりこの場所は、何がなんでも死守しなければならない所なんだけど、そんなことも分かってないなんて驚いたよ」


 雅は唇を結び、燃えるような瞳をカレブに向け続けていた。


「……ゆきな、こっちにおいで」


 カレブに手をひかれ、空いているコンピューターの隣にある椅子に座らされた。


「よく見ておいてごらん」


 カレブが妖しく微笑むと、校内中に放送が響き渡った。


『ただいまより、学園都市は対異質物質用の防御スキンモードにチェンジします。繰り返します』


 なにがはじまるの?

 ゆきなが首をかしげると、周りにある空間に、白い電磁波が走った。

 ゆきなは目を疑って周囲を見渡す。

 まるでテレビにノイズが走るように、

 周りの空間が歪んだ。


「……ラップでおかずをコーティングするように、道や壁、オブジェクトを薄い結界で覆ったんだ。これで多少の反動をくわえても、簡単に街は破損しない」


 カレブの解説を聞きながら目を凝らした。電磁波はやんだが、それ以外に変わったところは視認できなかった。


「さあ。戦が、はじまるよ」


 時計の針は十七時十四分を示した。


 世界を狙う害意が、現れる時間帯だ。


『アアアアアアア……』


 録音した声を極限にスローモーションで再生したような、低く、奇妙なくぐもった音が響いてきて、腹の底をふるわせた。

 そのとたん、体中の汗が吹き出るような妙な感覚を覚えた。まるで息を吸えば死んでしまうかのような、不穏な予感。


 けして気づかれてはいけない。


 息を殺さなければかわりに命を奪われるとでもいうような、嫌な感じがした。


「影が、出現しました……!」


 コンピューターを操っていた男が悲鳴のような声をあげた。


「予想域を上回る規模です。ご覧ください!」


 その場にいたものは全員スクリーンに視線を走らせる。

 校庭、体育館、屋上、校舎裏。

 そして、学園都市のいたるところで、黒い影のようなものが群がり、蠢いていた。


 人間の倍はあろう図体に、腕は刃のように尖っている。

 そしてそれには顔がない。

 ただ、鋭い牙を覗かせた口があった。


「これが、害意。世界を壊すもの……」


 腹の底まで響くようなけたたましい声と共に、それらは姿を現した。


***


「あっという間に囲まれてしまった、なんなんだこの数は!」


 屋上にて、マルス学園教師陣は凍りついていた。青白く輝くシールドの周りには、今か今かと襲う機会をうかがうように足踏みしている影の姿が何千と群がっていた。

予想以上に、多かった。


『先生方、聞こえますか』


 耳に装着したイヤフォンから、司令塔の声が聞こえる。


「ウェルザーブか、この状況、勝ち目はあるのか?」


『戦意を失わない限り我々に敗北はありませんよ。そうでしょう?不幸中の幸いにも、そちらにはチェイサーがいません。フォーメーションをBに変更します。問題は?』


「あってもどうにもならんだろう!」


 教師たちが各々、発光する細剣をふりかぶってシールドを飛び出した。

 しかしすぐ目前には、口を広げた影たちが迫っていた。異常なほどの速さだ。


「……くっ、腕一本じゃ、すまないか」


 死期を察したその瞬間、目の前の影たちは切り裂かれ、鮮血を吹き散らして肉塊となった。

 教師たちの向かい側には、まるで日本刀のような長い刃を血に光らせる少年がいた。


「ランデルト!」


 ギルは刀をかまえ、猫のような若草色の瞳を見張る。


「……ぼさっとしてる暇はないぞ!」


 教師たちは大きく頷きあい、腹の底から声をふりしぼった。


「SSJに続け!」


 彼らの追い風のように、後方から弾丸の雨がふりそそぎ、影たちの体を次々と射抜いていく。

 反対側の屋上からの援護射撃だ。そこにはライフルで狙いを定めるマルス学園生徒会員、シャロンと海飛の姿があった。


 その様子をスクリーンで見ながら、ゆきなは浅い息を繰り返していた。


「みんな、大丈夫かな……あ、危ないっ!」


「ゆきな、安心して。まだ想定範囲のことだから心配ないよ」


 と、キーボードをうち、モニターに表示される数字を目でおうカレブに声をかけられる。


「問題は、学園都市外だね。外の方が酷いらしい……ベルシュは持ち堪えられるかな」


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