第22話:地獄のテスト期間
赤。
脳裏にこびりついて離れない鮮血の傷跡。
赤。
錆びた鉄のぬぐえない匂い。
赤……。
学歴的に、赤点をとるのは致命傷だ。
「マルス学園は私立の最難関だけあって、そうとうな学力がねえと入れない学校なんっすよ」
カザネが震える声で呟いた。
「……じゃあどうしてバカザネはここにいるの? もしかして、もしかしなくともウラグチニューガク?」
ゆきなははっとして口をふさぐ。
「違うっす! マルスは、学力、財力、その他能力の三つのうち、どれか一つでもずば抜けてれば入学できるんっすよ!」
「……その他能力?」
「運動、芸術、そういった秀でたものっす!」
もちろん僕は運動っすと笑ったカザネ。
「間違ってはないが、俺たちがここにいる第一の理由は『異世界人だから』だろ。国が、異世界人はマルスに通うよう指示を出しているらしい。理由だけを見ると、裏口入学も誤りではないかもしれんな」
さらりとギルが告げた。
「それじゃ、私も……」
そんな自分が、超難関とされるマルス学園の試験を乗り切ることができるのか、とても不安になってきたゆきな。
せめてもの救いは、二ホンで使われている言語が、もといたセカイの日本語と同じであること。国語や外国語は勉強をすれば問題ないことだろう。
問題は数学と社会、歴史。そして今まで見たことがないようなことが記されている理科だった。
「大丈夫だぜ、ひめ。授業ではわりと基礎的な話が多いけど、テストはたいてい応用問題が出題される。テスト中は自分で解法を考えていく科目が多いからさ、けっこうテスト勉強は楽だぜっ!」
サラマルはにかっと笑った。サラマルの話を逆から言うと、基礎が分かっていなければ全く太刀打ちできないテストであるということだ。
さて、ここでどのくらいの学生が勉強の基礎をキチンと身に着けているだろう。
勉強における基本なんて尺度は、出来る人が決めたもの。数学を思い出して欲しい。ある日突然、関数なんて座標を突き付けられた時は気が動転しなかっただろうか。「お前、何奴……?」謎の登場人物・X点。そいつに気がとられているうちに、基礎の解説は終わっていた……なんていう経験はないだろうか。P点はどうして動くのか、どうしてAさんとBさんは同時に本屋へ出発しないのか。基礎以前の問題すら山ほど残っている。
話を戻して、とにかくテスト。応用が解けるサラマル、実は頭が良いらしい。
「そのぶん、歴史や英語はボロボロだよね、君」
と、カレブがグラスを手に言った。カレブの下にある皿には、野菜と魚一切れ、パンが乗っているが、ほとんど手はつけられていない。
「歴史なんて知ってどーすんだよ、過去の偉人とか関係ねえ」
サラマルが唇を尖らす。
「それは馬鹿の言い分だよ」
「へいへい、主席様にはさぞおれらが馬鹿に見えるだろーよ」
「違うよ。人間が馬鹿なのは当たり前じゃないか」
カレブはこの学園の主席であるらしい。なんとハイスペックなヴァンパイアだ。
「んー、サラマルたちは置いといて、ゆきなとオレはハンデ多くない?ここの授業ほとんど受けてないんだからさー」
と、ベルシュが頬杖をついた。
「それの救済措置として、赤点をとれば補講があるんだよ」カレブがグラスを静かに置いた。
「それただの拷問っすよ! どうしよう……無理っ!」
カザネが頭を抱えて机に叩きつけた。
ゆきなも同じ気分だった。
「大丈夫だよ、ゆきな。君は素質があるから、少し勉強すれば軽く平均点を上回る点数はとれるよ」
学年主席のヴァンパイアに微笑みかけられる。
「でも私、数学とか理科とか苦手だし」
「数学ならおれが教えてやるぜっ」
サラマルがウインクする。
「それなら、それ以外の科目と、数学はオレが教えてあげるね」
「ちょいまてよカレブ、数学はおれが教えるつってるだろ」
「君には無理だよ、その前に常識を勉強してくると良い」
「それはこっちのセリフだくそヴァンパイア」
サラマルとカレブがにこりと、にらみあっている。
「ゆきな、テストは一週間後らしいんだけどさ、放課後教室で勉強しようよ」
サラマルとカレブは置いといて、というように、ベルシュが予定表のような紙を広げて見せてきた。
「うん、そうだね」
「それ、俺も混ざって良いか、最近数学も何もかも分からなくなってきて……やばいんだ」
と、ギルが憂鬱そうに呟いた。
「分かった、それじゃ、ベルシュとギルと、私で勉強ね! 講師は……」
カレブとサラマルを見ると、まだ静かに火花をちらしていた。
「ああー! 明日から、テスト期間一週間前っすー!」
カザネの断末魔で、地獄の勉強祭が開幕された。




