第23話:みんなでお弁当
次の日のマルス学園。
クラスメイトたちは今日も異常なテンションだった。
「おれ、ぜーんぜん、ぜんぜん勉強してないかんなっ! ほら、オイラーの定理なんてなにそれ美味しいのって感じだしぃー?」
「目の下にくまこしらえて何言ってんのよ。というかそのセリフ、テスト当日に言うものでしょ?今から徹夜とか馬鹿なの?」
「俺スポーツ推薦だから赤点必須だわー」
「なお、補講は放課後から次の日の一限目までの徹夜補習らしいわよ」
「……遺書はなんて書けば良いと思う?」
クラスメイトたちはビリビリとしていた。ピリピリというか、ビリビリだった。前からテンションが高くてリアクションの大きい人たちだなとは思っていたが、テスト期間ともなるとそれは常軌を逸していた。
一人一人ユニークで、勉強をしながら逆立ちの練習をしはじめるような生徒までいた。
「毎回こうなの?」
呆気にとられるゆきな。
「ここの試験は難しいからな」
ギルが平然と答える。
「いや、そうじゃなくて……」
「ここの生徒、頭が良いやつはたいてい天才肌だからな」
天才とは。
「……ひーめ、そろそろ数学の授業はじまるぜっ」
「んー……あれ、ベルシュは?」
「あいつは隣のクラスだからさー」
「あ、そうだったね……」
残念ながらベルシュだけ他のクラスだった。後ろの席にはすでにカザネが座っている。熱心に何かを読みふけっていると思えば、漫画だった。
「カザネ、ちゃんと勉強しないと本当に赤点だよ?」
「ちょっとまって! ここ、今良いとこだから! これ読んだらちゃんとやるっす!」
きっとカザネはやらないだろう。呆れて前を向くゆきな。
「……おいカレブ、少しノート見せてくれないか」
ギルが、その隣の席のカレブに言った。カレブは既に、教科書とノートを広げ、筆箱を出して授業の用意をすませている。
「居眠りなんてするから、そんな汚いノートになるんだよ」
ぼやきながらノートを渡している。
サラマルはといえば、ゆきなの右隣の席ですやすやと寝息をたてはじめていた。
……本当にこいつら大丈夫なのか。誰もが思う有様だった。
授業がはじまった。
テスト前ともあって、授業内容もテストに備えた追い込みだった。
黒板に羅列された記号や数字をとにかく書き取り、先生の話をメモするゆきな。
「なになに?『……この式をもっと簡単に解くにはインスピレーションが必要。例えば、先生の住んでいる隣にある家の、奥さんのおじいさんの友達の孫の婚約者の友達が拾った子犬の写真を見た瞬間……フーリエ級数を思い出せた』」
なんじゃそりゃ。
ゆきなはとっていたメモを消しゴムでごしごし消した。
いい加減な先生の話のあとは、もはや解読不能な異国文章のような数字とアルファベットが入り混じった長ったるい式の演習問題にとりくんだ。
後ろの席のカザネからはいびきが聞こえるし、前の席のギルはイライラしていて、シャーペンをノートに当てる度に芯を砕いていた。
カレブは綺麗な文字で解答を作成しているのが見える。
隣のサラマルはいつの間にか覚醒していて、別の問題を解いていた。
そんな感じで授業をこなして、昼休憩。
「昼休憩っす! ゆーにゃん、学食いこ!」
「……カザネ、ちゃんと授業聞いてた?」
「聞いてましたとも! 途中でさらたんが国語のセンセ口説きだして、ブチ切れたギルを、れぶっちが叩きのめしたんすよね?」
「それ、きっと夢だよ」
国語の授業でそんなアクシデントは起こっていない。
外国語の授業で、精神が乱れた生徒と先生が取っ組み合いをしたあげく、仲直りの印にABCの歌を歌いながらワルツを踊ったのは事実だが。
「……昼休憩の学食は混むよ。そんな時間があるなら君たちは、教室で昼食をとってから速やかに勉強をするべきだ」
呆れたようにカレブがこちらを向いた。
「だがカレブ。もう息抜きでもしなければ頭の中がパンクしそうだ」
と、机にうつ伏せになっていたギルがうめき声をあげだ。
「そうっすよれぶっち! みんなお前みたいに鋼の体じゃねえんです! みんなデリケートなのっ!」
「そうだね。君の頭は豆腐よりもデリケートな流動体だもんね。脳がとろけでないうちに口と鼻の穴に接着剤でもつめときなよ」
「それは死にます」
「まてよおめーら。ひめだって休憩したいだろうし、ここは中庭で弁当にしようぜ!教科書も持って行ってさ」
「けどさらたん、弁当なんて用意してました?」
「ちょっと早起きして作ってやったぜ。寮のキッチンだからたいしたもんじゃねえけど」
そう言ってサラマルは、机の上にどんっと、重箱七段を乗せた。すごい量だ。
「これを一人で用意したんすか、良い嫁さんになれますよ、さらたん!」
「カザネは抜きなー」
「なんでっすか! れぶっち、これなら良いでしょっ?」
「なにも中庭なんて行かなくても」
カレブは不快そうに顔をしかめている。ゆきなは意を決して口を開いた。どうせなら昼休憩くらいみんなで楽しくご飯を食べたいと思った。
「みんなでお昼、私も行きたい。カレブくんも一緒に!」
じっと、カレブの金色の瞳を見つめる。
カレブは眉をひそめて小さく溜息をついた。
「……分かったよ」
こうして一同は、中庭に向かうことになった。マルス学園の美術館のような、天井の高い洒落た廊下を連れ立って歩く。
「カレブ、いやならてめーは教室にいても良かったんだぜ?これから行くのはお日様の下だし」
にっとして、サラマルがカレブを見る。
「余計なお世話だよ」
「SSJが一緒に昼飯か!? どういう風の吹き回しだ!?」
「私も混ざりたい……!」
気づけばたくさんの生徒が着いてきていた。
ただ一つの掃除機もびっくりな吸引力だ。
「良いぜ、余分に作ったし、みんなで食うか!」
サラマルの号令で、クラスメイトたちは嬉しそうな声を上げる。
「カレブ様……じゃなくて、ウェルザーブ君、お外に出ても大丈夫なんですか?」
カレブの周りはとくに、女の子たちでにぎわっていた。
「……大丈夫だよ。オレはまだ血を飲んだことがないし、あまり日の影響は受けないからね」
にこやかに対応しているカレブは、SSJの前とは百八十度違った。SSJではブリザードに殺気を乗せて周りを射抜くヴァンパイアが、ここでは天使の如き笑顔を爽やかなそよ風で届ける美少年だ。そりゃあ女の子も寄ってくることだろう。
ゆきながカレブの変容っぷりに驚いていると、やけに周りをとりまいてくる男子生徒たちが声をかけてきた。
「ゆきなちゃん! SSJに入ったんだよね!? 大丈夫、へんなことされてない!?」
「ゆきなちゃん! SSJに入ったってことは、もう能力が開花したのかい!? もしかして、もしかしなくても魔法少女!?」
中庭で揉まれるように昼食をすませた。
勉強どころではなかったが、みんなとくだらない話をしたり、テストのやまを議論するのは楽しかった。
なによりサラマルの弁当は、タコさんウインナーやら可愛いのがたくさんで、これを一人で作ったなんて、女子としては顔向けできないレベルだった。




