第21話:とある夕食にて
その日の晩のこと。
「ゆーにゃん、さらたん、ギル、晩飯はどうします? 食堂行く? それとも部屋で食べる? 寮から抜け出してハンバーグ食いに行くでも良いっすよ。あーけど、せっかくだからべるっちょとれぶっちも誘おうよ! ニ人とも早く帰ってこないですかねえ~」
一人で楽しそうに話すカザネに、ギルは面倒くさそうに口を開く。
「カレブのことだ。どうせまた自分は行かないとか言い出すだろう」
「そーだぜ! あいつはいつも『そこまでオレが付き合う意味は無いでしょ。食欲がないんだ、君たちだけで行ってくれ』だもんな!」
「さらたん……今の、似てるっす!」
ゲラゲラと笑うカザネに、サラマルはさらにカレブのモノマネをはじめる。
「『笑わないでくれないかい、SSJの面汚しが』とか『やあ、おはよう。今日も良い天気だね。はやく教室に行ったほうが良いよ』とか!」
「似てる似てる! 最後のは、クラスの奴らに猫かぶってる時のあれっすよね! ほんっと、意味わかんねえですよっ、良い天気だなって話ふってんのに、早々教室にぶちこもうとしてんの!」
「どんだけ話したくねーんだよってな~!」
はははと笑うサラマルとカザネ。しかしギルは咳払いをしてそっぽを向いた。
ゆきなは目が合うと「後ろを見ろ」とアイコンタクトされた。言われた通り首を回して、サラマルとカザネの後ろを見た。そこには、口だけ緩めたヴァンパイアの姿があった。
「人のモノマネで楽しんでいるところすまないけど、邪魔だから退いてくれないかい?」
「……れ、れぶっち」
真っ青になるカザネ。
「へへ、聞いてたのか~!」
にーっとするサラマルだが、小声で「やばっ」と呟いたのは聞き逃さなかった。
ギルは無言でゆきなを見ると、このまま流血沙汰になるのはまずいと思ったのか、気をきかせるように声をあげた。
「カレブ、これから飯を食いにいくことになっているんだが、お前はどうするんだ?」
「……食堂だよね、行こうか」
「ああ、そうだよな。やっぱりお前は行かな……行くのか?」
「ベルシュがオレたちの席をとっているらしくてね」
カレブは素っ気なく言うと、ゆきなに向かいあって口元を緩めた。
「――サラマルたちはどうでも良いけど……ゆきな、今日はご馳走が並ぶみたいだよ。気晴らしに行ってみるかい?」
と、鋭い金色の瞳にのぞきこまれて、思わず頷くゆきな。
「……行きたい!」
「それじゃあ混む前に向かおうか。君を珍しがる、鬱陶しい人間たちが群がる前に」
ゆきなはカレブと並んで部屋を出た。
今は優しげだが、時折垣間見える、カレブの人間を蔑む視線はとても怖かった。
「おいカレブ、どういう風の吹き回しだよ! いつもは席とってようがおれたちとは飯食わねえのに!」
サラマルたちが追いかけてきた。
「食べたでしょ。ゆきなの歓迎会の時とか」
「そうじゃなくてさ、生徒が集まる厨房には近づこうともしなかっただろ」
「別になんだって良いでしょ……」
こうしてゆきなたちは、階段を降りて一階の食堂に向かった。
おかしい。人の気配がない。今までの感じなら、SSJとゆきなのご登場を我先に見ようとする生徒たちで溢れかえるはずだった。しかし今日はその姿が一人も見当たらなかった。不審に思って厨房の扉を開いた。晩御飯の良い香りが漂ってきた。
部屋の中央には人だかりができていた。皆興奮したような、楽しそうな表情で夢中に話しこんでいる。
「おいベルシュ、席とっといてくれたんじゃねーのかよ……?」
呆れたように笑ったサラマルが、群衆の中心になっている少年に問いかけた。
「ごめんごめん、久しぶりだったからかな、みんな集まってきちゃってさ」
ちらりと、こちらに向かって手を振るベルシュの姿が見えたが、すぐさまその姿は生徒たちによってかき消された。
「あれに見えるは……ゆきなちゃんだ!」
「SSJの皆様もそろってるじゃない!」
「本当だわ、カレブくんまでいるっ!」
ガヤガヤどたどた、集まってくる生徒たち。マルス学園生はなんというか、本当にテンションが高くリアクションが大きい。
サラマルは慣れたように軽く受け答えしているし、カザネは親しげな同級生に絡まれて笑っていた。ギルは年下の女の子ファンに困惑している様子で、ゆきなも苦笑しながら後ずさった。
「ゆきな、こっちにおいで」
人混みの中から手が伸びてきて、その手に従って歩くと、開けたスペースに出た。
目の前にはカレブがいた。
「……これだから食堂は嫌なんだよ」
「まあまあ、たまには良いじゃん。なっ、ゆきな」
ゆったりとした足取りでベルシュが近づいてくる。
「カレブくんにベルシュ。今日はどうしたの?」
「気が向いただけだよ。せっかくだし、一緒に美味しいものでも探してみようか」
カレブはそう言って微笑を浮かべると、後方に並ぶビュッフェを指さした。
ゆきなは大きく頷いて、トレイと皿を装備した。
「ゆきなちゃんが……トレイを、持っている!」
と、男子生徒たちがわらわら集まって来る。トレイを持ったゆきなに何故か歓喜しながら。この調子では、ゆきなが物を口にしただけで卒倒しかねない。
「もー、オレたち同じ学園の生徒なんだからさ、食べる時くらい落ち着けって~。ほら、さっさと盆持って後ろに並ぶ並ぶ!」
ベルシュがビシッと統率をとっている。生徒たちは不満げに唇を尖らせながらもトレイを持ち、夕飯をとりはじめた。
「……ひめ、どうだ。ここの夜ビュッフェ。ちょっとうるさいけど、にぎやかで良いだろ?」
と、サラダを盛り付けていたサラマルが笑った。たくみにトマトをよけている。
「うん、そうだ……ね!」
えいっと、トマトを三切れ乗せてやると、サラマルは「うげっ」と声を漏らした。
皿におかずを盛りつけた六人は、白いテーブルクロスのかかった丸テーブルを囲んで座った。
ゆきなの両隣にはサラマルとカザネ。カザネの隣にギル、目の前にはカレブ、その隣にはベルシュといった座席だった。
厨房は華やぐように、にぎやかだった。
寮生たちは遠巻きにゆきなたちSSJを眺めては歓声をあげている。
「こんなうるさいところでなんだけど、大切な話があるんだ」
カレブが、切り出した。
その真剣な表情に、一同は手を止めた。
また、なにかあったのだろうか。
今度こそ、害意が出現するのだろうか?
息を止めて続きの言葉を待った。
「……そろそろ学力試験だけど。君たち、勉強は大丈夫なの?」
カレブは冷たい声で続けた。
「赤点とったら、徹夜補習みたいだよ」
その残酷な宣告に、少年たちは言葉を失った。
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