第20話:帰る場所
それから数十分が経過、二階フロアにある雑貨店に移動した今も尚。
「……あの男、何モンだよ一体! あの態度、まっじで頭にくらぁ」
サラマルはギリッと歯を噛み締めている。
学園都市のマスコットキャラクター・ひよこの子太郎人形を片手に。
「まあまあサラマル。関節キスを見せつけてくださりやがっただけで、怒っちゃダメだよ~」
ベルシュは困ったように笑っている。
学園都市のマスコットキャラクター・ひよこの子太郎人形を握りつぶさん勢いで。
「ちょ、ちょっと二人とも。さっきからどうしたの?」
ゆきなは急いで学園都市のマスコットキャラクター・ひよこの子太郎をニ人の手から取り戻した。
どうやら二人は、海色の瞳の少年の件で、とてもイライラしているらしい。
「君たちのせいで買い物がはかどらない。早くしてくれないかな」
ゆきなの後ろからカレブが現れた。
「――あの彼は、迷子のゆきなをオレたちのもとまで連れてきてくれたんでしょ。その後、とんでもない粗相までしでかしてくれたことだし。次会ったら息の根をとめてあげれば良いじゃない」
諭すような口調で、カレブまで物騒なことを言い始めた。
「確かにあの子、失礼な態度だったけど……そこまで怒らなくて良いと思うよ」
と、ゆきなは必死に弁護する。迷子を救ってくれた恩があるからだ。
「ちょっとゆきな、分かってんの?」
ベルシュが、ドスの利いた声を出した。
「――関節キスを奪われたんだよ、由々しき事態なの。ほんと、自分のことなんだからしっかりしてよね」
いつものベルシュじゃなかった。
「うん……けど、友達とはよく回し飲みするし、さっきはなんだかびっくりしたけど、そこまで怒ることじゃないと思うよ」
そう言いながらも、あのけだるげな海色の瞳を思い出すと、胸がざわつくのを感じた。
「……まあとにかく、必要な物は買えたし、みんなで寮に戻ろうよっ!」
ゆきなは取り繕うように笑うと、買い物籠をかたむけ、そこに入っている商品を少年たちに突き出して見せた。
アロマキャンドルに小物入れ、小洒落たスタンド、そして……白と桃色の下着。
「ひ、ひめ……そ、そそそ、そういうものはあんまり見せるもんじゃ」
「ゆきなに似合いそうだね! けどもっと布地が少ないしょーぶ下着も似……」
「君は本当におっちょこちょいだね。下着は気安く、異性に見せるものじゃないよ」
と、様々な反応を見せる少年たちにゆきなも顔を真っ赤にしながら、一同はマルス学園寮に戻ることになった。
モノレールに乗り込んで十分とたたないうちに、寮の最寄り駅に到着する。
どことなく東京駅に似た壮観な佇まいだった。そこから歩いて五分。
中世ヨーロッパの屋敷を彷彿とさせる寮へ到着した。
「ただいま」
「失敗したわ!」
寮の七階へたどり着き、談話室の扉を開けるやいなや、テーブルに書類をぶちまけたシャロンがいた。
「失敗したって」
「ああ、サラマルに……ゆきな! おかえりなさいっ」
シャロンはゆきなを視認した瞬間、嬉しそうに笑顔を浮かべた。しかしその視線は、すぐにテーブルの上に戻される。どうしてシャロンがここにいるのだろうかという疑問は、カレブが真っ先に口にした。
「ああ……この部屋を借りて反省会を開いていたのよ」
シャロンは溜息を漏らす。
「――三人目のイレギュラーの保護に失敗したの」
「それは、WSに先をこされたということかい?」
カレブが問いかけた。
「いいえ、カレブ。イレギュラーが召喚される場所は、WS自体も、あなたほど正確な座標は絞り込めていなかった様子よ」
「それなら何故」
「イレギュラーが勝手にふらふらどこかへ消えてしまったのよ、一人で。もしWSに捕まってしまったのなら……私たちは完全な後手に回るわ。せめて学園都市内にいてさえくれれば良いのだけれど」
「そうだね……」
カレブは難しい顔で頷いていた。
一方、ゆきなは頭上に無数の疑問符を浮かべる。
「あの。前から思っていたんだけど、この学園とWSって仲が悪いの?」
「そうだな、その解釈はあながち間違ってはないぜ」
サラマルが頷く。
「――WSは国の最高機関だけど、ひめが知っての通り、ベルシュを実験台にするような胡散臭い集団だ」
人を人とも思わず、隔離して非道な実験をしていたWS。
「対して学園は生徒を守る義務がある。そういうわけでおれたちは、ひめと同様に、三人目のイレギュラーを保護しようと計画してた。ただし、次元移動ってのは難しいもんだ。WSといえど、イレギュラーを召喚するタイミングと場所を細かく指定することができねえってわけさ」
「……そこで、どこに現れるか分からないイレギュラーの召喚場所を、WSよりも的確に割り出し、彼らよりも早く三人目を保護しようとしていたんだ」
カレブが締めくくる。
「そうなんだ……けど、次元転送装置を使ってイレギュラーを中心世界に連れてくるのはWSなんでしょ……それを、勝手に学園が保護しても良いの?」
それは単なる横取りとも言える行為だ。
ゆきな自身、WSに向かうことはおろか、普段はこのマルス学園に匿われている身。
ベルシュだって、WSから連れ去られる形で今ここにいる。
マルス学園はそんなことをして大丈夫なのか。何故、WSがそれを見逃しているのか、前から気になってはいた。
「確かに良くはないね」と、カレブ。
「――WSは、この国を含めた世界三大国に存在する大きな機関だ。敵にまわしたら、あらゆる意味でこの世から跡形もなく消されることになるだろう。しかしマルス学園は、学園都市の虫垂を担えるほど権力を持った私有企業であり、財閥との太いパイプもある……だから、WSと言えど安易に手が出せない。いわばこの学園都市の中は、治外法権も同義なんだよ」
「なるほど……私は、この中心世界に初めておりたった場所がマルス学園だったから、WSに連れていかれることなくみんなに守ってもらえているんだね?」
「その通りだよ。加えて言うなら、まだ君たちは未成年だ。未成年は教育機関に属することが法で定められている。従って学園は、教育目的の保護という大義名分で動くことができるわけだね。世間体を鑑みても、後ろ暗いWSは迂闊に学園に介入できないってこと」
「そーゆーことっ」
ベルシュがにんまりと人差し指をたてる。
「――最初からWSに捕まっちったオレは半分死んでたわけだし、ちょっと特殊なケースだったわけさ。普通で言うところ、ここは安全圏。学園都市から出ない限り、WSに捕まらないうちは、ゆきなに危険は及ばないよ」
得意げに笑ったベルシュの頭をサラマルが小突く。
「ベルシュ、今後はてめえも勝手な行動はすんなよな」
「あーい分かってますよーっと」
「……しかし、WSは国の行政機関とも関わりがあると聞く。国直々に害意殲滅のため、ゆきなたちをWSに引き渡すようおふれが下されたらやばくないか?」
と、ギルがはっとして一同を見渡した。その張り詰めた雰囲気に、ゆきなも不安になってサラマルたちを見る。
「その時はその時、戦争の相手が一つ増えるだけさ、国っていうな」
サラマルはにやりと笑って続ける。
「――おれたちはもう、仲間を誰にも傷つけさせるつもりねーから」
その、何の淀みも含まれていない声に、ゆきなはそっと微笑んだ。
「とにかく、今回逃したイレギュラーについては、生徒会で捜索を続けるわ」
シャロンはそう言って背筋を伸ばした。
「――またいつ、害意がこのセカイに攻め込んでくるか分からない。あなたたちは気を引き締めつつ、学園生活に勤しみなさい。そしてSSJとして己の技量を高めながら、ゆきなを守り抜くのよ」
そう言い残して、シャロンが部屋をあとにした。
ゆきなは全ての力が抜けたように、そこにあった椅子に座り込んだ。
今日までの疲労と、難しい話に体力がつきたのだ。
「……ゆきな、ゆきなは何も気にしなくて大丈夫だから」
ベルシュが微笑みかけてきた。優しい微笑に笑顔を返すと、頭をそっと撫でられる。
「とりあえず、今日は休みな」
「ベルシュはこれからどうするの?」
「んーまずは、寮長室に戻ろうかな。いちおうオレ、ここの寮長さんだし……溜まってる書類を燃やさないとー」
燃やすの?
問いかける前に、ベルシュの後ろにぬっと誰かが現れた。
「ベルシュ。君たちの怠慢はめぐりめぐってオレたち生徒会の負担になるんだ。職務はきちんと果たしてくれないかい」
「げっ、カレブ。そういえばカレブは、SSJと生徒会を掛け持ちしてたもんな。二つの架け橋だなっ」
「話をそらさないで欲しいな。君が今まで溜めた仕事、今まで誰が処理していたと思う?さあ、今すぐつけをはらいに行こうか」
「あ~。助けて、ゆきな~」
ベルシュはカレブに連行されて行った。
それにしてもカレブが生徒会まで兼任していたことには驚きだった。
「ったく、久しぶりに日常って感じだぜ」
きどったように笑ったサラマルと目が合う。
「――ひめ、ここはひめの家なんだからさ、もっとくつろいで良いんだぜ?」
「私の、家……?」
「馬鹿。ゆきなにはまだ、ちゃんと生まれ育った本当の家があるんだ」
ギルはサラマルをにらんで言うと、気づかわしげにゆきなを見た。
「――だからゆきな、もとのセカイにはちゃんと帰れるから、気にするな」
「ひめは何があっても無事に、もとのセカイに帰してやるさ。けど、ここがひめのもう一つの家っていうのも悪くねーじゃん。な、ひめ?」
サラマルに笑いかけられ、ゆきなは小さく頷いて、照れくさくなって笑った。
ここが、このマルス学園寮の、SSJのこの部屋が、ゆきなのもう一つの帰る場所。
少し嬉しくなってサラマルとギルに礼を言うと、ギルも照れたようににっと笑った。
「……じゃじゃじゃーん!」
高らかな声がキッチンから響き渡った。
何事かと思えば間もなくして、巨大なバケツを持ったカザネが現れた。
その中には特盛のプリンがぶるんと揺れていた。姿が見えないと思えば、こんなものを作っていたらしい。
「ようこそゆーにゃん第二弾、そして、べるっちょおかえり記念のぷりんちゃんっすよ!」
「お、カザネにしてはよくできてんじゃん、一口くれよ」
「だめですさらたん。これは……僕が独り占めするんです!」
「はぁー!?」
「私のお祝いじゃないの!?」
「とれるもんならとってみろっすー!」
笑いながら飛び跳ねるカザネの能天気につられて、ゆきなもスプーンをかまえてプリン争奪戦に加わった。
先日目の当たりにした恐ろしい実験も、友達が傷つき、命が危険に晒されたことも、そして、セカイが得体の知れないものに狙われている恐怖さえも全て、今では夢のようでいて。紛うことなき現実である。
こうしてふざけあっていられるこの瞬間こそ、泡沫の夢なのかもしれない。
それでも。
それでも今だけはと。
ゆきなはゆっくりと辺りを見渡す。
みんながいるSSJの談話室が、ゆきなのもう一つの帰る場所なんだ、と。




