第19話:迷子の黒猫
こうして四人は様々な店を回りはじめた。
雑貨店に服屋、ランジェリーショップに……
「サラマル、女性用の下着コーナーじろじろ見ない方が良いよ」
「み、見てねえよカレブ! そう言うカレブだって見てんじゃねえの?」
「下着ごときで発情しないよオレは」
「ねーねーサラマル、あの下着、ゆきなに似合いそうだと思わない?」
「……っ!?」
ベルシュに耳打ちされたサラマルはフリーズする。
「こ、こらベルシュ! 変なこと言わないで!」
赤面したゆきなの抗議。
「わりぃひめ……」
何故かサラマルが謝った。
「もう……変態は知らない!」
「ちょ、待てよひめっ……カレブ何やってんだ、ひめ行っちまうぜ!」
「ギルから連絡が入ったんだ」
立ち止まったカレブは端末を手に顔を上げた。
「へ?」
サラマルとベルシュが顔を見合わせた。
***
久しぶりの和やかな雰囲気も束の間。
ゆきなは迷子になってしまった。
少し羽目を外しすぎたらしい。
広いショッピングモールに一人きり。そういえば、携帯端末を持っていない。ゆきなは途方に暮れながら歩き続けていた。
今頃サラマルたちは心配していることだろう。
「クレープ食べきってから、全力でみんなを探さないと……!」
決意を胸に踵を返し、広い中央ホールにある噴水の縁に腰をおろした。
すると……ぶに。
何か変なものを踏みつけた感覚がして、勢い良く立ち上がる。
「な、なに!?」
「……それはこっちのセリフ」
噴水の縁に寝そべっていた少年が、むくりと起き上がった。
ゆきなと同い年くらいだろうか。
癖のない艶やかな黒髪に、中性的な、端正な顔立ちをした少年だった。目を引くのはその海色の瞳。眠そう……というか、気だるげなオーラ全開でこちらをジィッと見上げている。
「あ……踏んでしまってごめんなさい」
「いいよ別に。男の尻に踏まれるよりは何百倍もマシ」
少年は台本を棒読みしているかのような抑揚の無い喋り方をした。何の感情も浮かばない無表情。そもそも込める感情が無い。それがこの少年を表す、的確な表現に思えた。
「あの、ここで寝ちゃ風邪ひきますよ?」
「んー。だったらさ、ここが何処だか、教えてくんない?」
「はい?」
「俺、迷子だから」
「き、奇遇ですね」
「お前も、迷子の子猫ちゃん?」
「子猫では無いけど……」
「ふーん……面白い匂いがすんな、お前」
少年は「どっこいしょ」と、気のない掛け声と共に重い腰をあげた。
「もしかしたらお前、ツレがいんの? 男の」
「そうだけど……なんで分かったの?」
「さあな。俺も自分のことながら、びっくりしとる」
立ち上がった少年は一瞬よろめくと、額を手で押さえた。体調が良くないのか、顔色が悪い。
「……ひめ」
「え?」
「ひめ……これ、お前の名前?」
少年がぼそりと問いかけた。
「え。いや、名前じゃないけど、そう呼んでくれる人がいるよ」
「なるほどね」
少年はここではじめて、ニヤリと笑った。
「そんじゃ、この優しいおにいさんが、迷子の子猫を飼い主のもとまで送ってやるよ」
「な……飼い主って」
失礼な少年だった。
「ぼやぼやしとると問答無用でおいてく」
少年はそう言うと歩幅大きく歩いて行ってしまう。
「うわ、ちょっと待ってよ!?」
ゆきなは急いでその背中を追いかけた。
しばらく少年に続いて歩いていると、すぐにサラマルたちと合流することができた。
「ひめ、無事だったか!?」
サラマルは血相を変えていた。
「大丈夫だよサラマル」
「ダメでしょゆきな、勝手に歩いていっちゃ」
「そうだよ、どっかのナンパ野郎に着いて行ったのかと思った!」
「ごめんねカレブくんにベルシュ」
ゆきなは申し訳なさそうにうつむく。
「それにしてもひめ、この隣にいる奴だれ? その、どっかのナンパ野郎ってか?」
「違うよ、私をここまで連れてきてくれた人なんだけど……」
「なんだ、そうだったか。わりーな、わざわざひめを送り届けてもらって」
「別に。お前に礼なんか言われる筋合いは無い」
青目の少年は素っ気なく答えると、ツカツカとゆきなのもとへ歩み寄って来た。そして、ゆきなが持っていたクレープをひょいと奪った。
「あ……私のクレープ、食べかけなんだけど!」
少年は素知らぬ顔でそれを頬張っている。
「だからこその報酬だよ。送り届けてやったお礼ってやつ、ほんとは、お前の唇が良かったんだけど」
少年は、指についたクリームを舐めとって、流すような視線をゆきなの口元に向けてきた。
ゆきなはドキリとして、両手で口を塞ぐ。
「今日のとこは、これで勘弁してやるよ。ひーめちゃん」
少年はそう告げると、踵を返して歩いて行った。その足取りは重いのに、丸めた背中や雰囲気は、どことなく野良猫を彷彿とさせた。
「ま、まって……このまま、どこ行くの、あなたも迷子じゃなかったの?」
ゆきなは急いでその背中に問いかける。
「……なんか俺のこと呼んでる奴がいるから、行ってみることにする。気に入らなかったら逃げるのみだな」
少年はそれだけ答えると、人混みの中へと消えて行った。
「と、とりあえず……心配かけてごめんね、みん……な」
振り返ったゆきなはぎょっとした。サラマルとベルシュとカレブは、近づいただけで火傷してしまいそうなほど、苛立っていた。




