表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第三章:SSJ結成編
19/39

第18話:安息の日

 マルス学園寮七階、談話室にて、SSJ一同は対面していた。


 そこにはベルシュの姿もあった。ベルシュはもともとSSJの一員であり、この七階に住んでいたそうだ。またこれから一緒に暮らせるようになるのだ。

 ベルシュは今、ギルの普段着を借りている。身長の高いギルの服を着ているせいか、萌え袖になっていた。


「あはは、これ彼シャツみたいだよな?」

「彼シャツとはなんだ、旨いのか?」


 素で小首を傾げるギルだった。


「それで話ってなんすか、れぶっち。やっぱ害意関連のこと?」


 カザネが真剣な面持ちで尋ねかける。カレブは一つ頷いた。

 ベルシュ奪還作戦で後回しになっていたが、一週間以内で、害意たちが襲来する予定なのだ。


「その、害意たちの襲撃の話なんだけど――」


 カレブが険しい顔をしたまま話を切り出した。


「――無くなったんだ」


「え?」


 一同が声を揃えて首を傾げる。


「だから、襲ってくる予定だった害意が……忽然と消えたんだ。おそらくは、時空の歪に隠れたんだと思うんだけど……これでしばらく、奴らは攻めてこないだろう」


「そ、そんなこと今まであったか!?」


 困惑顔のギルが声を荒げる。


「――お前やWSの予測が外れるなんて有り得なかったろ……まさか、予測が失敗してたのか?」


「いや、失敗していた訳ではないよ、ギル。なにせ、奴らが消えてしまった理由も分かっているんだから」


 何はともあれ。いささか肩透かしを食らった気分だが、安堵感に全身の力が抜けるゆきな。戦が起こらない。その事実に、張り詰めていたものが緩んで、倒れるようソファーに腰を沈めた。


「今回は誰も傷つかずにすむってんだから、良いことじゃねえか。けど害意は消えたわけじゃねえ。またいつ襲ってくるかは分かんねえんだから……ところで、その害意たちが消えちまった理由ってなんなんだよ、カレブ」


 サラマルが問いかける。


「理由はね。実は先日、ゆきながこっちのセカイに来た二日目に、WSがもう一人のイレギュラーをこのセカイに、召喚することを決めたんだ」


「まさかそれが原因か?今日その三人目が現れるから、害意たちがこっちのセカイに干渉できなくなった、ってか?」


「さすがだねサラマル。頭は回転寿司なみによく回るね」


「その言い方腹立つぜカレブ」


「もう一度説明すると、今日の午前中にもう一人のイレギュラーが現れる。それによって次元に大きな波動が発生し、その偶然の産物が、たまたま異質物質がこちらへ来襲する妨げとなった。故に今日の戦いは無くなった……ということ」


「つまりそれって……今日はフツーの休日になるってことじゃ!?」


 ベルシュが身を乗り出して瞳を輝かせる。


「そういうことだよ。ただしベルシュは他にもやることあるよね。学園の理事や先生たちに今までのことを報告したり、こっちで再び生活するために必要な物をそろえないと」


 淡々と告げるカレブに、ベルシュは「げっ」と苦虫を噛み潰したような顔をする。


「やること多すぎじゃない?」


「いや、丁度良いんじゃねえか?今日休みになるんだったらさ、ひめの必需品も買いに行かなきゃなんねーし。ほら、シャロンも言ってたろ。服とかその他もろもろ。皆で近場のショッピングモールにでも行くか?」


「え……良いの?」


 ゆきなはパッと顔を輝かせる。

 こちらのセカイでどこかに出かけるのは初めてだったからだ。


「……それは名案だね、ただし」


 カレブが黒い笑みを浮かべていた。


***


「何故こうなるんだ!」


 イライラ絶頂のギルは、カザネと共にワゴン車に揺られていた。


「僕らだけ貧乏クジひくとか――」


 カザネは、大きく「ハズレ」と書かれた紙を手にうつむいている。


「――ゆーにゃんと買い物したかったっす」


「何をいつまでもしょぼくれているのよ、集中なさい」


 ワゴン車の助手席に座るシャロンが声を荒げた。


「会長、ちゃんと前向いて座らないと危ないよ」


 と、運転席の生徒会員・矢崎が困ったような笑顔を浮かべる。シャロンはおかまいなしに拳を振り上げる。


「これから私たちで、三人目のイレギュラーを捕獲しに行くのよ!WSよりも早く捕まえないと!」


「かいちょ、その言い方だと犯罪者臭やばいっすよ……」


「何を言っているのよ向咲。犯罪者まがいなことをしているのはWSよ」


「いや、だがイレギュラーを横取りする俺らも相当な犯罪者だと思うんだが」


「あら。ゆきなというイレギュラーを所有している時点で、今更なにを言っているのかしら、ランデルト。それとも、またベルシュのような目に合う被害者を出して良いというの?」


「そういう訳ではないぞ。ただ、ゆきなを保護した時は、あいつがちょうど学園に召喚されたから良かったものの……今回イレギュラーが召喚される場所は、学園都市外だろ?」


「だから急いでるんじゃないの。WSに先を越される前に、私たちがイレギュラーを見つけるのよ!」


 ギルとカザネを乗せたワゴン車は、こうして学園都市外に向かったのだった。


***


「二人には悪いことしちゃったかな……」


 ゆきなはベンチに腰掛けながら頭上を見上げた。

 現在ゆきなたちは、学園都市内にあるショッピングモールの中にいる。天井はガラスばりで、晴れ渡った空を映している。キラキラと輝く陽光のシャワーを浴びながら、辺りを見渡す。平日のショッピングモールだが、今日はなかなか混みあっていた。臨時休校となった学校の学生たちが遊びに来ているのだろう。


「害意の襲来警報も解除されたわけだし、みんな暇なんでしょ」


 隣には、ミルキーハットをかぶったヴァンパイア、カレブが座っていた。その手に握っているのは抹茶シェイク。


「警報が続いてたら、みんな屋内にいなきゃいけないの?」ゆきなは尋ねる。


「そうだね。店も閉店して、一般人は全員、地下シェルターへ避難しなきゃいけない」


「大変なんだね……」


 そう返しながら、視線を少し先に向ける。ベルシュがサラマルにクレープを奢らせていた。


「カレブくんは二人に混ざらなくて良いの?」


「どうして混ざる必要があるの」


 ヴァンパイアは素っ気なかった。煩わしそうに瞳を細めてさえいるのは、天窓から降り注ぐ日光のせいだろうか。


 ゆきなは数日前のことを思い出した。カレブが人間に向けていた偽りの仮面、蔑むような眼差し。しかし、ベルシュを一緒に助け出した時のカレブは、心から友を救い出そうとしていた。こうして一緒にショッピングモールにいることを考えても、SSJという場所が、カレブにとって特別なものであることは想像できる。


「どうしたのゆきな、悩み事かい?」


 不意に耳元で声がして、どきりとするゆきな。じっとカレブがこちらを伺っていた。


「……カレブくんって、本当は優しいんだなと思って」


「藪から棒にどうしたの」


「ベルシュのこともそうだし、今だって、私のために買い物に付き合ってくれてるから」


「ベルシュを助けたのは、恩のある人間を死なせるわけにはいかなかったからだよ。それにSSJにとって、ベルシュという存在を欠くのは痛手となるからね。それ以上の理由はないよ」


 淡々と告げるカレブだった。


「――ただ。君に関しては見解が変わったよ」


「見解?」


 尋ねると、カレブは瞳を鋭くさせて頷いた。


「君は、そこらへんにいる人間とは違うってこと。会って間もない人のために、自らの命を平気で危険に投じる。君という人間は、本当に……馬鹿だなって」


 馬鹿。ゆきなは「うう」と唸った。

 対してカレブはクスリと笑う。


「人間は下劣で愚かな生き物だよ。ただ数が多いだけ。ただ数が多いという点においてのみ、オレたちヴァンパイアは人間に劣っている。だから現状としてヴァンパイアは、人と共存する他、生き残る術がない。人間の御機嫌取りと言われても否めない」


 カレブが、教室で乾いた笑顔を浮かべ続けているのは。


「――正直くだらない話だ。人間は弱いくせに狡猾(こうかつ)小癪(こしゃく)で好かない、対等に話す価値すらない。しかし……馬鹿は、嫌いじゃないよ」


 嫌いじゃない。カレブは繰り返して、楽しそうに、本当に楽しそうに笑った。


「なにより君は、いじりがいがありそうだしね」


「カレブくんって……もしかして、ドSなの……?」


 麗しい微笑を浮かべて小首を傾げるヴァンパイア。確信犯だった。


「ゆきなお待たせ! ゆきなのは、オレとお揃いで良いよな?」


 クレープを両手に持ったベルシュと、サラマルが帰ってきた。


「おいカレブ、ひめと何やってたんだ?」


「サラマルの身長がどうすれば伸びるのか考えてあげてたんだ」妖しく笑いながら答えるカレブ。


「は、はぁ!? っざけんなよカレブ、余計なお世話だ! もうクレープやんねえからな!」


「サラマル、怒り方が幼稚」


「んだとてめえ誰がお子様だって!?」


「そうは言ってない」


 また言い争いをはじめる二人をニヤニヤ見つめながら、ベルシュが隣のスペースに腰掛けてきた。


「なぁ、ゆきな」


「うん、どうしたの?」


 クレープを一つもらいながら、ゆきなは尋ねる。


「ほんとに、ありがとな」


 ベルシュは瞳を細めて、静かな声色で言った。唐突な感謝の言葉。それが指し示す意味は語るまでもない。


「こっちこそ、帰って来てくれてありがと、ベルシュ」


 ゆきなもニッコリと微笑み返す。

 すると、キュッと手が柔らかいものに包まれた。

 ベルシュに手を握られたのだ。

 目を合わせると、大人びた微笑を浮かべて指を絡ませてきた。

 あどけないふりをして、大胆な行動をする紫水晶色の少年。ゆきなはピクリと体を震わせ、視線を反らせた。


「つーか、このクレープうめえな……寮で作ってみっか」


 もう機嫌を直したのか、向かい側に立っていたサラマルがチョコのたっぷりかかったクレープを食べていた。


「うん! 楽しみにしてるね……さらたん!」


 ゆきなは嬉しそうに声を上げた。


「さらたんってひめ……まあいっか。クレープ食いながら、次の店行くぜ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ