第17話:奇跡のチカラ
寮へと引き返した五人は、それぞれの寝室へ直行した。少年たちが泣いていたのかは分からない。口を開こうとするものは誰もいなかった。
友の死。
心がえぐられ、ずたずたに引き裂かれるような痛み。逃れることのできない悲しみは、きっといつまでも続くだろう。いくら嘆いても取り返せない笑顔の意味を知っているから、だから彼は「永遠」になる。
紫色の少年は、幸せだと笑っていた。
さよならなんかじゃない、思い返せばいつもそこに彼はいる。何億光年離れても、想いが心を繋ぎとめる奇跡。
少年はそれを伝えたかったのだろう。
そうして絆は永遠となる。
だからもう、離れ離れじゃ無い。
ゆきなは布団にくるまってうずくまる。
涙はとっくに枯れていた。
前へ進むために、瞳をつむる。
たった数日間だったけれど、少年と紡いだ物語を胸に抱いて。
ゆきなが目覚めた時には、とっくに次の日の昼間を過ぎていた。空は透き通るように青い。学校は……休みらしい。近日来る害意の襲来に備えての臨時休校だ。
サラマルたちは起きているのだろうか。ゆきなはベッドの中で窓を見上げる。泣きはらした目は痛いけれど、心は少し軽くなったようだ。まだ思い出すと心は軋むけれど。
「……朝だ」
ゆきなは上半身を起こして、伸びをした。
「よしっ、着替えなくっちゃ!」
自分にかつを入れるように声をあげる。
「あ、もう起きたんだ。おはよっ」
「うん、おはよ!」
返事をしながらゆきなは思う。
今、誰が自分に挨拶をしたのだろうと。
声がした方の、窓際を見つめ、
静止した。
これは夢だろうか。
何度も自分の頬をつねる。
「まるでお化けでも見た顔じゃん!」
窓枠の上で、少年は愉快そうに笑っていた。
人懐っこい笑顔と、藤色の髪、紫水晶色の瞳を持つ少年が、確かにそこにいた。
「……ベルシュ、どうして?」
ゆきなは頬をつねったまま尋ねかける。
「あはは、なんか気づいたらオレ……帰って来ちゃってた!」
ペロリと舌を出すベルシュ。
「まあ多分、お前のおかげなんだろうけどさ~」
「私、の……?」
半信半疑で繰り返すゆきな。
「うん、自分のことだからなんとなく分かるんだけど……どうやらゆきなの『力』が、オレをこっちに引き止めてくれてるみたい」
「私の、力……?」
ゆきなは両手を見つめる。何もした覚えは無かった。
「無自覚って顔だな?無意識ってことは、まだ覚醒しきってないんだね。とにかくオレ、本物の体は無いけど、またしばらくは一緒にいれるよ!」
両手を広げてとびきりの笑顔を咲かせたベルシュが、ゆきなに向かってダイブしてきた。
それを何とか受け止めながら、ベルシュの甘い香りを、体温を、全身で感じる。
「ゆきな、つかまえた~!」
へにゃりと笑っているのは、間違いなくベルシュだった。
「ほんとに、ほんとに戻って来たんだよね……?」
「うん! オレとゆきなはもう、繋がっているんだよ……ゆきなの力でね」
体を離したベルシュは、小首を傾げて妖艶に笑っていた。
「ゆきな、どうした一人で騒いで」
扉を叩くギルの声がした。
「ギル……とにかく中に来て! 鍵、あいてるから!」
「物騒な、寝る時はちゃんと閉めるべき……だ」
ベッドの上でゆきなと戯れるベルシュを認識し、フリーズしている。
「あ、ギル! ただいまっ」
「ただいまって……おいおい、お前」
状況を呑み込んだギルが笑顔になるころには、サラマルたちも集まってきて
「うああああああああっ! 良かった、良かったよおおおおおおまじでえええええっ!」
カザネが号泣した。
「ったく、つくづく人騒がせな奴だぜ、女の子を散々泣かせといてさ。なに呑気に帰ってきてんだよ」
「……サラマル、泣いてるの?」
「な、泣いてねえよカレブ! 全然、これっぽっちも……! ていうか、カレブはなんでそんなに平然としてんだっ」
「いや、なんとなくベルシュならすぐ戻ってくる気がして」
「さっすがカレブ、オレのことよく分かってんじゃん!」
「はあ、また騒がしくなるね」
カレブは瞳を閉じて、唇を緩めた。
「うあああああああああああっ、べ、べるっちょ……お、おかえりーぃっ」
「うわっ、カザネ抱きつくなよ……どさくさにまぎれてゆきなに触るな~!」
「も、もう……みんな、はしゃぎすぎだよ……」
やっと笑顔になるゆきな。
「あ、そうだ、ベルシュ……?」
そっとベルシュに問いかける。
「――ベルシュが一回いなくなろうとした時、私に何て言おうとしたの? 聞き取れなかったの……」
「んー? オレに早食いで勝てたら教えてあげるっ」
「な、なによそれ!?」
「へへへっ、百年たってもゆきなには無理だろうけどさ!」
「そ、そうだろうね……けど、ほんとに戻ってきれくれて良かった……」
涙を浮かべながら笑うゆきなをそっと見つめ、ベルシュは誰にも聞こえない声で呟く。
「ゆきな、お前はオレが生きたい理由だよ」
***
『トップー。なんでイレギュラーくん見逃しちゃったのー?』
『そうだよー。結局まだこのセカイにいるみたいだしー』
WSの研究施設にて。
二人のフードは、すらりと背の高い白衣姿の女性を見上げる。女性は黒縁のメガネをかけ、色素の薄い髪を結い上げている。
「……紫水晶を人柱にしても、どうせセカイは救われなかった。それならば、もっと面白い結果が得られるであろう方向に、サイを投げるのが研究者の性だ」
女性は歌う様に続ける。
「――チェイサーを倒せば見逃してやると決めた時。紫水晶、被検体の命は既に尽きようとしていた。彼を人柱にした理由も、その命が潰えようとしていたからだ。それがどうだね。まさかこんな奇跡が起こるとは」
『何で奇跡がおこったのか』
『トップは知ってるんでしょー?』
「ああ。彼女の……二人目のイレギュラーの『能力』が目覚めかけた結果だろう」
『イレギュラーちゃんの力?』
『へー、覚醒しきってないのにすごいことできるんだね』
「おかげさまで、我々は一つの仮説を立てることができた。それを裏付けるためにも……彼女たちの観察を存続する必要がある……もっと踊ってもらわねばね」




