011
雨が上がり、青空が広がって眩しい太陽が差し込む。
庭に咲く紫陽花は雫でキラキラと輝き、庭にできた水たまりには空が写り込んでいた。
神秘機的なその光景を、少女は縁側で足をばたつかせながら見つめていた。
「凪」
不意に名前を呼ばれて、声のした方に目を向けた瞬間、少女は満面の笑みを浮かべて走り出した。
「おとうさまっ!」
「何してたんだ?」
「おにわ見てたの。すっごくきれいだったから」
「そうか」
優しく頭を撫でられると、凪は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「おしごとは?」
「あぁ。これから紅の所に袴を届けにいいくんだ。凪も来るか?」
「いく!」
「そうか。なら、すぐに準備しろ」
「おかあさまも?」
「あぁ。三人でだ」
三人のお出かけが嬉しいのか、子供らしい無邪気な笑みを浮かべて部屋へと走り出した。
「おかあさま」
「あら、凪。どうしたの?」
「おでかけ、こうさんのところ」
「ふふっ。嬉しそうね」
「さんにんだから。おとうさまとおかあさまと」
ご機嫌の娘に、母親は優しく頭を撫でてあげて、ぎゅっと抱きしめた。
「着物、どれ着るの?」
「さくら!」
出かけるときは、いつもとは違う着物を着ることができる。呉服屋の娘として産まれてきて、この世に生を受けたその瞬間に、彼女は家の跡取りとなった。
まだ幼いため、跡取りとしての教育は行っていないが、凪は着物が大好きだった。色や柄、それを見ているだけでも楽しい。帯や着物の組み合わせも、考えるのが楽しい。
「きょうね、おそとのけしききれいだった」
「そうなの?」
「うん。この前きてた、おきゃくさんがかっていったきものがらににてた」
凪はすっかり着物の虜になっていた。ふとした風景から、家にある着物の柄を思い出したり、こういう柄の着物があったらなと考えたりする。
「準備できたか」
襖の向こうから父親の声が聞こえ、凪は大きく返事をした。
「おっ、似合ってるな凪」
「おかあさまのおなまえのおはな。この前は、おとうさまのお花だったから」
「……桜花、娘が可愛すぎてやばいんだが」
「もう何度も聞きましたよ。いい加減慣れてください」
「ねぇ、はやくおでかけしよう」
うずうずと体を揺らしながら、凪は二人を待つ。そんな様子がとても愛らしく、思わず笑みがこぼれてしまう。
立ち上がった二人は、右手を母親が、左手を父親が繋いだ。
「嬉しそうだな、凪」
「うん。なんかね、ずっと前からそうだったの」
「ずっと前って」
「こんなことしたい、あんなことしたいって。わたしが思ってるはずなのに、だれかがわたしにおねがいしてるみたいな」
不意に聞こえた鷹の鳴き声に凪は空を見上げた。雲ひとつない青空に、縁を描くように飛ぶ鷹の姿。
「おとうさま?」
その時、父親が顔を片手で隠しながら泣く姿が目に映った。母親も、どこか寂しそうな姿をしており、凪は途端に不安になった。
「ふたりとも、どうしたの?わ、わたし……な、なにかわるいこと、いった?」
不安で、泣いちゃダメなのに涙が溢れ出てきてしまう。
笑ってて欲しいのに、自分のせいで二人が悲しい思いをするのは嫌だった。
「違うんだ。ごめんな、不安にさせて」
「心配しなくていいのよ」
「ホントに?」
「あぁ。父さんが泣いてたのは、友がタバコを吸いすぎて死なないかって不安で泣いてたんだ」
「じゃあ、わたしがこうさんにいう!タバコやめてって」
「おう、いってくれ」
また、両親が笑みを浮かべて、凪は嬉しくて一緒に笑みを浮かべる。
【二人のこと、お願いね】
「ん?」
「どうした、凪」
「……ううん。なんでもないよ」
三人は、再び歩き始める。
————貴方様に、いい縁が来ますように
《彼岸花》
燃えるような真っ赤な花を咲かせる一輪の華。
黄色や白なども見られるが、多くは赤い、まるで血を吸ったかのような鮮やかな色合いをしている。
夏終わり、木の葉色づく、秋の頃。
夏の終わりから秋の初めにかけて咲き始めるこの華は、別名【曼珠沙華】と言われている。異名では【死人花】【地獄花】【幽霊花】と《死》を連想させるものが多くある。
しかし、その名は的外れではない。なぜなら、この華は《有毒植物》。吐き気や下痢、ひどい時には《死》に至る症状も出たりする。
そんな華に込められた言葉もまた、儚くて尊いものが多くある。
そんなものが混じりに混じり、一つの《儀式》が生み出された。
それが本当に良いものなのかはわからない。だが、多くのものがその儀式をどうしても行いたいと思う。それは、儀式を行った自分自信が、未来という一歩を踏み出すために、過去との縁を断ち切り、来世で再び出会うためのモノ。
その儀式はーーーーーーー
【悲願の儀式】
《完》