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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
20/38

愚兄、発見


 どこまでも上から目線なあの愚兄でも、それなりに慕われては居たらしい。


 ユラウスの失踪を知らせてくれた部下達の少し泣きだしそうな情けない表情に誘導されるがままに、セリア達はミネルバ当主の執務室に逆戻りすることになった。

 そこには、机に膝を付き、合わせた手の甲に額を押し当てて項垂れる当主が居た。


 どうやら、別の部下が事の次第をすでに説明していたようだ。


 セリア達が入ってくる音を聞いて顔を上げた彼は父の顔で心配をしつつ、当主として申し訳なさそうな視線を向けてきた。


 彼が伝えたい言葉は一つで、それはきっと他の皆も予想できるもの。

 椅子から立ち上がり、今まさに部屋に入ってきたばかりというセリア達の前に立った当主は、深く頭を下げて声を絞り出す。


「どうか、どうか息子を助けてくだされ!」


 公爵当主としての誇りもプライドもかなぐり捨てたその姿に、周りに居た部下達が息を呑んだのがわかったが、まったく関係なかった。


 忽然と消えた息子の救出。


 到底無理に思える今の世界でそれが出来るのは、目の前に居る二人だけだと知っていたからだ。



✿  ✿  ✿


「………だろう、な」

「ですよ、ね」

 部下の一人に連れられてやってきたのは、昼間居た森の前だった。


 馬の拒否反応により、ある一定の場所から前に進めずに居る一行だったが、目の前に広がる黒い穴が見えるセリアとキャロンは静かにそう呟く。


「どういう、こと?」

 張りつめた空気を醸し出す彼女達に話しかけるのは勇気がいったが、マルセルの居ない今回ばかりはそうも言ってられない。

 リュシアンは恐る恐る尋ねることにした。


 すると、セリアが険しい顔を少しだけ解いて視線だけである一点を指し示す。


「昼間塞いだはずの結界が破られ、穴が丸出しになっている。きっとお前の兄は、気づかないままその中に引き込まれたんだろう」

「この中に居る誰かは、どうしてもわたし達をこの穴の中に連れ込みたいようですね」

 キャロンの言葉に、セリアが狂気的な笑みをもって返した。

「ならば、それに応えてやるまで」


 セリアはヤル気満々だった。


 魔力を使うだろうという事は分かっていたので、あえて戦力は少なくするつもりでいた。穴の中に入るのは、セリア、キャロンはもちろん、剣に覚えのあるリュシアンにジェラミー、そしてノアだ。


 ここまで引き連れてきた部下は、馬と共に残ってもらう。

 何かあれば、彼がミネルバ家に異変に伝える手筈になっている。といっても、魔力もなく、穴も見えない彼に出来ることはあまりないが。


 何度か深呼吸を繰り返し、一同は森に入っていく。

 リュシアン達にとっては、森の中に入っていくのと何ら変わりはなかった。


 けれどそれは一瞬の事。

 森の中に足を踏み入れたと思った刹那、視界は暗転し、気が付けば彼らは足元さえ覚束ない暗闇の中に立っていた。


「うおっ」

 たたらを踏み、思わず小さな声を漏らしたノアや、いきなりの景色の変化に着いていけず目を白黒させるリュシアンやジェラミーとは反対に、セリアとキャロンは表情を強張らせたまま辺りを窺っている。


 まるで長い長い隧道の真ん中に居るような感覚だ。


 入り口はおろか出口さえ見えない真っ暗な闇の中を、セリアを先頭に彼らは進む。

 何が起きているのか分からない状態なので、下手に魔力は使えないと、セリアは火を灯すことを拒否していた。


 どれほど歩いただろう。


 それは数秒の事であったようにも思うし、数刻という長い間の彷徨っていたかのようにも感じる。

 急に暗転した先の出来事ように、この時もまた突然道は開かれた。


「………っ」

 暗い道を抜けた先に広がった景色に、一同は同時に息を呑んだ。



『許さない』

『ゆるさない』

『ユルサナイ』

『ナゼ』

『どうして』

 まるで空気中を漂うように揺れ動く黒い影の数々が行く手を阻んできたのである。


 森の中でも、木々がない開けた場所に出ることが出来たというのに、セリア達は気が付いたときにはその無数の影に周りを囲まれていた。


「しまった、囲まれたか!」

 すぐさま戦闘態勢に入り、それぞれ背を合わせ、死角がないように構えを取る。


 幸いにもある程度の戦闘状況を見越してここへやってきたため、それぞれ武器を携えていた。

 セリアは細身の剣を、リュシアンとジェラミーは自身の愛用の剣を。キャロンは手のひらより少し眺めの短剣を二本、交差させるように構え、ノアは援護が出来るよう弓矢を装備していた。


 頭上は黒く淀んだ厚い雲で覆われていたし、視界もあまり良好ではない。周りを揺蕩う黒の影達も相まって、お世辞にも歓迎されているとは言えなかった。


 敵が何かも分からない今、闇雲に戦うのはあまり賢い戦い方とは思えなかった。

 それなりの実戦経験のあるセリア達五人はそれを肌で感じていたのはだろう。それぞれが構え、目の前の影との間合いを測るだけで、それぞれで相手の出方を探っている。目の前に立ちふさがるのはただの影なのか、それとも実態を持った黒い何かなのか。


 それさえも分からない。


 どちらかが動かなければこの状況は永遠に続くだろうと思われた最中、彼らの耳に飛び込んできた切っ先が空気を切る音。そしてそれと共に聞こえる荒い息。


 そのどれもが、五人のものとは違っていた。


 それはつまり。


「兄上っ!」

 探し人は、実にあっさり見つかった。


 

 目を凝らして先を見やれば、影と戦うユラウスが見えてきた。

 しかし、予想していた通り敵対するのはただの影だったようだ。彼の振り回す剣は虚しく空を切るばかりである。


 それに加え、ユラウスは焦りと恐れが見て取れた。


 その剣さばきはあまりにもお粗末で、セリアは胸の内に燻る何かを必死に押しとどめるのに必死だった。でなければ、今すぐにでも彼の元へ行き、そのアホ面を張り倒していただろう。


「姫さま、相手がただの影ならばっ」

 キャロンの先を促すかのような言葉は、もちろん意味を持ってセリアへと伝わっていた。


 セリアは持っていた剣を脇に挟み両手を自由にすると、左右に剥きだしになっている剣と弓にその手を翳した。

 キャロンもまた、己の隣に居るジェラミーの剣に同じように手を翳す。

 音もなく、何かがそこから放たれた様子もなかった。


 けれど次の瞬間、それぞれの武器の刃の部分に小さな膜が張られたのを、肉眼で確認することが出来た。


「これは?」

 リュシアンが不思議そうにその刃を眺めれば、己の剣にも同様の仕草を行ったセリアが再び構えの姿勢になって答える。

「私の魔力で覆った。実態のない影をも引き裂くだろう」

 そう言うや否や、セリアが一歩足を踏み出した。



 一寸の後、刃が、影を切り裂いた。





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