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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
22.オリオンガールズ
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らぶらぶデート券 「そ、そんなに優しくされると……」

「デートしよー。デート、ねえデートぉっ!」


 いつもの昼すぎ。いつものリビング。

 いつものように、駄犬がひゃんひゃんとうるさい。


 いつだったか、前にクザクとデートしたことがあった。

 二人っきりで街を散策して、買い物をしたり食事をしたり。雰囲気を楽しむための普通の逢い引きだ。街に住む一般人が、誰でもやっているような、そんな普通の――と、まあ、どこにでもモテなくて、女に一生縁のないようなやつもいるから、誰でもやっている〝普通〟は言い過ぎかもしれないが。

 まあそういう〝普通〟のデートをした。


 その話がたまたま話題に出て、頬をうっすらと染めて感慨深くクザクが話すものだから、駄犬のワガママ魂に火がついてしまった。


 そして叱っても蹴っ飛ばして遠ざけても、ひゃんひゃんとうるさく鳴きながらまとわりついてくる。


「そんなにデートしたけりゃ、あるだろう?」

「なにが? ――ていうか、してくれるのっ?」

「まえにくれてやったろう?」

「だからなにが? ――って、してくれるんだっ!」


 まるでお散歩に連れて行ってもらえると期待するワンコだ。まったく落ち着きがない。

 俺はため息をつきながら、こいつがすっかり忘れている物のことを指摘することにした。


「まえに〝ラブラブ♡デート券〟ってのを、くれてやっただろ」


 以前、巨人兵士の二人を倒してきた褒美として、〝ラブラブ♡エッチ券〟とセットで2枚ずつくれてやった。


「そんなにデートしたけりゃ、あれを使えばいいんだ」

「あ、あれは――!?」


 アレイダは言い淀む。

 なんだよ? せっかくくれてやったのに、忘れていたのか。

 ちょっとショックだな。


「だ、だって――!? 使ったら、なくなっちゃうじゃない!」


 忘れていたのではなくて、ケチくさいだけか。もったいない病にかかっているわけだな。


「あ、あれって――有効期限とかないのよね? いつでも使っていいのよね?」

「ああそうだな」


 しかしこの手のやつにとって、「いつでも使える」は、つまり、「いつまでも使わない」とイコールなのだ。


 前の前の勇者人生のときにも、いたっけなぁ。見たっけなぁ。一生に一度だけ使える特殊スキルを、最後まで使わずに死んでいったやつ。死んじまったらとっておいたって無意味だろうに。

 それどころか、一回の戦闘ごとに一度ずつ使える程度のスキルでさえも、もったいながって、使わないまま戦闘終了を迎えるやつだとか……。


 まえに券をくれてやったときには、すぐ使ってくるかと思って、午後の予定はわざわざ開けて待っていたりしたのだが……。まるで無駄に終わった。


「うー……、うー……、うー……、デートぉ……、でも使ったらなくなっちゃうし……」

「そりゃなくなるが。だいたい2枚あるだろうが」


 スペアがあるのに、なにを迷っているのだこいつは。

 あれか? スペアのスペアまでないと安心できないタイプか?


「うー……、うー……、うー……、オリオンが恋人みたいに優しくしてくれるなんて、券を使わなきゃ一生ないだろうし……、でも使ったら一生の最後になっちゃうし……」


 俺をなんだと思っているんだ。こいつは。

 優しくしたことぐらい、あるだろうが。

 したことぐらい……。したことぐらい……。


 ……あれ?


 よくよく思い返してみれば、あんまり……なかった気がする。

 いや、あんまりどころか……。

 ひょっとして……、皆無?


 いやいや。まさか。1回くらいはあったはずだ。

 ……いや? ……しかし?


 思い返せど、厳しくしている記憶しか出てこない。


 こいつの駄犬っぷりが酷くて――。

 まあ正確にいうと、俺がこいつに求めるところの水準を高く設定しているために、常に駄犬扱いをすることになってしまうわけだが。


 客観的にみれば、こいつはまあ充分に凄い。

 実力うんぬんよりも、俺のかなり本気のしごきを受けて、壊れていないところがスゴイ。

 それに伴って自動的に、実力のほうも、かなり凄いことになってきている。


 具体的にいえば――。

 前大戦で魔王に挑んだ俺だったが、その最終決戦の時の〝仲間〟として連れていってやれるほど。

 いまのアレイダは、魔王直属の四天王とタイマン張って足止めできるぐらいには育ってきている。「ここは私に任せて先に行って!」というやつだ。

 もちろん、そんなフラグめいたことを言ったやつは、帰らぬ人となるわけだ。足止めはできるが、それだけだ。それで終わりだ。


 だからこいつには、もっともっと強くなってもらわなければ困る。

 具体的な境地としては、「えっ? なにこれ? こんなんで四天王なの? ぷーくすくす」あたりだ。


「なによ? じっと見つめて? ――あーっ! あの券、無効にしたりするんでしょ! じつはもう無効だ、ぷーくすくす! とかやって、あたしがガッカリする様を見て愉しむんでしょ!」

「どんな鬼だよ」


 俺はため息をついた。

 こいつの中の俺のイメージは、いったいどんなことになっているんだ?


「じゃあデートするか」

「えっ?」

「デートするか、と、そう言った」

「えっ? ほんと?」

「ほんとだ。べつに券も使わなくたっていいぞ。――まあイヤならべつにかまわんが」


 俺が言った途端、アレイダは物凄い勢いで顔を近づけてきた。


「いやじゃない!」

「うわぁびっくりした」


「デート、デートだっ! なに着ていこう! ――っていうか! あああ! 服がない! 私、いつものこの服しか、おべべもってない!」


 おべべ?


「それも途中で買ってやる」

「えっ! うそっ!? 服まで買ってくれるの!?」

「ああ」

「なにか企んでいるんじゃないでしょうね? ていうか、本物? じつは偽物と入れ替わっていたりしない?」


 失敬な。


「なぁ、俺、そろそろ怒ってもいいか?」

「うそうそ! ごめんごめん! 冗談冗談! 本気じゃないから!」

「まあいいが……」

「やったー! オリオンに服も買ってもらえるー!」


 アレイダのやつは、飛び跳ねている。

 服一枚でそんなに嬉しいのか。どんだけだ。


「早く準備しろ」


 女の準備は時間がかかると思って、そう言った俺だったが――。


「ん? 準備なんてないよ? すぐ行けるよ?」


 アレイダのやつは、きょとんと首を傾げてきた。

 女子力ェ……。


 お散歩に連れて行ってもらえるワンコが、いつでも準備オッケーでウエルカムなのとおなじだ。ワンコに準備なんてないのとおなじだ。


 俺はため息をつきながら、自身が出掛ける準備にかかった。


   ◇


 大空を飛ぶ飛行船を下ろしたのは、眼下に見えたどこぞの街。

 どこの国のどこの街なのかは気にしていないが、そこそこ大きく賑わっている街を選んだ。だが内陸だし、観光的には特に見所もなさそうな、何の変哲もない小都市になってしまった。


「すまないな。あまりムードのある場所じゃなくて」

「オリオンが謝った……」

「あのな」


 こいつはいつまでこれを続けるのか。

 デートすると言った以上、きちんとエスコートする。一匹の駄犬のメスではなくて、ひとりのレディとして取り扱う。


「場所とか、どうだっていいのよ。それこそ場末の安酒場でも。オリオンと二人っきりなら、どこだっていいよ」

「うっ……」


 不意に、刺さる。

 アレイダは何気なく言ったのだろうが。だからこそ刺さる。


「どしたの?」

「いや……。行くぞ。遅れたら、置いてくぞ」

「あー! 待ってよもう!」


    ◇


 はじめは、約束した通り、服からだ。

 服だけじゃなく、上から下まで一式が揃うような高級店だ。

 店員の女性に山だしの蛮族娘を預け、「淑女にしてやってくれ」と言って、だだ待っている。


 俺がいま着ているのは、貴族でも手が出せないような高級素材の服だから、なにも言わずとも、予算は青天井でやってくれるはずだ。


「ま、待った……?」


 やがてアレイダが現れた。


 アレイダの服装は、街娘っぽい格好だった。作りは丁寧でそれなりに上質で、商家のお嬢様のよそ行き衣装という趣だが、動きやすさ優先で普段使いのできるものとなっている。

 ぶっちゃけ、あまり高くない。


「な、なんか舞踏会に行くようなドレスとか薦められたけど、これからあっちこっち行くし、慣れない靴で転んじゃうとオリオンに迷惑かけるし……」


 靴もヒールの高くない靴だ。


「その格好なら、馬車は呼ばなくても済みそうだな。……歩くか?」


 俺は肘を差し出した。

 アレイダのやつは、しばらくぽかんとした顔で、理解できていなかったようだが……。


「うん……。歩く」


 俺の隣にくると、腕を組んできた。


    ◇


 食事は、高級レストランでとった。

 〝超〟がつくほどの高級店ではなく、庶民が通うような食堂でもない。ごく一般的な街の住人が、張り込んでデートのときに使うような店だ。


「こ、こ、こ、これってどっちから、つ、使うんだっけ?」


 アレイダは混乱している。ナイフとフォークが何本も並んでいるので、困り果てている。


 館では、マナーなど気にしていない。アレイダなど、元の騎馬民族のマナーのまま、手づかみで食べていたりする。


「好きに食べればいい。俺は気にしない」

「オリオンが気にしなくたって、まわりの人が気にするでしょ。『なにあの娘、マナーも知らないのか』――って、オリオンに恥をかかせちゃう」


 おお。自分のことではなく、俺のことを気にしていたのか。


「そういや、こういうのって、館じゃならなかったな。こんどモーリンに言って、きちんとしたフルコース料理で全員を鍛えるか」


 スケルティアとリムルあたりが超絶苦労しそうだ。どっちも自前の爪で食べているから、まず、ナイフとフォークの扱い方から教えなければならない。


「とりあえず、外側からだ。料理ごとに、ナイフとフォークを一組ずつ使う。外側から順番だ」


 教えてやると、アレイダは懸命な顔で試している。あれで料理の味がわかるのかどうか。

 だからマナーなど気にするなと言ったのだが。


 まあ、好きにさせるさ。


    ◇


 食事のあとは店を回った。買い物というよりも、ウィンドウショッピングだ。王都くらいであればともかく、そこまで大きな街でもないので、正直、買うべき物はあまりない。

 宝飾店でアレイダが見ていた、たいした値段でもないアクセサリーを買ってやったら、アレイダは大層感激していた。着けて買えると言い張って、店の者を困惑――というよりも、微笑ましくさせていた。


 そういや、まえ、僻地の露天で、やっすい髪留めを買ってやったことがあったっけ。その髪留めのキラキラ具合が、ルアーにちょうどいい感じだったので、拝借して巨大魚釣りに使ったら、泣くわ喚くわ大騒ぎ。

 ……いや、あれは俺が悪かったと思っているが。


 その時の、やっすい髪留めよりも、だいぶ高いアクセサリーを買ってやったことになる。


   ◇


「おいおい。にーちゃんよォー。きれいなスケ、連れてるじゃねえかぁー」


 土地勘がなかったので、裏路地にさまよいこんでしまった。

 そしたら、モヒカンに入れ墨という、非常にわかりやすいルックスのチンピラたちが、なんのオリジナリティもない台詞を吐きながら、刃こぼれしているナイフをちらつかせてきた。

 三人で俺たちを取り囲む。前後に回って退路を断ってくる。


 俺はため息をついた。


「金か?」


 懐から掴みだした貨幣を、足元にばらまく。適当に握った小銭だが、金貨も銀貨も混じっていたから、平民の一ヶ月分の収入くらいにはなるはずだ。


「すごい……、オリオンが殺さない……」


 アレイダなにかを感心している。俺をなんだと思っているのだ?

 いや、まあ、たしかに普段なら、この手の手合いは、最後まで喋らせることもなく、真っ二つにぶった斬っているところだが。


 俺もアレイダも、血だの人体断面図だので動じるようなことはないが、アレイダのせっかくの服を返り血で汚させたくない。


 小銭で済むなら、それに越したことはない。

 ――と、そう思ったのだが。


「へへ……、スケも置いてきやがれ」


 半端に額が多かったせいで、余計な欲をかかせてしまったか。

 それとも……?


「ん……? なに?」


 俺はアレイダを見た。

 よそ行きの衣服を着て、普段はまったくしない化粧なんかも、店員のお姉さんたちにみっちりとされたアレイダは、普段とはまるで別人だ。

 元から素材は悪くなかったが、磨くとこれほどとは。


 たしかにこりゃ、欲しくなるわなー。


「あ……。うん。わかった」


 俺が見ていたことを、別の意味に受け取ったか。

 アレイダが一歩前に出た。


「まえにオリオン、言ってたよね。下衆な連中が体を欲しがってきたら、どうするか」


 そういや、まえに、「倫理と道徳」の授業として教えたっけな。

 オリオン流の「道徳」は、目には目を、歯には歯を、そして刃には刃を――だ。


「そうだぜ、姉ちゃん、おとなしくしていりゃ……、まあ、明日の朝には帰してやるからよぅ! げっへっへ!」


 その下卑た声と笑いは、チンピラのお手本とでもいうべきものだった。

 そしてそれが、チンピラたちの最後の顔となった。


 突如として空間から突き出してきた巨大な腕が、ぐしゃ、という音を立てて、連中の体を頭から足に向かって押し潰していた。

 このあいだギガンティック・クルセイダーにジョブチェンジしたアレイダは、巨大化した自分の体の一部を、好きな場所から呼び出せるようになっている。

 巨人のパワーをいつでも好きなときに、適切な分量だけ、使うことができるのだ。


「あーもー、手が汚れちゃったぁ……」


 三人の人間をミンチに変えておいて、言うことはそれだけ。

 殺したこと、それ自体に関しては、ちーっとも気にしていない。


 昔は、「悪人といえども殺しちゃうのはやりすぎでしょ」とか、ボケたことを言っていたアレイダだったが、俺の女としてふさわしく育った。


 無論、チンピラたちには死ぬだけの理由がある。

 女を力尽くで犯そうとするような連中だ。生かしておけば、人様に害を与えて回るだけ。なんの訳にも立たない連中だ。

 これまでは弱者ばかりを相手にしていて、たまたま生き延びていただけのこと。そうして増長し、強者におなじことをしようとしたのが、連中の運の尽きというところだ。


 手をぷらぷらとやって、血だの肉だのを払っているアレイダに、俺はハンカチを渡しやった。


「あ……、洗って……返すね?」


 地面の染みとなった三人分の血と肉と臓物のその脇で、顔を赤らめて、ラブコメのヒロインみたいなことを言っている。

 まったく、俺にふさわしい女に育ったな。


「このあとは……、どうする?」


 俺は、アレイダにそう聞いた。

 デートのだいたいのイベントは終わっている。チンピラに絡まれるという予定外のイベントまでこなしてしまった。


「もう、ばかっ。――わかっているくせに」


 顔を赤らめて、アレイダは言う。


「血を見て高ぶったか?」

「もう、ばかっ」


 アレイダは言った。図星だったようだ。


 このあと、無茶苦茶セックスした。

 血を見て欲情した女とのセックスは、死ぬほどキモチよかった。

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