エイティの特訓 「メガヌテじゃだめですかー?」
「必殺技を教えてください!」
いつもの午後。いつもの甲板。
俺がビーチパラソルの下で、ぼんやりと水平線方面に目をやっていると、視界のなかにエイティが飛びこんできて、そんなことを俺に言った。
「そこをどけ。見えん」
「……はい?」
エイティは振り返る。
俺の目線の方向にあったのは、釣りをしているクザクとアイラのケツ。
せっかくのいいアングルが、隠れてしまって台無しだ。
「師匠! まじめな話なんです!」
エイティは、ずいっとばかりにデッキチェアに乗り上がってきた。股を割って、ぱんつが見える。これはこれでいい眺めだが。
「ケツもいいが、股もいいな。おまえからのしかかってくるのは珍しいな。よし上になれ」
「師匠!」
びびびびび――っと、顔をはたかれた。
「おっ――おま? いまビンタした?」
「師匠が色ボケになっているのはいつものことですけど! まじめな話なんです! おねがいします!」
「お、おう」
俺は起きあがって、正面を向いた。
「師匠! ボクは必殺技がほしいんです!」
大陸勇者は、俺の目を正面から見て、そう言ってきた。
そういえばこいつも、大陸勇者になっていたっけ。
「勇者」という職は、他と違う特殊な性質を持っている。転職は下位の勇者職から、上位の勇者職へとクラスチェンジしていける。
一番最下位なのは「村勇者」。――エイティは、はじめ、これだった。
「村勇者」からは、「国勇者」「大陸勇者」へとランクアップしてゆく。
そして最後に、なんの修飾子もつかない「勇者」となる。つまり俺だが。
ランクアップの条件は、それぞれ「村」なり「国」なり「大陸」なりを救うことである。
エイティの場合には、エルフの王国を救い、そして浮遊大陸を救ったので「大陸」勇者への転職条件を満たしたわけだ。
唯一無二の「勇者」となるためには、「世界」を救うというのが条件となるのだろう。そのほかに、唯一無二の「勇者」は、ユニークジョブで、世界にただ一人だけしか存在できない。
俺がここにいる以上、エイティの到達しうる最上位クラスは「大陸勇者」となるわけだ。
「ボクも大陸勇者になれたことですし……。そろそろ必殺技がほしいんです」
「必殺技なら……、あったろう?」
俺は言った。
まえ、エイティには、必殺技を習得させてあった。
国勇者になるまえの村勇者は、それはそれは使えないクラスで……。
回復魔法がちょっぴり使えるとはいえ、その性能は、戦士系の職が、最初に転職可能になるナイトよりも低いという……。誰がなるんだ? なんのメリットがあるんだ? ――的なものだった。
なので、「メガヌテ」を覚えさせた。
自爆技だ。自分の命を犠牲とするかわりに、ものすごい大爆発を起こす。そのダメージは敵の最大HPのちょうど五〇パーセントにあたり、使い方によっては、強敵に対する決め手の一打とすることができる。
「あれは充分に必殺技だろう?」
「そうですけど」
「おまえ、皆の役に立てるなら、なんでもするって言ってたじゃないか」
「言ってましたけど」
「じゃあ、いいじゃないか。なにが不満なんだ?」
「死なないで役に立てるようになりたいんですよう!」
「死なないとメガヌテは発動せんだろう」
「だからメガヌテ以外の必殺技がほしいんですよう!」
「おお」
なるほど。
ようやく理解した。
しかしこいつも成長したもんだ。
以前は、俺の顔色を伺うばかりで、意見の一つも口にすることはできなかったのだが……。
俺をビンタして、クザクとアイラのケツを鑑賞する邪魔までして、話を聞かせてくるようになったとは。
「釣れました! ……って、これは?」
「モンスター……、でしょうか? 貝でしょうか?」
クザクとアイラがなにかを釣りあげた。
殻を持ったスライムの一種で、海スライムと呼ばれている。
「よし。おまえに新しい必殺技を教えてやろう」
俺はエイティにそう言った。
「本当ですか!」
「本当だとも」
「どういう修行をすればいいんでしょうか!?」
「まず、クザクたちが釣り上げたあのモンスターに対して――」
「対して――!?」
「メガヌテを撃て」
「これまでと同じじゃないですかーっ!!」
「ああ、あと、撃つ前に、モーリンかミーティアかコモーリンか、連れてこいよな。死ぬ前に自分で連れてきておけよ。連れてくるの面倒なんでな」
真の勇者である俺は、すべてのスキルと呪文を扱うことができる。当然、蘇生魔法も使える。だが成功確率の点で、本職よりも、やや劣る。
エイティはその異常なまでのLUK値の高さにより、一定条件を満たせば、蘇生確率が一〇〇パーセントを超える。つまり絶対確実に成功する。
俺だと微妙に一〇〇パーセントを切ってしまう。緊急時ならともかく、〝修行〟でやるこっちゃない。
エイティが人を捜しに行く。
クザクとアイラは、ハズレだった海モンスターが〝アタリ〟に化けて、気をよくして、どんどんモンスターを釣りあげている。
「あのー……。モーリンさんでもミーティアさんでもコモーリンちゃんでもないですけど……。連れてきました」
やがてエイティは、誰かを連れて戻ってきた。
見知らぬ女――ではなくて。
一発ハメたことのある女が、そこに立っていた。
「おひさしぶりですぅ~、オリオンさぁん」
美人ではある。良い体はしている。だがちょっと苦手とする女が――。
ニコニコと、人類には不可能な天使の笑みを浮かべている。
「仕事しろ。船首を守るのがおまえの仕事だろうが」
「それは依代にしている乙女像の仕事で、わたしの仕事じゃないですよぅ~」
高次の存在は、そう言った。
こいつの正体がなにかということを、俺はあまり考えたくはない。
しょっちゅう囁いてくる〝天の声〟の正体がなにかとか、くっそどうでもいい。ウザいので(既読)をつけずに(未読)スルーしてやっている。
「オリオンさんたち、最近、ぜんぜん、お船に来てくれなかったので、退屈だったんですよ~」
「嘘つけ」
この神的存在は、船首の乙女像に常に宿っているわけではない。
乙女像が神木から削り出されているために、受肉するために相性が良いというだけだ。
普段は〝視点〟をぷかぷかと空中に浮かべて、俺たちの生活を覗き見している。
実際、魔大陸にいたときも、浮遊大陸にいたときも、こいつの〝気配〟は常に感じていた。
〝転生女神の見守りサービス〟とか言っているが、低次元の生き物が地べたを這って必死に生きる様を、上から目線で眺めて喜んでいるわけで、悪趣味極まりないといえる。
まあ悪趣味という点に関しては、別な方面で悪趣味な俺が、どうこう言えた義理もないのだが……。
俺が彼女を苦手とする理由は、もっぱら別なところにあった。
天上界の存在すぎるのだ。
高次の神的存在であるせいか、精神構造が人間と異なっている。受肉することで脳容量も人間並になっているはずなのだが、〝恥〟という概念を、すっぽりと落っことしてきてしまっているのだ。
恥ずかしい、という概念がない存在相手のセックスは、なんか、コレジャナイ感が拭えない。聖女ミーティアも、世界の精霊である大賢者も、責めようによっては恥じらいまくりで、萌えまくりになるのだが、神様相手のセックスは、どんだけ責め立ててもイカせまくってもマウントが取れやしない。
コレジャナイ。
「今日はなんのご用ですか~? 夜じゃないですけど、ぷろれす、します?」
「しない」
「ええっ? オリオンさんが?」
なんだ。俺がしないと、それは驚くところなのか。
「じゃあ別のご用で呼ばれたんですねー」
「そもそも呼んでない。……まあおまえも蘇生魔法は使えるから、おまえでもかまわんのだが」
使えるというか……。そもそもこいつが源流だ。
蘇生魔法というのは、神聖魔法の分類になる。神に祈りを捧げて、その力を借りるものだ。
高次元に何柱か存在している神々のうち、そもそも人間界に興味があって、わざわざ関与してくる物好きは、こいつぐらいなもので――。
だいたいの神聖魔法の術式には、こいつへのアドレスが組み込まれている。現代世界風に言えば、ツイートの文面に@elmariaと書いてつぶやけば、女神のタイムラインにツイートが現れ、見てもらえる――こともある。という感じだ。
「ということで……。おい、エイティ。いい癒やし手が確保できたから、存分に死んでいいぞ」
なにしろ神が施術するのだ。絶対に生き返る。
「死ぬの前提なんですかあぁ……」
「いや。死なないことが修行だ」
「メガヌテ使ったら死ぬじゃないですかあぁ……」
「俺の修行法が気に入らないのなら、べつにやらんでいいぞ」
「やります……! やりますうぅ……、師匠おぉ!」
エイティは半ベソをかきながら、甲板で動く海棲モンスターを相手に――。
「メガヌテ!」
大爆発とともに、モンスターのHPがきっかり五〇パーセントほど減る。
メガヌテとは、そういう技だ。
だが――。
「ちがう。そうじゃない」
生き返ったばかりのエイティに、俺は冷たくそう言った。
「もう一度だ」
「は、はい――! メガヌテ!」
ふたたび大爆発が起きる。さっきの一発で五〇パーセントに減っていたHPは、ちょうどぴったりゼロとなる。
「またモンスターを釣れ」
「はい! 主【主:あるじ】!」
「わかりましたわ。どんどん釣りますわ」
モンスターが釣られる。甲板でびちびち動いているモンスターに、エイティがメガヌテを唱える。
ばたりと死ぬ。
女神が蘇生魔法を唱える。ザオラルを唱えられたサマルトリアの王子のように、エイティが蘇る。
そしてまた死ぬ。また生き返る。
また死ぬ。また生き返る。
いったい何回、それを繰り返しただろうか。
「メガヌテ!」
爆発したあとで、エイティは俺に顔を向けてきた。
「もう! 師匠! いったいいつまでこれやればいいんですかー!」
「それだーっ!」
俺は指を突きつけて、叫んだ。
「……えっ?」
「HPが一ミリ残ったな! いまおまえ死んでない!」
「……あっ! そういえば……、生きてます……?」
エイティはHPを一ミリ残して生きていた。そしてモンスターのほうのHPは、五〇パーセントをほんの少し上回って、五一パーセントほど残っていた。
たかだか一ミリ、全HPの一パーセント程度の差であるが……。その差は大きい。完全に死んでしまっていると蘇生呪文が必要となるが、HPが一ミリでも残っているのであれば、完全回復のコンプリート・ヒールで事足りる。
「何度もメガヌテを使ったからだな。今回、生き延びたのは単なる偶然だが、それを必然としろ。一度、やれたことだ。必ずできるようになる」
「は、はい……!」
「そして、そのつぎは、爆発力を自在に調整できるように特訓だ。HPを九九パーセントから一パーセントまでの範囲で自在に減らし、敵へのダメージ量も五〇パーセントから一パーセントまでの範囲で自在に変えられるようにするんだ」
「えええーっ! まだやるんですかあぁ……」
「あたりまえだ」
エイティはその後もメガヌテを使いまくった。
その甲斐あって――一パーセント刻みとまではいかないが、九九パーセントメガヌテと、五〇パーセントメガヌテと、一〇パーセントメガヌテぐらいの使い分けができるようになった。
エイティはついに「ヴァリアブル・メガヌテ」の新呪文を獲得した。
およそ史上初。およそ人類初。勇者も大賢者も知らない新呪文だ。
いやー。人間、やればできるもんだなー。びっくらこいたー。