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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
22.オリオンガールズ
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エイティの特訓 「メガヌテじゃだめですかー?」

「必殺技を教えてください!」


 いつもの午後。いつもの甲板。

 俺がビーチパラソルの下で、ぼんやりと水平線方面に目をやっていると、視界のなかにエイティが飛びこんできて、そんなことを俺に言った。


「そこをどけ。見えん」

「……はい?」


 エイティは振り返る。

 俺の目線の方向にあったのは、釣りをしているクザクとアイラのケツ。

 せっかくのいいアングルが、隠れてしまって台無しだ。


「師匠! まじめな話なんです!」


 エイティは、ずいっとばかりにデッキチェアに乗り上がってきた。股を割って、ぱんつが見える。これはこれでいい眺めだが。


「ケツもいいが、股もいいな。おまえからのしかかってくるのは珍しいな。よし上になれ」

「師匠!」


 びびびびび――っと、顔をはたかれた。


「おっ――おま? いまビンタした?」

「師匠が色ボケになっているのはいつものことですけど! まじめな話なんです! おねがいします!」

「お、おう」


 俺は起きあがって、正面を向いた。


「師匠! ボクは必殺技がほしいんです!」


 大陸勇者は、俺の目を正面から見て、そう言ってきた。

 そういえばこいつも、大陸勇者になっていたっけ。


 「勇者」というジョブは、他と違う特殊な性質を持っている。転職は下位の勇者職から、上位の勇者職へとクラスチェンジしていける。


 一番最下位なのは「村勇者」。――エイティは、はじめ、これだった。


 「村勇者」からは、「国勇者」「大陸勇者」へとランクアップしてゆく。

 そして最後に、なんの修飾子もつかない「勇者」となる。つまり俺だが。


 ランクアップの条件は、それぞれ「村」なり「国」なり「大陸」なりを救うことである。

 エイティの場合には、エルフの王国を救い、そして浮遊大陸を救ったので「大陸」勇者への転職条件を満たしたわけだ。


 唯一無二の「勇者」となるためには、「世界」を救うというのが条件となるのだろう。そのほかに、唯一無二の「勇者」は、ユニークジョブで、世界にただ一人だけしか存在できない。

 俺がここにいる以上、エイティの到達しうる最上位クラスは「大陸勇者」となるわけだ。


「ボクも大陸勇者になれたことですし……。そろそろ必殺技がほしいんです」

「必殺技なら……、あったろう?」


 俺は言った。

 まえ、エイティには、必殺技を習得させてあった。


 国勇者になるまえの村勇者は、それはそれは使えないクラスで……。

 回復魔法がちょっぴり使えるとはいえ、その性能は、戦士系のジョブが、最初に転職可能になるナイトよりも低いという……。誰がなるんだ? なんのメリットがあるんだ? ――的なものだった。


 なので、「メガヌテ」を覚えさせた。


 自爆技だ。自分の命を犠牲とするかわりに、ものすごい大爆発を起こす。そのダメージは敵の最大HPのちょうど五〇パーセントにあたり、使い方によっては、強敵に対する決め手の一打とすることができる。


「あれは充分に必殺技だろう?」

「そうですけど」

「おまえ、皆の役に立てるなら、なんでもするって言ってたじゃないか」

「言ってましたけど」

「じゃあ、いいじゃないか。なにが不満なんだ?」


「死なないで役に立てるようになりたいんですよう!」

「死なないとメガヌテは発動せんだろう」

「だからメガヌテ以外の必殺技がほしいんですよう!」

「おお」


 なるほど。

 ようやく理解した。


 しかしこいつも成長したもんだ。

 以前は、俺の顔色を伺うばかりで、意見の一つも口にすることはできなかったのだが……。

 俺をビンタして、クザクとアイラのケツを鑑賞する邪魔までして、話を聞かせてくるようになったとは。


「釣れました! ……って、これは?」

「モンスター……、でしょうか? 貝でしょうか?」


 クザクとアイラがなにかを釣りあげた。

 殻を持ったスライムの一種で、海スライムと呼ばれている。


「よし。おまえに新しい必殺技を教えてやろう」


 俺はエイティにそう言った。


「本当ですか!」

「本当だとも」

「どういう修行をすればいいんでしょうか!?」

「まず、クザクたちが釣り上げたあのモンスターに対して――」

「対して――!?」

「メガヌテを撃て」

「これまでと同じじゃないですかーっ!!」

「ああ、あと、撃つ前に、モーリンかミーティアかコモーリンか、連れてこいよな。死ぬ前に自分で連れてきておけよ。連れてくるの面倒なんでな」


 真の勇者である俺は、すべてのスキルと呪文を扱うことができる。当然、蘇生魔法も使える。だが成功確率の点で、本職よりも、やや劣る。

 エイティはその異常なまでのLUK値の高さにより、一定条件を満たせば、蘇生確率が一〇〇パーセントを超える。つまり絶対確実に成功する。


 俺だと微妙に一〇〇パーセントを切ってしまう。緊急時ならともかく、〝修行〟でやるこっちゃない。


 エイティが人を捜しに行く。


 クザクとアイラは、ハズレだった海モンスターが〝アタリ〟に化けて、気をよくして、どんどんモンスターを釣りあげている。


「あのー……。モーリンさんでもミーティアさんでもコモーリンちゃんでもないですけど……。連れてきました」


 やがてエイティは、誰かを連れて戻ってきた。

 見知らぬ女――ではなくて。

 一発ハメたことのある女が、そこに立っていた。


「おひさしぶりですぅ~、オリオンさぁん」


 美人ではある。良い体はしている。だがちょっと苦手とする女が――。

 ニコニコと、人類には不可能な天使の笑みを浮かべている。


「仕事しろ。船首を守るのがおまえの仕事だろうが」

「それは依代にしている乙女像の仕事で、わたしの仕事じゃないですよぅ~」


 高次の存在は、そう言った。

 こいつの正体がなにかということを、俺はあまり考えたくはない。

 しょっちゅう囁いてくる〝天の声〟の正体がなにかとか、くっそどうでもいい。ウザいので(既読)をつけずに(未読)スルーしてやっている。


「オリオンさんたち、最近、ぜんぜん、お船に来てくれなかったので、退屈だったんですよ~」

「嘘つけ」


 この神的存在は、船首の乙女像に常に宿っているわけではない。

 乙女像が神木から削り出されているために、受肉するために相性が良いというだけだ。


 普段は〝視点〟をぷかぷかと空中に浮かべて、俺たちの生活を覗き見している。


 実際、魔大陸にいたときも、浮遊大陸にいたときも、こいつの〝気配〟は常に感じていた。


 〝転生女神の見守りサービス〟とか言っているが、低次元の生き物が地べたを這って必死に生きる様を、上から目線で眺めて喜んでいるわけで、悪趣味極まりないといえる。


 まあ悪趣味という点に関しては、別な方面で悪趣味な俺が、どうこう言えた義理もないのだが……。


 俺が彼女を苦手とする理由は、もっぱら別なところにあった。


 天上界の存在すぎるのだ。


 高次の神的存在であるせいか、精神構造が人間と異なっている。受肉することで脳容量も人間並になっているはずなのだが、〝恥〟という概念を、すっぽりと落っことしてきてしまっているのだ。


 恥ずかしい、という概念がない存在相手のセックスは、なんか、コレジャナイ感が拭えない。聖女ミーティアも、世界の精霊である大賢者も、責めようによっては恥じらいまくりで、萌えまくりになるのだが、神様相手のセックスは、どんだけ責め立ててもイカせまくってもマウントが取れやしない。

 コレジャナイ。


「今日はなんのご用ですか~? 夜じゃないですけど、ぷろれす、します?」

「しない」

「ええっ? オリオンさんが?」


 なんだ。俺がしないと、それは驚くところなのか。


「じゃあ別のご用で呼ばれたんですねー」

「そもそも呼んでない。……まあおまえも蘇生魔法は使えるから、おまえでもかまわんのだが」


 使えるというか……。そもそもこいつが源流だ。

 蘇生魔法というのは、神聖魔法の分類になる。神に祈りを捧げて、その力を借りるものだ。

 高次元に何柱か存在している神々のうち、そもそも人間界に興味があって、わざわざ関与してくる物好きは、こいつぐらいなもので――。

 だいたいの神聖魔法の術式には、こいつへのアドレスが組み込まれている。現代世界風に言えば、ツイートの文面に@elmariaと書いてつぶやけば、女神のタイムラインにツイートが現れ、見てもらえる――こともある。という感じだ。


「ということで……。おい、エイティ。いい癒やし手が確保できたから、存分に死んでいいぞ」


 なにしろ神が施術するのだ。絶対(、、)に生き返る。


「死ぬの前提なんですかあぁ……」

「いや。死なないことが修行だ」

「メガヌテ使ったら死ぬじゃないですかあぁ……」

「俺の修行法が気に入らないのなら、べつにやらんでいいぞ」

「やります……! やりますうぅ……、師匠おぉ!」


 エイティは半ベソをかきながら、甲板で動く海棲モンスターを相手に――。


「メガヌテ!」


 大爆発とともに、モンスターのHPがきっかり五〇パーセントほど減る。

 メガヌテとは、そういう技だ。


 だが――。


「ちがう。そうじゃない」


 生き返ったばかりのエイティに、俺は冷たくそう言った。


「もう一度だ」

「は、はい――! メガヌテ!」


 ふたたび大爆発が起きる。さっきの一発で五〇パーセントに減っていたHPは、ちょうどぴったりゼロとなる。


「またモンスターを釣れ」

「はい! 主【主:あるじ】!」

「わかりましたわ。どんどん釣りますわ」


 モンスターが釣られる。甲板でびちびち動いているモンスターに、エイティがメガヌテを唱える。

 ばたりと死ぬ。

 女神が蘇生魔法を唱える。ザオラルを唱えられたサマルトリアの王子のように、エイティが蘇る。

 そしてまた死ぬ。また生き返る。


 また死ぬ。また生き返る。


 いったい何回、それを繰り返しただろうか。


「メガヌテ!」


 爆発したあとで、エイティは俺に顔を向けてきた。


「もう! 師匠! いったいいつまでこれやればいいんですかー!」

「それだーっ!」


 俺は指を突きつけて、叫んだ。


「……えっ?」

「HPが一ミリ残ったな! いまおまえ死んでない!」

「……あっ! そういえば……、生きてます……?」


 エイティはHPを一ミリ残して生きていた。そしてモンスターのほうのHPは、五〇パーセントをほんの少し上回って、五一パーセントほど残っていた。


 たかだか一ミリ、全HPの一パーセント程度の差であるが……。その差は大きい。完全に死んでしまっていると蘇生呪文が必要となるが、HPが一ミリでも残っているのであれば、完全回復のコンプリート・ヒールで事足りる。


「何度もメガヌテを使ったからだな。今回、生き延びたのは単なる偶然だが、それを必然としろ。一度、やれたことだ。必ずできるようになる」

「は、はい……!」

「そして、そのつぎは、爆発力を自在に調整できるように特訓だ。HPを九九パーセントから一パーセントまでの範囲で自在に減らし、敵へのダメージ量も五〇パーセントから一パーセントまでの範囲で自在に変えられるようにするんだ」

「えええーっ! まだやるんですかあぁ……」

「あたりまえだ」


 エイティはその後もメガヌテを使いまくった。

 その甲斐あって――一パーセント刻みとまではいかないが、九九パーセントメガヌテと、五〇パーセントメガヌテと、一〇パーセントメガヌテぐらいの使い分けができるようになった。


 エイティはついに「ヴァリアブル・メガヌテ」の新呪文を獲得した。

 およそ史上初。およそ人類初。勇者も大賢者も知らない新呪文だ。


 いやー。人間、やればできるもんだなー。びっくらこいたー。

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