3 ぼうぼう 著 雑踏 『ある冬のこと』
足先から感じる震動が以前と比べて忙しい。
そして寒い。
厳しい季節だ。しかし、一方でぐっとこみ上げる高揚感。
ご馳走にありつけるのもこの時期ならではだからだ。
袋を破るとすぐに目当ての物がはみだした。それを引きづり出していると
足に感じる震動の一つがこちらめがけて近づいて来た。
いつものことなので、引っ張り出したご馳走をつまみ、
「いいかげんにしろっ!」
悪意が向けられるのを、ひょいっとかわしていつもの場所に移動すると、毎度のようにわめくそいつが、僕がせっかく広げたご馳走をまた元に戻してしまう。今度はしっかりネットがかけられる様を、その直前引きづり出したご馳走をむしゃむしゃ食べながら「今日はここまで」と、遠目に眺めた。
「中途半端にネットをかけるから、またやられたじゃないか」
そいつが去った後は、ご馳走をひっぱりだすのが難しくなっている。とはいえ、まだまだ食事の量は足りてない。
再び地面の降り立ち、隙を探していると、近づいてくる別の震動に気づいた。いつも聞きなれた足音とパターンが違う。新入りだな、と僕は顔をあげた。
予想的中。新入りは大抵、僕が引っ張り出しやすいようにしてくれるはずだ。僕はいつもの場所に移動して、新顔が袋を置くのを促す。あのうるさいあいつの努力も五分ともたないのだ。
袋を置いて立ち去るのを待ってた僕に、その新顔が視線をいきなり合わせてきた。不意をくらった僕のからだを緊張が走った。
さらに、
「かあ、かあ」
新顔が僕から視線を外さず、僕たちの物まねを始めた。
『……』
その物まねが下手すぎて僕は威嚇するのも忘れて新顔を凝視した。
「かあかあかぁ」
そいつは再び下手な物まねを繰り返した。下手だけれど、怒りがあるわけではない。かといって親しみがこもってるわけでもない。僕は途方にくれた。こいつとの距離感をどこにおけばいいのか、さっぱりわからなかった。
ただ、視線を外したら負けな気がした。その時点で僕は今日のこの餌場を放棄することになりそうで。
新顔は一向に立ち去ろうとしなかった。にらみ合いが続いた。
と。ブロロロロー足先から「あの車」の震動がからだを伝わってきた。同時に新顔が僕から視線を外し、「あの車」に顔を向けた。そして
「悪いけど、ここで餌あさるのは諦めて」
新顔は申し訳なさそうにもう一度僕を見上げてそう言うと去って行った。
「あの車」が来たら、ご馳走の山は跡形もなく消えてしまう。まだお腹はいっぱいでないのに。僕は諦めて、違う餌場に向かった。
それから数日後、その場所で僕が再び餌をあさろうと降り立ったとき、近づいてくる足音を地面から感じた。あの変な新顔だ。僕とそいつはまた「あの車」が来るまでにらみ合いを続けた。その日も僕は変な新顔のおかげで充分な餌を食べれずじまいだった。十二月の寒さをしのぐのにたくさん食べて脂肪を蓄える必要がある。この餌場は、この時期「年末の忘年会」とやらのおかげで、ゴミ袋の中がご馳走でいっぱいなのだ。簡単にこの餌場を放棄できないのだ、生きるために。
その新顔が現れてから、いつも怒鳴り散らすオヤジが怒鳴らなくなった。当然だ。僕が餌を食い散らかすことができないから。僕にとっては悪意あるオヤジより、その変な新顔の方がやっかいだった。この冬はいつもより僕にとって厳しくなるだろう。あとは新顔との根競べがいつまで続くかだ。
この場所はー人間の顔ぶれが数か月単位で変化していく。僕より先にあの変人の方がいなくなるのは目に見えている。
あの変な新顔は都会の雑踏になじまない足音の持ち主だ。新顔はやがて去っていき都会でしぶとく生き抜くのは僕の方だという確信があった。
一番寒さの厳しい時期も過ぎようとしていた。今日も懲りずにゴミ置き場に来て、あの足の震動を確かめた。
僕はちょっと首をかしげた。確かにあの変人の足音だ。でもいつもより僕に伝わってくる震動が軽やかだった。僕にははっきりわかった。おそらくー変人とこの場所でにらみ合いになるのは今日で最後だ。
僕はいつもの場所に飛び乗ると、変人の全く上達しない
「かあかあ」
に、
「カァッカァッ」
と初めて応えてやった。僕なりの餞別だ。変人が笑った。人間の笑い顔を見るのは初めてだった。
思った通り、次のゴミ収集日、僕は久しぶりでその餌場をつついていた。袋の中身はグレードダウンしていたが、もう少しすれば過ごしやすい時期がくる。
あの変人の足音はもう響かない。ここは都会で、都会を熟知した生き物の居場所だ。
「こらっ、いい加減にしろっ!」
悪意に満ちた怒鳴り声が復活した。都会の喧噪と雑踏のなかで僕は生き続ける。
END
作者ぼうぼうさんの悪戯心か、本文で説明がないため、管理人が補足。ぼうぼうさんは、鳥を飼っていらっしゃり、インコやオウムを題材にした掌編作品・話題を多く執筆なされてます。カラスがいう「新顔」とはたぶん……。




