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4 紅之蘭 著  雑踏 『アラビアのロレンス』

追悼・俳優のピーター・オトゥール永眠/

 今年12月14日、長い闘病の末にロンドンの病院81歳で死去。アカデミー賞各部門を受賞した『アラビアのロレンス』が彼の代表作。ご冥福をお祈りします。

 アラビアのロレンスとは、第1次世界大戦中、中近東で活躍したイギリスの英雄の異名。考古学者から軍人となり、アラブ叛乱軍に肩入れし、トルコ帝国に挑むT・E・ロレンスのこと。彼に関するエピソード・掌編群です。史実をもとにした映画『アラビアのロレンス』に魅せられまして、DVDや映画館のリバイバルを何度も鑑賞。元ネタは彼の著書『知恵の七柱』がベースになってます。えへへ、今回も、自己満足だにゃん~

                   

 冬の砂漠の雑踏は、砂嵐と駱駝の歩く音だ。シリアではこれに雨季の冷たい雨が加わり、それが雪に代わることもしばしばあった。

 僕は、エルサレムを落した英国陸軍アレンビー将軍と、今後の作戦を話し合い、フォードの軍用車に乗って、叛乱軍主力部隊が拠点とするアカバ港に帰還した。1917年のクリスマス・イヴ。そこでちょっとしたハプニングが起った。

 アカバ湾の守備にあたっていた海軍モニター艦艦長主催で晩餐会が催される。僕もそれに招待されたというわけだ。

 ハンバーガーという艦名は、イングランドを流れる川からとっている。1520トンの軍艦は、沿岸警備に適した喫水の浅い船底で、さながら河川用フェリーのような外観をしている。そのくせ小さい割には、老朽化した巡洋艦から強力な火力を有する大砲を移設しているので、港湾に配備されているというだけで、敵の奇襲を抑止する効果があった。

ホスト側である海軍さんたちがその日招待した客は20名。僕は他の陸軍将校たちと一緒に艦内のバスルームで数か月分の垢を落としてから、ラウンジにあてがわれた工作室でくつろぎ、船医に健康診断をしてもらう。天蓋のある艦尾デッキを仕切ってこしらえたホールに大きなテーブルを置いて晩餐会会場にしていた。男ばかりのクリスマスディナー。一般人がみたらちょっと異様に映るだろう。だが陸軍将校たちにとっては、久しぶりの、まともな食事にありつけたて涙がでるほど嬉しいもてなしだった。

 かつて、この船に叛乱軍のファイサル王子も招待されたことがある。彼が砂漠の民・ヴェドウィンを率いて、トルコ帝国軍に押し戻され、何か月も雨季の砂漠を濡れ鼠となって、どうにかアカバ港に戻ったとき、やはりこのハンバーガー号に招待された。

 のちに、ここで入浴と睡眠をとった感想を王子はしみじみと僕にいった、「天国というところがどういうものだか理解した」と。

 手すりにもたれかかっていると、盆にワイングラスを載せたエジプト人の水兵がやってきて、「いかがです?」ときいてきた。僕は一つ手に取って礼をいい、港湾市街地のまばらな灯火を肴に杯を傾けた。

 そこに何人かの将校たちが寄ってきてこんな話をした。

「ロレンス少佐、トルコ帝国が君に賞金をかけたって知っているか? 生け捕りなら2万ポンド、死体でも1万ポンド。ロールスロイスの新車が20台も買えちまう。それに引き替え俺たち一般将校は100ポンドだとよ。アイドルは辛いよな」

 妬みを含んだジョークが飛ぶ。

 そういう事情をくんで叛乱軍のファイサル王子が僕につけてくれた親衛隊は駱駝兵50騎からなっていた。副官将校が二人おり、そちの一人にアブドッラーという男がいる。面白いので紹介しておこう。異名は「盗賊ナハッピー」、ハチャメチャな奴だ。

 トルコ皇帝やサウジの王家といった名だたる王家を渡り歩き、アラブ叛乱軍・ヒジャーズ王国に収まった。大ぼら吹きで喧嘩早く、上官の愛人に手を出して鞭打ち刑を喰らい、挙句は国外追放になる。そういうことを皇帝直轄領や各地の太守・藩王家で繰り返してきた。こういう彼だがひとたび戦闘となるや最前列を駆けて駱駝突撃する。砂煙をあげる彗星のようなこの戦士に若い衆は引きづられやはり突撃する。隊伍を組んだ敵は、斬り崩されパニックに陥って潰走するほかない。

 口の悪い同僚・英国将校たちは、わが親衛隊を「殺し屋部隊」といったものだが、僕にはとても従順な上に、いざとなると頼りになる連中だった。

 パーティーの翌日朝早く、宿営地の天蓋で読書する。お気に入りは、古典『アーサー王の死』で、何度も読み返している。

 朝食のあと、バザールにでかけた。

 ウザイハは僕が6000ポンドで購入したレース用上級駱駝だ。とても乗り心地のいい牝で、鞍に乗ったまま本を読むことができた。

 中世の砦とささやかな市街地をもった港湾都市を僕はこの駱駝に乗って日干し煉瓦の街並みを楽しんだ。

 未舗装の街路を行き交うのは、アラブ系の市民よりも軍人・軍属のほうが多いくらいだ。

 昔、大英博物館の考古学調査団の肩書で、ここを支配していた帝国側に悟られないように港の測量をしていたころを思い出す。違いといえば、あのころのアカバ港の支配者がトルコだったのに代わって、現在は、叛乱軍のアラブ人および彼らを支援する英国人になっていることだ。

 日干し煉瓦の街路に挟まれた市場の人込みに入ろうとしたとき、後から声がした。

「サー・ロレンス、外出なさるなら声をかけて下さい!」

 ターバンをまとった従者の少年兵が僕を追って駆けてきた。

 僕は駱駝を下り、露店の一つに立ち寄って、焼き菓子を買って彼に与えた。

 浅黒い肌をした彼は、まるで勲章でも授かるかのように、両手で受け取り、一口一口ゆっくり味わった。

 朝から昼に移るころだ。

 空が青い。

 明けて1918年1月、帝国に決定的な打撃を与えるダマスカス攻略のための決戦「死海作戦」が始まる。

END

引用・参考文献/

T・E・ロレンス著、J・ウィルソン編、田隅恒生訳 『知恵の七柱』 平凡社 2008年 第4巻63-51頁(第89-91章)及びその訳注による。

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