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11 E.Grey 著  都会 『公設秘書・少佐』 

 どうしたもこうしたもない。ついにデートに誘われたというのになんということだ。職場に休暇届けをだし、二泊三日の東京旅行にやってきたのに……。けっこう楽しみにしていたんだぞ。まずは、はとバスにでも乗って、浅草、東京タワー見物。銀座三越デパートでショッピング……。頭の中を、ぐるぐると、妄想が回る。

 東京を走る市電。長椅子に二人並んでいた私。

 奴がぐいと私の肩を寄せた。

「楽しいゲームじゃないか」

「どこが?」

 その腕を払いのけた 私は三輪明菜みわ あきな。長野県月之輪村役場総務課に籍を置く事務員だ。いま隣にいる奴が佐伯祐さえき ゆうで国会議員さんの公設秘書。月之輪村出身の代議士センセイが東京に住んでいる。センセイは国会やら料亭での密談とかでけっこう忙しい。佐伯は、センセイに代わって、東京と長野県との間を往復し、各種団体と話を勧め調整している。ときたま村で事件が起こると、私立探偵ばりに、駐在の真田巡査に協力し、解決もしてきた。

 村人は親しみと尊敬をこめていったものだ。

「センセイが大将なら、佐伯さんは参謀だろう。旧軍の参謀といったらだいたい少佐くらいだったよな」

 そういうわけで「少佐」と呼ばれるようになったのだ。

 「少佐」こと佐伯はいつも黒いスーツをきている。この初デートでもそうだった。

 たしかに行った先は銀座だった。ママがいて、酒のつまみのような簡単な料理をだしてくれた。案外値段は高そうだ。

「ねえ、佐伯さん、素敵なお嬢さんをみつけてきたじゃない」

「ありがとう」

 私はテーブル席に座ってイカリングをつまむ。

「ところで、佐伯さん、センセイの用事、済ませた?」

 佐伯が私にはにかんでみせてから、カウンターに座った。

 ママとのやりとりで、だいたい、こんな事件であることが判った。

   * * *

 センセイの有力な後援団体代表の御子息の話だ。

 青年は三流私立大学卒のさえない会社員で、夜の銀座で若い娘と知り合った。彼女は有名国立大学の女子学生だ。二人は意気投合する。その後、電話や手紙でやりとりし、月一度くらいデートもしていた。二人の交際は、女性側の親が知るところになり、交際に反対するという電話が、母親からかかってきたこともあった。その後、女子学生は姿を消した。手紙にあった住所から彼女のアパートを訪ねてみると空室になっていた。家主に訊ねると引越したという。

 ――彼女が消えた。

 カウンターのむこうにいたママが、席を外して化粧室にいった。

 私の席の横に戻った佐伯が耳打ちした。

「テレビドラマみたいだだろ? 笑える」

「笑える? もし事件に巻き込まれていたりしたら相手の女性だって、気の毒だわ!」

 黒縁眼鏡の佐伯が腹を抱えて笑いだす。

「男はこういうとんまな道化をやって鍛えられてゆくのさ。いいかい。有名国立大学の女子学生が、いきなり、三流私立大学卒業の会社員と酒を飲んでいい仲になる確率はそう高いもんじゃない。有名国立大学の名をだすあたりが先ず臭い。本当にそうなら、賢い彼女は、初めよく判らない男には素性を隠すってものだ」

 とんまな道化をやって鍛えられてゆく……佐伯もこんなみっともないことを経験してきているというのか。私は訊きたいという欲求をかろうじて抑える。

 佐伯が続けた。

「大方、母親・娘は同一人物。大家とはグルだ。娘は、交際に反対する両親から仕送りを止められた、とか男に泣きつき、金を自分の口座に振り込ませる」

「そ、そんな……」

 国会議員公設秘書ともなると、いろいろなところに顔がきく。独自の情報網があるらしい。佐伯は店の電話を借り、何人かに電話をかけた。かけた先は情報提供者というわけだ。

 結果はといえば、悔しいけれど佐伯のいう通りだった。

 青年と交際していた女子大生を称する女性は無職で、電話で抗議してきた母親と同一人物だった。しかし、相手が五十過ぎの主婦であったことには佐伯も驚いてはいたのだが……。よほど若作りで、ミニスカートでもはいて、化粧をし、夜の街でしか彼の前に姿を現さない。多少の綻びをみても男は惚れた相手を懸命に信じようとする。それがトリックの全容だった。

 佐伯は、相談者である青年の親に伝えた。ただちに警察に被害届がだされる。青年は、「仕送りを止められてしまった」という気の毒な「恋人」に数百万円を貢いでしまっていた。

    * * *

 佐伯は時間を無駄にしない。もちろん、私との時間もだ。

 街路樹の銀杏が黄色くなった東京で、はとバスに乗った。

 浅草でSKDのラインダンスもみたし、東京タワーにも昇った。ショッピングにもつきあってくれた。しかし私はホテル泊まり。「うちに泊まっていけよ」とかはいわれなかった。

 私が長野に帰るとき、上野駅のホームで列車に乗り込む際、佐伯は手をだした。

 なぬ、握手だと? どこまで焦らすんだ。おい、こらあ、キスくらいしろ!

 私は化粧室で鏡をみた。

 眼鏡をつけた顔。眉は美容院で細くした。薄化粧に口紅をつける。まつげはそこそこ長いからマスカラは必要ない。目は切れ長ってやつ。顔の輪郭といえば細いほうか。よくみると微妙に顔の左右の形が違う。ボブにした髪が顔の輪郭をうまく隠している。スタイルは田舎ではいいほうだったと思う。しかし東京にでてみると、私程度の娘はごろごろしていた。というか、カジュアルスーツできたけれど、どことなく山出しな感じは拭えない。

 終電に近い車内はがらがらで、むかいあったシートに一人座る。街で買ったファッション雑誌を開いた。もっと「研究」しないと……。

 一九六〇年代初頭、ほどなく、東京オリンピックが開催される。そんな時代の出来事だった。

       END

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