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06 紅之蘭 著  秋の気配 『アラビアのロレンス』

 空軍という兵科ができあがって間もないころ、それまで花形だった騎兵から、次代の主力となる航空隊に志願してくる連中はけっこういた。オーストラリアからきた男ロス・スミスもその一人だ。

 そのころの僕だが、英国軍が所有する駱駝数千頭を処分するという話を耳にして、エジプト・カイロにある中東戦線司令部にゆき掛け合い、譲り受けることに成功する。僕の帰りを、メッカの王子ファイサル将軍や部下たちが心待ちにしている。朗報を一刻も早く知らせてやりたかった。

 司令部もたまには粋な計らいをするものだ。

 カイロから、シリアの前線に、僕はロス・スミスの操縦するブリストル複葉戦闘機に何度も乗せてもらった。陸路や海路をつかうと何日もかかるのだが、この「エア・タクシー」はすこぶる便利なものだった。

 スミスは、「ロレンス中佐、途中、寄り道しますよ」といった。初期の飛行機は木材と布でできていた。極力重くならないように、パイロットも小柄な者が採用されていたのだが、このパイロットもそうだった。

 トルコ帝国軍が使用しているのはドイツ製のフォッカー複葉戦闘機だ。かなり優秀なもので、友軍は苦労しているとのことだ。四機編隊に遭遇した僕たちのブリストル機ははっきりいって性能が劣る。死海水面に急降下をかけ、連中を振り切れたのは、一重にロスという男の腕前だった。

 初めてのフライトで僕は括目した。

 あれほど起伏にとんだ岩塊と谷間でできた砂漠。そういうところから水がわずかにしみだしたオアシス。メッカからやってきた叛乱軍は、何か月もかけてシリアにやってきたのだ。その砂漠というものを、高高度から眺めると、なんて平坦なのだろう。

 小柄なパイロットはナツメヤシ園に陣取っていた友軍・叛乱軍のところに、司令部からの伝令書を収めた通信筒を投下した。その際、彼は急降下して、ナツメヤシのてっぺんをすれすれに飛ぶという離れ業をやってみせたため、度肝を抜かれたアラブ兵は持ち場を離れ、算を乱して逃げ出すという一幕があった。

 紅海を臨む港湾都市アカバは、英国軍及びアラブ叛乱軍が、手に入れた。そこが陥落した後、いよいよ両軍は、ダマスカスの占領に本腰を入れるようになった。トルコ軍の補給路である鉄道路線の破壊を、叛乱軍だけでやるには足りず、イギリス連邦の一員であるオーストリア軍の協力を得ることになった。

 ハンドリー・ペイジ複葉爆撃機は一六五〇ポンド(約七五〇キロ)の爆弾を搭載することができた。これは実に、百人乗りでロンドンを空爆していたドイツの爆撃用飛行船とほぼ同じ爆弾重量だった。

 中東戦線では、ただ一機、そいつが配備され、当然のことながら、友軍一番の腕前をもつスミスが操縦桿を握ることになったというわけだ。この大型爆撃機が翼を広げると、ブリストル複葉戦闘機二機分がすっぽり収まってしまう。

 シリアのラムラ飛行場は、そのオーストラリア軍の管轄するところだ。 九月、僕が、そこの司令官や将校たちと打ち合わせにゆき、基地食堂で朝食をとっていたときのことだ。

 スミスが温めたソーセージを口にいかけたとき、帝国軍戦闘機四機が奇襲をかけてきたのだ。敵機が一機しかない爆撃機に機銃掃射をかけ破損させたりしたら、ダマスカス攻略戦には間に合わない。

 このとき爆撃機機長のスミスは、とっさの判断で、手慣れたブリストル戦闘機に飛び乗った。まるで、猫がジャンプするかのような速さだ。後から部下のパイロットが、追いかけて、フライトする。

 オーストラリア航空隊が思わぬ迎撃は、奇襲をかけてきた帝国機編隊を驚かせ、敗走させた。地面すれすれに急降下した敵三機を、友軍機三機がとり逃がしたのだが、不幸な敵一機をスミスが撃墜した。

 食堂に戻ってきたスミスが、朝食の続きをしたとき、ソーセージはまだ温かだったようだ。それから彼は食後に紅茶を口にした。

 一九一八年一〇月、英国軍及び叛乱軍がダマスカスを解放。一九一九年、第一次世界大戦が終結する。一介の航空兵として中東戦線に志願したスミスは大尉に昇進していた。同年、オーストリア-英国間を同一飛行機で二八日間かけて飛行し記録を達成。一九二二年、テストパイロットとしてフライト中に事故死する。王室より勲爵士の称号が贈られた。

引用・参考文献

T・E・ロレンス著、J・ウィルソン編、田隅恒生訳『知恵の七柱』第4巻第106章・第5巻第131章 平凡社 2008年


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