第1章(華やかなモデル業界)
音楽が鳴り響くスタジオでは、美しいモデルたちが躍ったり、ポージングを取ったりしている。
カメラマンの「オッケー」という声がかかると同時に、スタッフが忙しく動き回る。
次々にモデルが代わるたびに、ライティングやBGMの効果もあり、
スタジオはがらりとイメージチェンジするので、不思議な感じがする。
スタイリストは忙しく、舞台に立つモデルの服装を整え、髪をセットする。
この日も朝から写真撮影が続き、何度も服を替え、そのたびにメイクや髪型に手を入れる。
シャッター音とカメラマンの指示が、どんどんモデルの美しさを引き出していく。
「お疲れさまでした」というスタッフの声で、明菜は我に返った。
最近、特に仕事中は集中しているせいか、意識が消えていることがある。
舞台に立つと、以前からそういうことは頻繁に起こり、まるで違う人格が現れたかのように、
年齢に似合わず大人びているとよく言われた。
上京して、事務所が何を考えたのか、ドラマの仕事を取ってきたことがある。
「モデルだけでは将来がない」とマネージャーに言われ、チャレンジしたのだが、
全然記憶がない。後でスタッフやマネージャーから聞くと、やはりやらかしていた。
ドラマの収録が終わるまでは、いただいた役に成りきって、先輩だろうが関係なく、
慇懃無礼な態度を取ってしまうようだ。なので、素の自分に戻ると謝るしかない。
普段は大人しく控えめなのに、破天荒な役が回ってくると、
スタッフもその落差に驚きながらも楽しみにしていることが多くなった。
脚本家たちの間でも、明菜の変貌ぶりは有名になってきているようだ。
前作では、とても妖艶な太夫の役を演じた。男性との濡れ場もあり、
かなり際どいポーズも要求された。それをぎりぎりの線で匂わせる表情から、
「あれは、かなり男性経験があるに違いない」と噂された。
出来上がった映画を観ると赤面してしまうのだが、それが自分の姿だということが
信じられなくて困っていた。『もしかしたら多重人格なのかも』と密かに恐れていた。
そのことを知っている唯一のマネージャーが防波堤になり、
日頃は何もしゃべらなくていいように配慮してくれるようになった。
しかも、プライベートでは一般人に紛れるほどオーラの輝きがないため、
待ち構えていた芸能雑誌のカメラマンさえ気づかないありさまだった。
黒髪をひとつにまとめ、ノーメイクでメガネをかければ、真面目な女子大生にしか見えない。
しかも、モデルの仕事のときには高いヒールで颯爽と歩いているのに、
普段は猫背でスニーカーなので、同じ人物だとは誰も思わない。
変装にも似た技を教えてくれたのは母だった。恋する乙女でもあった母は、
モデル仲間のカナダ人と恋に落ち、明菜を産んだ。二人は学生だった。
留学生として来日していた父は、「すぐに帰って来るから。そのときは結婚しよう」と
約束したのに、そのまま来日することはなかった。
一度、父を捜しに母とカナダへ行ったことがある。
教えてもらっていた住所には誰も住んでいなかった。『騙されたのか?』と思ったが、
父の家は売りに出されており、その理由を近所の人に聞くと、事業が悪化して倒産し、
家族はばらばらで、どこにいるのかもわからないらしい。
日本で言うなら「夜逃げ」というところだろう。借金からも逃れているのだから、捜しようもない。
母は、いつか会いに来てくれることだけを夢見て生きてきた。




