三章第1話 獰猛な笑み
「――なあ、エリスってさ。一回死んだことある?」
「……とうとう頭がおかしくなっちゃったのね。大丈夫、いくらあなたの頭がおかしくなっても、友達でいてあげるわ」
穏やかな草原を突き抜けるようにして、街道を走る馬車の中。
モノが向かい合うように座ったエリュテイアへと、何気なく問いを発する。対するエリュテイアは、黒の瞳で、モノの紫の瞳を見つめながら憐れむような表情を見せた。
「いやいや、そういうんじゃなくて!」
「はあ……そんなことあるわけないじゃない。死んでたら私ここにいないわよ」
「ああ、うん。だよな……」
「ほんとに何よ。まるで意味不明だわ」
そんなエリュテイアの当たり前と言えば、当たり前の解答を聞いて、あからさまに肩を落とし落胆するモノ。
モノの態度の意味がわからず、エリュテイアは困惑した様子で眉を寄せ、赤のサイドテールを傾ける。
この馬車は現在、『アゼルダ』を出発し『レイリア王国』の王都へと向かっている。
馬車の中には、モノ、エリュテイア、ナナリン、アルファの四人。
なんでも、アゼルダでの事件を解決したモノ達に、王都のお偉いさんが興味を持ったらしく、こうやって一行は呼びつけられているわけだ。
「モノさんって、たまに……いや結構、変なこと言いますよね」
「別に私も変な発言をしたくてしてるわけじゃないぞ? どっちかって言うと私自身より、私の周りで起きる事が変なことばっかりなんだよな……」
馬車の向かい合う席。エリュテイアの隣に座った黒髪の少年――アルファの呟きに、少々不満げに頬を膨らませるモノ。
『毒殺』に始まり、『最終兵器』、『突発的テレポーテーション』と摩訶不思議な事だらけだ。
しかも、その殆どに明確な答えが与えられていない状態。そりゃあモノだって変な発言が多くなってしまうのも仕方ない。
「きゃはっ★ 確かに、モノたんってばいっつもなんか大変だよね〜……巻き込まれ体質ってやつ?」
「なんだその最悪な体質。私としてはもっと穏やかな第二の人生を歩みたいところなんだが」
「第二の人生ってのはよく分かんないけど、今みたいに王都に招集されてるようじゃ、穏やかっていうのは無理があるよね〜っ★」
ちなみに、そう言ってモノの膨らませた頬を人差し指でつつく、蜜柑色のツインテールを揺らしたナナリンが馬車に乗っている理由は少々違う。
モノとエリュテイアはオリバーを倒した功績で、王都に招待された。
対してナナリンは、『アゼルダ』での『聖遺物』の盗みの依頼をしてきた人物に報告する為に、王都へと向かっている。
つまりは、ナナリンは元々、王都にて依頼を受け、『アゼルダ』へとやって来ていた訳だったのだ。
「それにしても、全く関係ない話だけど、『アゼルダ』の奴ら凄かったな」
「そうですね、『盲信』の呪いが解けた反動でしょうが……呪いがかかってた時より熱狂的でしたね」
ふと、脳裏に思い浮かべるのは『アゼルダ』を出発する際の、貧血から回復した住民達の熱すぎる見送り。
それはそれは、まさに英雄の凱旋の如き歓声だった。
今までと打って変わってエリュテイアの『眷属』になった住民達は、エリュテイアのことを『エリュテイア様』と様付けで呼び慕い、崇拝するくらいにまで達していて。
「……たしかに私も人間達には好かれたかったのだけれど。さすがに度が過ぎてるというか、なんというか……最早ある種のフェスティバル状態だったわね」
「ああ、なんか巻き添えで、私も何人かにプロポーズされたんだけど……色んなステージ飛ばしすぎてて何が何だか」
「あああ! それ! それだよ!!」
思い出すだけで疲れを感じる光景に、モノとエリュテイアは苦笑する。
すると、突然、横で立ち上がって、大声を上げるのはナナリンだ。
「急にどうしたんだよ。あ、プロポーズはちゃんと全部断ってるからな?」
「それもそうだけど違くて! モノたんとエリたんってさ、よく分からない響きの単語使わない?」
「あ、それ僕も気になってました。『レベル』だとか、『パターン』だとか、『テレポーテーション』だとか、よく口にしてますよね? それって何なんです?」
「え……」
ナナリンとアルファによる、モノが気にもしていなかった点へのツッコミ。
それは、あまりに自然で無意識に使っていた為に、気づかなかった違和感だ。
言われてみれば、モノも聞いた事のない単語だ。でも、日常的に使えている。
知らないはずなのに、知っていて。
意味もわかっていないのに、意味がわかっていて。
あれ、不味い、混乱してきた。
「本当だ……私、何を言って……?」
「言われてみれば、私も無意識に使っていたわね……?」
「?????」
質問した側以上に、質問された側の方が疑問の表情を深め、その反応に質問した側も疑問を深める、沼のような空間。
モノは徐ろに、脳、というよりは身体に染み付いた言葉を、指を折りながら並べて、
「『レベル』『パターン』『フラグ』『アドバンテージ』『ネガティブ』『ポジティブ』『リフレクション』……」
それに続いてエリュテイアも、
「『フェスティバル』『センセーション』『エマージェンシー』『エラー』『ダイレクト』『ブラッド』『エモーション』『インストール』……」
モノとエリュテイアは、ひとしきりにそれぞれ思い思いのワードを独り言のように、零した後、互いの顔を見やって――、
「…………なにこれ?」
「…………さあ?」
「ええぇ……お二人共、大丈夫ですか……」
どんどん溢れてくる言葉に、首を傾げた。
傍から見れば、意味不明な単語を呟いて、その自分の口から出た言葉に疑問を浮かべるという、何ともシュールなやり取りであるが、本人達は至って真面目。
全く知らない言葉。なのに、何故か理解していて、勝手に使いこなしている。
その抗いようのない異質な感覚に、モノはどこか不気味さを覚えて、
「……『最終兵器』」
原因であろうそれの名を、ポツリと誰にも聞こえない声量でひとり、呟いた。
それから改めて、怪訝な表情をするナナリンとアルファを横目に、モノはエリュテイアに向き直って、一つ気になったことを問い、
「なあ、そもそもエリュテイアっていつから『最終兵器』になったん――――」
その時だった。
順調に王都へと向けて進んでいた馬車が、突如、ガタンッと大きく揺れたかと思うと、次の瞬間、急ブレーキがかけられて、動きを止めた。
「……止まった?」
「どうしたんですかね?」
――何か問題でも起きたのだろうか。
気になったモノは、口から出かけていた質問を止めて、扉を開け、馭者の様子を確認する為に、一旦、馬車の外へと出る。
出て直ぐに、モノの白く美しい髪を揺らすそよ風。
優しく、草花の爽やかな香りを運んできた、その風に導かれるように、モノは扉から見て左。馬車の進行方向へと視線を動かした。
「――――」
そこに佇むのは、輝く銀の帯のような形状の長髪をはためかせた一人の少女。
その瞳は燃え盛る炎の赤と、深い海の青の瞳のオッドアイ。
少女は、柄に龍の装飾のされた大剣を背中に携え、馭者を見つめていて。
「オイ、お前。この馬車は、『アゼルダ』の英雄達が乗っている馬車で間違いないな?」
「そ、それは……」
守秘義務があるであろう馭者は、少女を拒もうとするが、上手く言葉が出てこない様子だ。
無理もない。
少女から放たれているのは、遠巻きに見ているモノでさえ、立ちくらみを感じ、息を呑む程の、濃厚すぎる覇気。
ピリピリと肌を刺す威圧に、モノの生物的な本能が激しく警告を鳴らす。
オリバーなんて比べ物にならない。
圧倒的な存在感。こういうのを、本当の化け物と呼ぶのだろうか。
「……我の問いが聞こえなかったのか?」
「ひ、ひぃっ!」
完全に怯えきった様子の馭者は、詰め寄った少女に、上擦った悲鳴を上げるばかりで。
埒が明かない、とでも思ったのか「ちっ」と舌打ちをして、馭者から放れる少女。
「――――!」
その過程で、思いがけずに目が合ってしまうモノと
その銀髪の少女。
少女はモノの姿を確認するなり、二つの牙を見せながら、獰猛な獣を想像させる笑みを浮かべ――、
「純白の髪…………モノ・エリアスだな?」
「誰だ、お前」
「取り敢えず全員降りてこい、拒否権はない」
呼吸を忘れる冷たい緊張感。
身体が何かに押されているように錯覚させるプレッシャー。
対峙しただけで、一瞬も油断しては駄目だ、と鼓動が訴えてきた。
しかし、そんな警戒は第三者の思わぬ言葉によって、崩れ去ることになる。
「――――師匠!? どうしてこんなところに!?」
叫んだ声に振り向くと、窓から顔だけを覗かせたアルファの姿。
その叫び声の内容に、再び帰ってくる、忘れていた呼吸。
「は、え? ししょう……?」
「――おお、アルファ。お前、ちゃんと頑張ったみたいじゃないか!」
一気に解かれる、張り詰めた空気。
モノがプレッシャーの落差に戸惑っていると、
その少女は、アルファと親しい仲であるということが伝わってくる声色で、笑うのだった。
三章開幕!!
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