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第26話

 橘と一緒に自分の家に向かっていることに多少の違和感を覚えながらも、俺は過去を振り返る。


 友達と一緒に自分の家で遊ぶのなんて一体、何年ぶりだろうか。大学に入ってからは一度もなかったことであろう。

 ん?…………大学か。


 いや、高校の時もなかった。中学の時を最後に、家に友達を招くようなことはなかった。


 だからだろうか。男の友達であろうと、少し緊張感があり、自室を見られる気恥ずかしさまである。


 そもそも誠は何故に今になって橘を家に呼ぼうと思ったのだろうか?

 今までそんなアクションは一切起こさなかったのに。


 しかし、学内で誠と橘が楽しそうに談笑する姿はよく見ていた。彼女が橘を意識していることは自明の理である。


「なぁ。橘は今、付き合っている奴はいるのか?」


「ん?なんだ藪から棒に?」


「いや、小西はいなさそうだし、漆原は分からん。でも、文化祭後は校内で嫌にカップルが目につくだろ?」


「ああ。そうだなぁ。………いや、いないよ」


「あ、そう」


 誠よ。兄ちゃんはとりあえず、お前がアクションを起こすというなら、手伝ってやることにしたわ。


 俺は誠に対しては兄妹であるからか甘やかしてしまうのだ。いや、それだけではなく、何か恩義を感じてしまう。

 何かを彼女に返さなければならない気がする。


 それは、またあの記憶の所為かもしれないが。


 


 


 


「そういえば、美月。ウルシと最近、会ったか?」


 学校から俺の家までは電車を降りて、すぐである。


 橘の家は俺の家と同じ方角にあり、電車の路線も同じである。彼の家の方が学校から一駅分遠くにあるが、定期圏内であるため、特に気遣う必要もない。


 電車を降り、ジュースでも買うかとコンビニに立ち寄っていた時、彼が突然、思い出したかのように聞いてきた。


「ん?………いや。そういえば会ってないな。あいつ、最近、学校来てないよな?」


「そうなんだよな………何かあったのかなって」


 彼は心配するように目を伏せた。橘は心配性であるし、友達思いである。しかし、少々、考え過ぎであるとも言える。


「あいつが学校さぼるなんていつものことだろ?まぁ今回はあまりに長いとは思うが」


「そうだよなぁ。いや、ウルシも学校はよくサボるが、それでも俺等とは遊んでいただろ?それが顔を全く出さないってのはおかしいと思ってな」


「そうだな」

 

 もしかしたら、この間の俺と宮藤さんと出会った時のあの一件が関係しているのかもしれないとふと脳裏を過ぎった。


 しかし漆原が気に病む理由も、俺等を避けている理由もそれにつながるとは断定できない。


 俺は結局、話を流し、橘にそのことを黙っていた。


 


  家に着くと、橘をすぐに自室に招いた。


 そうしてお茶でも飲もうとリビングに行くと、誠がボケーっとテレビを見ている。


 制服のままでソファに腰かけて、コーラを飲みながら、録り溜めていたバラエティ番組を見ている。


 俺は彼女のコーラを奪い取り、グビグビ飲みながら、彼女を見る。


 誠は略奪者にしかめっ面を見せる。


「誠、言いたいことは分かるよな?」


「コーラをもっと飲みたい?」


「違うということも分かるよな?」


「もしかして………ポテチですか?ポテチが食べたいんですか?それなら………」


「おい?」


「分かってる………勝手に遊びの約束をしたことを怒ってるんでしょ?」


 誠は観念したように身を縮こませて、こちらに恐る恐る話しかける。

 それは怒られるのを待つ子供のようで、いや現に子供ではあるのだが、そんな顔をされてはこちらも怒れない。


 俺はため息一つ。


「いや、別に怒ってるわけじゃないよ」


「でも、お兄ちゃんすぐ怒るし………」


 彼女は過去に俺が怒っている場面を幾度となく見てきたのだろう。

 やりきれない若い衝動に突き動かされて周りに当たり散らしていた昔の俺を。


 しかし最近では、兄妹仲もそれなりに深まってきたと思っていたんだが、やはり彼女の中にその時の俺は色濃く残っているようだ。


「怒らないから……そうだな。でも、なんでこんことをしたのかは疑問だな。怒らないから言ってみな」


「その言い方は怒る人の言い方だもん」


 彼女は俺の視線からプイッと顔を逸らした。それは彼女も俺の表情を見て、これはもう怒られない雰囲気だと悟ったからであろう。


「………誠。橘のこと好きなのか?」


「………うん」


 意外にも素直な妹に、こちらの気も顔も緩んでしまう。

 

「あ、そういう」


「だって………お兄ちゃんにも彼女のいたし、周りも彼氏とか作ってるから………だから、私も少しくらい橘先輩と距離を縮めたくて………。別に今すぐ付き合いとかじゃなくて、もっと…………話がしたかったの」


 彼女はそういうと顔を赤くし、またテレビに顔を向けた。それは俺から自分の表情が分からないようにするためである。


 薄々勘付いていたが、こう言語化されるとなんともむず痒い。身内の恋話は気にはなるが、聞くとこちらまで恥ずかしくなる。いや、誠にしてもそうか。

 俺が宮藤さんと歩いている姿を誠に見られた時のあのなんとも言えない気持ちを誠も味わっているのかもしれない。


「そうか………まぁ、別に気が向いたら俺の部屋に来たらいい。おやつでも持って。………ほら口実になるだろ?」


「お兄ちゃん、協力してくれるの?」


 彼女に笑顔が戻る。その期待する顔に兄として答えてやらねばなるまい。


「いや………なんだ。あれだよ。橘はわりと良い奴だしな」


「そんなの知ってる」


 私の方が先輩を知ってる!みたいなことを兄に言われても困ってしまうが、俺は妹の恋愛についてこれ以上、言及する気も起きず、残ったコーラをガブ飲みした。


「まぁ、いいさ。じゃあ」


 俺がリビングを出るとドタバタと物音が聞こえてきた。

 後ろでそさくさと準備をする妹を少し可愛いと思ったが、俺はあえて何も言わず、自室に向かった。


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