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薔薇の刻印  作者: 柚希
1章 刻印を持つ少女
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2

 その日、ツェリアは市場へ買い物へ行った。

 母に渡されたリストはパンと、牛乳、ニンジンに、キャベツと書かれている。何度みてもこの四品だ。

 やはり、いつもよりも買う品数が少ない。

 これだけで今日の夕飯は何を作るのだろう。

 家にある残りの食材を思い出しながらしぼりだしても、料理できそうな品が思いつかない。

(今日は家から出ないって言ったのに)

 今日は風が強い。家から出ないと朝から母に言っていた。

 風が微風になれば問題なかったのに、切羽詰まった顔で買い物してきてほしいと頼んできた。

 体調を崩して以来、母は家で物作りに励むようになった。店に出す品物を作り、バザーのようなものに出品し、旅行者が買っていくと母の収入になる。父が働く自警団の収入は父が帰ってこないと家に入らない。大事なお金を大切に使うために、母は工芸品を作るようになった。手が放せないから、仕方がないにしても、よりによって、風の強い日を選ばなくても。

 いつもなら家から出るなと口煩く言い、自ら買い物に行く母。店に出す品物は今日急いで作らなければならないわけでない。

 おかしいとは思ったが、母が生活の為にしていることで、強く言えなかった。

 すぐに帰れば、問題ない。風がスカートをイタズラに翻さなければいい。

 買い物篭を腕に下げて、急いで市場に出た。

「ごめんね、ツェリア」

 ツェリアの背中に母が声をかけてきた。振り返り首をかしげる娘に、母は顔を背けた。

 その手に、出来上がっているようにみえる小銭入れが握りしめられている。

「気を付けてね」

 完成しているなら、母に押し付けようとしたツェリアを母は、明るい声で送り出した。

 やっぱり、母がおかしい。



 家を出ると真っ先に風向きをみた。これをしないと悲惨な目に遭う。

 風がスカートをばたつかせ、家族以外の人に見られたくない薔薇の印が、出てしまう。

 目を閉じて、風を肌で感じる。

 市場に近い道へと続く道から、向かい風が吹いてきている。

 これなら、前を押さえていれば歩いていける。風向きが変わる前に市場へ急いだ。

 市場でもう一度、中に入っているメモを確認して買う順番を決めた。

「おじさん、ニンジン三本と、キャベツ一玉頂戴!」

「はいよ!」

 市場の入口近くの店で野菜を買う。次に、牛乳。最後にパンを数個買う。

 野菜は重いから最初に篭の底に入れ、空いた場所へ重い牛乳のビン。そして、野菜の上にパンの袋を乗せる。

 これで無駄な時間なく買い物を済ませた。帰る前、風向きをみる。変わっていない。

 向かい風を探して家へ帰るしかなさそう。

 向かい風で行くなら、市場を来た側とは反対に出なくてはいけなくなる。遠回りになるけど仕方ない。

 風向きに気をつけて、重い買い物籠を持ち直し、来た道と違う方へ向かった。

 父親が帰ってくると聞いて、朝から母がそわそわして落ち着きない。

 久しぶりに会える喜びを隠しきれていない。落ち着こうと、出品する作品を作り出した、まではいいけど、夕飯の買い出しまで、頭が回っていなかった。

(父さんいつも家にいないから、母さんがそわそわするのは分かるけど)

 風が強く吹いた。慌てて前を押さえる。裾がはためいてスカートが大きく膨らんだ。

「もう!」

 片手で追いつかず、両手で押さえる。膝の上に手を置いた格好は他人から見ると変なおさえ方で、すれ違いざまに嘲笑された。

 こうしなければ、膝の上にある薔薇の刻印が見えてしまう。油断できないのが風というもの。頼まれたときに断ればよかったと後悔した。風は暫くして落ち着いてくる。急いで帰らないといけない。

「え、ツェリア!?」

 市場を出る手前で聞きなれた声がした。

 振り向くと、近所に住んでいる一つ下の男の子、ヴェリガだった。

 灰色の瞳に瞳より明るい灰色の髪。陽に焼けた肌をした彼は、ツェリアの姿に瞬きして近寄ってきた。

「こんな日は外に出たくないって言ってたから、見間違いかと思った」

「母さんにお使い頼まれたの、ほらこれ。断ればよかったわ」

 ヴェリガはツェリアの重い買い物篭を覗くと、さらりと流れる動作で籠を持っていく。手が少し触れてどキリとした。

 ツェリアがリロテ町に住むようになって五年。ツェリアが住みやすくなるように力を貸してくれたヴェリガの背は三年前にツェリアの背を抜いた。

 ぐんぐんと伸びて、ツェリアの頭はヴェリガの下耳あたりにある。

 他に何か買うか聞かれて、もう終わったと返した。荷物がなくなると、スカートをおさえやすくなる。

「もうすぐ誕生日だろ? 今年は何がいい?」

 もう何度目かの強風をやり過ごしたところで、ヴェリガはにこりと笑いながら尋ねてきた。ヴェリガはツェリアの誕生日が近くなると何かをくれるようになった。ものをくれるようになったのは最近のことで、ヴェリガとツェリアの誕生日が近いと知った二年前から始まった。

 ツェリアはヴェリガのくれる誕生日プレゼントがとても楽しみで、今年は何をもらおうか誕生日が近くなると用もなく毎日市場に来て考えていた。

「今年は、髪飾りがほしいの! 可愛いのを見つけたのよ!」

 二日前、ツェリアの目を奪ったのが、市場の露店で出していた髪飾りだった。見つけてすぐに気に入り、今年はこれをヴェリガに買ってもらおうと狙っていた。見つけたのが二日前で、もう買われてなくなっているかもしれない。

 その露店はここからすぐのところにある。

「ヴェリガ、今時間ある? その髪飾りすぐそこの露店にあるの」

「今日は一日空いてるからいいよ」

「ちょうどいい、来て!」

 ツェリアはヴェリガの腕に腕を絡ませ、露店のあるところへ連れて行った。

 その光景を見ていたヴェリガの同級生が声をあげて冷やかす。髪飾りのことであたまがいっぱいのツェリアに冷やかしは聞こえていない。

 ヴェリガが犬を追い払うような仕草で同級生たちを散らした。

 露店のシートに並べてあるアクセサリーの中から、気に入った髪飾りを探す。さほど時間がかかることなく見つけ出すことが出来た。

「この髪飾り! まだあって良かった」

 ヴェリガがその髪飾りを手に取り、ツェリアの髪に当てる。黄金のような明るいツェリアの髪に、赤と青の光る小さなまがいものの石が彩られた髪飾りはとても映えた。青の石はツェリアの瞳の色と同じ。ツェリアの瞳が深い青なら、髪飾りは空のように明るい青色をしている。

「似合ってるよ。お兄さん、これもらうよ」

 露店のお兄さんに、ヴェリガがお金を払った。

「こんな安いのでいいのか?」

「これがいいの」

 ツェリアは早速髪飾りを髪につけた。

「ねぇ、似合う?」

「似合う、似合う」

「何それ」

 ぷぅとツェリアは膨れた。いい加減な返事にヘソを曲げる。すると、ヴェリガの手が頭を優しく撫でた。

「ものすごく似合ってるよ」

 嬉しくなって頬が緩む。また宝物が増えた。まがいものの石でもいい。ヴェリガが買ってくれたのだから。

(大切に使おっと)

 ツェリアはヴェリガと並んで市場を出た。風は変わらず、ツェリアはスカートをおさえながら歩く。膝の上だと歩きにくいから両腿を持って慎重に歩いた。

「あ、私の誕生日がすぐって事はヴェリガも、もうすぐよね」

 髪飾りが手に入ったことですっかり忘れていた。ツェリアの五日後にヴェリガの誕生日がくる。

「ごめん、ヴェリガ。忘れてた」

 自分のことしか考えていなかったことにツェリアは落ち込んだ。去年も同じことをしでかしてしまい、今年は驚かせようと思っていたのに。

「そうだろうな。去年も、その前もそうだったから今年もそうなるだろうって予想してたからいいさ」

「本当にごめんなさい」

 ヴェリガの言うように、ツェリアは自分は祝ってもらうために何日も前から何を貰おうか、市場をうろうろする。

 そのくせ、ヴェリガの誕生日のことはすっかり忘れてしまい、自分が貰ってから、相手の誕生日が近かいことを思い出す。

 ヴェリガはそれに慣れてしまっていた。

 ツェリアは自分が貰えば相手の誕生日を思い出すのなら、先に何かほしいものをあげればいい。

 そして、今年もやっぱりそうなった。

「ううっ。ごめん。これから考えるわ。ヴェリガ、それ母さんに渡してくれる? これから市場に――駄目だわ」

 風が強いことをうっかりしていた。今日はもう家から出ないと決めていた。

「そうだ、明日風が弱ければ、市場で捜して買うわ。だから、少しだけ待ってて!」

 ツェリアの家が近くなる。籠を返してもらい、ヴェリガと別れた。


「母さん。はい、頼まれたもの」

 母は台所に立っていた。何かを作っているような気配はない。これから作るのかもしれないと、籠を渡す。

 いつもと変わらないツェリアを見て、母は安堵した。

「おかえり。ありがとう」

「ねぇ、今日はなに作るつもりなの? 私も手伝う」

 ツェリアは家事が出来るよう、髪飾りを外した。そこに母の目がとまる。

「どうしたの? それ」

「ヴェリガに貰ったの。誕生日もうすぐだから。似合うでしょ?」

  ツェリアは母親に見えるように、髪にあててみせた。両親はリロテ町の子供の中で、ヴェリガと会うのだけはなぜか許してくれている。ほかの子供と会うの約束をしようものなら、今すぐ家から出させてもらえなくなるのだ。ヴェリガは年下にしてはやけに落ち着いていて、ツェリアに対して紳士的な態度で接してくれる。そこを評価されたのかもしれない。

「そうね」

 母親はツェリアから目をそらすと冷たく言った。

「お母さん? どうしたの? 今日はなんだか変だよ」

  いつもの母親なら、「よかったわね、高いものねだってないでしょうね」と興味深々に聞いてくるのに、今日はたったの一言。

  これでは、次になんと言えばいいのか分からないではないか。

 父が帰ってくるにしても、今日の母はどこか違う。どうしたのだろう。

「そんなことないわよ。ツェリア、こっちは手伝ってもらうことなんてないから、あっちで待ってなさい」

 ツェリアは返事もそこそこにすごすごと下がった。

 何もないのに母親の傍にいても、意味がない。

 かといって、暇になった時間をどう使えばいいのか。

 この時間は大抵、母親の料理を手伝っていたが、必要ないと言われてしまえば、ツェリアにはすることがない。おとなしく出来上がるのを待つしかないようだ。

 母の後姿を眺めながら、父親が早く帰ってくるのをツェリアは待った。

 父親が帰ってくる頃には、夕食は出来上がり、久しぶりに家族三人で夕食を楽しんだ。

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