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薔薇の刻印  作者: 柚希
1章 刻印を持つ少女
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3

 翌日は、昨日と変わらず風は弱まる気配がない。昨日よりも荒れた風は、住む人に不安をかきたてる。嵐が来るのではないかと危惧してしまう。

 その危惧を嘲笑うかのように空は晴れ渡り、とても嵐が来るような気配はなかった。

 今日も家の中から出ない、と言いたかった。家の中で、両親が、子供の目を気にしないで仲良くしていなければ。

「はぁ」

 重い溜め息を吐き出し、家を出た。

 家は、居づらい。風が強く、家を出たくなくても、出ていきたくなるぐらいには。

 家の前でただ、突っ立っているわけにいかず、慎重に道を選んでヴェリガと約束したプレゼントを選びに市場へ向かった。

 あげるものは来る前から決めていた。いつも身に着けていてほしいから、ネックレスにする。

 アクセサリーを扱っている店すべて回ってみると、案外扱っている男ものは少ない。少なくて気に入ったものが見つからない。

 もう一度、他に何かないかと目ぼしいところを回ってみる。やはり、目に留まるいいものがない。

 半ばあきらめながら次の店へ転々と見ていく。

 ――みつからない。

 次へ行こうと顔を上げたとき、目に飛び込んできた「自作アクセサリー作れます」の文字。

 自作ということは、自分だけのオリジナルが作れるということだ。

(他で探すよりも、ここで作っちゃったほうがいいかも)

 ツェリアは即決すると、店のおじさんに声をかけた。

「おじさん、おじさん! これってどういうこと?」

 誰も立ち止まらない店で気だるげにしていた店の主人は、ツェリアににたりと笑った。

「これは、このモチーフに好きに字を彫って作るってゆーもんだ。簡単だろ?」

 おじさんが手前においてある、見本のアクセサリーを見せてくれた。みくつかある形の中で、ツェリアは羽の形に目がとまる。片翼のモチーフは、かっこよくてヴェリガに似合いそうだ。

 どう彫るかを教えてもらうと、真剣に名前を掘り出した。


 『To V From T』


 長い時間をかけてやっとこれだけ彫ることが出来た。ツェリアのヴェリガの頭文字を彫るので精一杯。チェーンの長さを決め通したら完成した。後は本人に渡すだけ。

「おじさん、ありがとう! はい、これ」

 張り紙に書いてある硬貨を、おじさんの手のひらにのせた。

「はいよ。まいどー」

 ツェリアは早速、ヴェリガに渡すために市場内を歩く。

(今日はどこかな)

 ヴェリガは市場の店で毎日働いている。

 働く店が毎日変わっていく。昨日と同じ店だったり、はたまた違う店のこともある。何処の店で働いているか、その日じゃないとわからない。

「あ、ヴェリガ!」

 ほどなくして店の商品を、旅行客に説明しているヴェリガを見つけた。

 ヴェリガも、ツェリアに気づいた。

 客に一言、断りをいれツェリアへ手をあげた。

 二人が近づく、その時――突然、市場に強い突風が吹いた。身体が浮いてしまうんじゃないかという風は、最悪なことにツェリアの後ろからきた。油断したツェリアはスカートを抑えるのに間に合わない。

 髪はバサバサになるなか、ふわりと広がるスカートが、膝の辺りまであがった。

(こんな突風が吹くなんて。やっぱり外に出なければよかった!!)

 ツェリアは家にいるであろう両親を恨みながら、スカートを必死で抑えた。

 やがて、風が収まり市場の人々は、商品にかかった砂埃を払い始めた。

 遠くから、「今日一番の風が吹いた」と冗談めかして言い合う声がし始める。風にさらわれて遠くへ飛んだ商品をとりにいく。

 ツェリアもスカートを綺麗に直し、ヴェリガの所へ向かった。

「すごい風。やんなっちゃう。ヴェリガ、誕生日おめでと」

 風で落としてしまい、砂で少し汚れてしまった羽のネックレスを差し出した。

 喜んでくれるかな。毎日、つけてくれると嬉しい。ツェリアが昨日もらった髪飾りのように。

「? どうしたの。ヴェリガ」

 ヴェリガに似合うものを苦労して見つけてきたのに、当の本人に反応がない。

 ネックレスを手に持たせて、ツェリアはもう一度声をかけた。

「……ん」

 すると、ヴェリガが何かを呟いた。唇は戦慄き、

「えっ? 何? 聞こえない」


「薔薇の、刻印」


 ツェリアははっとした。

 見られてしまっていたのだ。

 あの突風で。

 一番、知られたくない人、に……知られてしまった。

 ツェリアは、一歩下がり、また一歩下がると、振り返り、走ってその場を去った。

 市場を混乱させたくない。

 ヴェリガが叫び、取り乱すところを、見たくない。

 迷惑を、かけたくない。

 ツェリアは必死に家を目指し、全速力で走った。

「お、かあさ……ん。母さん!」

 とてつもない勢いで玄関に入ると、息苦しさを解消することよりも、別のことで頭がいっぱいだった。

 母親はツェリアの必死の呼びかけに、ゆったりとした様子で玄関に現れた。

 父が出てこない。出掛けたときはいたのに。

「ツェリア、どうしたの?」

 息をすると喉が痛いし、喉の奥が焼けるぐらい熱い。

 それでも、言わなくてはいけない。

「とぅ、さんは!?」

「戻ったわよ?」

 仕事場へ行ってしまった後だった。遅かった。母親にだけでも、伝えないと。ツェリアは地面をきつく睨んだ。

「かぁ、さん、見られたっ」

「何を?」

「こ、これっ」

 スカートをめくりあげ、そこにある印を指す。

 母の顔はその瞬間、蒼白になった。

「――っ、誰に、見られたの!? ツェリア!」

 娘の両肩を鷲掴みにして強く揺する。

「ヴェ、ヴェリガ。市場にいるときに、突風が吹いて……」

 ツェリアの両肩を掴んだまま、母親はくずおれた。

 これ以上言わなくても状況が伝わる。

「な、なんてこと」

「お母さん、ごめんなさいっ」

 ツェリアは今日、家を出て市場へ向かったこと全部ひっくるめて、母親に謝った。

 父親は出て行った後で、家にいるのは母親一人。父はどこまで歩いていっているのだろう。捕まえて、知らせないといけない。

「お母さん、にげよ。私だけじゃなくて母さんも、父さんも。みんな逃げないと、殺されちゃうんでしょ?」

 ツェリアが幼い頃に、母が言っていた。捕まったらもう生きて帰れないのだと。

 今なら、父に追いつける。追いかけて、家族三人で町から出ればいい。逃げられるところまで逃げれば、追っ手を振りきれるだろう。

 母親の腕を引き、何とか外へ出るよう足を動かせる。

「いいえ、あなただけでも逃げなさい!」

 母親が動かないのなら、背負ってでも行こうとツェリアが後ろを向いたときだった。母親がツェリアに言ったのだ。

 逃げなさい、と。

 ツェリアは動揺した。

 母親は一緒に来てくれないと言うのだろうか。

「騒ぎを聞きつけた警羅たちが、この家に押し入ってくるでしょう。その時、わたしだけでも家にいないとね」

 ツェリアは母の前に呆然と立ち尽くす。

 そうだ、警羅隊が来る。市場の人々はツェリアの知り合いが多い。家の場所なんて、簡単にわかる。彼らは動くのが早い。特に薔薇の刻印持ちが現れたなら、どんな仕事を投げうってでも駆けつける。もうすぐそこにいるかもしれない。

(私が、こんな印を持って生まれてこなければっ!!)

 こんなとき、ツェリアは自分の存在が嫌になる。

 一家が滅亡すると昔あれだけ言われてきたのに。 ほんの数年前まで怖くて、信じられなくて、国を、兵士を憎いと思っていたのに。もっと、警戒すればよかった。一瞬の気の緩みが、災厄を招く。

 母にこんなにも絶望に満ちた悲しい顔をさせたいわけじゃない。

「母さんも逃げよう。一緒に生きようよ!」

 ツェリアは涙ぐみながら訴えた。

 母は、力の入らない足で立ち上がると、奥の部屋へよろよろとした足取りで歩いていく。

 ツェリアがそのあとを追って、家にはいる。すると、よろよろと、母親は戻ってきた。

 手には、二つの指輪が通されたネックレスを持っている。

「それ、大事なものじゃ」

 動かないツェリアの首にネックレスをかけた。

「あなたも知ってる通り、父さんと母さんの結婚指輪よ。あまり高価じゃないけれど、もって行きなさい」

 母親の目にはいつの間にか涙が浮かんでいる。

 母親はサンダルを履くと、ツェリアを引っ張り外へ出した。ツェリアが地面の凹凸でこぼこによろけた隙に、玄関をぴしゃりと閉め、鍵をかけた。

「お母さん! ねぇ、開けてよ!」

 ドンドンドンと引き戸を叩く。

 引き戸は木で出来ており、戸の反対に誰がいるのか見えないようになっている。

 そこにいるか分からないが、ツェリアは力いっぱい叩いた。

「ツェリアは、薔薇の印が生まれたときからあると思っているようだけどね、本当は違うのよ」

 戸の向こうから、涙ぐんだ母が声を張り上げた。

 叩く手が止まる。

 薔薇の印は物心ついたときからもう太腿にあった。産まれてくる前から、あるものとばかり思っていた。今もそうだと思っている。

「生まれてすぐ、ツェリアは何処かへ連れてかれてしまったの。私達、ツェリアを探したわ。やっと産まれてきてくれた赤ちゃんが、何処かに消えてしまったんだから。何日も探し歩いたわ。夜になってもあきらめなかった。――探し疲れて、諦めかけていたとき、家の前で泣いているツェリアを見つけたの。すごく、泣いて喜んだわ」

 ツェリアは泣きながら、母親の話に聞き入った。

「家に入って、汚れた服を脱がせたとき、左の足に薔薇の刻印を見つけたの。産まれたときにはなかったものよ。それがなんなのかすぐにぴんと来たわ。これは、王家が血眼で捜している、薔薇の印だということに――。 ツェリア、探しなさい。その印をツェリアにつけた者を、そして本当の意味を、探しなさい。私は手伝ってあげられないけれど、いつも傍にいるから。ツェリアを指輪が守ってくれるから。安心して行きなさい。――っ、だから、早く行って!!」

 母親はツェリアを突き放した。

 早く、この町から離れてほしくて。立ち去ってほしくて。

「かあ、さん。ありがとう」

 ツェリアは泣きながら、母親の元を、大好きな家を名残惜しくて、立ち止まりそうになる足を叱咤して走りだした。

 あそこにずっといたい。

 でも、それを母親は許さない。

 ならば、選択肢は一つしかない。

(町をでなきゃ!)

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