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「答えを迷っているのは男……牢にいる男のことか? あいつの何所がいいというんだ? お前を守ることもできない男の……」
答えが出せず立ち尽くすツェリアに、男は言った。
ツェリアは目を見張る。なぜ分かってしまったのだろう。
「お前、牢にいる奴を連れて来い。今すぐだ」
男は配下の部下数人に命令を下す。言われた者たちは一返事で部屋を出て行った。
「ヴェリガをここへ連れて来て何をするつもりなの」
ツェリアは眉間にしわを寄せ険しい顔で男を睨んだ。ヴェリガに手を出すことだけは絶対に許さない。
睨まれたにも関わらず、男は態度をまったく変えない。
「ヴェリガには、手を出させないわ。絶対、殺させはしないっ」
「できるものならやってみろ」
不敵な笑みを顔に貼り付け男は嗤った。
その笑みは、ツェリアを嘲笑うかのように見て取れる。
(ムカつくわ、この男……)
ヴェリガが来る前にどうしたら一番良いものかと考える。一番いいのは男の配下にツェリアが入ることであるが、入ってしまえばヴェリガと会えなくなるかもしれない。
(どうすればいいの。教えて、お母さんっ)
両手をギュッと握りしめ、我が母の姿を想いその人へ問いかける。
答えは来ないと分かっていても、問わずにはいられない。
手に汗をかくほど頑なに手を握りしめ悩み続けているツェリアを余所に、扉が突如開けられた。
「ゼ、ゼン隊長!た、大変です!」
息を切らして、部屋に現われたのは牢へ向かった者の一人だった。
「どうした」
あまりの慌てように、男はわずかに眉を上げる。
ツェリアも何が起きたのかと、駆け込んだ男を凝視する。
「お、男が、逃げました!!」
「何っ!?」
「えっ!?」
ツェリアと男の声は息がぴったりなほどそろった。
ツェリアの声は小さすぎて、男の声にかき消され、誰の耳にも入らなかった。
「お前達、捜せ。まだ砦からは出ていないはずだ」
男はヴェリガが逃げたというのに、冷静に指示を出し続ける。
どうやれば逃げ出せれたのか不思議なところだが、今は逃げ出したヴェリガを捕まえることの方が先のようだ。
「お前……何をした!!」
指示を出し終えると、部屋に残った人数はわずか数人。
その中で、怒りを露にした偉い男は、ツェリアの胸倉を乱暴につかんだ。ツェリアに抵抗するすべはない。
「何も、してません。できるわけがないでしょう? 私がどうやってヴェリガの元へ行けるというの?」
ヴェリガが逃げたことで、真っ先に疑われた。
確かに、ツェリアはヴェリガと共に捕まったが、彼に逃げる方法まで教えられるはずがないし、まず彼の元へといけることはできない。
「確かにそうだな。お前はずっとここにいた。できるわけがない」
考えれば分かることだ。刻印を持っているからと言って、人を助けるようなことは聞いたこともない。
あるのは、ただ、人を滅ぼすことだけ。
ツェリアを乱暴に床に叩きつけると、椅子に座りなおした。
冷静さを振る舞っていても、明らかに怒り震えている。
ヴェリガが逃げたことでツェリアは、答えることを免れた。正直どう答えればいいのか、悩まされていた身としてはありがたい。
「ヴェリガ……無事でいて」
窓の外を見て、ツェリアは一人呟いた。 ツェリアが刻印の事で男に会う前、ヴェリガはツェリアと全く違う牢屋の中だというのに自由を奪われていた。
体中には、鞭で叩かれた跡が生々しく残っている。
着ていた服はその時脱がされてしまい、残っているのはズボンだけだった。
鞭で打たれたのは、印を持つ者だと知りながら知らせることもせず、共にいたからだと言われた。
王直属の軍隊らしく、鞭で打たれている間、兵士が何かを言っていた気がする。
その時、すでに意識が朦朧とし始めていたせいで、何を言っているのかほとんど聞き取れていない。何か怒鳴っていたような声だったのは覚えているが、内容までは思い出せない。
「これじゃ、なんもできねぇ」
壁に捩りこまれた金具に取り付けられた銅色の鍵付きの輪に両手を通されているため、身動きが取れない。
食事すらまともに出してはもらえないだろう。
ツェリアが印持ちだと知っていたものに対してこの仕打ちなら、ツェリアは自分よりもひどい扱いをされているだろう。なんといっても、王族が血眼になって探しだそうとしており、そして国で唯一恐れられていると言う人物だ。
いい扱いをされている訳がない。
ここから出られる方法が何かないか考えてみても、思いつくことは手が自由にならない限りは無理なことばかりだった。
本当に、何もできない。
手さえ動かせれば、対策はあったというのに。
相手はそう言うことを見越して、牢に閉じ込めていても両手を使えないようにしているのだ。ここはそういう目的の牢屋なのだ。
ここにいるのは、ヴェリガだけであるが、他にもいくつかの目的にちなんだ牢屋があるのだろう。
一つしかなければ、ツェリアはここにいるはずなのだから。
こうなった原因を考えてみると、元をたどればジェイスだ。
ジェイスがひとりはぐれなければ、ツェリアを町に入れるなど危険なことも、男装させることもなかったはず。
協力すると言って2人を騙した可能性もある。
「あいつ、やっぱり信用できねぇ」
ツェリアは奴を信じ切っているが、ヴェリガは心のどこかに引っかかりを感じる。
いったい奴は何者なのか、自分たちが知ることのできない情報とは一体何なのか、本当に流浪の旅人なのか。謎が多すぎてわからない。
全部が信じられないわけではないが、ツェリアとリロテ町へ戻ると約束した時から、心に決めたことがある。ツェリアを守ると。
ツェリアを危険にさらそうとするものは許せないし、近くにいてほしくないが、この状況で一番動けるのはジェイスただ一人。
ジェイスが、何かしら騒動を起こして、ツェリアを逃がしてくれればいいが、そう簡単に行くはずもない。
「誰が、信用できないって?」
何かが開く音と同時にそんな声が聞こえてきた。
「そんなのジェイスに決まってるだろ。今忙しいんだ。話しかけるな」
「ふむ。せっかく助けにきてやったというのに、俺を信用してないんだな。なら、ずっと捕まってろ」
相手も確認せず、独り言のように話していたのに対して返事があり、慌てて顔をあげるとそこには見知った顔がある。
「助けにきてくれたのかよ」
「ああ、どっかの誰かさんの失態で仲間が捕まったという情報が入ったんでね」
「それって、俺のことかよ!」
「誰とは言ってない。それより、口喧嘩している暇はない。牢屋番が薬で寝ている間に逃げるぞ」
逃げると言われても、手が動かせないのでは逃げようがない。
「鍵なきゃ逃げれるわけねぇだろ。それに、ツェリアも助けないと」
ジェイスはそんなこと分かっていると言うかのように、外套の中から鍵束を出した。
「牢屋番が寝ている間に盗ってきた」
十以上ある鍵束の一つ一つを手錠のカギ穴に入れ、やっと両手の拘束を解くことができた。
その後は、気づかれないよう鍵をかけ、人に見られる前に牢から逃げ出した。
よろけるヴェリガを支えながらではあるが、それでも向かうべき場所は、ツェリアがいる場所だ。
捕まってから、もう丸一日過ぎている。
一時的に牢には入れただろうがもう出ていると予想し、上の部屋を目指して、どこかへ通じる階段を上って行った。