第95話「ライバル」
万賀にホームランを打たれ、古堂は呆然と立ち尽くしていたが、そこでショートにいた林里が大声で古堂に話しかけた。
「おい! 何やってるんだ!? まだ表だ! 裏があるぞ!!」
「そ、そうだよな!!」
林里の言葉で我に返った古堂はすぐさま気持ちを作り直す。
(やっぱすげえや翔平……伊奈や小豆が一緒に野球したいって言ったのも、気持ちすっげえわかるぜ!!)
続く5番打者を三振に抑え、9回裏を迎える古堂ら。しかし、それでも鷹戸のストレート、代打ののちに守備についた万賀のリードの前に誰も出塁できないまま試合が終わってしまった。
「ゲームセット! 2-0で、Bチームの勝利」
試合が終わり、万賀と強い握手を交わす古堂。
「次は春大会かな……そうなったとしたら、絶対に三振にしてやるから」
「次もホームラン予告しておくか?」
古堂の言葉に、万賀は高笑いで返した。
「……しかし、あの鷹戸ってやつ、めちゃくちゃ良いピッチャーじゃねえか。よくお前、あんなピッチャーの中で試合に出させてもらえてるよな」
「……まあ、そんなこと関係ないよ。俺は、俺のできることをやってるだけだから。それに――目指す像もあるしね」
古堂の力強い言葉に、万賀は笑った。
「……そうか、頑張れよ」
レギュラー組の試合も白熱していた。決勝戦は、黒鉄のチームと新田のチームのぶつかり合いとなり、黒鉄と新田の投げ合いは1VS1で最終回までもつれ込み、最終的には引き分けで終わった。
「いやー、やっぱこの二人ですかねえ。トップレベルに立てるとしたら」
初巾高校の根古屋は笑いながら言った。
「ええ。まあ、元々トップレベルにするつもりで育ててきましたから」
鉄日高校の乾監督は無表情で返す。
「……センバツ頑張ってくださいね」
福富商業の内刈監督が乾に言った。
「ええ」
黒鉄は新田と握手をしようと右手を差し出す。
「まっ、勝負はお預け――だな」
「仕方ねえな」
新田は左手を差し出し、お互いに甲をぶつけあった。
「……まっ、俺はお前らがこの春経験できない『全国』を経験してくるから、せいぜいテレビで悔しそうに見てることだな!」
「……はっ、夏経験してないくせに何言ってんだか」
黒鉄と新田はまたしても互いを煽り合った。
合宿場の片づけをする黒鉄に一人の男が寄ってきた。
「お疲れ様です先輩」
「おお、宮城じゃねえか」
宮城臨――黒鉄の後輩の一年生投手である。古堂とは、転校前の中学時代に友達だった男だ。
「……新田さん、良いピッチャーですね」
「だろ? 俺には全然届いてねえけどな」
「……良いライバルですね」
「ふっ……そうか?」
宮城は黒鉄の笑みに対し、思う部分があった。それは、今日古堂と会話して痛感したことでもあった。
(あいつは……俺に勝つことだとか、全く眼中にないんだ。昔から……ただ、やたら投げたがって、馬鹿みたいに努力して、たまに試合に出られたら馬鹿みたいに全球全力投球してて……だから、俺のことなんか簡単に飛び越えそうなんですよ、レイは)
宮城は感じていた。自分の小ささを。古堂のようにひたむきになれないことの悔しさを。
「(どうしても、勝ちたい気持ちだとか、レギュラー奪い取りたい気持ちだとかが先行してしまう)黒鉄さん、また練習付き合ってもらってもいいですか?」
「俺は全然かまわないぜ。まっ、俺の後ろに構える以上は、もっと強くなってもらわねえと困るしな」
「はい」
黒鉄の言葉に力強く返事した宮城は、そのまま黒鉄の片づけを手伝い始めた。
そして、冬は時間を経る。年を越えて、新年が始まる。それぞれのチームは抱負を胸にまた新しい年の練習を始めていく。
「今年の目標はもちろん……」
「甲子園出場……って言いたいところだけど……」
今宮が田中の言葉に返答する。しかし、その言葉尻を濁す点に、田中は納得いかない様子だった。
「なんだよ、甲子園出場といいたいところだけどなんだよ!」
「出場だけだったら去年と一緒だろうが! 絶対に甲子園で勝ちあがる! んで優勝する! これが今年の目標だァ!!」
今宮の力強い言葉に、田中は目を見開いて肩を震えさせた。
「……だよな。そりゃそうだ。全国に出ても、勝たなきゃ意味がねえ。勝つぞ!! 勝つんじゃあ!!」
今年初の練習は、こうして始まった。
「鉄日高校は全国に向けてレベルの高い練習をしている。春や夏、俺らがそいつらに勝つには、もっときつい練習をやらなきゃならない」
山口は素振りをしながら冷静に言っている。
「でも、うちの冬練は県内トップレベルらしいし、今からでも頑張れば十分追いつけるさ」
小林は素振りした直後に腕立て伏せを始める。
「……だな。先輩らもそうやって夏強くなったんだ。俺たちだって……」
新田も隣で腕立て伏せをしながらそう言った。
気合の入った様子、そんな白銀世代と呼ばれる先輩たちを見て、一年生はただ黙々と憧れながら練習していた。
(やっぱり先輩たちはすげえや……。頼りになる)
(小林さんや芝さんみたいに、白銀世代に数えられてなくたって凄い先輩はいる。俺たち暗黒世代だって、あそこまで成長できるんだ)
上級生の熱意は、確実に下級生にも伝わっていたのだった。
「大滝! スイングがコンパクトになりすぎだ! お前の持ち味はなんだ!?」
「はい!」
「そうだ! フルスイングで行け!! ボールをしっかりと見て、タイミングを合わせて捉えるだけでいい!!」
一年生の大滝真司は、三年生で黄金世代の森下秀に指導をしてもらっていた。彼も、今年の春からプロの二軍入りが確定しているスラッガーである。
「どう? うちの弟は」
大滝真司の兄である、大滝進一は森下に弟の様子を聞いた。
「……お前とは違って、技術はまだまだだ。その分、お前以上のパワーは間違いなく身に着けてる。若く未熟で粗削りだが、しっかりと育てば白銀世代に並ぶバッターになるかもな。」
「昔からこいつは、諦めがちな奴に見せかけた負けず嫌いなんだよ」
進一の言葉に、森下は鼻を鳴らして笑った。
「だとしたら、余計に今後が楽しみさ」
嬉しそうな森下をよそに、大滝真司はただ目をまっすぐボールに向け、トスされる球を打ち返していた。
(俺は負けず嫌いなのかもな。だから、白銀世代や黄金世代の先輩たちを目標に……高い目標に目を向けて頑張ろうって思えるのかも)
彼は、兄と同じ道を進むことを諦めたが、決して兄を追うことを諦めたわけではない。彼のスイングと、飛んでいく打球がそれを物語っていた。
古堂は、一人でグラウンドをランニングしていた。雪が積もる中、足を取られて思うように足を運ぶことができないが、それが彼なりのトレーニングであった。
「あいつストイックだな」
「ストイック通り越してバカなんじゃないかと思うぜ俺は」
他の一年たちはそんな古堂の様子をある意味尊敬しているようだ。
「でも、あれぐらいやってるから、あんな大舞台でも戦えてるんだろうなって思うよ」
同じ投手の小豆空也は、一人、真っすぐな目を向けて彼を見ていた。
「きっと、ニブくて神経図太くてバカだってところもあるんだろうけど、僕はそれだけじゃないって思ってる。あそこまでの練習量が生み出す自信だとか、絶対に負けないっていう強い意志だとか、そういうところが絶対にコドーの強さだって、思うんだ」
小豆の言葉には妙な説得力があり、他の一年たちを確かに鼓舞していた。
そんな古堂もランニングを終え、室内に戻ってこようとしていたところで、一人働くマネージャーの小泉とすれ違う。
「あっ、小泉ちゃん」
話しかけた古堂。しかし、珍しく反応が無い。
「ん?」
「ん、ああ、コドーくん。ランニングお疲れ様。この後何するの?」
小泉の様子が少し変だと思って覗き込んだその目線の先に写っていたのは、ティーバッティングをする大滝の姿。
「いや、ああ……何でもない」
思わず言葉を濁す古堂。「そっか」と答えて立ち去ろうとする小泉に、古堂は思い切ってあることを聞いてみることにしたのだった。
「――真司のこと、どう思ってるの?」
それは、間違いなく自分のライバルになるであろう男についての話題だった――




