第93話「才能」
鷲尾はマウンドのプレートを蹴る。鉛野とミットと打者を交互に強く睨む。
(まずはこの男)
打席に立つのは今宮。最初に立ったのは、彼本人たっての希望だった。
――一番だから。
鷲尾はまず、直球を投げた。今宮はカットする。
「へえ、ワシオの150km/h近いストレートを……そんな簡単に……」
「ふう……内角に切り込んできやがった」
(パワータイプってわけではなさそうだな)
鷲尾は口角をあげて、もう一球なげた。鋭い変化球が、高速でまたしても内角に切り込んでくる。
(う……手でねえよこんなの……)
球速の速いスライダーに追い込まれる今宮。鷲尾はまたしても直球を投げる。
(インロー!)
しっかりとミートさせる今宮だったが、内野にゴロとなって飛んでいく。三遊間辺りを飛んでいく当たり。
「あれなら取ってるよ」
今宮の打球を見ていた黒田が呟いた。それを聞いた今宮は悔しそうにバットを地面に置いた。鷲尾は平然とした表情で鉛野からの返球を受け取る。
「……ちぃ、どっちかと言うと打たされた感じが強いからな」
(今宮でもああなるのか……)
田中と山口も、その今宮の言葉を聞いて不敵に笑った。
「滾るね」
山口が続いて打席に立つ。鷲尾はまたしても打者を睨む。初球からキレのあるストレートを投げる鷲尾。しっかりミートして打ち返す山口だったが、一塁線を切れていく打球。
「ああっ、惜しい!」
大滝が悔しそうに反応したが、山口は細い眼を開いたまま何も表情を変えない。
(こっちはワンストライクもらってんだよ!!)
またしても全力で投球する鷲尾。山口が空振りした。鷲尾は動じない表情をしている。
(や、山口が空振りなんて珍しい……)
「……スプリット……だね」
球種を言い当てた山口の顔を見て驚く鉛野。
(すげえや白銀世代……)
三球目、高速スライダーを投げる鷲尾。ボール球だと思って見逃した山口だった。
「ストライク……ですよ」
「へえ、(運の)良いコントロールだね」
鉛野の言葉を聞いて薄く笑った山口。そのまま打席を去り、すれ違う田中にバットを渡す。
「彼、すごい投手だよ」
「見てれば分かる」
田中が打席に立つ。少し緊張した面持ちなのは、今宮と山口を凡退に倒した実力者を前にしているからであろう。
(球種は、150km/h近いスピードで飛んでくるストレート。ハイスピードで切れる高速スライダー。スプリット……)
構える田中に投げられたボール。空振りする田中。
「!?」
緩く弧を描く変化球の前に、完全に空振りした田中。
「この野郎……カーブも持ってるのかよ」
田中は呆れたように笑った。
(なんで白銀世代ってのは、どいつもこいつも……打席で笑ってやがるんだよッ!!)
鷲尾が全力で投げぬいたストレート。体重が乗ったボールは、キレとノビを伴って一気に田中の手元へ来た。
「どりゃあ!!」
田中はフルスイングで打ち返した。
「ん!?」
鉛野はプロテクターを取って上空を見上げた。
「あれは取れんな」
フェンスに直撃した打球。田中は普通に笑顔で喜んでいたが、納得は行かない様子だった。
「もうちっと伸びてくれたらなあ。ホームランだったかもしれなかったのに……」
「……ちっ」
鷲尾は舌打ちをしてマウンドから去っていく。
「ありがとうございました。ワシオのわがままに付き合ってもらって」
鉛野と黒田が今宮らのところにやってきて頭を下げた。
「良いってことよ。俺らも楽しませてもらったし」
「そうだね。全国の投手とこんな機会になるなんて滅多にないしね」
「良いストレート投げるじゃねえか」
白銀世代の4人も満足げな表情で、鷲尾ら来訪者を見送った。鷲尾らの背中を見て、大滝と伊奈は震撼していた。
(俺らのタメに、こんなやつがいたなんて)
(……白銀狩りって、そんなの実行してるってことは既に何人かに勝ってるってことか?)
「もしかして、俺らや世間が知らないだけで、すげえ一年生がたくさんいるのかもしれねえな」
今宮がぼそっとつぶやいた言葉は、どこかで自分のふがいなさを責めているかのようだった。
「ワシオ、ものすごく不機嫌だな」
鉛野は鷲尾の半歩後ろを黒田と歩きながらつぶやいた。
「仕方ないっしょ、あの鉄日高校から3点以上も取ったチームなんて明徳と黒光くらいだもの。負けて当然よ」
「違う……どちらかというと新田から打てなかったのも悔しいんだ」
「ま、完全に才能の差を見せつけられた感はあったけどね」
鷲尾の悔しそうにひねり出された言葉をフォローするように黒田はつぶやいた。
「次は誰を倒すんだい?」
鉛野は鷲尾に問いかけた。誰を倒す――それは白銀世代のこと。京都の白銀世代を大方倒した鷲尾にとって、目を向けているのは全国。そして、神宮大会で活躍する鉄日高校のある、福井県の白銀世代を狩ることに決めていたのだった。
「……同じ中学だった人で、レイモンドさんって先輩が福井県内の高校にいる。間違いなく彼は白銀世代最高レベルのアビリティを持ってるに違いない」
「そんなにすごい人ならほかのスポーツに引き抜かれてる可能性もあるんじゃ」
「……いや、彼は無類の野球好き。野球を離れるとは思えない。レイモンドさんがいる初巾高校が、次のターゲットだな」
鷲尾はやる気を再燃させ、歩みを強くし始めた。その後ろを黒田と鉛野はとぼとぼ歩いていく。
(旅費バカになんねーよ)
クロ高は文化祭も終わり、いよいよ本格的に冬練習のシーズンが始まろうとしていたころ、絹田監督が突然やってきてミーティングを始めた。
「お前らには一つ、言っておかなければならないことがある」
「なんですか監督」
キャプテンの今宮が問う。監督はその今宮の深刻そうな表情に笑みを浮かべた。
「ふっ……それはだな」
強面がいつになくうれしそうな顔をしているので、嫌な予感しかしない。
「福井県のいくつかの高校を交えて、合同合宿を行うことになった!」
それは異例の決定だった。
「た、他校と合同合宿って……」
「陸上部とかだったらまだわかるけど、直接……闘り合う奴ら相手にそれは……」
「ああ。確かにおかしいかもしれない。だが、これは同時にチャンスでもある。俺一人での指導では、全員が毎日満足のいく指導を受けていないことは、重々承知した上で猛省しているんだ。鉄日高校や初巾高校、秋江工業や福富商業、三浜高校など、福井県内の強豪校の選手たちのまねできるところをたくさん吸収する機会など、そうそうないからな」
絹田の言葉に納得はできたチームメイトたち。
「いいじゃねえか。楽しいぜ絶対」
新田が笑った。鷹戸も隣でうなずいている。
「まあ、もちろんだが、練習試合もある。合宿の成果をぶつける場でもあることだけ、念頭に入れておいてくれ」
絹田監督は、1か月後にその合宿があることを伝え、練習を始めるように促した。冬のグラウンドはすぐに暗くなるのでボールを使ったトレーニングは難しくなる。筋トレ中心のメニューへと、今日から入っていく。
(全国には、俺らよりもすげえ白銀世代がたくさんいる……神宮大会で優勝した明徳高校のエース茅場。秀英館の住友、桐陽の松下、花丸大宮の渡。そいつらに投げ勝てるスタミナをつけないとな……)
新田は足腰の筋トレに汗を流す中、古堂はひたすら肩回りのトレーニングをしていた。
「おいコドー、あんまりやりすぎると肩壊すぞ」
「大丈夫ッス。だって……合宿が楽しみすぎて、いてもたってもらんないですもん」
「ほどほどにな」
古堂の無邪気な笑みに、新田もさわやかに笑った。伊奈はその様子を見て思案にふける。
(コドーも、翔平と仲良くなったこともあって早く勝負したいんだろうな。でも、それより……こないだ現れた龍宮高校のエースで4番の鷲尾……暗黒世代だとは思えねえ実力だった)
伊奈の隣で大滝も同じことを意識していた。
(今宮さんと山口さんを簡単に凡退させる実力……京都の白銀世代投手たちを幾人も倒したというバッティングセンス……こういう選手の登場を、絹田監督は危惧しているのかな)
大滝の予想は半分当たっていた。先日、クロ高野球部監督、絹田幸二郎は、鉄日高校の野球部監督、乾とあることを相談していたのだった。
――それは、神宮大会から帰ってきた乾と絹田が飲みに出かけたときのこと。
「……絹田さん。白銀世代だけじゃ無いですよ。全国は」
「何言ってるんだ乾。お前のところの一年もやるだろう。うちだってそうだ。白銀世代だけじゃない」
「違うんすよ……。代打で出てきた一年が、黒鉄のストレートに初球からドンピシャで合わせてくる。そんな感じですわ」
「……うちも黒鉄の研究はしたが、それでも初球から合わせたやつは一年にはいなかったな」
「とりあえず、暗黒世代がここに来て、すごく才能を開花させてきてます。福井県内の野球のレベルの低下も騒がれる今日この頃、合同合宿なんてして高め合う、というのはどうでしょうか?」
これが、合同合宿が開かれた理由であり、鉄日高校監督の乾の提案により始まったものだったのだ。
(それが目的で合宿を企画したというのに、あいつら、その合宿に向けて頑張りだしたか。いい作用ではあるがな)
絹田監督は練習風景を見て、確かな手ごたえを感じていたのだった。




