第92話「白銀狩り」
地村の援護を受け、奮起する黒鉄。先頭打者をフォアボールで出塁させてしまうも、次の打者を三振に切って取り、相変わらずの雰囲気を保って見せた。
(まだやれる。投げられる!)
しかし、続く打者を追い込んだのちに投げたストレートは、打者やキャッチャー迫田よりもさらに上へ飛んでいき、暴投となる。
(まずい!)
迫田が振り返ってボールを拾いに行くが、一.二塁に進まれてしまう。
「す、すいません!」
謝る迫田だったが、黒鉄も同様に右手を出して謝った。
(どう考えても俺の暴投だ馬鹿野郎。思ったより体が言うこと聞かなくなってきてやがる)
続く打者にも内野安打で出塁され、満塁で迎える最終回1アウト。打席には、先ほど強襲ヒットを放っている代打の一年、知多哲也が立っていた。
(こいつには初球ミートされてんだよな……)
迫田のサインは縦スライダー。うまく決まれば空振りを誘える。
(決めてやるさッ!)
投げた一球目は、指の掛かりも良いナイスピッチボールだと思われた。しかし――
「ふん!」
知多はバットを振りぬく。空高く飛ぶ打球。
(ふ……ふざけんじゃッ!)
スタンドを越えるかと思われたボール。しかし、四方がジャンプして打球をグラブに収める。
(バックホームッ!!)
四方がレーザービームを放つ。ショート本田が中継に入ってキャッチャー迫田へ。しかし、それまでの間に、三塁ランナーは本塁生還を果たしていた。
「よっしゃあ勝ち越しィ!!」
明徳が5点目を入れた。黒鉄の息は絶え絶えしい。監督がベンチから腰を上げようとしたところを、ブルペンから戻ってきていた宮城が止めた。
「……黒鉄さん、まだ目は死んでないです。信じましょう。裏の攻撃だって残ってます」
宮城の言う通り、身体こそボロボロだった黒鉄だったが、それでも奮闘し、一番打者を三振に抑え込んだ。そして、9回裏の攻撃は、島田、迫田が三振に倒れたのち、2アウトで黒鉄が打席に立つ。
(さっきはごめんよ……でもデッドボール当てられたくらいで文句も言わず投げ続ける君の姿は、尊敬に値するよッ!)
初球からチェンジアップを投げる茅場。黒鉄はタイミングを外しそうになるところをこらえ、何とか打ち返し、ヒットにした。
「すげえな……敵ながら尊敬するよ」
一塁を守る三好は、黒鉄にそう声をかけた。
「そりゃどーも。でも、勝てなきゃ意味ねえんだよ」
続く四方が打席に立つ。
(俺も、黒鉄が頑張ってるのに続けなかったら……おおバカ野郎だあ!)
茅場のムービングを右中間にうまく飛ばす四方。ちょうどセンターとライトの境目に飛んでいく。二塁を蹴る黒鉄。四方も一塁を蹴って二塁を目指す。
「バックホームだ!!」
センターの知多がボールを捕ったところで、キャッチャーから大声で指示が入る。送球を呼ぶセカンドに、一気にボールを投げる知多。その間にも三塁ベースを蹴る黒鉄。セカンドの頭を送球が超えた。
(送球ミスか!?)
そう黒鉄が確信した瞬間、滑り込もうとするが、セカンドの頭を越えた送球は、ぴったりキャッチャーのグラブに収まっていたのだ。
「どんぴ!」
「刺せる!」
キャッチャー八戸が全力で滑り込む黒鉄をタッチした。
「アウト!!」
主審の右腕を見て、黒鉄は俯いた。
(デッドボールと打球をくらっておきながら、ヒットと全力疾走までかましやがるンだから、本当侮れねえ男だ)
八戸は、黒鉄のダッシュをみて絶句していた。そしてセンターの方を見る。
(しかし、まさかこいつが勝利を引き寄せてくるとはな)
これによって、ゲームセット。明徳高校が神宮大会を制した。
この、鉄日高校が神宮大会の決勝で敗れたという情報は、すぐに今宮らの耳にも入った。
「黒鉄が投げ負けたのか」
「まあ、全国にはいろいろな選手がいるしな。それに、優勝候補が簡単に負ける。それが野球ってやつだよ」
「……確かに」
クロ高は今、文化祭期間中。今宮と田中は調理室で仕込みをする傍ら、そのニュースについて語り合っていた。
「新田はどう思うのかねえ」
「さあ……でも、俺らが届かなかった鉄日が、全国でも勝ち上がったとはいえ頂点を取れないってことだから、ますます燃えるんじゃねえの」
田中の言葉に、今宮も強く頷いた。
「いらっしゃいませこんにちはッ!」
模擬店で接客を行うのは古堂。大声で接客をする彼を呼び止める後ろからの女子の声。
「ちょっとコドー! コンセプト忘れたの?」
「お客様に最高のひと時を! 性格イケメンカフェ! だろ?」
「だったらそんなに大声で接客しないの! 暑苦しいんだから」
「いいじゃねえかよ、おもてなしの心ってやつでェ」
「そんなんじゃダメだってェ」
クラスの女子は呆れている。そこにやってくる小泉。
「まあいいんじゃない? そうやって全身全霊なのも、コドーくんの良い所だよ」
小泉がにこっと古堂に笑顔を向ける。その笑顔に古堂の心は上の空だった。
「全くもう……こうも単純な男子も珍しいもんねえ。彩はコドーとかに本当に甘いんだからあ」
「へへ、甘いも辛いもないよ」
そうやって談笑するクラス裏方たち。そのころ、表側ではちょっとした騒ぎがあった。
「野球部のやついねえのか?」
「えっと……コドー!? いるんだろ、来いよ!」
野球部を探す何者か、が古堂らのクラスの模擬店に現れた。即座にやってくるのは大滝と伊奈。
「どうした? 野球部を探してるって」
「おっ、お前らが野球部っぽいな。文化祭中悪いがよ、俺は今、白銀世代を探してンだ。どこにいる?」
その男の口ぶりからするに、彼もまた高校球児なのだろう。見ない顔だったが、大滝と伊奈は顔を見合わせ、とりあえず今宮の元へと案内することにした。
「悪いな、文化祭中に」
彼は案内を務める大滝と伊奈に謝った。
「俺は黒田。まああるやつに頼まれて白銀世代をグラウンドに連れてくるように言われてる」今から
「俺は大滝。事情はわかった。案内するよ」
(大丈夫なのか、なんだか嫌な予感しかしねえんだけどよ)
伊奈は嫌な予感を抱いたまま、今宮と田中のいる調理室へとやってきた。
「今宮さん、あ、あと田中さんも、ちょっといいですか?」
「ん?」
大滝の話を受け、今宮も田中もとりあえずグラウンドに向かうことにした。その間、黒田という男は、ぶつぶつ何か呟いていたのだった。
「……よお、呼ばれてきてやったぜって、新田と山口まで」
「今宮と遊も来てたのか」
グラウンドに集うのは、クロ高白銀世代の4人と、大滝と、伊奈。そして、黒田という男の近くにいる、背の高い男と目つきの悪い男。
「いや、文化祭中にわざわざすみません。紹介が遅れました。俺は京都にある私立龍宮高校のエースで4番を務める、鷲尾理知、一年生の暗黒世代です」
なぜ京都から、と思うクロ高の面々。
「俺は黒田有征です」
「ボクは鉛野=リチャード=太陽」
両脇の小柄な男と、大男の紹介も終えたところで、目つきの悪い真ん中の男が、話を始めた。
「俺の目的は『白銀世代との勝負に勝つこと』です。みなさんに一打席勝負を申し込みたい」
彼の鋭い眼光はあの鷹戸を彷彿とさせる。負けず嫌いなところにも共通点を抱き、もどかしい気分になる新田。
「キャッチャーがいねえと……」
「ボクがやろう」
新田の言葉に反応した鉛野がミットを持って座った。
「こいつは本職センターだけど、キャッチャーも一応できるんです。まあ、真剣勝負なんで、別に俺に有利に判定するようにとかは仕組んでないですから」
(多分こいつの言ってることはガチなんだろうな)
ヘルメットを被る鷲尾。鋭い眼光で新田を睨みつけている。
(ほんと、鷹戸といいコイツといい、暗黒世代って言われてるくせに一丁前のオーラは持ってやがるんだからよ)
初球、スライダーを投げた新田。見逃す鷲尾。
「ストライクだぜ、ワシオ」
「そうか……さすがのコントロールだな」
鉛野の言葉を受け、鷲尾は息を呑んだ。傍らから見守る大滝らにも緊張感が伝染する。
「やっぱ新田さんの隅を突くコントロールの前に、鷲尾とかいうやつも手が出無さそうだな」
「さすがにな。白銀世代みたいなやばいやつならともかく、一打席目で新田さんの球を確実にミートする奴なんてそうそう――」
大滝と伊奈が会話していたそのとき、新田が投げた二球目をしっかりミートして打ち返す鷲尾。
「んー、ファウル」
三塁線をギリギリに切れてファウルだった。キャッチャーとして座っている鉛野の判定は、鷲尾寄りというよりかはむしろ厳しめだった。
「二球目で合わせてくるか」
今宮も驚いていた。そして3球目。新田が投げたカーブ。ゆっくり弧を描いて一気に手元に寄ってくる球を、鷲尾はフルスイングで打ち返した――
「ちっ……」
舌打ちをする鷲尾。実際の試合ならばセンターフライになるであろう高い打球。飛距離もそこそこと言ったところでスタンドには決して入らない球。
「センターフライ、だな。急ぎすぎたんじゃねえのか、鷲尾」
「カットしてもっと甘い球が来るのを待つべきだというのはわかっていたんだが、あれ以上待っていても甘い球が来る予感はしなかった。悔しいが負けだ」
黒田の言葉に、下唇を噛みながら新田を睨む鷲尾という男。
「暗黒世代……か。大したやつじゃねえか。俺らとも勝負しねえの? “白銀狩り”さんよ」
鷲尾に向かって、急にあおるような口調に変えた今宮。
「お前は4番打者でもあるが、ピッチャーでもあるんだろ? 何でいきなり新田との試合だけして……俺らも呼んだからには勝負してもらいたいんだが」
「……いや、別に投手として勝っても。どこの馬の骨かもわからない初見の投手を打つなんてそんな難しいことはまあ不可能でしょ」
「俺らを誰だと思ってんだ?」
「(この今宮ってやつ……だいぶ調子に……)白銀世代ってのはどいつもこいつも……」
「待て。この男、何か企んでるって」
黒田の言葉も無視して鷲尾は今宮を強くにらみ闘志を燃やす。
「今宮……」
田中が心配した声色を出すが、今宮は不敵に笑う。
「あいつは龍宮高校の4番。強豪で近畿大会でも上位に残ってるチームだ。全国を見据える以上、初見だとか何だとか言ってられねえだろ」
「確かに、初見で打てないようじゃあ苦しいよね」
山口も笑った。
「そうか……だったら、俺らもやるか!」
田中も乗り気になった。
「……見てろ。クロ高の実力、見せてやっからよ」
「望むところだッ!」
今宮の挑発に乗っかる鷲尾。勝負が始まった。




