第9話「成長」
合宿1日目午後の部。技術練習である。野手は監督自ら行う連続ノック。そして、投手陣は投球練習という流れだ。
鉄日高校が主に使っていた屋内ブルペンにて練習を行う投手陣。新田が膝ぐらいの高さの低めのテーブルを持ってくる。
「静さん、これ何に使うんですか?」
鷹戸が問う。
「ん? あ、じゃあ空き缶9個持ってきてくれないか?」
「あ、はい」
少々不満そうな顔をしているが、ここは縦社会。言われるがままに缶置き場へと向かう。そこで、古堂とすれ違う鷹戸。
「あ、鷹戸」
(何だよ)
ふと声を出してしまう古堂の手には空き缶が十数個。視線と共に、声も漏れる鷹戸。
「その缶……」
「ああ、コントロールトレーニングのために使うんだ。予備も用意してるし、鷹戸も使う?」
「……使う」
「ほらよ」
缶を9つもらった鷹戸。少し唇を噛む。
鷹戸が缶置き場から戻ってくる頃には、新田が9つ分の仕切りが作られた下駄箱を、先ほどのテーブルの上に置いていたところだった。ちなみにその下駄箱は穴があけられており、ボールは貫通するように作られている。
「おっ、サンキュー」
新田が缶を受け取るとその下駄箱の仕切られた箇所の一つ一つに置き始めた。
「静さん、これ、古堂も知ってるんですか?」
「ん? ああ、第二ブルペンの方か。もしかしたらやってるかもな。ストレート一本しか投げられないのにコントロールも微妙だったからよ、このコントロールトレーニング法を教えてやったんだよ」
「そうだったんですか」
浮かない表情に変わる鷹戸。新田は嬉しそうににやにや笑う。
「お前中学の時からついこないだまで俺らに話しかけようとすらしなかったのに。どういう風の吹き回しだ?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
「まあいいや。やってみるか」
早速新田が実演する。「まずはど真ん中な」
投げる。ど真ん中の直球は缶にヒットする。
「コントロールの基本はストレート。ストレートのコントロールが甘いやつに変化球は扱えねえぜ」
「はい」
鷹戸も投げてみる。「じゃあ、俺もど真ん中で」
放たれた直球は大きくうねりを上げてど真ん中の缶に直撃する。
「まあ真ん中は大丈夫だよな」
落ちた缶を拾った新田。目を丸くする。
「へ、へこんでやがるぜ」
すさまじい球威と球速に、缶に強い衝撃がかかったのだろう。直撃した缶は形を大きく変えてへこんでいた。
(こいつはマジで暗黒世代とは言えねえなあ。中学時代は肩の強い速球派……ってだけの感じだったのにな)
鷹戸は実際、ど真ん中は投げられるが、アウトロー、インハイ、などエリアの隅への投げ分けが苦手なのだ。慎重派のキャッチャーとは昔からウマが合わなかったのだ。そのため、この前の練習試合では、金条の要求通りに投げることができなかった。大坂のように優れたバッターは同時に選球眼も持ち合わせると聞く。コントロールが乱れて甘いところに投げてしまえば間違いなく打たれる。
「とりあえず鷹戸は隅っこ投げられるようになるまでそれやっとけよ」
新田に言われ、静かにうなずく鷹戸。新田はこのまま、古堂、伊東、小豆の三人が練習している第二ブルペンへと向かった。そこでは、小豆が伊東からフォークボールを習っている。
「おっ、新田! 小豆くんフォーク投げられそうだよ」
伊東が笑いながら新田に話しかける。
「おお。スライダーとカーブに、落ちるフォークが加わればより強くなる」
「……新田先輩! 俺のスローカーブ見てください」
「おお、あの雑魚カーブか?」
雑魚カーブと揶揄されむっとした古堂だったが、すぐに表情をリラックスさせて、ホームベースに向かって肩と腕を振りぬき、投げる。
「おっ」
目を見張る新田。伊東も目を丸くした。以前みたカーブよりも、変化量が大きく変わっている。それなのに、球速は全く出ていない。
「ど、どうですか?」
「はは……すっげえな。まったお前アホみたいな超朝練してたのか?」
新田は笑いながら古堂に問う。古堂は誇らしげに胸を張って答えた。
「当たりまえじゃないですか!! 練習試合で通用したといっても偶然中の偶然! 秋大会で背番号をもらった以上、実戦で機能できる武器にしないといけませんからね!」
(練習試合の結果で満足はしていないみたいだな……こいつマジどういう頭の中してるんだよ)
新田はまた苦笑いした。
(ほんとにこいつら……どんどん成長しやがる。暗黒世代なのか?)
古堂はスローカーブを磨き上げ、鷹戸は隅のコントロールを磨き上げている。自分もうかうかしていられない、と少し焦りすら感じるようになった。
(俺も苦手なことなくしていかないとな……)
野手陣はノックをしている。
「次はショート!」
「はい!」
ショートの田中遊が絹田監督の鋭い打球に飛びつく。
「伊奈!」
捕球直後の鋭い送球。伊奈はしっかりとファーストグラブで握る。
「はい次センター! セカンドに送球しろ!」
フライを打ち上げる監督。真ん中に飛んでいく打球。
(え、スタンドギリギリじゃないか?)
頭の中で驚くレフト佐々木。それに追いつくセンター山口。しっかりグラブに抑えた。
「うかうかするなよ! 次レフト!」
山口がセカンドに送球している間にレフト佐々木に打球を飛ばす。
(……さっきより浅くて良かった――)
「バックホーム!!」
監督から鋭い声が佐々木に飛ぶ。彼の後ろでしゃがんでいた金条の顔に緊張の色がぴりっと走る。
(レーザービーム投げていいのか?)
佐々木は右腕を振るって送球した。鋭く飛んでいく送球は金条のミットにまっすぐ収まる。
「な、ナイスレーザービーム……」
金条は思わず黙り込んでしまう。絹田監督も少々驚いていた。しかし、すぐに切り替え、再びノックを始めた。
「ファースト!」
一塁線切れるか切れないかの微妙なラインに打球が飛ぶ。伊奈は鋭く反応して捕球した。
「はい次セカンド!」
浅めのゴロを今宮は走って難なく捕球。
「次サード!」
鋭いノーバウンドの打球。大滝は体を張って止めるが、お手玉してしまう。
(しまっ!)
「さっさと切り替えろ! 次ライト!」
(まるで地獄だな……一桁番号のやつらはほかに比べたら大量にやってやがる)
一年生の控えショート、林里はノックの様子を見て眉間にしわを寄せ、口角を下げる。
「お前があれを見るのは初めてか。冬の地獄合宿でもやるぜ。雪の中な」
「マジっすか」
二年生の先輩が絶句する林里に向かって苦笑いをしながらいうのだった。彼はもう一度ノックを受け取る内野陣を見る。またもショート田中は打球をうまくさばく。
(あの先輩のいいところ、できる限り学んでおかないとな)
一日目の練習は全て終えた。背番号をもらっていない選手たちが夕食の準備を進めている中、ベンチ入りメンバーが合宿場に戻ってきた。
「飯の用意サンキュー。俺ら終わったし手伝うわ」
「ありがとうございます今宮先輩! でも先着替えてきていいですよ」
「おっ、わりいな」
「あ、今宮! 飯のあと監督がミーティングするってよ」
「おっけい。サンキュー遊」
わいわいと会話をする選手たち。古堂、大滝、伊奈、小豆の四人は戻ってきてすぐに夕食の支度の準備を始めた。
「古堂絶対料理下手だろ?」
伊奈が笑いながら話しかける。古堂は胸を張って答える。
「俺得意料理ちゃんとあるから! インスタントラーメン」
「それ料理じゃないでしょ……」
小豆は横で笑った。その横では皮むきに苦戦する大滝。そこにやってきたのは1年生のマネージャー、小泉彩。
「……大滝君皮むき苦手?」
「……つうか料理全体が苦手」
「じゃあ皿出してきてよ」
「……わかった」
大滝が厨房を離れた直後、伊奈が古堂にささやく。
「おい、大滝と小泉ちゃんいい感じじゃない?」
「え!?」
よく見ると、小泉の顔にほてりが見られる。料理が上手いと評判のマネージャーで、愛嬌があり、クラスでも人気者なのだが……同じクラスなのに一切話したことがない古堂。如何せん女子との会話が苦手なのだ。
「まあ真司はイケてるからな。伊奈も大概だけど」
「おいおい、卑屈になるなよ~」
夕食後、監督からのミーティングが始まる。
「明日、ここの合宿場をもう一校利用するところがある。午後に練習試合するから、今からスタメンを発表するぞ」
「監督! どことするんですか?」
田中が問う。絹田は表情を変えずに答える。
「三浜高校だ」
「み、三浜って夏ベスト8の……」
三浜高校――南地区屈指の強豪校。黄金世代と呼ばれる選手こそいなかったが、白銀世代の地力と敏腕監督の存在によって、今年の夏、ベスト8と言う好成績を残すまでに至った。
「築根監督は県内屈指の名監督だからな。戦術にも注意だぜ」
「三浜のエースって確か左だったよね。武器はシュート……」
「左のシュート……どっかで見たことあるような……」
新田が古堂の方を見る。古堂は頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「コドー、お前、明日バッティングピッチャーやれ」
「あ、はい」
監督が咳払いするのが聞こえ、会話を中断する選手たち。
「一番、ショート、田中」
「は、はい!!」
「二番、セカンド、今宮」
「はい!」
次々に発表されていくメンバー。そして、先発が明かされる。
「9番、ピッチャー、鷹戸」
「……はい」
なんと、呼ばれたのは二年生エース新田ではなく、一年生の鷹戸遥斗だった。




