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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
3.北信越大会
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89/408

第89話「万賀翔平」

万賀翔平が去った後、古堂が小豆と伊奈の元に現れた。

「あっ、何してたんだよ二人ともー」

古堂が駆け寄る。小豆は笑ってごまかす。

「ごめん、道に迷っちゃってた。聖也が来てくれなかったらやばかったよ」

「……ったく、お前は方向音痴だな」

小豆と伊奈のいつも通りの会話に、古堂は笑って返した。

「気を付けろよな、まったくもう」

伊奈と小豆も校舎に戻ることにし、ステージから離れることにした。しかし、古堂が歩いていくのは人気のない方。

「どこに行くんだコドー?」

伊奈が訝しげに問う。

「ごめん、ちょっとトイレ!」

WCのマークが差す方をめがけ、ダッシュしていく古堂に、伊奈も小豆も突っ込む余裕がなかった。

「そっちに行かなくても校舎にトイレあるのに……」

「あいつやっぱバカだよな」




 万賀はステージから遠く離れた旧校舎前のベンチに座り込んだ。スマートフォンを開き、中学時代の写真を見返す。

(……野球は、もう良いんだ)

中2の秋の大会で、大滝らのいた九頭竜中に勝ったときの写真を見る万賀。そんな彼の周りを、全く知らない制服を着た高校生4人が囲んでいた。

「お前、秋工でかなり調子に乗ったヤンキーみてえだな?」

「文化祭で浮かれてるとこ悪いけど、うざってえからボコらせてもらうぜ」

「……あ? 何言ってんですか。秋工のヤンキーっつったって、俺なんか全然雑魚っすよ……過大評価は困りますって(面倒くさいことになってきたな)」

一人が殴り掛かってくるところをよける万賀。運動神経はいい方だったので軽い身のこなしで次々によけていく。

(くっ……なんつー動体視力と反射神経だ)

後ろから殴られそうになるのを、左手で受け止める。

「うわっ……気持ち悪い手だな!」

受け止められたヤンキーは、分厚く硬い掌を気味悪がる。

「……これでも元野球部なんで、体力には自信あるんすよ……4人がかりでも先輩らがその程度なら……」

万賀の言葉が言い終わるまでもなく、頭に血を登らせた4人組が襲い掛かってくる。そこに横やりを入れる一人の声。

「喧嘩っす!! 警備員さん!! ほらもっと人呼んで!!」

「げっ、だるい! 逃げるぞ!!」

その声に反応し一目散に逃げていく4人組。万賀は結局無傷のまま、一人ポツンとベンチに座りなおす。

「誰だお前……」

横やりの声の主に対し、ぶっきらぼうに問う万賀。

「ひどいなあ。助けた人に向かって」

馬鹿みたいにへらへらしながら彼は現れた。

「俺は古堂黎樹。大丈夫か? ショウヘイくん」

「あ? ああ……(なんでこいつ俺の名前知ってるんだ?)」

「4人相手に右手使わずに戦うとかすごいね」

「何が言いたいんだよ……」

古堂が無邪気に話しかけてくるのを、万賀は煙たがる。

「……何で野球しないの?」

無邪気な笑みと共に飛んできた、真っすぐ核心をえぐる質問。万賀はこれに言葉を詰まらせる。

「いや、ごめん。小豆と伊奈と話してるとこ、ちょっとだけ聞いちゃってさ」

「んだよ、あいつらのダチか……」

「俺は野球めっちゃ好きなんだから野球やってるけどさ。ショウヘイくんは野球嫌いだったりするの?」

「いや、そんなことはねえよ。ただもうやる気がない」

「……じゃあ何で右手庇って喧嘩してたのさ。見た感じ勉強熱心でペンを握れなくなったら困るって柄でもなさそうだし。両掌は肉刺つぶしまくって硬くなってるし、最近できたみたいな肉刺も見えるし」

またしても核心を突く質問に、万賀は呆れる。

「ったく……」

「にしても小豆と伊奈と同じ中学だったってことはさ! あいつら中学の時どんなだったの!?」

突然変わる話に困惑する万賀。完全にコドーのペースに乗せられていた。





「んで、まあ結局、聖也に一目ぼれした女の子がこりゃまた空也にそっくりでさ、聖也の両サイドに常に空也がいるみたいになってんだよ」

「うはー、伊奈も大変だなあ」

数分後、万賀と古堂は共通の友人の話題でかなり盛り上がっていた。いつの間にか仲良くなっていたことには互いに気づいていない。

「んでさ……高校では二人ともどうなんだ?」

今度は万賀が問う。

「伊奈は……変なところでバカなバカ。でも、打撃と守備はすっげえと思う。鉄日の黒鉄さんっていうやべえ投手がいるんだけどさ、タイムリー打っちまったんだよ!! 小豆は見た目のわりに肝が据わってるやつだよなあ。こないだ校外でヤンキーに絡まれた時も平然としてたし。今は背番号もらえてないけど、フォーク覚えたらしくてさ、いつ抜かされるかわかんねえからヒヤヒヤしてる。俺のライバルさ」

古堂から聞く伊奈と小豆の話について、万賀は小さくうなずきながら聞いていた。

「ははっ……お前みたいなやつと野球できて、あいつらも幸せだろうよ。俺も……お前みたいなピッチャーもいるんだったら……クロ高行きたかったな」

「俺だけじゃないさ! 新田さんっていう超イケメン変化球王子とか、伊東さんっていうボケとフォークのキレが凄い人とか、鷹戸っていうちょっと不愛想だけどジャイロボールっていうバカみたいな球なげる奴とか、たくさんいるぜ!!」

「そうか……」

少し切なそうな万賀の表情を見て、古堂は声のトーンを落とした。

「……野球しないの?」

今度こそは、といった感じで問われた彼の言葉に、万賀は話し始めた。

「もう、そういう道を選んじまったからよ」



 ――昨年の冬、高校受験に追われていた中学三年生の頃のことだった。既にクロ高らから推薦の声がかかっていた万賀は、担任と共に、声がかけられた高校選びに勤しんでいた。

「まあ、にしても……万賀、鉄日や初巾って言ったら、普通入試じゃ簡単には入れない高校だぞ? そこの野球部なんてことになったら香堂中も鼻が高いし……」

「いや、クロ高に行きたいです……」

「え? いいのかクロ高で。確かにクロ高も強いらしいが、お前なら頑張れば普通に入学できる学力の高校だぞ?」

「だからっすよ、むしろ……近いし」

「ははっ、そうか……。まあ、お前と仲のいい小豆と伊奈も行くらしいし、その高校が良いんじゃないのか?」

担任の言葉に強く頷いた万賀。クロ高の推薦入試の面接の準備を始めることにした。


 しかし、その3日後、暴力事件が起きた。香堂中の三年生が、高校生二人に絡まれてお互いにケガをした、という事件だ。その事件の当人が、万賀翔平だったのである。

「残念だが……お前も手出してるみたいだしなあ……。高校生相手だとは言え、大事なこの時期に事件を起こしたやつを、推薦で送り出すことは絶望的だろう……。まあでも、お前は一般入試で頑張ってはいることも不可能じゃないし、これから頑張れば大丈夫だ。」

その事件の次の日に担任に言われた言葉だった。

「んで……気を付けなければならないのが、同じくクロ高から声がかかっていた伊奈についてだ。学業優秀だった小豆はともかく、お前と同じような見た目をしている伊奈も送り出せるかどうかは……。今回の事件で、クロ高も香堂中に対する評価を下げざるをえないみたいだし」

「あ、あいつは俺の起こした事件とは無関係なんで、普通に推薦送り出してやってください! あいつは俺より勉強嫌いだから、一般入試でクロ高受かるかわかんねえし……もしダメっていうなら、俺と無関係であることさえ証明できればいいっすよね!?」

万賀の必死の説得に、担任も渋々納得した。そして、万賀の言った「無関係であることの証明」が、「万賀自身が別の高校への進学をすること」だったのだ。


「聖也はクロ高からの推薦で入るんだね」

「そういうお前こそ……一般受けるんだろ?」

「クロ高で野球したら楽しそうだもん。ね、翔平もそう思うでしょ?」

小豆と伊奈と万賀の三人でたどる帰路。振り返る小豆の顔を見て、万賀は俯く。

「……俺、クロ高からのスカウト蹴った」

力なく言う万賀の言葉を、信じられないといった様子で振り返り、目を見開く二人。

「んな……何で、せっかく俺も推薦来たから入れるってのに……」

「そうだよ! うまいのに、もったいないって!!」

「……一つ、行きてえ高校があってさ。工業高校なんだけど、俺と同じヤンキーが多くて楽なんだよ。文化祭も派手らしいから……。お前らも、俺と離れるわけだから、ヤンキーに絡まれることは少なくなるだろうし、安心して学校に通えるよな」

「な、なんだよそれ……や、野球は?」

伊奈が恐る恐る聞く。万賀は笑う。

「野球は中学までで良いかな……って思っちまってさ。高校は自由に過ごしたいや。あっ、でもお前らと野球できた中学の3年間はマジで楽しかったからさ。また会ったときでも――」



 万賀は、この話を、追憶を、古堂に語った。古堂は黙って聞いていた。

「とまあ、そんなわけがあったんだよ。秋江工業も普通に強いけど、やっぱ暴力事件起こしたことのあるヤンキーである以上、真面目にやってる野球部に迷惑かけるわけにもいかねえしな……監督とか先輩に声はかけられたけど断った」

「そうだったのか……」

古堂は言葉が見つからなかった。

「……そういうことなら早く言えよバカ」

誰かの声がした。古堂と万賀が前を見ると、小豆と伊奈が立っている。

「……俺に気をつかったつもりかよ……クソ。クロ高に行きたかったんなら俺にかまわずクロ高受けりゃ良かったじゃねえか!!」

伊奈は右手をぐっと握って怒鳴った。万賀は鼻を鳴らす。

「なるほど……『俺といると誤解されるから』っていうのはそういう意味だったんだね。僕らは全く気にしなかったのに」

小豆も力なく言う。これには万賀も俯く。

「だろうな。だから余計に俺も気を遣っちまうと思ってさ……なのにバカだよなあ俺も。野球やめるって言ったのに、ずるずると素振りはやめず、挙句の果てにはいつ野球をしても大丈夫なように右手も庇うし、トレーニングだってしてる……」

自嘲した彼の言葉に、古堂が呼応するように言った。

「それくらい野球が好きなんだもんな。やろうぜ、野球。秋江工業高校にいても、翔平の求めてる野球はできると思うぜ。大坂さんや江戸川さんっていうすごいプレイヤーもいるし」

万賀はその言葉に前を向く。伊奈と小豆もにっこり笑っている。

「また野球やろうぜ」「うん。また翔平が打つとこ、投げるとこ、みたいし」

三人に言われ、万賀は野球を再開したいと熱望するようになった。でも一つの懸念があった。こんな自分を入れてくれる野球部なのだろうか。また、迷惑をかけるのではないだろうか――と。

「……話は聞かせてもらったぜ」

突如、旧校舎の影から腑抜け声が聞こえてきた。彼の姿を見た瞬間、万賀以外の全員が驚いた。

「お、大坂さん!?」

驚く彼らの顔を見て大坂はにやりと笑った。

「万賀翔平……だっけ? 入れ。噂には聞いてたが、相当なスラッガーだったらしいじゃねえか。俺も江戸川も監督も……野球をやりたいやつの入部を断るほど偏屈な奴らじゃねえからよ」

「大坂さん……」

この瞬間、万賀翔平の秋江工業野球部への入部が決定した。

(秋江も……また随分と強敵になりそうだぜ)

古堂は胸と高鳴りを覚え、嬉しそうに笑うのだった。

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