第88話「全国区」
古堂の答えに、大灘は満足げに笑った。
(こいつの目標ってのは、俺や閑谷とはちょっと違うのかもな。俺ならプロ野球。閑谷の目標は日本一のエースになること。でも、こいつの目指すものは肩書じゃねえ。カッコいい投手か……自分の理想形をしっかり持ってんじゃねえか。思っていたよりずっと立派だぜ)
大灘は古堂の顔つきを見る。いつになく真剣な顔だ。
「……そんだけしっかりと目標持ってるなら、大丈夫だ。甲子園を目指す……っていう漠然な目標に、理想のピッチャーになること、を追加してみろ。それができてるピッチャーを何人でも良いから、部分的でもいいから想像しろ。そいつらと比べて自分にどこが足りないのか分析しろ。その差分を練習で埋めろ。誰を巻き込んでもいい。その代わりに超感謝しろ。俺にはここまでしか言えないが……お前なら大丈夫だ。暗黒世代って言われてるみたいだけど、頑張れよ」
大灘の言葉に、みるみる表情を明るくした古堂。
「はい!」
大きな声で返事をした。
(コドーの考える理想の投手像か……俺もそういうの、考えようかな)
新田も笑った。
(さすがだよコドーくん……。なんやかんやで只者じゃないよね)
小豆も笑った。鷹戸はただ一人、不機嫌な顔をして踵を返した。
「どこ行くんだ?」
閑谷に言われ、鷹戸は小さく答える。
「……金条に捕ってもらってきます」
その言葉に、閑谷は笑った。
(こいつも……ちゃんとやる気になってやがんよ……)
数日後、各地方大会が終わったころ、コンビニでふとスポーツ紙を手に取る今宮。
(そういや……神宮大会って、鉄日以外どこが出るのか把握してなかったな……)
クロ高も、全国を意識しているチームである以上、こう言った情報には目を通しておかなければならないと思っていた今宮。
(北海道は大牧高校か……まあ強豪だし順当だな。東北は花丸大宮。初めて聞くところだ。関東は爽田実業……こいつも古豪だしな。東海は名豊高校か。確か……藤間っていうスラッガーがいたっけ。北信越は鉄日。近畿は桐陽。九州は秀英館……圧勝したらしいじゃないか。んで……)
ページを凝視するのは、中国四国代表の欄。今宮の予想通りの高校名が書いてあった。
(明徳……エース茅場清率いる優勝候補……。俺らが夏、甲子園で負けた高校だ……)
ぐっと新聞を握る手に力がこもる。そんな彼の肩を叩く一人の男。
「なあ、今宮!」
びっくりして後ろを振り返る今宮。後ろに立っていたのは田中だった。
「気分転換にさあ、秋江工業の文化祭でもいかねーか?」
10月中旬。確かに考えてみれば文化祭真っ盛りシーズン。秋江工業高校と言えば、県内でも有数の「文化祭が派手な高校」である。ちなみにクロ高は11月頭にあるのだが、ちょうどそのころは神宮大会――
「良いかもな。ちょうどいいや。知り合いもいることだし」
「はっはー! そんなわけで、新田と一年何人か誘っといたから、明日各自現地集合な!!」
田中のこういうひょうきんな部分に救われているところは少なからず感じている今宮。
(ずっと部活漬けだったし……たまにはいいか)
そして次の日――秋江工業高校にやってきたクロ高の面々。今宮、田中、新田、大滝、伊奈、小豆、林里、古堂の8人がやってきていた。
「あれ? 鷹戸と金条と小泉ちゃんは?」
田中が少々険しく大滝に問う。特に最後の方に険しさが増している。
「鷹戸は興味無しって感じでしたし、金条には『忙しいから』って断られましたし、小泉は……野郎だらけの工業高校に連れてくるのは危険だと思って……」
大滝が答えるのを、伊奈が横やりを入れる。
「とか言って……本当は誘い出すのが気まずかったんじゃ」
「んな!」
大滝が反論しようとしたところで、古堂が口をはさむ。
「まあいいんじゃない。確かに小泉ちゃんをここに連れてくるのはちょっと怖いよ。江戸川さんみたいなまともな人もいれば、見るからにやんちゃそうな人も多いし……」
学ランに身を包む生徒の中にも、明らかに通常の学ランでないものを着ている者もおり、田中も渋々納得した。
「そうだな……鷹戸がいても喧嘩売られそうだし、金条もこういうところ来るようなキャラじゃねえしな」
そういって周り始める8人。まずは江戸川のいるクラスへ向かうことにした。
「いらっしゃいませ」
2年の模擬店では、江戸川が燕尾服を着て接待をしている。
「よお江戸川」
「あっ! 今宮!! 田中!! 新田!!」
へらへらした様子で江戸川に話しかけた新田を見つけた江戸川は持っていた銀色のお盆で燕尾服を隠す。
「何で隠すんだよ! 似合ってるじゃねえかよ」
田中は相変わらずへらへらした様子で江戸川を指さす。
「どういうコンセプト?」
「ただのカフェだよ。客寄せに使われてるんだよ俺は」
江戸川は呆れた様子で今宮の問いに答えた。確かに女子の客が多い。工業高校屈指のイケメンが客寄せならば納得だ。
「大坂はどこに?」
今度は田中が聞く。
「さあ……ほかのクラスの模擬店の飯でも食い漁ってるんじゃないかな」
江戸川にそういわれ、今宮たちは他の部屋へと進んでいった。
一年生5人は1年生の模擬店の部屋をめぐっている。楠成や畑中と言った一年生の知り合いにも出会い、大方を巡ったところではあった。
「やっぱ男5人じゃなあ」
伊奈がぼやく。林里は隣で宥めていた。
「そういえば、小豆は?」
大滝の問いに、林里は首をかしげる。伊奈は何かが気がかりそうな表情に変わった。
「ちょっくら探してくるわ」
伊奈はそう言って廊下を走っていった。
「あっ、おい!」
大滝が呼び止めるも無駄で、さっそうと走り抜けていく彼の影は見えなくなった。
「俺追いかけてくるわ」
珍しく静かにしていた古堂がそのまま伊奈の影を追っていった。呆れる林里と大滝。
「……静かに2人でめぐりますか」「だな」
校庭にはステージが設けられ、有志によって行われる漫才大会があった。そのステージの裏の鉄骨に寝そべる一人のヤンキー。
(ふあああ……だるいなあ……)
大きなあくびをしながらうたたねしている。何を隠そう彼は秋江工業高校の生徒。1年生だ。
「あっ、やっぱりサボってたんだね」
下からの声に反応するヤンキー。そり上げた頭が日光に照らされて、頭頂部の金髪だけが目立つ。
「ん? 久々に聞く声だな」
声のする方へ、高さ3~4mはあるだろう鉄骨から飛び降りるその男。向かい合う先に立つのは、小豆空也だ。
「何でいるんだ? 空也」
「まあ、成り行き?」
小豆は笑って返答した。
「しかし、よく見つけたよな。進学先も伝えてなかったのに」
「いや……ヤンキーの多い工業高校に行くって前言ってたじゃん。文化祭が派手らしいって言ってたし。翔平のことだからこういう人気のないところでサボってるとは思ってたけどね」
後頭部を掻きむしりながら「敵わねえな」と一言つぶやく男――彼の名は万賀翔平。そんな彼と小豆の近くに誰かが声をかける。
「はあ……ったく……やっぱり空也と、お前もいんのな。翔平」
「聖也まで……何でわかるんだよ。バカかよ」
万賀翔平。彼は、小豆と伊奈と同じ中学校の野球部に所属していた上に、特に小豆とは小学生時代からの幼馴染であった。
「その様子だと、やっぱり野球はやってないのか?」
伊奈の問いに、万賀は笑って答える。
「んー、中学のときは楽しくやってたけど、今はな」
万賀の中学時代は、四番でキャッチャー。クロ高や、あの鉄日高校や初巾高校などからも声がかかった逸材だったが、何を思ったのか、この秋江工業高校への進学に落ち着いていた。
「……クロ高にきてれば三人で野球ができていたかもしれなかったのにね」
小豆が寂しそうにつぶやく。それを万賀が笑う。
「ははっ、俺がクロ高に行かなかったから聖也にクロ高から声がかかったんじゃねえかよ。むしろ聖也と一緒に野球ができてよかったじゃねえか空也」
彼の言葉に他意は無い。なぜなら伊奈も小豆も元々クロ高志望であることを彼ら本人から聞いていたからである。
「俺と一緒だと……お前らまで誤解されるじゃねえかよ」
「んなこと言ったって……」
「過ぎたことはしゃーないだろ。せっかく秋江に遊びに来てんだから、楽しめよ」
万賀はそう笑って小豆と伊奈の肩を叩き、ステージから遠くの、さらに人気のないところへと歩いて行った。




