第87話「カッコいい投手」
クロ高は熱戦の末、清龍高校に僅差で敗れた。次の日の試合、清龍高校は新見台高校と対戦。新見台のエース、御子柴壱照の3種類のカーブ――カーブ、縦カーブ、スローカーブをうまく攻略した清龍クリーンナップは8回までで5得点。岩澤も好投を見せ、9回までで被安打3の1失点で勝利を収めたのだった。
「いよいよ明後日が決勝だな」
「神宮大会出場をかけた大事な試合だ。神宮大会に出場すれば、間違いなく選抜行きは決定だし、何より、負けたくないもんな」
岩澤と芳賀山がそれぞれ宿の中で話している。明後日の決勝戦の相手は、鉄日高校――福井県一位の高校だ。
「黒鉄と投げ合えるのか……楽しみだぜ」
鉄日高校はここまでの試合、一年生投手宮城をほとんどの回先発に起用し、県大会同様、黒鉄を準決勝の終盤戦まで温存していた。そんな鉄日高校も、明後日の決勝に向けて準備を欠かさない。
「エース岩澤さんの5種類の変化球、全部打てる自身ある?」
今大会でも大活躍の一年生投手、宮城臨が、同じく一年のスタメン、木口諒真と泉中水樹に問う。
「……ビデオ見た限りじゃシュートとシンカーは厳しそうだな」
「勢いついてるときのカーブもよく曲がるから打つのはしんどいね」
その様子を見て、同じく一年の迫田茂がやってきた。
「まあ、カーブは臨が投げるのをイメージしてたら余裕なんじゃないかな。シュートは確かに曲がるけど、黒鉄さんほど凶悪なスピードは無いし、シンカーも多用はしてないでしょ」
「狙い球はやっぱりストレート?」
「たまにフォーク来ると厄介だからスライダーの方がよくない? 臨ので打ちなれてるし」
「……何にせよ、乗せたら危険な投手だから、早めに打ち崩したいよね。弾道は高めに行きたい」
そんな4人の様子を見て、黒鉄がやってきた。
「のうオマエラ何やってんだ?」
「あっ、黒鉄さん」
「対岩澤さんイメトレっす!」
木口が答える。
「問題ねえって。俺が0……とまでは行かなくとも、3点以上は取らせない。地村もいつになく本気みたいだし、きっと勝てるっしょ。イザナもいるんだし、負けるような試合じゃねえさ」
黒鉄の余裕ぶった言葉に、宮城は苦笑いしている。
(3点以上って……よほど県大会決勝でクロ高に3点取られたのが悔しかったんですね……)
そして来る決勝。結果は――
「まあ……こんなもんっしょッ!」
3番バッター岩澤はサークルチェンジにタイミングが合わず大きく空振りした。現在6回表、初回から投げている黒鉄相手にヒットは2本。初回に岩澤の単打と、芳賀山のタイムリーツーベース、そして5回の信楽のフォアボール以外では出塁すらやらせてもらえていない清龍高校。対して鉄日高校は、初回から木口、地村のタイムリーや4回の地村のホームランなどで既に3点を入れていた。
「ナイスピッチ黒鉄ェ」
ショート本田がグラブを向ける。
「おうよ」
黒鉄はグラブを当てて返す。
「この回地村からだから、欲しいぜ一点」
「ああ」
黒鉄の言葉に地村は落ち着いて答えた。そしてその回の裏、地村の打席ではレフト方向に特大ホームランを放ち、さらに追加点を入れるのだった。
(なんで……こんなに差があるんだ?)
今までやってきたことすら疑心暗鬼になる岩澤。周りの声すら今は信用ならない。何より、自分のピッチングが一番信用ならなかった。
(一体俺はどうしろっていうんだ……)
これには巽屋監督もタイムを取るしかない。
(ふむ……あれが全国区ピッチャー、黒鉄大哉か……恐ろしい男だ。攻めている側でも、攻めている気がしないピッチングで、味方の士気まで上げてしまうのだからな)
岩澤や芳賀山なども、守備に力を注いでアウト数は稼いでいる。しかし、それでも点を入れられてしまう。そして、打てない――
結局8回にも2点を取られた清龍ナイン。9回表――5点差で迎えた絶対的ピンチの場面で、打順は一番久我山からだったが、三振に倒れる。そして、二番の大島も三振に倒れる。
(くっ……決め球は縦スライダー狙いだったのに、高速シュートか……)
読みを外して悔しそうな顔をしている大島。半ばあきらめムードの中、岩澤が三遊間を抜ける打球を打った。
「よっしゃああ!!」
叫ぶ岩澤。黒鉄は口笛を吹く。
(初球のストレートしっかり叩かれたな。まあ、こっからできることなんて限られてるでしょ)
2アウト1塁。五点差、最終回。この場面で四番芳賀山。絶望的状況であるが、期待するしかなかった。
(仙さん……先輩なら……きっと……)
マネージャーの平塚もベンチから手を組んで祈る。初球、内側に切れ込む高速スライダーに手が出ない。
(初球から打てるかよこんな球……)
二球目のサークルチェンジに翻弄され空振りする。そして三球目――投げられた球は縦スライダー。タイミングを合わせて打ち返すが、ファウルになる。
(くっ……あと少しがどうしても……届かねえ)
4球目、ストレート狙いだった芳賀山に、アウトローのサークルチェンジがくる。完全に空振りした。
「ストライク! バッターアウト!!」
主審の大声。ゲームセットだ。結局6-1で鉄日高校が勝利し、北信越大会優勝、及び神宮大会の出場権を手に入れたのだった。
鉄日高校北信越大会のニュースは、福井に戻っていたクロ高選手たちにも届いていた。
「結局優勝は鉄日か……」
「まあ実力あるしな……」
今宮と田中がぼんやりと廊下を歩きながら会話している。するとそこに、三年のピッチャー、閑谷明がやってきた。
「あっ、閑谷先輩どうしたんすか?」
田中が真っ先に気付いて話しかける。
「あっ、田中、今宮。新田見なかったか?」
「静なら……さっきC組の新井ちゃんに呼ばれてたよな?」
「また告白されてんのかあいつ……。まあすみません、今は用があるっぽいですわ」
田中と今宮の会話を聞いて閑谷は困った顔をする。
「んー、今日の放課後会わせたいやつがいるんだけどなあ。話しておきたかったんだが、また後にするよ」
「はあ……(会わせたい人って誰だろう)」
今宮の疑問は消えないまま、来る放課後。北信越大会後で多少の疲れが残っているので各自自主練習ではあるが、クロ高は抜かりない。
「外野縦ノック行くよー! まずは翔馬!!」
山口のノックを捌く小林。佐々木など、他の一年生も数多く並んでいる。
(北信越大会に負けた以上、選抜行きは絶望的――だから夏甲子園に行くために、僕らはもっと強くならなきゃいけない……)
そう考える山口のノックに力が入っていることは、佐々木や小林だけでなく、ベンチ外の選手たちもグラブを持つ手で感じ取っていた。
一方投手が練習するブルペンでは、クロ高の投手5人が集まり、それぞれ投球練習やキャッチボールを行っていた。
「新田よ……女子テニス部の新井紗代ちゃんに告白されたという噂を聞いたが本当なのか?」
そう問うのは、伊東律斗。新田とキャッチボールをしている。
「え? 告白? まさか……ライン聞かれただけだよ」
返答と返球を同時に行う新田。伊東のグラブにすっぽり球が収まる。
(それは告白の一歩手前じゃねえかァ!)
伊東の表情は途端に硬くなり、投げる球にも力が入る。
「おおっ、ナイスボールッ!」
ほころぶ新田の顔。伊東はきつねにつままれたかのようだった。そんな彼らを呼び止める一人の声――
「よお新田。伊東も。北信越大会おつかれさん」
「閑谷先輩! こんにちは」
投手全員の顔が閑谷に向けられた。黄金世代の投手の登場だ。
「今日はお前らに会わせたいやつがいて連れてきた。俺が進学予定の大学で同じチームになるのであろうピッチャー、大灘飛鳥だ」
「ちわー。大灘です。今日はよろしく」
突然現れた大灘飛鳥という投手。真っ先に驚くのは、新田。それに続いて全員の顔が変わる。
「大灘さんって……黄金世代最速右腕の……誠美高校元エースの、あの大灘さんですか!?」
全員が驚くのも無理はない。今年の夏の甲子園で全国ベスト4まで勝ち上がった、愛媛代表、誠美高校のエース、黄金世代の大灘飛鳥が、ここに来ているのであるから――
「くーっ、福井県も捨てたもんじゃないなあ。たかが全国ベスト4を覚えているなんて……」
感激する大灘の元に真っ先にやってきたのは、古堂黎樹。こちらは暗黒世代の左腕だ。
「こ、こんにちはっす!!」
思わず大声になる古堂。微笑みを返す大灘。
「閑谷の後輩はできたやつらばっかりだぜ全く……」
「きょ、今日はどうしてこんなところに?」
新田に問われ、大灘は笑った。
「気まぐれ。つーかまあ……閑谷に会いに来たつもりだったんだけど、こいつに呼ばれてさ」
大灘に差された閑谷は笑う。
「まあ、お前らもこいつから学べるところあるんじゃないかと思ってさ」
大灘飛鳥は、最速159km/hのストレートを投げる。身長190cmのガタイから繰り出される高低差のあるストレートは、球威も自然とついてくるので簡単には打てない。
「つってもまあ……俺が教えられることって大してないけど。まあ気軽に聞いてくれよな」
閑谷の紹介がうれしかったのか、大灘は笑った。
「一つ……良いですか?」
真っ先に尋ねたのは古堂だった。
「どうやったら……強くなれますか? 誰にも打たれないような、三振を量産できるような、そんなピッチャーになるには、どうしたらいいですか?」
「む、難しい質問だな」
古堂のまっすぐな目線と質問に、困惑を隠せない大灘。
「……そうだな」
大灘は息を整え、話し始めた。
「例えば……俺は小学校から野球をやってたわけだが、小学生の頃からプロ野球をしたいって目標があった。プロに入団して、エースになって、日本中を沸かすようなプレイをしたいっていう目標がな。まあ、今じゃ監督の紹介で日本一の大学チームに入る道を選んだわけだけど……。コドーくん、お前はどうだ? 俺みたいに、○○になりたい! って感じの目標はあるか?」
古堂はしばらく考えた。しかし、良い答えは出てこない。
「俺はただ……小学生の頃から野球が楽しいと思っていて、中学でもその楽しい野球をして、高校に入る前に閑谷さんのピッチングを見て、それに憧れてクロ高に入って、一年の時に甲子園でプレイしていた先輩たちを見て、俺も甲子園に行きたいって思うようになって……。行き当たりばったりな感じで……ただ漠然と、甲子園のマウンドで投げたい……って感じです」
「もっと具体的に……どういう投手になりたいんだ?」
大灘の言葉に、さらに熟考する古堂。
「んー」
そんな彼の様子に、思わず黙り込むほかの投手たち。
口を開く古堂。
「……どんな状況でも、最高の球をキャッチャーのミットめがけて全力投球する……。変化球も、コントロールも、ストレートの速さも、全部追求して……どんなピンチでもチームを盛り立て、ピッチングでチームに勢いをつかせる……。そんな、そんなカッコいい投手になりたい――です」
古堂の表情が――変わった。これが、彼の導いた最高の答えらしい。




