第85話「自覚」
クロ高は6番伊奈の同点タイムリーで5-5まで追いつく。しかし、岩澤の闘志はここでは燃え尽きなかった。
「どりゃ!」
続く金条を三振に抑える岩澤。金条はチャンスに続けなかったことが悔しかったのか、バットを地面に強く置いた。
「くっ……」
「しゃあないよ! ほら、どけどけ」
佐々木が笑っている。打席に立つ彼の目は鋭い。
(俺はこのチャンス……逃したくない)
初球のストレートを打ち返す佐々木。低めだがしっかりとライナーをピッチャー返しする。
「おおっ、良い当たり!」
「!!」
岩澤が超反応を見せた。右膝辺りに飛んできたライナーを、左手のグラブでしっかりと止めた。
「ら、ライナー捌きやがった」
二塁ランナーの山口を牽制する岩澤。
「……(あの8番、ストレートしっかり打ち返してきやがるな……)」
2アウトとなる。そして9番鷹戸が打席に立つ。そんな鷹戸はスライダーを強く打ち返す。三遊間方向に飛ぶ打球。しかし……
「ふん!」
岩澤の左手のミットに打球が収まっている。
「……で、出たー! 岩澤の本領発揮! 神が宿ったフィールディング!!」
岩澤の守備に観客が沸く。そのまま彼はファーストへ送球し、鷹戸をアウトにした。
(クロ高の猛攻――あの連打が岩澤の闘志に火をつける形になったか。いいエースの自覚――持ったんじゃねえの?)
武石は嬉しそうに笑って見せた。
3アウトでチェンジとなり、息を大きく吐く岩澤。きっと疲労もあるだろう。しかし、それでも、彼は8回を投げ切った。
「よし……次で最終回だ」
大島が岩澤の背中をぽんと叩く。
「ナイスリードだぜ。おかげで凡打に抑えられた」
岩澤は大島に礼を言う。しかし――
「何言ってんだ。お前の守備がおかしいの」
大島は笑ってそれを受け流した。
8回裏。清龍高校の攻撃は、5番丸田から始まる。ちなみに彼は、新田からホームランを打ち、鷹戸からもタイムリーツーベースを打ち、3打点を挙げる活躍をしている。
(この男――球は速く重く、ジャイロボールの使い分けもあって球種が読めたもんじゃない)
そう鷹戸を評価する丸田に対し、鷹戸の初球。高めに入るジャイロボール。ノビのある直球を、彼は空振りする。
(ぬぅん……だがしかし……必ず甘い所に入るはず……そこを見逃さなければ)
次に投げられたのはスプリット。ストレートだと思った丸田。しかし、確実に高いところ――甘く入っているので、見逃さない。
(スプリットかよっ!)
しっかりミートこそできなかったが、ストレートに比べるとスプリットはどうしても軽くなる。鋭く二遊間へ飛ぶ。
(さすがのパワーじゃねえか!)
今宮が飛び込む――しかし、ボールは弾かれた。
「一歩届かない!!」
丸田は走りぬいて一塁ベースを駆け抜けた。
「ぬぅん!!」
一塁ベース上でガッツポーズを取った丸田。ヒットである。
「続け続けェ!!」「丹生~!」
6番丹生はセーフティバントを狙う。しかし、ピッチャー鷹戸の打球捌きの前に進塁打に終わる。
「まあいいってことよ! 送りバントは十分じゃねえか!!」
「チャンスだぞチャンスぅ!!」
芳賀山や岩澤は騒いで盛り立てる。
焦る鷹戸。金条の心の中にも逸りが見える。
(だめだ……このままじゃ……)
そんな金条らに大声をかけたのは新田だった。
「おいおい! こっからだぞコラッ!」
新田の似合わない叫び声に、鷹戸も金条も口をあんぐり開ける。
「ハハッ……さすがエースだ」
「エースにそんだけ言われて……燃え上がらないピッチャーはいねえよ……」
ベンチで、芝と伊東が笑っている。ベンチでは、一人思いつめた顔をしている男が一人。
(……あれが、エース……)
古堂は震える唇をかみしめた。
試合の展開を言えば、続く7番信楽と8番宇井をフォアボールで出塁させてしまう鷹戸。
(やはり……肩は治ったと言っても……復調には時間がかかるのか?)
悔しそうな顔をしている鷹戸。打席には9番荒濱。倒せないバッターではないが、ここでフォアボールにしてしまえば、1点の勝ち越しとなる。岩澤を乗せてしまっている今、勝ち越し点はできれば与えたくない。
(ここでクロ高が欲しいのは……圧倒的な抑え。鷹戸遥斗でも……十分とはいかなさそうだな。コントロールが乱れてやがる。球威と球速は、暗黒世代にしちゃあ素晴らしいもんだがなあ)
ベンチの絹田が動いた。
「ピッチャー10番鷹戸に代わって、18番、古堂」
「お、俺!!?」
ブルペンでおどろいて絹田のもとに走ってくる古堂。
「お前のピッチングで……三振を取ってプレッシャーをかけてこい」
「はい!」
大きな声で返事をした古堂はそのままマウンドへ向かい、鷹戸と交代する。
(……納得いかん……俺のストレートは走っている……なのに)
納得いかない表情を見せる鷹戸。強く古堂と監督を睨む。その様子を見かねた金条がマウンドにやってくる。
「鷹戸……お前の今のコントロールじゃあ苦しい展開だ。ここは古堂にしっかり任せよう」
(9番バッターだろ……ここまで一球も打ってないような奴なのに……)
打席に立つ荒濱を見て、鷹戸は不機嫌な顔をする。
(俺に抑えられないわけがないんだ……)
「鷹戸。俺に代われ! お前ばっかり良い所見せてずるいんだよ!!」
古堂が叫んで鷹戸からボールをふんだくる。
「見てろ! 黒光高校18番……古堂黎樹が、一本もヒットを打たせねえからよ!!」
荒濱の目の前をストレートが走っていく。見逃す荒濱に対し、カウントはストライク。
(くっ……新田さんほど変化球ばっかりじゃ無さそうだし。さっきの鷹戸ってやつほどのストレートでもねえだろ。こいつからなら……打てる!)
二球目……古堂はシュートを投げる。何とか当てる荒濱。しかしファウルとなる。
(さっきより球速は無い……きっと打てる。打てるはずなんだ!!)
内角にストレートを投げる古堂。荒濱は押されながらも打ち返すが、一塁線を切れていく打球。古堂も荒濱も悔しそうな顔をする。
(……ずっと守備固めでスタメン張ってたけど……俺よりももっと打てるやつはチームの中にたくさんいるけど……清龍のスタメン張ってる以上は……打つしかねえ!)
古堂がスローカーブを投げる。三振を取りに行った結果だ。しかし、荒濱はバットを振りそうになったところから堪える。
「ボール!」
(追い込まれてるとは思えねえよ……今の見逃し)
キャッチャーの金条は思わず身震いする。そして、外に逃げるシュートをサインで送る。
「ぐっ!」
大きく振った荒濱。打球は一塁線を飛んでいく。
「伊奈!」
ファーストベースよりも前で守っていた伊奈は、ショートバウンドで打球を捌く。
(くっ! ノーバンで捕りたかったぜ!)
そのまま右足を後ろへ下げ、ファーストベースを踏み、バッター荒濱をアウトにする。
「4つだ!」
周りの指示。伊奈は全体重を左足にかける。
(勝ち越し点は絶対に、やらねえ!!)
右肩からボールを振りぬいた伊奈。キャッチャーの金条の元まで一気に飛んでいく送球。サードランナー丸田がホームへ駆け抜け、滑り込む。
(ぶっ飛ばしてやらあ!)
金条は捕球してタッチへ。しかし、丸田の足が入る方が幾分か早かった。
「セーフッ、セーフ!」
主審の大声がする。清龍高校は、8回裏のこの場面で勝ち越し点を挙げたのだった。
「よっしゃあ!! これは大きな一点だぞ!」
ベンチに返ってきた丸田を岩澤が祝福する。そして、バッターだった荒濱の頭をヘルメットの上からたたく芳賀山。
「やったじゃねえか荒濱!!」
荒濱は浮かない顔をしていたが、にっこり笑う芳賀山。
「お前が転がしたから、あの一点があるんだぜ。もっと胸を張れよ」
「……は、はい!」
彼に励まされ、荒濱の顔も明るくなる。
対するクロ高も、ここで沈むような軟なチームではなかった。
「いいかコドー、一点取られたわけだが、ヒットを打たれたわけじゃねえ。お前のピッチングは、清龍にも通用するぞ」
今宮が必死で古堂に声をかける。
「伊奈も金条も良いプレイだったけどなあ。惜しかったなあ」
田中も一年生二人を励ます。
「残りの打球は全部捌くから、安心して投げろ」
大滝も古堂を鼓舞する。
「……わかってる。でも、もうバックに打球は飛ばさない。それが――抑えの使命なんだよ」
それ以上に、古堂は自分自身を自分自身によって鼓舞していたのだった。
(さすがだぜ古堂……この場面でも、気持ちを切らさねえなんてな)
(これまでの練習や試合での経験が……間違いなく自信につながっているんだ)
内野の二人の二年生は、古堂の様子を見て感心していたのだった。
バッターは一番に戻り、打席に立つのは久我山翔。
「いけー久我山! チャンスだぜ!!」
「うおっしゃああ!!」
意気込む久我山。しかし、135km/hを安定して越えてくる古堂のピッチングに、久我山は一度もバットを当てられず、三振となった。続くキャッチャーの大島も、インローをギリギリついてくるスローカーブに手が出ず、見逃し三振となった。
(さあ、こっからだぜ)
8回裏が終了し、いよいよ最終回となる。先頭打者は一番の今宮からだ――。




