第83話「交代」
4回裏――先頭打者の岩澤にヒットを打たれた後、芳賀山にホームランを打たれ、逆転されてしまう新田。呼吸を整える中で、次の打者である丸田亮二にボールを投げた。
(ぬぅん……スライダーか!!)
大きく空振りする丸田。しかし、そのスイングを見て今宮と田中、そして大滝は後退する。
(丸田さんは引っ張り方向に強い打球を打つ……外に逃げるシュート……)
(ぬぅん!!)
丸田は外に逃げていく球に、しっかりと合わせ、強振した。しかし、その球はプルの方向ではなく、むしろ反対側――流し打ち方向に打球が高く飛んでいく。
(ま……マジかよ!!)
ライト小林が後退するが、ボールはスタンドに吸い込まれていった。
「な、流し打ち方向にデカいホームランだぁ!!」
丸田がダイヤモンドを駆け回る。
(マジかよ……)
金条はプロテクターを外して空を見上げた。
(……新田さん……何とかここは、踏ん張ってください……)
金条の思いもむなしく、新田は取り乱していた。
(いかん……逆転のツーランホームランだけでさえ、チームメイトに動揺を与えていたというのに、追撃の本塁打――これではチームメイト全員に悪影響が)
新田の動揺を、金条も感じ取っていた。
(さすがに二打席連続ホームランは堪えるんじゃねえのか……?)
6番丹生の打席。新田の意表を突くセーフティバント。新田のバント処理がワンテンポ遅れ、セーフとなる。
「っしゃああ!!」
「追撃のセーフティバントォ!!」
「よしッ! これで良いッ!!」
巽屋が珍しく叫んだ。
「信楽ィ!! ここで粘れェ!(あの厄介な新田を引きずり下ろすチャンスはここしかない!)」
7番打者信楽は何球か見逃したりファウルで粘ったりするものの、8球目のシュートをショートゴロにしてしまい、ゲッツーとなった。
「サンキュー遊……」
「おいおいまだ4回だぞ! まだ2アウトだ!! あと一つ取るぞ!」
田中が鼓舞する。新田は強くうなずく。
次の打者、宇井新弥をセカンドゴロに取る新田。額や首から大量の汗を掻いていたが、何とか4回裏を投げ切った。
「よしっ! 何とかなるッ!! まだ2点差……岩澤から打つのは無理じゃない!」
チームメイトを鼓舞する今宮らだったが、5回の表は下位打線、誰一人手が出ず。
5回裏――新田の様子をじっと見つめる絹田。
「リリーフ、鷹戸を登板させる」
「……はい」
今の新田に、これ以上投げさせるのは不可能だ――と判断した結果だ。
(ふん……二点差か……問題ない)
鷹戸は右腕の調子を確かめながらボールを握る。
(肩は……問題ない……はず)
投球練習で金条にボールを放る鷹戸。キャッチャーミットが硬球で激しく響く。
(……球威とノビは申し分ない。あとは俺の配球次第で生かすッ!!)
打席に立つのは荒濱幸也。しかし、下位打線の彼に、鷹戸の直球は当たらない。
(球速差エグい!)
空振り三振となった。
「……」
黙って息を吐く鷹戸。
(すごい……こないだのケガをもろともしない怪物ピッチ……)
ベンチから古堂も息を呑む。
続くバッター久我山に対しても、唸る直球、ジャイロボール、沈むツーシームなどを巧みに使う。
(ふん!)
低めのジャイロボールをミートさせる久我山だったが、そのあまりの球威に、内野ゴロに倒れてしまう。
(重てぇ……こりゃ相当パワーねえと打つの厳しいぞ)
大島は2アウトのこの状況でも冷静に分析する。
(変化球主体の新田から、一気に直球主体の鷹戸に変更。変化球のキレや緩急で仕留める新田とは違い、鷹戸は直球のスピード、球威、そして何より二種類のジャイロボールやツーシーム、スプリットを使った微妙な変化をする球で打たせて取ってくるスタイルだ。相手のキャッチャーの好リードもあって、厄介には変わりないが……)
「ふん!」
初球のジャイロボール。バントしようとするが、球威に押し負けファウルになる。
(バントも苦しいとなると厳しいか?)
もう一球バントを試みるが、これもファウルにしてしまう。簡単に追い込まれてしまった。
そして三球目――低めのスプリットによって三振を取られてしまう大島。悔しさを顔に滲ませる。
(パワーが無いと、あれを打たせてすらもらえないのか……)
清龍高校の攻撃を三者凡退に切って取って見せた鷹戸。6回表の攻撃は、今宮のヒットと盗塁、その後の田中の内野安打で1アウト1.3塁のチャンスを作るクロ高。直後の大滝の犠牲フライで1点を返すが、これ以上は後続が続かず、2-3でとどまっていた。
(山口さんが打ってるのに、俺が続けないってのは苦しいな……)
6番打者の伊奈は両手をぐっと握った。
(何とかして打たねえと、点が持たねえ)
その回の裏、先頭打者岩澤から始まる清龍高校の攻撃。相変わらず厳しい所を攻める金条のリードで、岩澤を追い詰める。しかし――
「ボール!」
ボール球が増えるようになった鷹戸。金条の顔にも焦りの色が見える。
「タイムとってもいいんだぞ……?」
今宮が鷹戸に話しかけるが、鷹戸は気にも留めない様子だ。
(問題ない……問題ない……)
7球目を投げる鷹戸。内角低めに鋭く決まるジャイロボール――岩澤は手が出ない。しかし……
「ボール! フォア!」
岩澤にフォアボールとなり、ランナーがいる状態で、迎えるは4番芳賀山。先ほどの打席では、新田からホームランを打っている。
(敬遠もありだが――お前がそれを認めるわけ……)
金条が鷹戸を見てうなずく。
(無いよな……)
芳賀山相手に全力投球する鷹戸。しかし、芳賀山の選球眼の前に、ストライクカウントはなかなか取れない。
(……くそっ)
そのままフォアボールとなった。
「ノーアウト1.2塁……厳しいねクロ高」
武石はグラウンドを見ながらにやりと笑う。
(ただでさえ一点負けてるのに……長打が出ればさらに点差がつく。芳賀山の足なら、あそこから帰ってもおかしくはない)
5番丸田。鷹戸の初球のストレート――
「ぬぅん!(ぅ重ぉおおおおい!!!)」
初球はキャッチャーよりもさらに後ろまで飛ぶファウル。二球目はスプリットで空振りとなる。
(ぬぅん……スプリット・フィンガー・ファストボール……!!)
「す、すげえ……きれいにからぶったなあ」
芳賀山は一塁ベースから笑っている。伊奈は、そんな芳賀山の顔を見て笑う。
(余裕じゃないっすか……)
三球目――鷹戸が投げたのは“沈む”ジャイロボール。低めにばっちり入るコースだったが――
「ぬぅん!!」
丸田が全力でフルスイングした。引っ張ってレフト方向へ飛ばす。
(鷹戸の球を……えげつねえ飛ばすじゃねえか!!)
佐々木が後退するが、フェンスにボールが直撃する。
(おかしいぞ……丸田のフルスイングで……スタンドに入らねえだと?)
岩澤がそう思いながら走った。
(りょ、亮二さんが……おかしい……)
マネージャーの平塚も、スコアブックを見ながらおかしいと思っているようだ。
(丸田さんが引っ張り方向にホームランを打てなかったのは……本当に二年前以来の話だわ)
ボールペンを顎につけながら訝しい顔をする。しかし、二塁打は二塁打。佐々木がレーザービームを放つも、芳賀山の俊足は止められず、一気に2点が入った。
「わーっ! 三点差だぁ!!」
「よっしゃああ!! ナイスだぜ丸田ァ!」
(お前ならホームランだろそこはぁ……)
巽屋は険しい顔をしている。
不満そうな鷹戸。絹田監督も頭を抱えている。
(何とかならないだろうか……うちの代打を出すくらいなら……スタメンの奴らの方が打てる希望はある。スタメンの奴らを……信じてやろう)
鷹戸は、しっかりと次の打者、丹生を抑えぬいた。次のバッターである信楽をフォアボールで出塁させるも、続くバッター、宇井でゲッツーに抑え、何とかしのぎ切った。
「ナイスピッチだな鷹戸」
今宮がグラブでぽんと背中を叩く。
「いえ、バックのカバーありがとうございます。(あれのどこがナイスピッチなんだよ……)」
「そうか、どーいたしまし。ま、3点差とか、あんま気にすんなよ。お前は、いつも通り投げろや」
軽く笑いながら去っていく今宮。そして7回表――金条がピッチャーゴロ、佐々木が三振に倒れて2アウトになったところで、打席には鷹戸遥斗。
「岩澤のピッチングは万能型。江戸川みたいな感じ……とは言っても、鷹戸は無難に軽くいこうぜ」
「俺は三振になっちまったけど、球種多いから絞るってのは難しいかもな」
金条と佐々木からアドバイスをもらい、鷹戸はバットを構える。
(豪腕投手って……バッターとしても凄いイメージしかないんだけど……)
岩澤が投げた初球――シンカー。空振りする鷹戸。続くストレート。ボール球を見逃す。
(ちっ……次は変化球だろうな。このキャッチャーのリードも、なかなかに好リード。全国レベルだ)
三球目。インコースにズバッと決まるカーブ。しかし、鷹戸はこれを打ち返した。
(インコースのカーブを!?)
岩澤は打球を見上げ振り返る。
「レフト!」
引っ張った方向に飛ぶ球はレフトの頭上を大きく超える。そして――
「あ……」
レフト宇井も思わず声に出してしまった。スタンドに打球が入ったのだ。
「は、入った……」
驚きのあまり言葉を失うクロ高ベンチ。新田も目を見開いていた。
(バッティングセンスがあそこまであるとはな……これは驚きだ)
三点差を二点差に戻すクロ高。続く今宮が内野安打で出塁するも、岩澤のピッチングは止まらず、小林を凡退に抑えて7回の攻撃を終わらせた。
「岩澤。あれはびっくりだな!」
芳賀山と丸田、そして久我山が笑っている。
「笑いごとじゃないよ」
大島だけは一切顔を崩さない。
「2点差なら余裕でひっくり返るぞ。いくら岩澤でも……。それが有り得るのが野球なんだからな」
大島に釘を刺され、黙り込む久我山と丸田。しかし、芳賀山だけは違った。
「うちにはまともに全国と張り合って投げられるピッチャーが岩澤しかいねえ。クロ高は岩澤が投げねえと勝てねえチームだ。だったらこいつが投げるしかねえんだよ。何があっても。エースだもんな」
芳賀山の言葉の最後に反応する岩澤。
「……当たり前だろ」
岩澤は大きくうなずいた。そして――7回裏、清龍高校の攻撃が始まる。




