第80話「勢い」
8回裏の攻撃、諏訪涼成高校は、2番飯島からという好打順を活かせないまま、4番法寺の併殺によりその攻撃を終えてしまうのだった。
「よっしゃ! 勢いはこっちにある! 最終回の攻撃一気に畳みかけるぞ!」
田中の声がこだまする。
「先頭打者は……佐々木か。木庭のボールには気を付けろ。どんな場面でも勢いは弱まらないぞ」
「はい」
佐々木は監督の言葉にうなずく。
「あと……」
監督の言葉に、振り返ろうとしていた佐々木は首を止めた。
「……法寺覇月。ゲッツーで仕留めたからといって油断はするな。どんな場面でも一流だぞ」
「……はい!」
それは、佐々木一人ではない、チーム全員に言い聞かせたかのような言葉だった。
打席に立つ佐々木。マウンドの木庭にも、少し疲れが見えていた。
(法寺さんのバッティングで点を返すのはもう絶望的……高町さん以降のバッティングでワンチャン……そのためには、俺がずっと投げ続けるぐらいの覚悟で行かないと……)
木庭は大きく息を吸う。法寺のミットに向けてボールを投げる。
(佐々木はストレートに強い。ストレートだったら初球だろうとガンガン来る……ってことはだな……)
投げたボールはまっすぐ行った。しかし、バットを振り始めた佐々木の手元で、沈んでいく。
(あっ!)
バットの下面をこするように、ボールが当たった。
(これが……俺の必殺、スプリットフィンガーファストボール!!)
木庭の気迫と共に投げられたボールは、佐々木のバットを擦り、三塁線方向へ。サード藤が、冷静にボールを捌き、ファーストへ送球する――
(しまっ!)
ボールは、ファースト阪本が取れない頭上へ。
(くそったれぃ!)
前方から走ってきていたライトが、エラーしたボールを拾うころには、佐々木は楽々ファーストベースにたどり着いていた。
(失策出塁だけどまあオッケー!!)
嬉しそうな佐々木。続くバッターの新田。何としてでも続きたい。
(代打を出してもいい場面だが……できれば新田には完投してもらいたい)
絹田監督の思いもあり、打席に立つ新田は意気込んでいた。
(……代打を出さないってことは、バッティングでもピッチングでも『まだ』期待してもらえているってことだよな。だったら俺は、その期待に応えるだけだ)
新田が打席に立ち、木庭の目を見る。木庭の額からは汗が出ていた。
(このピッチャーが打てる印象はほぼゼロ……だったらいつも通り……いつも通り投げれば……)
初球のカーブが甘く入る。新田はそこを見逃さない。
(もらった!)
正直なスイング。ボールはまっすぐ跳ね返る。投手の頭を越える打球。
「んあぁ!」
ショート山中と、セカンド飯島の手元も、打球は転がりぬけていく。――ヒットだ。
「っしゃあ!!」
ピッチャー新田、自らのヒットでチャンスを作り上げた。セカンドランナーとなった佐々木も、ベンチにいたクロ高全員も、しっかりと手ごたえを感じ、ガッツポーズを取るのだった。
ノーアウト1.2塁。この無類のチャンスにて、バッターは今宮陽兵。
「キャプテン! お前のバットでランナー返して来い!!」
「当たり前だ!!」
ベンチからの芝の叫び声。今宮も同様に大声で答える。
マウンドの木庭、ホームでただ一人座る法寺。それぞれが息を整える。
(すまん、切り替えてくれるか……木庭)
(すみません法寺さん……甘く入った……これじゃだめだ)
新田との勝負を振り返り、反省する両者。切り替えて臨むのは、クロ高屈指の選手、今宮。初球から内角ストレートを決める木庭。
(ふぅ……)
息を整える木庭。1ストライクだ。
(こんな場面でも攻め続けるなんて……頭おかしいんじゃねえの?)
今宮はにやりと笑った。
二球目は外に逃げるスライダー。ストライクゾーンからボールへと変わっていく球をしっかり見逃す今宮。
(やはり選球眼も人並みに持ち合わせてる……)
法寺は息を呑む。三球目にムービング。外角低めを狙った球だ。
(手元でブレやがれっ!)
木庭が全力で放ったボール。今宮は片手に持ち替えた。
(まさか、セーフティ!?)
サード藤の反応は間違いなく遅れていた。バットにボールを当てる今宮。ボールが法寺の目前でワンバウンドする。
(クソッたれ!)
即座に打球を拾う法寺。どこに投げるか……それは一択だった。
「藤ッ!!」
サード藤は、ベースに足をかけたままだった。法寺の肩から放たれた球をなすがままに受け取り、二塁ベースへ投げる。
(山中さんか……飯島さん……取って!)
ボールが高めに浮く。しかし、セカンド飯島がしっかりと打球をグラブでつかみ取り、セカンドベースを踏む。新田は間に合わない。
「一個!」
(リートッ!)
飯島の送球。阪本は、全身を全力で伸ばして、ミットにボールを収めた。今宮の右足とタイミングはほぼ同じ……しかし審判の判定は――
「アウト!!」
一塁審判が大声で叫んだ。ファースト阪本は股が裂けるような思いになりながらも叫んだ。
「っしゃああああ!!!」
ざわつく観客。信じられないプレーに、クロ高ベンチも絶句していた。
「と、トリプルプレー……」
「まじかよ……」
チャンス一転、一気に自分たちの守備が回ってくるという事実に、クロ高の選手たちは明らかに士気が下がっていた。
それとは対照的に、盛り上がるのはスワ高ベンチ。
「あり得るぞ逆転!!」
「……勝てる! 相手の勢いはへし折った!!」
「今流れはこっちにあるよな!!」
外野手の簔口と高町は、内野の連携プレーを見て確信していた。
「行ける……勝てるぞ!!」
法寺の声を皮切りに、全員が大声を上げた。
「逆転だぁああああ!!!!」
9回裏、間違いなく流れはスワ高にあった。絹田監督は、ベンチで何度も選手たちに語り掛ける。今宮ら二年生たちも、何とか鼓舞しようと大声を張り上げたり、身体を無理やり動かしたり――それでも心の中にある悪いイメージは払拭出来てはいない。
(県大会決勝で負けたイメージが……こんな形で出てきてしまうとは……ワンプレイで相手に流れを持っていかれることを……こいつらは知ってしまっている)
絹田監督は息を吐きなおした。
「……お前ら――」
「1点勝ってる。十分だ」
絹田監督の声をさえぎるように、ある男がつぶやいた。ピッチャーグラブを手にし、息を大きく吐き、背番号の1が、チーム全体に見えるように、マウンドへと一人向かう。
「打たせねえから……」
新田は、ただ一言そう言った。マウンドへと向かう背中に、今宮や田中、山口などの二年生が無言で続く。
「せ、先輩……」
新田を呼び止める古堂。新田はさわやかに笑って振り返る。
「見てろ……俺がエースだ」
いつも通りの笑顔だったが、古堂にとっては、それが遠く感じた。
先頭打者、高町浩志。打撃力は法寺に大きく劣るが、それでも安打力はあるバッター――しかし
「三球三振! バッターアウト!!」
スライダー、シュート、ストレートの三球のみで抑え込む新田。それでもなおやまないスワ高側の応援。そう、間違いなく勢いは向こうにある。それを新田も理解している。
(だから何だ……それら全部黙らせるのが……エースだ)
続く6番簔口教麻――左投手相手でも、何事もないかのように安定した結果を残しているが――
「バッターアウト!!」
これもまた、カーブを巧みに使われた新田のピッチングの前に三球三振に倒れた。
「高町と簔口を続けて三振ッ!」
「これはスワ高にとっても、思ってもみない展開だな……」
観客席から鉄日高校の斑鳩と四方が話している。
「……次のサード藤は一年生。新田を攻略できるようなタマでもねえ」
「最後……エースが全部を持って行ったな」
「行けよ藤ぃ!!」
「フジ!! お前しかいねえんだ!!」
ベンチから大量の声援を送るスワ高。しかし、藤はタイミングもポイントも、新田の前に合わせることができない。
(悔しい……クソッ!!)
新田が投げた最後のボールに、藤はフルスイングで立ち向かったが、結果は空振り。これも前の二人と同じく、三球三振だった。
「……ふぅ」
一息ついた新田。それと同時に駆け寄ってくる金条。そして内野陣、外野陣、ベンチと、次々に新田の前に集まる。
「やったぞぅぉおおおお!!」
全員で輪になって叫ぶクロ高の面々。スワ高のキャプテン、法寺覇月はその光景をじっと見ていた。
「……すみません……最後……」
藤が法寺に頭を下げる。法寺はそんな藤の頭を掴み、持ち上げる。
「下げる頭はねえよ……。俺の方こそすまなかった」
法寺のその言葉に、スワ高全員が泣き崩れるのだった。
(いい試合だった……お前たちが成長してくれて……本当にうれしいよ)
顧問の蒲生も右目にうっすらと涙を浮かべながら、その光景に微笑むのだった。
「よっしゃあ! 北信越一回戦突破ぁ! 焼き肉行くぞぉ!!」
叫びまわる田中。
「おいおい……焼き肉のハードル低すぎだろ……」
新田は微笑む。しかし、チーム全員が感じていた。新田は明らかに……この試合で成長した、と――
黒光高校 6-5 諏訪涼成高校
黒光高校、北信越大会一回戦突破。




