第74話「改造打線」
試合前の最終調整練習の途中。クロ高の反対側ベンチ、諏訪涼成のベンチは、最終調整を終え、ミーティングを行っていた。輪の中央に立つのは、顧問の先生ではなく、キャプテンの法寺。
「……お前ら、長野県一位だからと言って、一つ忘れちゃいけないことがある」
法寺の声と共に、ガヤガヤしていたのがしんと静まり返った。
「もちろんよ。俺たちはいつでも……」副キャプテンの阪本理糸が当たりを見渡す。
「「チャレンジャーだ!!」」
全員が声を揃えた。
「わかっているならそれでいい。木庭……いつも通りでいい。みんなで、全力でサポートするぞ」
「っしゃ!」
法寺の声に、そのほかの部員12人全員が叫んだ。諏訪涼成高校の顧問の先生、蒲生白都は、野球に関して素人である。
「蒲生先生、何かありますか?」
法寺が顔を向けると、蒲生は笑う。
「……まさか……ロクに勉強もせず、学校にもまともに通ってすらいなかった君たちが……こうして長野県を代表してこの球場に立っていると思うと、感慨深いな……。俺は野球のことは全く詳しくなかったが、お前たちを見ていたら、お前たちが頑張ってきたことはよく伝わる。何もしてやれなくて――」
「やめてくださいよ蒲生先生」
「そーっすよ。居てくれるだけで、十分スから」
山中と敷島は、蒲生の肩を叩き、笑った。
「それじゃ、行くぞ」
法寺を先頭に、全員がベンチの外へと向かう。空は、青く澄んでいる。
一方のクロ高も、しっかりとアップを終えた新田や金条たちが続々と球場に姿を現す。県外での試合になるため、クロ高を応援する顔ぶれは、せいぜい同じユニフォームを着た者たちくらいだった。
「新田―! 投げぬけよ!!」
「負けんなよっ!」
スタンドから声援を送る者たちも、またクロ高の一員。その覚悟を背負って、新田静は大きく息を吐くのだった。
「プレイボール!」
審判の声を皮切りに、試合が始まろうとしていた。
先攻:黒光高校オーダー
1番セカンド、今宮陽兵。2番ライト、小林翔馬。3番ショート、田中遊。4番サード、大滝真司。5番センター、山口寿。6番ファースト、伊奈聖也。7番キャッチャー、金条春利。8番レフト、佐々木隆。9番ピッチャー、新田静(先発)
後攻:諏訪涼成高校オーダー
1番ショート、山中究一。2番セカンド、飯島紀明。3番ファースト、阪本理糸。4番キャッチャー、法寺覇月。5番ライト、高町浩志。6番レフト、簔口教麻。7番サード、藤正彦。8番センター。敷島射矢。9番ピッチャー、木庭来彦(先発)
先頭打者は今宮陽兵。諏訪涼成のキャッチャー、法寺覇月はかなり警戒した様子を見せる。
(不動の二番打者、バント職人だった気がするんだが……)
法寺は、木庭に、初球からインコースへのストレートを要求。
(まっすぐだ)
木庭は投げる――今宮は見逃してストライク。
(うむ……ストレートのノビは黒鉄やら江戸川やら見てるから大したことないな。打てそうな気はする)
今宮は不敵に微笑むと、木庭は不安そうな顔をする。
(やべえ……どこ投げても打ちそうな気がする……法寺さんのサインは――外角にスライダーか……よし)
二球目を投げた木庭――今宮は外に逃げる球を引っ張って打ち返す。
(今宮は打ち分けが上手い……うちの守備陣は鉄日高校ほどうまくないから深めに守らせた……この当たりなら捌けるぞ)
法寺は一殺を確信した。案の定、ショート山中が上手く打球を拾いあげて送球する。しかし――
「セーフ!」
法寺は、少々今宮の俊足を甘く見ていたようだった。先頭打者を内野安打で出塁させるクロ高。
「はっ! 今宮相手に前進守備とか、スワ高血迷ったの?」
スタンドから斑鳩が高みの見物と言った様子で見ている。隣の黒鉄は笑う。
「いや、そうでもねえぜ。あの法寺ってやつは相当考えてる。俺らのときも、何度かうまい打ち分けにやられてヒットにされたし、それを見越しての深めだろう。ただ、足を計算に入れてなかったのはバカだとしか言えねえわ」
「結局貶すんかい」
黒鉄の言葉に、斑鳩は高笑いした。
続く2番打者、小林が送りバントを決め、今宮は二塁へ進塁。1アウトでチャンスを作る。
「ランナー気にしない! 集中していつも通り!」
法寺が声をかけると、木庭はうなずく。
(次の3番打者田中は……前まで先頭打者……打撃力が上がったからクリーンナップ? だとすると長打も警戒しておいた方がいいだろうか)
法寺はミットを使った手振りで、外野にサインを送る。それに従って、外野手3人は、少し後ろに下がった。
(最悪、敷島の肩なら刺せるだろう)
「はっ! スワ高血迷ったか! クロ高は初回からガンガン走るぞ」
「ここまで攻めと堅実が混在したチームは珍しいですもんね」
また斑鳩が高笑いしたのを、鉄日高校のキャッチャー、迫田が付け加えた。
「送りバントで得点圏にランナー置いたかと思えば、単打であってもガンガンホームに走る。それがあるのがクロ高の面倒なところです」
「……まあでも、それを俺たちがしっかり対策したおかげで、最後はアウトに仕留められた。やっぱ攻めるのには、相応のリスクがいる」
最後の黒鉄の言葉に、迫田もしっかりとうなずいた。
しかし、法寺の判断が正しかったことに、次の瞬間、理解する。
(初球、ムービング……パワーがあるかどうかをここで見極めるぞ)
法寺のサインに木庭は頷く。もし、田中に相応のパワーがあれば、たとえ手元でブレる球を多少芯を外して打たせたとしても、外野へと運んでいくだろうと考えたのだ。
(内野ゴロ……もしくは外野で打たせて取れれば勝ちだ)
ムービングを投げた木庭。ストレート状の起動を描いていたはずの白球が、手元でぐにゃりと曲がる。しかし、田中はしっかりとミートさせていた。
(ぐっ……すげえムーブするじゃん!)
レフト方向に打球を引っ張った田中だが、ファウルグラウンドへと跳ねていく。しかし、外野まで打球が悠々と飛んで行ったのを見て、法寺は確信した。
(やはり……パワーは予選の頃よりも増していると見た……!)
2球目、スライダーを要求した法寺。木庭はすぐさま頷き、投げた。
(来た……スライダー……)
外に逃げてボール。1ストライク1ボールとなる。田中はにやりと笑った。
(ストレートのノビも、変化球のキレも、黒鉄や新田に比べれば大したことはねえ。けど……球種が多いんだよなこいつは)
諏訪涼成高校の一年生エース、木庭来彦の投げるボールは、ストレート、ムービングボール、スライダー、スプリット、そしてカーブ。
3球目のスプリット……田中は長打を狙っていたが、少し打ち損じてしまい、打球は低めに転がっていく。しかし、ピッチャー木庭に還った打球を、木庭はトンネルしてしまう。
(来た!)
今宮は瞬間三塁ベースへ走り出す。弱い打球はセカンドの飯島、ショートの山中、二人のグラブの間を転がっていく。
「抜けたっ!」
三塁コーチの声に、今宮は足を止めずにホームへ走った。センター敷島が打球に追いつき拾い上げるころには、今宮はホームにスライディングしていた。
「っしゃあ!!」
二年生上位打線による1点。絹田監督も、改造打線の機能を確信し、強くうなずいた。
4番サードの大滝が打席に立つ。
「っしゃす!」
(こいつは典型的なパワーヒッター。スライダーやスプリットで追い詰めつつ……)
初球のスライダーが真ん中に入り込んでくる。打ち損じてファウル。
(内から中……本当にこの捕手のリードは……)
2球目、スプリットを空振りする。
(くっ……スプリット……相変わらず手元で落ちる変化球よなあ……もっと鷹戸から打っておけばよかった……)
大滝は悔しそうに顔をしかめた。法寺は追い込んだ上で手ごたえを感じている。
(よし、1球ボール球のストレート、そんで、次、カーブを内角低めで)
法寺のサインに、木庭は頷く。
(……俺はそんなにすごいピッチャーじゃない。でも、法寺さんのおかげでこんな舞台で投げられるんだ……)
外角高めに外したストレート……のはずが、少し中に入り込んでしまうそんな一球。大滝は見逃さない。
(外角高めは引っ張ると崩しちまう。かと言って流しても打ち上げる。でも……インローとアウトハイはかなり練習したんだ。絶対に――)
バットを強く振りぬいた大滝。打球はサードの手前で強く跳ねて越えていく。
「三塁線……切れない」
「フェア!」
田中は二塁にすぐ到着した。
(足の速い3番打者……面倒くせえ!)
レフトの簔口教麻が打球を拾いあげるが、俊足の田中が一気にバックホームしていく。
「あんだけ筋トレしたのに……めちゃくちゃ走れるじゃんか……田中さん超かっけ……」
ベンチで林里が目を輝かせている。
「……遊は下半身トレーニングを中心にしていた。上半身はあまりゴリゴリには鍛えてないぞ」
一塁手の控え、芝豪介がそういった。彼は上半身もゴリゴリである。
「バッティングの基本は下半身。大腿とかの筋肉が一番重要だったりするわけよ」
この試合、二番バッターを務める小林も笑った。
(んで……そこの筋肉鍛えてるのに、足が遅くなるわけがないってか……)
法寺は『敵わないな』と言った様子で苦笑いした。大滝のタイムリーツーベースで、この試合2点目を挙げるクロ高打線。
「っしゃあ!! 初回から2点目ェ!!」
「調子いいじゃん」
山口がバットを持って田中のハイタッチを受け取る。そして、そのまま打席に向かう山口。
(はぁ……ランナーは二塁。嫌だなあ……打たれたらまた点入っちゃうよ)
げんなりする木庭来彦。初回から2点も取られるのは、不本意だ。しかし……
(まあ気にしても仕方ない。切り替えていこう)
すぐに自分自身で切り替え、次の打席を迎えうつ。
結局5番打者の山口をキャッチャーフライに倒したのち、続く6番伊奈を三振に切り取った木庭。折れない心の強さを見せつけた。
「あのピッチャー、1年?」
「イザナとどっちがすげえんだろ」
鉄日高校の外野の1年2人――木口諒真と泉中水樹が会話している。
「……球種で言ったら木庭だけど、投手そのものの資質で言ったら圧倒的イザナが上だろ?」と木口。
「でも……クロ高の鷹戸とかどうよ? あいつには勝てなくね?」と泉中。
「そりゃあ1年で147kmは化けモンだし、ジャイロボール投げるとか天賦の才だろうけど……黒鉄さんとか新田さんとか打ってきた俺らからしたらなあ」
木口も泉中もため息をつく。
「俺ら……暗黒世代の中じゃ頑張ってる方だよな」
「上の世代がすごすぎてかすむよね……」
1回裏、クロ高のエース新田静がマウンドに立つ。白銀世代だ。
「っしゃ、行こう!」
「はい!」
新田の言葉に、金条も強くうなずいた。




