第71話「変革」
北信越大会まで残り三週間。二年のショート田中遊は突然監督の目の前に現れ、『一番打者を降りたい』と言った――
「それは、本気で言っているのか?」
「……はい」
絹田の言葉に、力なくうなずく田中。
「……一番打者なら、俺よりも適任がいます。そいつはバントがうまいですが、普通に安打力もあります。盗塁だってできる。チームのみんなのこともよく見てるし、戦況に応じて動く能力に優れている……。彼ほどの適任はいません」
「ならなんだ……お前は二番打者にでも下がるのか?」
「……いえ。俺は……ここ数日間、フィジカルトレーニングを積んでます。必ず……結果を出して、それ相応の打者になります。だから……それまでは――」
北信越大会まで残り一週間となったクロ高ナイン。懸念されたテスト勉強の方も、勉強会の甲斐あって何とか三馬鹿以外はクラス平均を超える結果となった。
「しかしまあ……古堂は全部ぎりぎり赤点回避とは何事だ……」
金条は呆れた様子で投球練習に付き合う。
「小泉ちゃんに教えてもらってたらもっと成績上がったはずだし!」
悪態をつきながらストレートをインローにばっちり決める古堂。
(すっかり得意のコースになったな。球速も、絶不調でもない限り、130は下回らなくなったし……)
「133キロ! いいね! キープできてるよ」
「ありがとう小豆くん」
古堂は、毎日の練習の際、これまでと変えたことがある。普段よりも、球速とコースを意識すること。たとえ切れ味鋭い変化球を投げたとしても――それが甘い所であれば、見極められたら最後。スタンドまで放り込まれるのだから――。
(もう、あんな醜態は晒さない。絶対に……)
「(コドー……お前のすげえ所は……何があっても一切くじけないその鋼鉄の根性と……バカみたいに図太い神経と……驚異的なまでのストイックさと強心臓。この武器を磨けば……暗黒世代と呼ばれることだってもうなくなるかもしれねえんだ)よっしゃ、じゃあ次はカットボール! 内角に!」
「うっしゃ!」
金条の言葉に、古堂は力強くうなずき、また投球練習を続けるのだった。
その日は、絹田監督から、明日に控えた練習試合のスタメン発表と、北信越大会の抽選結果の発表があった。当然そのことは、選手全員が知っているのだが、二年生の先輩、とくに白銀世代の4人は普段と変わらない、何食わぬ顔で練習に励んでいる。
「さすが田中先輩と今宮先輩……相変わらずストイックで痺れるぜ……」
田中と同ポジションの一年林里は、一人感心していた。サードの大滝が話しかける。
「……思ったんだけど、田中さんちょっとがっしりしたくない?」
「ああ……確かに……」
不思議に思う二人の元に、今宮がやってくる。
「あ? 遊がどうしたんだお前ら」
「あ、いやあの……なんか筋肉ついてるなあって思って……」
「ああ……ここ一か月ぐらい前から、あいつは居残り練習と朝練習にウエイトメニュー増やしたんだとよ。お前が筋力トレーニングからコース別打ち分けの練習に変えたみたいにな」
今宮は大滝を例に出して田中の練習内容の変化を伝えた。
「……多分、あいつはこのままじゃダメだと思ってるんだ。大滝と同じく……いや、俺たちみんなと同じく」
今宮の遠い眼を見ながら、林里はさらに感心した。
(なんだよ……先輩ストイックすぎる……やべえ、超かっけえ!)
林里は、田中に強いあこがれを抱くのだった。
そして、練習が終わり、監督からの連絡の時間となる。
「……まずは、明日の……石川県ベスト4のチーム、明峰高校との練習試合についてだ。準決勝戦では石川県一位の清龍高校に敗れている。練習試合の前日には、軽い合同練習も行う予定だ」
「……おお、北信越大会を見据えた面白い内容ですね」
古堂が誇らしげに言っている。何が誇らしいのか。
「……まあ、今からスタメンを発表する。1番セカンド、今宮陽兵」
「はい」
何食わぬ顔で返事する今宮。田中と今宮、そして絹田監督以外の者は、全員が驚いた。
「い、今宮さんが一番?」「じゃあ二番は誰が?」
ざわつく者たちを放っておき、絹田監督は口を動かし続ける。
「2番ライト、小林翔馬」
「はい」
「こ、小林先輩!?」「まあ……バントも別に上手いし、チャンスではしっかり打てるし異論はねえな」
小林自身も、二番打者抜擢には驚いていた。
(監督は……俺がバント処理練習でバント担当してること……ちゃんと見てくれてたんだ)
「3番ショート、田中遊」
「は、はい!」
「田中さんがクリーンナップ?」「まあ下位打線に置いとくのはもったいないっしょ」
田中が返事をしたあと、今宮と目が合う。
「筋トレ頑張った甲斐あったんじゃねえの?(こいつは……バッティングでも、状況に応じて長打もかませるようになってる。本当に驚きだぜ)」
「ああ……」
田中は嬉しそうだった。
「4番サード、大滝真司」
「はい!」
「5番センター、山口寿」
「はい」
「6番ファースト、伊奈聖也」
「はい!!(打線降格は悔しいが、山口さんにはまだ勝ててねえし、仕方ないか)」
「7番キャッチャー、金条春利」
「はい」
「8番レフト、佐々木隆」
「はい!」
「9番ピッチャー、新田静。そして、鷹戸がまだ復調していない。明日は、リリーフ伊東、抑えに古堂を起用する。全員心づもりをしておけ」
「はい!」
投手陣も大きな声で返事をした。鷹戸ただ一人が不満そうだった。
そして、そのまま北信越大会の組み合わせが発表される。
「……大体察しはつくと思うが……石川県一位、清龍高校と同ブロック。しかし、その前に、長野県一位の、諏訪涼成高校との非シード戦がある」
北信越大会は、福井、石川、富山、新潟、長野の5県から、代表で二校ずつ出場する。合計10チームが参加するので、トーナメントも少し変わった形になる。A~Dの4つのブロックのうち、AブロックとDブロックには、非シード戦という、緒戦で8チームに絞るための試合が二試合行われる。クロ高はAブロックの、非シード枠に入ったのだ。
A-1 黒光高校 (福井2位) 非シード
A-2 諏訪涼成高校(長野1位) 非シード
A-3 清龍高校 (石川1位) シード
B-1 布山工業高校(富山2位) シード
B-2 新見台高校 (新潟1位) シード
C-1 鉄日高校 (福井1位) シード
C-2 大松高校 (石川2位) シード
D-1 大黒部高校 (富山1位) シード
D-2 苅澤高校 (長野2位) 非シード
D-3 功越高校 (新潟2位) 非シード
「引き悪いな……」
「諏訪涼成に、清龍と連戦かあ……」
山口と新田の視線に、今宮は苦笑いする。
「わりーって……でもどうせ全国行かなきゃならねえんだし、何より選抜出るためのアピールの場になるんだ」
「確かに……北信越大会で優勝もしくは準優勝すれば春の選抜出場は『ほぼ』確定になります。しかし、例えば……あくまで仮の話ですが、決勝で鉄日高校を11-0の5回コールドで下して優勝したのが俺たちクロ高だったとしても、1回戦の諏訪涼成高校が6-5の延長12回まで粘った好ゲームだったとしたら、選抜出場はクロ高と諏訪高になることもありますしね」
金条の説明に、山口と新田も納得した様子だった。
「まあどっちみち全部に圧勝すればいいんですよ!」
古堂が大声で叫んだ。
「コドーのその脳(味噌まで)筋(肉に変ってしまってロクに動いてないようなその)思考俺は好きだよ」
山口は糸目を少し開いて笑った。
(うむ……敗戦を少しは気にしていたであろう者たちも、だいぶ前向きな思考に変ってきている。打線の改造がどう転ぶか、明日の試合を見るのが楽しみだ)
絹田監督は、嬉しそうに笑うのだった。




