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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
2.秋大会決勝トーナメント
60/402

第60話「最強の投手」

 それは急激に訪れた。のしかかる重圧。空が重たく感じている。新田はその頬を伝う汗を、グローブをはめた右腕で拭う。

(地村……洋)

新田が見据える先のバッター、地村洋は、あの閑谷から二安打もしている男。自身も一度、相見あいまみえたことがあったが、そのときはキャッチャー郷田の良守備に救われたことを思い出す。

(4番ファースト地村さん……。どうしたって攻略法が思いつかない)

初球ツーシームを要求した金条。夏と同じ方法である。

(あわよくば、打たせて取る)

初球、打ち返した打球はファウルボールとなる。鋭く飛んだ打球に、一塁線で構えていた伊奈も開いた口が塞がらない。

(だ、打球はや……)

2球目――新田が投げたのは、外に逃げるスライダー。凄まじいキレのスライダーが地村の手元で一気に曲がっていく。

(……)

「ストライク!」

地村は見逃した。ストライクである。追い込んだクロ高バッテリー。しかし、投手も捕手も、顔色はよくない。

(……ウィニングボールどうします? 低めに外したカーブ?)

金条のサインに、新田も頷く。振りかぶって投げた。

「……(カーブか)」

地村は、そのボールをギリギリまで引きつけ、視線を縫い目に向け続ける。回転具合を見分けているのだ。

「ボール!」

(み、見逃した……)

金条は悔しそうに歯を食いしばった。後投げていないのはシュートとナックル。中に切り込んでいくシュートは、地村相手にはできれば使いたくない。ナックルはもうすでに2度も使っている。二巡目のためにも置いておきたい。

(一度投げたボールは見極められそうで怖い……新田さんの変化球のキレに賭けて、もう一度スライダー投げてもらうか……)

新田の4球目のスライダー――途中からアクセルがかかったかのように回転速度を増し、一気に曲がっていく。エリアの外角の淵にギリギリ入っているボール。しかし、地村は、それを表情一つ変えずに打ち返した。

(はっ!)

新田は思わず青空を見上げた。山口の背後に落ちる打球。彼が打球を拾う頃には、地村は二塁へと向かっていく。

(ど、どんな動体視力してやがる……)

金条はふと戦慄を覚えた。1球見ただけで、その凄まじいキレの変化球に対応できるものなのか、球種も多く、読んでいた、絞っていたとは考えづらい。

「……森下さんや郷田さんとは、また違ったバッターだよなあ」




 5日前くらいを思い返す新田。閑谷から言われた独自の練習メニュー、『黄金世代に打たれてくる』という、一見するとぶっ飛んだメニューを、新田は行っていた。

「新田……配球は金条に任せっきりなのか?」

「ええ、まあ」

郷田に問われ、新田は答える。

「でも……その日、一番調子が良い変化球が何か、くらいは伝えておけよ。いざってときのウィニングボールになる。ところで今日は?」

「今日は……スライダーですかね」

「んじゃ投げてみろ」

新田が投げたスライダーを、初球から打ち返す郷田。黄金世代は伊達ではない。

「っとまあこんなこともある。はい、お前は今何を考えた?」

「え? ああ、次の打席どうしようかなって……」

「……惜しいな。そうだな……一旦俺のことは忘れて、次、進一をどう抑えるかを考えるべきだと俺は思うぞ」

郷田に言われ、新田は頷く。

「打者を相手にしているうちに、自分の今日の投球に気づいたり、調子が微妙に変わったりする。だから、次どうするか、よりも今どうするか、を考えるべきだ」

「はい!」



 ――次どうするか、よりも今どうするか。

新田の頭の中にある言葉――次の打者は5番、泉中水樹。こちらも一年生ながらにクリーンナップを任されている右打者。強打者というよりも、巧打者。チャンスの場面で確実に打ち返してくる堅実性が強みだ。


 初球のスライダーからガンガン攻めていく新田。泉中はバットを振れない。

(内角切り込んでくるな……)

2球目、外に逃げるシュートを打ち損じた泉中。転がる打球。ファースト伊奈が拾ってベースを踏み、アウトにするが、二塁ランナー地村に三塁に進塁されてしまう。

「……ピンチだな」


 ここに来て次のバッターは6番セカンド斑鳩瞬。

「おーらよ……どうすんの。1点取られちゃうよ豆腐メンタルイケメンくんよお」

左打席から新田を煽る斑鳩。彼を見つめるキャッチャー金条。

(スクイズあるかも……行けなくは……ない)

新田の表情に、金条も強く頷き、初球外角ギリギリに入るツーシームを要求。

(……ふっ!)

初球投げた新田。回転と共に空気抵抗が縫い目に掛かり、ボールが斑鳩の手元で沈んでいく。

「おーらよっと!」

斑鳩はボールをコンっとバットに当てた。一塁線転がる打球。

「スクイズ!」

大滝の指示出しが少し遅れた。地村は既に三塁ベースを走り抜き、打球を拾った新田の視界に映るところまで出てきている。

「んやろう!」

新田が本塁を刺そうとするが、金条が止めた。

「一塁を!」

間に合わないと悟った彼の判断は賢明だった。既に地村はホームベースに滑り込んでいた。すぐに振り返り、一塁へ送球。斑鳩をアウトにする。


 「っしゃあ!」

しかし、地村は本塁生還を果たし、2回ツーアウトランナー無しの状況ではあるが、先制点を許してしまう結果となった。

「すいません、指示遅れちゃって……」

「次! 大丈夫。まだ1点だ」

新田が大滝に叫び、マウンドに戻る。

(あれ……このピッチャーなにげしっかりしてる……)

7番サード島田瑛太。平均的な打撃力。プレッシャーに弱いが、良い送球を見せ、守備での活躍が著しい男だ。

「7番島田瑛太っ! 二年生だけど下位打線! 白銀世代には入ってないけど、鉄日のレギュラー! 絶対に打つ!」

しかし、新田のキレる変化球に全くタイミングが合わず、良いようにやられ三振となる。

「馬鹿かよ瑛太……静はそんな甘っちょろい投球しないぜえ?」

黒鉄が笑いながら島田の肩を叩く。

「まあ、1点とったし、ほぼ安泰っしょ。しまってこー」

黒鉄はマウンドにたち、大きく息を吐いた。

(前半で先制点を取れたことはでかい。こっから黒鉄がピッチングでプレッシャーをかけ、クロ高打線を沈黙させれば、こちらに流れがくる)


 2回裏の先頭打者、4番大滝。ハッ高戦ではナックルボーラー柏木から同点アーチを放つなどの活躍を見せた男だ。さすがに、鉄日高校キャッチャー、迫田も大滝もことは警戒しており、初球、アウトローに逃げる高速スライダーを要求。

(初球から変化球とは……逃げ過ぎなんじゃない? 迫田よ)

黒鉄は初球投げた。大滝はバットを初球から降ってきたが、外に逃げる高速の変化球に、全く対応ができない。球速計は、137km/hを示している。

(古堂のストレートが変化しているってイメージだよな……そう考えると恐ろしい)


 「変化球で140近いってのは、かなり強いですねえ」

実況席と解説席も、黒鉄のピッチングを分析している。

「彼の投げる球は基本速い。緩急が無い分、空振りを取る手段としては一つ少なくなるが、それでも彼を攻略するのは手に余る」

解説の加賀美も、唸るように打席を見つめている。


 2球目は高めの釣り玉のストレート。ボールはバットの上面を掠り、後ろにバックスピンをかけながら飛んでいく。

「ファウル!」

「タイミングあってきてるよ!!」

「よく見て!!」

クロ高ベンチは、追い込まれた大滝を後押しする。

(どうせ無理……せいぜい空振り三振よぉ!)

低めギリギリに入ったストレートを見逃した大滝。見逃しの三振となった。

「うおおお!!」

観客が沸く。黒鉄のナイスピッチに、会場全体が鉄日高校を後押しするムードだ。

「すごいな黒鉄……全国であのピッチングがみたいよ」

「だなあ……」

古堂は羨ましそうにマウンドの黒鉄を見つめている。

(いいなあ……あんだけ綺麗に三振決めて、あんだけ歓声を浴びて……)


 続くバッターは、5番伊奈聖也。

(こいつは……間違いなく県内最強投手。こいつから打てれば俺は県内最強から打った打者として、箔が付くってもんよ!)

初球のストレートを、低めに打ち返した伊奈。低めの打球が、三遊間を抜けると思われたが――

「ふがっ!」

サード島田が打球に飛びつく。上体だけ起こして、一気に一塁に送球し、伊奈をアウトに捌きとる。

「5番伊奈! いい当たりでしたがサード島田の好守備に阻まれます!」

「……くぅ……惜しい! 今のはいい当たりでしたよ……。一年生でもこうして活躍しているのをみると、とても清々しい気分になります」

解説の加賀美は独特の口調で嬉しそうに話している。


 打席には金条。伊奈は監督に呼び止められる。

「伊奈、あの当たりはどうだった?」

「正直……抜けると思ったんですけど、思ったより鈍い当たりになっちゃって……」

「うむ……だが、伸びる球を、低めに叩きつけるように打ち返すという発想。良いぞ。みんなも低めに叩きつけるくらいでいい。それぐらい力強く打ち返せ! 鋭い打球で攻める気持ちを忘れるな!」

「はい!」


 (うし、伊奈だって当てたんだ……俺だって続く!)

そう意気込んだ金条。しかし、黒鉄はそう甘くは無く、初球のギリギリ外角に入り込んでくる高速シュートから、内角低めのストレート。最後に外にわずかに入る高速シュートで金条を三球三振に抑え抜いた。

「おいおい、大丈夫かクロ高打線よ……」

黒鉄はにやりと笑うと、マウンドから降りてベンチへと戻っていく。


 「次は7球で凌ぎやがったぞ黒鉄……」

観客席から絶句しているひとりの男。江戸川凛之介だ。

「……一体どういうピッチングしているんだか」

大坂も隣で呟く。

「……ノビが凄まじいんだ。江戸川よりもずっと。だから球速計ではわからない、一種の『疾さ』が彼の投球にはある」

こう解説したのは、秋江工業のキャッチャー、溝口。今日はレギュラー全員で見に来ている。

「こうして脇から見てるだけじゃわからないってのは、悔しいよな」

江戸川は俯く。

「……ただ、黒鉄から安打を放ったやつはまだいない。惜しいのがちらほらいるが……さすがのクロ高でも、繋ぐバッティングとやらは難しいかもしれないな」

大坂は苦虫を噛み潰したかのような顔で黒鉄を見ている。


 そして、3回がやってくる――――8番迫田を三振に、9番黒鉄をセカンドライナーに抑えた新田。打順が一巡し、1番四方和也が打席に立つ。

(ほら……こいよ!)

四方が訴える視線。新田が初球……カーブを投げた。

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