第54話「俺にできること」
「れ、レイモンドをレフトフライに倒したーっ!」
観客が沸く。古堂はマウンドの上で叫び、ベンチに戻っていく。
「……レイモンドが詰まらされたか」
「あいつ……すげえな」
白里一哉や大槻など、他の白銀世代も驚いている。
「いや……完全に読みの裏を掻かれた。まさに、攻めと堅実が同棲したチームと言えよう」
レイモンドは詰まらされた理由が、金条の配球にあると言ったのだ。
「金条最後よくど真ん中に投げさせたよな!?」
投げた本人も驚いているようだ。金条は笑った。
「レイモンドがベースに覆いかぶさって構えていたからな。むしろコドーが1番上手く投げられる球投げさせたほうがいいと思って」
「……金条のそういうところ、最高」
「サンキュー」
笑った古堂と金条のバッテリー二人。ベンチでただひとり不機嫌そうにしている鷹戸。
(……何で、俺が抑えられないやつを……あいつは抑えられるんだ?)
「ひゅー」
大坂は口笛を鳴らして仰け反り、腕を組んだ。
「すげえや……やっぱあいつすげえって」
大坂の腑抜けた言葉に、江戸川も小さく頷く。
(……俺に、あそこまでの強心臓めいたピッチングはできるのだろうか)
夏に向けて、何を強化しなければ良いのか……それを考えるのも大変だった。
9回表の先頭打者は金条春利。先ほど良い配球を見せ、守備に一役買った男だ。
「金条! まぐれでもいいから当てろ!!」
「金条!」
「ナックルなんか気にするな!」
「もうピッチャーボロボロだぞ!」
クロ高全員で、打席に立つ金条を後押しする。
(ああ。意地でも、どんなに汚くても、絶対に出塁してみせるさ)
2球目のナックルを打ち返した金条。深めに守っていたショート錨がショートバウンドの当たりを捌く。
「馬鹿! 送球逸れ――」
ファーストの一哉が少し逸れた送球を取ろうとジャンプした。ベースの上に乗っていた足が浮く。そのたった一秒未満の間に、金条が一塁ベースまで駆け抜けた。
「セーフ! セーフっ!」
二度目のセーフは、長く伸ばし、審判はその腕を水平に伸ばした。金条は、全力疾走によってずれたメガネをかけ直し、無言で右腕を高く空に上げた。
「さ、最高だぜ金条!!」
古堂が叫ぶ。
(よし……少しは貢献できたかな)
続くバッターは小林。監督に呼び止められ、小林は絹田監督のもとへ向かう。
「なんですか監督」
「……小林。今日ノーヒットだということは気にするな。お前にできる全てをかけてこい。お前がここに出たという爪痕を残して来い。どんな小さな活躍でもいい。俺たちの記憶に残るプレイを頼む」
「……はい!」
左打席に入る小林。
(これまでの三打席全部三振。遊も今宮も金条も佐々木も鷹戸も安打している。山口や伊奈だってナックルをしっかり打っている。俺だって……打てるはず!)
フルスイングで初球からうちに行く小林。掠った打球はファウルとなる。
「……当たるぞ……俺でも当たる!」
(はっ……セーフティかと思ったら違うのな。扇風機やってろ!)
低めギリギリに入っているナックル。見逃してストライク。追い込まれた小林。
(俺にできることって……なんだ?)
ヒットを打つ希望は相当低いと思われた小林。それでも、できることと言ったら……。
(チームのために、つなぐこと!)
柏木が3球目を投げる。走る金条。小林はギリギリまで引きつけて――バントを打った。
(す、スリーバント!?)
三塁線ギリギリを転がる打球。金条が二塁ベースまで走りきった。
(切れる? 切れない!?)
決心のつかないキャッチャー白里虎次郎。
「お前なら刺せる! 拾え!」
柏木が叫ぶ。虎次郎は咄嗟に、フィールド上に残る打球を拾い上げた。
(俺なら刺せる!)
一塁ベースに向かって全力で駆け抜ける小林。ヘッドスライディングで飛び込む。一哉のファーストミットが鳴り響いた。
「アウト!」
審判の声に、白里一哉、虎次郎の二人が叫ぶ。
「っしゃあ!!」
小林は、ギリギリ届かなかった右手をぐっと握り締め、黒く染めたユニフォームの砂を払いながら立ち上がった。
(チクショウ……)
結果送りバントとなった小林の打席。1アウト2塁のチャンスで、打席には今日二安打の佐々木隆。
「こいつ……」
「二安打喰らったら交代って覚えているよな」
「大丈夫。どうせこいつと次のピッチャー抑えて終わらせるさ」
柏木は自信満々の笑みを虎次郎に向けた。
(レイモンドさんが抑えられたのは衝撃だったが、次の回はカズさんからだし、最悪あの古堂とか言うピッチャー相手ならホームランだって狙える。何としてでも、俺は……この回を無失点に抑えなくちゃいけない)
「俺は、俺のできることを」
柏木の投げた初球。見逃す佐々木。
(さっきの打席と同じ。しっかりと見て、引きつけて、打ち返す。素直に……。打てそうなら遠慮なく。打てなさそうなら潔く)
投球が激しく揺れて白里のミットに収まる。3球目も4球目も外して2ストライク2ボール。
(激しく揺れるなあ……その分制球も定まっていない)
佐々木は5球目、しっかりと見た。そして――
「だりゃあ!」
打ち返した佐々木。まっすぐ飛ぶ打球。レイモンドの目前に打球が落ち、金条が三塁へ。佐々木は一塁へしっかりと進塁を決めた。
(ぐっ……)
額に青筋を浮かべた柏木。ここで根古屋監督がタイムを取る。
「交代だ……クニヤ。よく頑張った」
『選手の交代をお知らせします。1番、ピッチャー、柏木くんに代わりまして、10番、ピッチャー、阿佐間くん』
リリーフの阿佐間がキャッチャー白里虎次郎と投球練習を開始する。その間、打席に向かう古堂は、監督からの言葉を聞いていた。
「リリーフの阿佐間の武器を覚えているか?」
「……速球に混ぜてくるカットボールのクロスファイアー。時たま投げてくるシンカーで左打者はやられないように気をつけろ。ですよね?」
「……うむ。そのとおりだ。お前は内角打ちが得意だろう。初球から遠慮せずに、高く飛ばせ。外野フライでも金条はきっと走ってくれるはずだ」
「はい!」
(阿佐間さん、初球から内角厳しくストレート。こいつはなまじ内角が得意だからきっと打ってくる。だいたいひっかけりゃアウトに捌けるっ!)
阿佐間の投げたストレート。古堂は初球から打っていくが空振りとなる。
(あれ……?)
2球目はクロスファイアーのカットボール。強烈に内角に切り込んでくるカットボールを、古堂は打ち返すが、打ち上げてしまう。
「せ、センターフライだ!」
「浅めだぞ!」
内野陣が声を掛け合い、セカンドの山田が打球を後ろに走って追い、ショートの錨がベースカバーに入る。金条も佐々木も、フライなので迂闊に走れない。
「山田! いい!」
そう叫ぶのはセンターのレイモンド。完全に打球を拾おうと走っている。
(肩の強さを考えるとレイモンドさんが捕ってくれた方が良さそうだが、これは難しいぞ!?)
レイモンドのダイビングキャッチ。古堂を無事センターフライに倒す。しかし……
「三塁ランナータッチアップ! ここから刺せるかレイモンドォ!?」
走り出した金条。レイモンドはすぐさま体を起こして送球。鋭いレーザービームが、すぐに二遊間を抜けてピッチャー阿佐間の方へと飛んでいく。
(絶対に虎次郎のブロックなんかかわすことはできない! 刺せるぞ!)
頭から滑り込む金条。少し浮いた送球を取る虎次郎の腰が浮く。
「もらったっ!」
激しいクロスプレー。金条は、白里のブロックを受け上体から大きく弾かれるが、指先だけはしっかりとホームベースを触れていた――――
「セーフ!」
「っしゃあ!」
金条は、先ほどの出塁とは打って変わって大きく叫んだ。5点目。勝ち越しの犠牲フライである。
「うおし! ナイスコドー!!」
勝ち越したクロ高。1点のリードは大きい。
「ナイス体当たりだぜ金条!」
「は、はい!」
ずれたメガネをかけ直しながら笑った金条。
沈黙するハッ高。
「……(想定外だろ。あの守備の巧いレイモンドさんがダイビングキャッチで体勢崩しちゃうことも、勢い余って送球が浮いちゃうことも……)」
虎次郎はクロスプレーで金条を刺せなかったことを悔やんだ。しかし、マウンドに立つ阿佐間が笑いかけた。
「ここを1点に抑えればまだ勝目はある。安心して捕球頼む」
「はい」
バッテリーが変わって逸る気持ちもあったのだろう。そこまで察した上での阿佐間の言葉に、虎次郎も少し落ち着きを見せた。
その後、阿佐間はシンカーも巧みに使い、1番バッター田中を凡打に抑える。迎える9回裏……。初巾高校の先頭打者は5番白里一哉。今日のところ、唯一古堂からヒットを放っている男である。
(先頭打者大切に……)
金条が初球要求したのは外角低め、外に逃げていくシュート。慎重に攻めていくスタイル。白里一哉は見逃してボール。2球目のストレートを要求した金条だったが古堂は高めに外してしまい2ボール。
(ストライク先行型の投手は、いきなりボールを重ねてしまうと甘いところに投げがちになるからな……狙い目は次とその次)
3球目……投げたのはスローカーブ。甘いところに投げても球速差でワンチャン――と思って投げさせた金条だったが、予想以上にバッターの対応力が優れていた。
(よ、読んでいたか!?)
「もら――」
バットを振り込む白里一哉だったが、予想以上に沈むスローカーブ。少々打ち崩してしまい、若干流し打ち方向に打球が飛んでいく。セカンド今宮の頭上は何とか超えたが、シングルヒットとなる。
(う、うげえ……これは面倒なピッチャーだな。甘いところ投げねえじゃん。コントロールは精密とは言えねえが、意地がそうさせているのか?)
一哉は一塁ベース上で渋い顔で苦笑いした。次のバッターは瀬田。
(俺だって、出塁したい!)
初球からセーフティバントの構えで三塁線に打球を転がそうと試みる瀬田。
(この人も……自分にできることを探そうとしているんだな)
古堂はにやりと笑うと、内角高め、インハイにストレートを投げた。転がす瀬田。しかしまた、三塁線を切れていく。2ストライクとなる。
(追い込まれたら弱いバッター相手に、追い込んだらクソ強いピッチャー。これ以上相性が良い事はない!)
3球目のストレート。3バントを選ぶことをしなかった瀬田はフルスイングで空振りとなる。
「三振! バッターアウトです!」
1アウト1塁。この状況で下位打線に入っていく初巾高校。
「繋ぐバッティングで単打を積み重ねて点を重ねるクロ高とは違い、ハッ高はクリーンナップがガンガン点稼ぐスタイル。コジローやら上位打線はそれなりに一年生でも打つが、やっぱり下位打線が著しく打撃力が無い。足でカバーしてるとは言えど――な」
大坂が呟く。腑抜けた声のくせに言うことはまともだ――と江戸川は苦笑いしている。
「おつかれさんってやつだぜ全く」
大坂の言葉通り、錨も古堂のピッチングに完全に封じられ、三振に倒れた。
「……次の権田ってやつも、パワーはありそうだが、そこまでって感じだな」
打席に立つ権田。
(クニヤ、コジロー……一年生でもちゃんと強豪相手に張り合えるんだ。相手だって、鷹戸に古堂。大滝に金条。一年生でもしっかり活躍している。俺たちばっかり黙っていられない!)
裏を掻いて初球からスローカーブを投げさせた金条。緩く動いてカーブをかける球に、権田はタイミングが合わない。
(くっ……)
険しい顔。2球目のシュートを空振りにし、早くも2ストライクと追い込まれる。
(古堂は意識していないかもしれないが、こいつがラストバッター……。抑えれば勝利。だけど、あいつは……目の前の打者を打ち取ることしか考えてないな)
金条は目の前の投手の表情を見てにやりと笑った。
(さあ、ラストのストレート……お前の全力をぶつけようぜ)
古堂は頷く。鬼気迫る表情を、打者に向けながら、大きく振りかぶって……投げた。
シンカー……右投手がよく使う。左打者の外側へと逃げていくように沈む変化球。
クロスプレー……ホームベース上でのキャッチャーとランナーの接触。体当たりとブロックのこと。点が入るか否かの重要なところである。




