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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
2.秋大会決勝トーナメント
52/402

第52話「反撃の狼煙」

 柏木の投げた初球……ナックルボール。田中はそれを見逃す。外れてボール。2球目もまた外してボール。そして……3球目も……ボール。

「あれ? 柏木制球乱れてね?」

「ナックルは制球が難しいからな。田中を意識しすぎているのかもしれねえ」

観客席から江戸川と大坂が柏木の様子を見ている。明らかに様子がおかしくなっているのがわかった。


 初巾高校ベンチの根古屋監督も、すぐさまタイムをとり、伝令を送る。リリーフの二年生投手、阿佐間も既にアップを大方終わらせていた。

「クニヤ……阿佐間さんはいつでも準備できてるってよ。このまま代わるのか?」

「……代わるかよ……わざと敬遠気味に攻めてんだバカ野郎」

「わかった。それならいい」

伝令に送られた一年生内野手、中路麟なかじ りんは柏木のその言葉を受け取って、強く頷いた。


 「普通、監督より先にキャッチャーが異変に気づくものじゃないのか?」

福富商業のエース、高月広嗣もその異変を感じ取っていた。

「……キャッチャーによってピンキリだ。よく気づく捕手もいれば、そうでない捕手もいる。初巾の正捕手白里虎次郎は、配球をロクに考えずに、柏木に任せっきりらしいじゃないか」

福富商業正捕手、後藤陸はこう解説した。

「まあでもナックルを取りこぼさずに捕球できるってだけでもすげえけどな」

高月が見据える先の虎次郎も、柏木の異変に気付かなかったことに対しての後ろめたさからか、少し動揺が見られた。

「ハッ高もクロ高も、そもそも入部した二年生が少なかったと聞く……両校とも暗黒世代の育成に力を入れたことがはっきりとわかるが、所詮は一年生。少し博打が過ぎたな。(ナックルという一つの武器を極めさせた柏木。肩と捕球力をひたすら磨かせた白里弟。少なくともそれが今は、凶と出ている)」


 (おいおい……大丈夫なのかよクニヤ。敬遠気味に攻めてるとは感じられなかったぞ)

虎次郎も柏木のピッチングを心配する。柏木の投げた4球目。ナックルボール。次はしっかりと真ん中に入ってきた。しかし……

(もらった!)

田中はこれをまっすぐ打ち返した。センター方向に飛んでいく打球。軽い球質の柏木の投げたボールは勢いよく飛び、センター、レイモンドの頭を超えた。

(思ったより、高かったっ!)

レイモンドはすぐさま打球に追いつき拾い上げる。二塁を蹴って三塁へ向かう佐々木。

「バックホーム!!」

白里虎次郎の、鼓膜が震えるかのような大声が聞こえた。

(Interesting)

レイモンドがその強肩からボールを振り抜いた。田中は一塁ベースで一旦止まる。三塁を蹴り、ホームベースを狙う佐々木。頭の中にあるのは、1点を取ること。

(1点!)

「止まれっ!」

三塁コーチが大声で佐々木を制した。刹那、レイモンドの肩から放たれた矢のようなレーザービームが、白里虎次郎のミットに収まった。

「コジロー! セカンド!!」

兄一哉が弟の捕球と同時に叫んだ。打ったバッター、田中が一塁を蹴って二塁へ。一気に二塁ベースへと駆け抜ける。セカンド山田がベースカバーに入り、虎次郎からの送球を待つが、一瞬の気の迷いから、送球が遅れてしまう。

(行かんっ!)

セカンド山田が送球を受け取り、田中をタッチするが、審判は両手を水平に伸ばした。

「セーフ!」



 田中が二塁ベースからガッツポーズを見せた。三塁ベースに佇む佐々木もそれを見て拳を田中に伸ばす。もちろん田中も佐々木に返す。


 (レイモンドの送球をしっかり見て走塁をストップさせた三塁コーチ。しかしキャッチャーの様子を見逃さず、走りだした1番田中……。攻めと堅実が同棲してやがるぞこのチーム)

根古屋監督は頭を抱えた。続くバッターは今宮。甘いボールは確実にヒットにされる。田中の足も考慮すると、二点取られ得ることは覚悟しなければならない。


 「2番、セカンド、今宮くん」

「っしゃす!」

今宮が打席に立つ。柏木の目は、依然として血走っている。

(この人に甘いナックルは通用しない。厳しく。一塁空いてるから敬遠気味でも一切問題ねえ)

初球から外角ギリギリにナックルを投げる。しかし、今宮は初球から流し打ちしてナックルをしっかりミートさせた。

(こんのやろっ!)

柏木が一塁方向を見る。一二塁間を鋭く抜けた打球がライト瀬田の前に転がる。

(くそったれ……)

ライト瀬田がしっかり捕球する。その頃には、佐々木は既にホームに生還していた。今宮も一塁ベースに到着する。そして、田中も。

「還れっ!」

三塁コーチの指示を受けて、ブレーキをかけることなく三塁ベースを蹴った田中。瀬田の送球の間にも一気にホームを狙う。そして、そのまま虎次郎が捕球するよりも早く本塁を踏んだのだった。

「クロ高二点を返しました! 主将今宮のバットです!!」

沸く観客。終盤八回に立ち込め始めた、反撃の狼煙。

「まだ終わらねえぞクロ高!!」

主将今宮の叫び声。チーム全体が応えるのだった。



 8回表未だワンアウト。ランナーは一塁に今宮。ここからクリーンナップに入っていくクロ高打線。

「クロ高はここ一発の長打力に乏しい。だが、繋ぐバッティングに関しては著しくレベルが高いからな……」

福富のキャッチャー、後藤の分析は的を射ており、実際に8番バッター佐々木から繋ぎ、今こうして1アウトしか取られることなく三番山口につないでいる。

「山口―っ!」

「頼みます!!」

ベンチから山口にかける声が増えていく。8回……もう後二回しか攻撃は残されていない。

(打たなきゃならない……相手がナックルボールを投げてくるから何だって言うんだ……練習した……俺は、『打つ』練習をした!)

2ストライク2ボールまで粘る山口。ナックルボールにもギリギリのところで食らいつき、柏木に徐々にプレッシャーをかけていた。

(見てろ……クロ高打線なめんじゃねえ)

柏木は、ここでボール球にストレートを投げた。これで空振りを貰えれば御の字……しかし、この投球を見た瞬間に、今宮が一塁ベースを蹴り、盗塁した。

「スチール!」

白里一哉の声。見逃す山口。ボールの判定。白里虎次郎の送球。送球は矢の如く鋭く二塁へ。セカンド山田が捕球。今宮が滑り込む。審判の方を見て両腕を水平に伸ばした今宮。

「セーフ!?」

ミットの中に収まった打球をしっかり上げて今宮をタッチしたことをアピールするセカンド山田。

「アウト!?」

審判が叫んだ。

「セーフ!!」

「と、盗塁成功!!」

クロ高ベンチが沸いた。観客席も沸いた。

「き、肝冷やすなあ……」

絹田監督は苦笑いしながらベンチの奥で笑っていた。

「あぶねえ……ストレート投げてくるとは思わないじゃん?」

今宮がセカンド山田に話しかける。

「だな……お前もまさかストレートの時に走ってくるとは思わなかったよ」


 フルカウント。さらにファウルで粘る山口。柏木の球数を稼いでいく。

(う、うぜえ……とっとと空振りしやがれ!)

柏木が投げたナックル。しっかりとストライクゾーンに入っていた。

(打つしかない!)

打ち返す山口。まっすぐ打ち返された打球は浅く飛び、レイモンドの遥か前の方へフラフラと落ちていく。

「こんの野郎!」

レイモンドが全力疾走で、打球を落とさないよう落下地点に向かう。

(さすがのレイモンドもこの距離なら……)

長めのリードを取る今宮。しかし……

「ふっ!」

レイモンドのスライディング。左手のグラブの中に、打球がしっかりと入り込んでいた。

「アウト!」

山口のヒットかと思われた当たりはレイモンドの好守備に阻まれる。今宮がタッチアップを狙おうとしたが、レイモンドの鋭い送球の前に断念した。

「……簡単に反撃させると思うなよ」

レイモンドが冷徹に目を向けて言い放った。息を呑む山口と今宮。


 打席に立つのは4番サード大滝。

(……試合前には良くもまああんだけも煽ってくれたよな)

思い出すたびに腹立たしい言葉。兄と比べられることによる苛立ちとはまた違った、『純粋に自分の実力を低く見られた』ことによる悔しさだった。

(実際に鷹戸も古堂もすげえだろ? 眼中にすらなかったであろう佐々木にだって打たれて悔しかったろ? 次は俺が……俺がお返ししてやるよ)

柏木の目の前で大きく構えた大滝。

(小賢しいことは考えねえ。ただ1点……スタンドに届けてやるよ)

空は高く――高く照りつけている。


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