第47話「ジャイロボール」
秋大会準決勝、クロ高の先発は鷹戸遥斗。3回表、先頭打者である投手の柏木を三振に切って取ると、続く1番虎次郎、2番山田を凡打及び三振に抑え抜いた。
「やるじゃん鷹戸」
今宮がにやりと笑った。続く4回、先頭打者は彼である。
「さあ、どんどん打っていこう。キャッチャーの強肩は怖いけど、ナックルは球速無いし、捕球も難しいから、どんどん走っていこうぜ」
今宮の言葉に、山口も大滝も頷いた。
(嫌いだわー。このバッター。キャプテンって普通、めっちゃカリスマあるとか、強打者とか、最強無敵のエースとか……そういう人がやるもんじゃないのかなあ……。ただの意地汚い職人というイメージしかないわ)
柏木はブツブツ頭の中で考えながら初球ナックルを投げる。高めに浮いたナックルを、確実に打ち返した今宮。
(高めのところを、見逃さないか!!)
キャッチャーの弟虎次郎は腰を浮かして二塁手山田に指示を出す。
「リッツさん!!」
山田が飛びつくが間に合わず、一二塁間を抜けていく打球。今宮は一塁ベースまで走り抜き、安打となる。
「うまいじゃん」
ファーストを守っていた兄、一哉が話しかける。
「正直、あのコースは捌けないだろ? 俺でも無理だもん」
(自信たっぷりだな)
今宮の言葉に、眉間に皺を寄せるしかない一哉。
(一本の安打くらいで乱すんじゃねえぞクニヤ……)
続く三番打者山口。牽制球を何度か投げる柏木。それでもなお大きくリードを取って揺さぶりをかける今宮。
(さあ、乱れろ柏木ィ)
にやりと笑う今宮。
「バッター集中! 気にすんなよ!!」
虎次郎がホームから柏木に声をかける。
「わかってるって!!(だから嫌いなんだよ今宮って人……)」
ベンチでも、新田がこれに唸っていた。
「ピッチングってのは、結構繊細なんだよ。特にコントロールが重要なピッチャーはね。ナックルなんかは変なところに力が入れば暴投になりやすいし、この心理的揺さぶりはナックルボーラーに有効だね」
嫌そうに笑う新田に、古堂も頷いた。
(確かに、こんなにランナーに揺さぶられたら、俺もイラつくな)
現に、山口が打席に立ってはいるが、2球連続でボールを出している柏木。
(今宮の揺さぶりが効いている)
そして3球目のナックルを投げた瞬間、今宮は一塁ベースを蹴って猛ダッシュを始めた。
「スチール!!」
山口は空振りした。白里が立ち上がって、その強肩からボールを二塁向かって投げた。しかし、それを制する柏木。
(間に合うかよ)
今宮は既に到着していた。
(ナックル一本って決めた時点でスチール上等なんだよクソが)
柏木は、二塁ベース向かって睨む。今宮はにやりと笑う。
(ははは……いい顔してるじゃねえか。もう一つ盗んでやろうか?)
二塁ベース上でも大きくリードを取る今宮。しかし、これで吹っ切れたのか、柏木のナックルがさらに揺れる。山口はバットに当てることができず、三振に倒れた。
「どんまいっす山口さん!」「惜しかったッ!」
山口は眉間に皺を寄せ、細い目で柏木を見た。
(本当に、こんなやつらが暗黒世代なのか?)
その視界には、大滝真司も入っていた。
4番大滝が打席に立つ。初球ナックルをストライクゾーンにしっかり入れる柏木。
「さあ、またしても一年生対決!! ここまで多くの白銀世代を苦しめてきたナックルボーラー柏木VS白銀世代たちの投球を長打にしてきた4番大滝!! 果たして、彼らは……本当に暗黒世代と呼ばれる実力なのでしょうか!!?」
2球目、柏木が投げたのは、緩く変化していくカーブ――大滝は目を見開いてバットを手元で止めた。
(カーブ!!?)
大滝が打球を押し返すように打ち返すが、打球はファーストの真正面へ。一哉がしっかりと捕球し、ベースを踏んでアウトにする。
「よっしゃ、2アウトだぜクニヤ!」
「ナイスカーブ! 落ち着いていけよ!」
白里兄弟に声をかけられ、柏木は嬉しそうに笑う。
「またしても一年生対決を制したのは柏木ィ! 続くバッター伊奈も一年生!!」
「この試合は本当に一年生が目立っていますねえ」
実況席はいつになく燃えている。それもそうだ。良い芽がいないと言われていた一年生が、この大会でまともに活躍しているからだ。
(そうだろう……もっと褒めてくれよ……俺は最強の変幻投手だからよ)
柏木は実況席の声に溺れるように、恍惚の表情を浮かべながら、ナックルを伊奈の前に躍らせる。
(すごいだろう、もっと踊れよ……バットを空振りさせてさあ!)
伊奈を、3球連続のナックルボールで三振に切り取った。
「あっ……ふざけやがって」
伊奈は、呆然と打席に立ち尽くすしかなかった。
4回裏、打席には白銀世代の大槻。
(怖いバッターだが、後続を考えると勝負せざるをえない)
初巾高校のクリーンナップは、大槻、レイモンド、白里一哉。いずれも白銀世代で長打のあるバッター。できることなら一人も塁には出したくない。それでも、金条は不思議と笑いながら内角高めにストレートを要求した。
(鷹戸……お前ならできるだろ)
鷹戸は嬉しそうに笑いながら、初球高めのストレートを投げた。大槻は空振りする。
(初球高めだと……? 金条らしくねえ)
大槻は思わず背を仰け反らせてその目の前に座るキャッチャーを見る。
(一年の癖に面白いリードするじゃねえか。ウチの虎次郎とかリード一切しない捕球馬鹿だし、こういう勝負も面白い)
大槻は続くジャイロボールを打ち返す。ファースト伊奈の頭上を超えていき、鈍く落ちていく打球。
「っしゃあ!!」
叫ぶ大槻。不格好なヒットだったが、これでも列記とした安打だ。
(予想以上に重すぎるんだよなあ……手のひらがシビれる)
4番レイモンド。強打者を相手に、金条は初球アウトローを要求。しかも、スプリットだ。ボールに外れる。
(くっ、ギリギリ入っていると思ったんだけど……)
金条は歯を食いしばって悔しそうな表情を見せる。
(……相当警戒しているな。まあ、投手からしたら不本意らしいがな)
レイモンドは、マウンドの上に立つ鷹戸を見た。鷹戸はレイモンドを強く睨みつけている。
(初球アウトローに投げた投手の顔じゃねえだろあれ)
高い鼻、白い顔を鷹戸に向けてにやりと笑った。鷹戸が投げたのは沈むジャイロボール。
「……!!(面白い投球だ)」
ボール球となったが、レイモンドはまた笑う。ハッ高ベンチにて、根古屋監督は気難しい顔をしている。
(ジャイロボールをあそこまで扱いこなすだなんてなあ)
普通のフォーシーム(ストレート)は、回転軸が、マウンドとホームを結んだ直線に垂直になっている。しかし、ジャイロボールは回転軸がマウンドとホームを結んだ直線とほぼ同じく、まっすぐに伸びている。リリース時に指にかける力の向きを微妙に変えることで、回転軸をずらすことができ、様々な変化をもたらすことができる。今鷹戸が投げた『沈むジャイロボール』が下方向に変化するのは、右手の手首を少し内側に向け、中指に力を入れることによって回転軸が少し左にずれたボールが、激しいドライブ回転をすることによって下方向に変化しているからである。
(次は伸びるジャイロボールだ)
金条が次に要求した、ノビのあるジャイロボール――これは右手首を僅かに外に向け、回転軸を右にずらしていることによって、バックスピンをかけているため失速しにくくなるため、手元で伸びているように感じるという仕組みだ。
「ストライク!!」
キャッチャーミットに入ったボールから、球速差を感じるレイモンド。思わず息を呑む。
(凄まじいな)
レイモンドは乾いた唇を舐める。金条の顔から少し笑みが漏れた。
(鷹戸……少し無理させるぜ)
金条が次に要求したのは、ツーシームジャイロ。ツーシームの握り方でジャイロ回転させる球だ。縫い目が空気抵抗を生み出し、手元で失速するという仕組みだ。ちなみに、ノビのあるジャイロボール、沈むジャイロボール、ツーシームジャイロ、さらに鷹戸はフォーシーム、ツーシームも投げる。この投げ分けは、非常に肩に負担がかかるのだが……
(なるほど、狂犬ではなく、強肩という意味だったのか)
先の打席で金条に言われたことを思い出すレイモンド。にやりと笑ったところで、目の前に飛んでくる低めのツーシームジャイロを打ち返した。
(えっ……)
金条も、鷹戸も驚いた様子だった。センター山口の左側という絶妙なところに落ちた打球。ツーバウンドで捕球した山口だったが、俊足でもあるレイモンドは二塁ベースに悠々と到着していた。スムーズに送球し、三塁ランナー大槻のホーム生還は抑えた。
(予想以上だね……レイモンド=アルバード。巧いなんてもんじゃないね)
山口は嫌そうな顔つきでホームを遠く眺めていた。同じセンターとして、打撃力、守備力、肩、全てが劣っていることが気に食わなかった。
(同じ白銀世代なのに……こんなにも差があるなんて)
打席には、5番バッター白里一哉。ノーアウト二三塁。本日二度目のピンチ。
(また1点は覚悟しなきゃいけないかもな……こればかりは仕方ない。割り切ろう鷹戸。野球なんてイレギュラーの連続だ)
今宮の試合前の言葉を思い出す。そう、野球はイレギュラーというものがあるものだ。サードのエラーさえなければ初回、レイモンドのタイムリースリーベースで点をとられることもなかった。先ほどの大槻のヒットも、偶然の産物と言っていいほど絶妙なところに落ちたのだ。
(でも逆に、鷹戸、お前の本来の実力なら……レイモンド以外は抑えられている。できるぜ、お前なら)
初球ノビのあるジャイロボール。一哉はこれを待っていたとばかりに、初球から打ち返すのだった。`




