第41話「クロ高の一員」
『福富商業高校、シフトの変更をお知らせします。ピッチャー、高月くんがレフトに。レフト、寺田くんがピッチャー』
福富はここに来て投手のスイッチをしてきた。無論のことながら、本日高月からの打率が最も高いのは、白銀世代の二番打者今宮に並んで、今打席に立っている四番、大滝真司だからである。
(初球気をつけろ……低めに外したパームだ)
ゆっくりと下方向に変化していくパームボールを見逃す大滝。ボールとなる。
(次は外にスクリュー)
甘めのところに投げさせた後藤。大滝は寺田の左腕から投げられたスクリューをひっかけ、ファウルにする。
「慎重な配球だな」
ベンチでは、坂本と芝と古堂が話していた。
「1点を追う状況だし」
「……そういえば、芝さんって、左投手強かったですよね?」
「ああ、それがどうした?」
「いえ、監督と伊奈が何か深く話し込んでいるんですよ」
古堂にそう言われ、芝が目を向ける――
「伊奈、代打を出すぞ」
「……はい(今日一発も当てれてないし、もし大滝がアウトになりゃ2アウトだし、まあ仕方ないか)」
そして、絹田監督は、同じ一塁手の二年生、芝豪介の方をみた。
「スイングは足腰から――覚えているな?」
「……はい!!」
内角に入り込むストレートを空振りする大滝。
(くっ……)
大滝はぐっと歯を食いしばる。後藤はにやりと笑った。
「どうした? 当たりそうもないか?」
彼の言葉に、大滝は不敵に笑ってみせた。
「まさか」
しかし、4球目、高めの釣り玉だと思って見送ろうとしたところ、ボールは下に落ちてくる。
(ぱ、パームかよっ!!)
空振りした。三振となる。2アウトだ。
(っしゃ、行くゾ)
芝豪介が打席に向かう。伊奈はベンチに戻ってくる。
「おつかれ伊奈」
「あーどうも……」
「今日は二年生、すごく気合入っていたからね」
「だな……」
打席に立つ芝。代打である。後藤が話しかける。
「一年生にスタメン取られていた感想は?」
「……」
芝は黙っている。そう、彼も黄金世代に憧れて入部したクチ。同年代の白銀世代、今宮や田中らとポジションのかぶらない一塁手として、試合に出られるようバッティング、筋力を磨いてきたわけだが、二年の夏、一塁手の一年生、伊奈聖也が台頭してきたことにより、レギュラーを取られてしまった。
(伊奈はよ……こういう場面で打てないからな。だったら俺が一発かっ飛ばしてやるってよ)
芝は初球のスクリューを見逃す。
(パワーありそうだから甘いところは叩かれるぞ)
しかし2球目、パームボールを打ち返した。
「えっ」
(寺田のやつ……油断して甘いところに投げやがったかっ!!)
打球はライト宮口の前に落ちる。
「俺だって、クロ高の選手なんだ!!」
一塁ベースの上で、芝が叫ぶ。現在2アウト1.2塁。ここで打席に立つのは、金条春利。
(3-3の同点、長打が出れば勝ち越し)
金条は息を大きく吐く。打席に向かう前、絹田監督に呼び止められていた。
――意識しすぎるな。お前が負けても、チームが勝てばいい。
監督の言葉を胸に引き下げ、マウンドに立つ寺田に目線を向けていた。
(絶対に繋ぐ)
金条のこの言葉は、追い込まれても尚、胸の中にあった。例え後藤からどんな言葉をささやかれようと、どんなに厳しいところに投げ込まれようと、何とか食らいついてみせた。
そして、8球目、寺田が投げた。
(高めのストレート!!)
金条は何とか反応し打ち返す。サード射場の左側へ。
「フェア!」
転がる打球をレフト高月が捕球。鋭いレーザービームがホームへと還り、三塁を蹴ろうとした今宮も踏みとどまる。
(う、うわあ、あぶねえ)
この満塁の場面で、打席に立つのは7番ライト小林翔馬。今日は一度も安打できていない。
「寺田スイッチするか」
少し雨が収まったところで後藤がタイムを取り、寺田に提案した。彼も渋々頷く。
(やっぱ一年生にこの場面持たせるのは早かったな……申し訳ないことをしてしまった)
寺田がレフトに向かうと同時に、高月がレフトから戻ってくる。マウンドに再び立つ白銀世代のピッチャー。
「だから言ったろ後藤。俺の方が場数積んでるんだって……」
「……そうだな。それに、今のレーザービームでお前のやる気も伝わった。絶対に抑えられるよな?」
「任せろ」
小林は練習の日々を思い出していた。ここで打てないのは、白銀世代にではないにしろ、クロ高の二年生としてどうなのだ――と。
「高月のボール、ずっと当てられてないみたいだけど」
「球早いくせに変化球持ってるからタチが悪いんだよ」
後藤の言葉に、小林が返した。初球ど真ん中にストレートが走る。ミットの音から、その球威を感じ取る小林。
(このチャンス、絶対逃したくない。勝つために!! 芝だって代打なのにしっかり打ったんだ。俺だって打つぞ。俺だって、俺だって……クロ高のレギュラーなんだよ!!)
2球目のシュートはギリギリ外れている。危うく手を出すところだった小林。
(ちっ……顔が強ばってるからここで手出してくると思ったんだがなあ)
3球目のストレートをファウルにする小林。ベンチからも声が飛ぶ。
「タイミングあってますよ小林先輩!」
「積極的に振っていきましょー!!」
「翔馬っ! ビビるなよ!!」
4球目、カーブは低めに外れていく。ここは後藤も計算外だったらしく、悔しそうな表情を見せる。
(ここでコントロールは外して欲しくなかったな)
後藤の目の訴えに、高月も頷く。
(わりぃ、手が滑っちまった)
5球目のシュートを打ち返す小林だが、これもファウルに。
「……粘るじゃん」
「……ここで打てなきゃ、負ける気がするんだ」
後藤の言葉に、小林が返した。
(そうかよ……察しがいいじゃん)
後藤が要求したのは内角ギリギリに入っていくカーブ。本日1番にキレたいいボールだった。小林は目を大きく開いてボールを見る。バットを振り、打ち返した。快音が雨音の中を駆け巡る。
「センター!!」
打たれた高月の言葉と共に、打球も見ずに走り出すランナー四人。
打球を追うセンター仙田。ボールの落下地点を予測して佇む。
「落ちろーっ!」
叫ぶクロ高ベンチ。打球――もとい曇天を見上げた仙田。雨で視界がはっきりしない。
(雨のせいで、ぼ、ぼやける……)
落下地点よりも少し遠くに伸びていた打球。それに気づいた仙田は急いで後退するが、僅かに間に合わない。
今宮がホームイン。続いて二塁ランナー芝も三塁ベースを蹴ってホームを狙う。
(調子乗るんじゃねえよっ!!)
仙田竜平のレーザービームがまっすぐキャッチャー後藤のもとへ飛んでいく。
「っしゃ!」
キャッチャー後藤が捕球。ブロックの体制に入る。芝は体当たりの体制だ。
(俺が何のためにずっと鍛えてきたと思っているんだっ!! ただ打球を飛ばすためだけじゃねえ!!)
後藤の左腕をかわしてホームに突っ込む。力押しされた後藤はブロックがうまくできなかった――
「セーフ!!」
主審の声が、雨音鳴り止まぬ曇天の中、観客全員に聞こえる声で響き渡るのだった。




