第42話「4強へ」
小林が一塁ベースにて右手を見ている。痺れていた。でも、心地よかった。
(打った……打ったぞ……しかも二塁打だ)
鳴り止まない歓声に向かって、ガッツポーズを送った小林。ホームに還った今宮と芝が嬉しそうに答える。
後藤は大きく息を吐き、高月の方を見た。高月は申し訳なさそうに下を向いている。
「(下位打線だからって……完全に油断してしまった。6番にも同じような経緯で打たれている。どうしようもねえな)後藤……」
「大丈夫だ。まだ攻撃のチャンスは二度残ってる。お前はお前のピッチングをしていればいい」
後藤は高月に向かって優しく笑顔をみせた。先ほどまでの厳しさが嘘のよう。
(ったく……後藤のやつ、普段厳しいのにこういうときだけ優しいとか卑怯だろ……)
佐々木を三振に抑えた高月。8回表が終わった。
「っしゃ、二年生を中心に取ったこの二点、大事にしていきましょう! ねっ、新田さん」
「そうだな。いつになくまともなこと言うじゃねえかコドー。雨でも降るんじゃねえのか?」
「もう降ってます」
ベンチで古堂と新田が話している。
「新田、俺はいつでも準備できているぜ。明日のこともあるし、無理せず交代考えろよ」
「ああ」
伊東の言葉に、新田は力強く頷く。
盛り上がる黒光ベンチとは対照的に、福富商業は少し暗いムードが漂う。エース高月が2アウト満塁の場面で、二塁打を打たれるという結果を残したからだ。しかし、ここで一言、静かに言い放ったのは内刈監督だった。
「何故沈まる? 残念そうにするほど頑張ってはいないだろう」
雨にかき消されそうな小さな声だったが、しっかりと聞き取っていたキャッチャー後藤。
「……そうだ! 俺らはできる。監督のきっつい練習メニューに耐えてきて、高月のバカみてえなデッドボールにも、近距離ノックにも耐えて、努力してきた量なら負けちゃいねえ、勝つぞ!!」
「っしゃあ!!」
「あと射場、さっきは浅く守るように指示したのは俺だから打球抜けたこと気にするな! 寺田も、あそこ任せるのはいくらなんでも早計過ぎた。気にするな、ナイスピッチだった!」
後藤のフォローに、射場や寺田も大きく返事をする。
(……後藤はなんやかんや言ってミスしたやつのフォローがしっかりしている。これほど頼りになる扇の要はいねえよ)とショート荒牧。
(熱血派で勢いをつけやすい高月がキャプテンになり、冷静派でみんなの乱れを整える後藤が副キャプテンになる。いいチームだよなあウチ)とセンター仙田。
8回裏、先頭打者は後藤陸。白銀世代のキャッチャーで福富商業高校野球部副キャプテン――少なくとも、県内ナンバーワンキャッチャーである。
「来いよ」
後藤がにやりと金条に笑った。金条は無表情だ。新田が投げた初球――低めのストレート――見逃す。
(ナイスピッチです……大丈夫。彼には打たれても次で抑えることはできる。下位打線4人合わせて一安打。当たっていないと言っても過言ではない)
「えらく落ち着いているじゃん、安打して落ち着いた?」
後藤の言葉に、金条はにやりと笑った。
「ええ。まあ……僕があなたに勝つためにはあと数年は頑張らないといけないのかもしれませんけど、クロ高は負けませんよ」
2球目、高めのスライダーをばっちり打ち返す後藤。相変わらずこの配球読みの精度と、バッティングセンスは惚れ惚れする。打球は新田の頭を高く声、センター山口の前に落ちる。
「っしゃあ!!」
先頭打者後藤が出塁した。続く6番打者射場。バントの構えをしているところ、鋭いカーブをお見舞いする新田。ストライクとなる。
(あ、あてらんねえ……)
ぐっと息を呑む射場。2球目はボール。そして、3球目、鋭くキレるスライダーだったが、何とかバットに当てる。
(よしっ!)
一塁線転がる打球。伊奈が走って打球を拾おうとするが、新田が制する。
「キレる、大丈夫だッ!」
彼の言葉通り、ファウルになる。射場は悔しそうにしている。ベンチからは声が響き渡る。
「大丈夫だ射場!!」
「お前なら打てるぞ!!」
ベンチからの声をうけて構え直す射場。もうバントの構えではない。新田が投げたシュート。射場はバットにボールを当てるが、確実にゴロの当たり。下手すればゲッツーで後藤もろともアウトとなる……しかし、打球が濡れたグラウンドの土のくぼみにハマり、動きを止める。
(うぐっ!!)
新田の捕球がワンテンポ遅れた。後藤は間に合わないと判断し、一塁に送球する新田。
(うおおお!!)
射場がフルスピードで走塁するも、伊奈の捕球の前にアウトとなる。
「ナイスバント射場ァ!!」
高月がベンチから叫ぶ。仙田は苦笑いした。
(ほんと……ヒロといい、後藤といい、練習のとき厳しくて試合のとき優しいとか……なめてんのか?)
続く7番米田が三振に倒れる。打席には8番田口怜央。彼も二年生だが、打撃力が高くなく、下位打線に甘んじている。
(絶対に打ってやる……。後藤の言葉、言えてるんだよ。打つんだよ、俺だってッ!!)
金条が低めに構えたスライダーをしっかり打ち返す田口。ショート田中の頭上を越える。
(っしゃナイスバッチ!!)
後藤は全力疾走で駆け抜けた。打球が落ちるよりも早く――レフト佐々木の捕球。三塁ベースを蹴る後藤。
(止まらねえぞッ!!)
「金条!! 強引に来るぞ!!」
「佐々木バックホーム!!」
佐々木がその強い右肩から、拾い上げた白球をホームに向かって投げた。
(来るなら来い、後藤さん!!)
佐々木からの送球を捕球する金条。しかし、後藤はすぐ目の前に来ていた。
(負けるかよッ!!)
ヘッドスライディングする後藤。金条のブロックを体当たりで完全に弾いた。
「いっ、いってッ……」
タッチなんてできなかった。彼の気迫あふれる勢いに、心なしか気圧されていたのだ。
「と、得点だああ!!! すげえ!!」
「福富がここに来て意地の1点ッ! 上位打線に繋げるぞこれで!!」
「あの体当たりすげえ……」
「後藤最高だぜ」
福富商業側の観客が騒ぎ立つ。キャッチャー後藤が右手を大きく上げて叫んだ。
「っしゃあ!!!」
「大丈夫か金条!!?」
ピッチャー新田が駆け寄る。今さっき失点されている状況なのに……と金条は息を呑んだ。
「すいません、しっかりブロックできなくて……」
「んなこと気にすんな、打たれた俺も悪い。それより怪我大丈夫なんだろうな?」
「はい」
金条に手を差し伸べる新田。
「……お前が負けても、チームが勝てばいいとは言ったが、お前がいらねえってわけじゃねえからな。そこだけは履き違えるんじゃねえぞ」
新田の言葉に、思わず息が詰まる金条。
「(……全く、白銀世代ってのは、どれだけ人間が出来上がっているんだろうか。)はい、ありがとうございます新田先輩」
9番寺田を三振に抑える新田。さすがのピッチングを見せた。ここで絹田監督に呼び止められる。
「代打を出そう。行けるか坂本。おつかれさまだ新田。しっかりダウンして肩を冷やしておけよ」
「は、はい!!」「はい」
控えの三塁手の二年生、坂本夏哉が、ピッチャー新田の代打として打席に立つ。マウンドには高月広嗣。9回の開幕である――
「坂本、打ってけよ!!」
芝から叫ばれる坂本。しっかりと頷く。大滝も、古堂も、全員が声援を送る。
(絶対に打ってやるッ!!)
「そんな意気込んだって……高月の球は簡単には打てねえよ」
初球のカーブはタイミングが合わず空振り。2球目のシュートはギリギリ入ってストライク。そして、3球目――まっすぐ直球。坂本はこれを狙っていたとばかりにまっすぐ打ち返す――「うっ!!」
高月のすぐ後ろで、守備をしていたショート荒牧がダイビングキャッチでアウトにする。
「っしゃ……しゃあ!!」
荒牧鉄平が叫んだ。釣られて高月も叫ぶ。
「ナイスだテッペー!!」
「うおおあああ!!(ヒロが好投してるのに、答えないわけにはいかないだろ)」
白銀世代同士の盛り上がりに、坂本は悔しそうにベンチに戻る。
(これが……白銀世代との壁か……大滝真司はこれをしっかり打ち返しているんだもんなあ……)
「坂本さん惜しかったっす!!」
眉を絞って叫ぶ古堂。坂本は苦笑いする。
(はは、こいつの底抜けの明るさは見習わないとな……)
続く1番田中。追い込まれた後、シュートを打ち返すが、センター仙田が打球に追いつきしっかりと捕球。
「よしっ!!(俺も貢献できたぞッ!!)」
「ナイスだリュウ!!」
バックの応えもあり、クロ高最後の攻撃を2アウトまで追い込む福富商業。打席には今宮陽兵――白銀世代のセカンドで、クロ高のキャプテンが立つ。
「ラストバッターなる?」
後藤のささやき。今宮は無視している。
(守備が良いのは、確かな福富の実力――それを俺たちが上回らなきゃならないんだよ)
今宮は数球見逃したあと、外角ギリギリのカーブを打ち返すが、セカンド田口に捌かれ、アウトとなってしまう。9回表――クロ高最後の攻撃が、終了した。
9回裏、マウンドに立つことになる伊東律斗は、肩を回しながら深呼吸をしている。
「伊東さん、俺たちも控えているんで安心してくださいよ!!」
古堂が叫ぶ。伊東はゆっくりと頷く。
「わりぃな伊東、点とってやれると良かったんだが……」
「大丈夫だ今宮。意地でも抑えてやる」
今宮に力強く言った伊東。
「伊東、荒牧はだいたいどんな打球でも打ってくる。高めのフォークは気をつけろ。ただ、仙田には割と有効だ。高月には釣り玉効果的に使っていけよ」
「おう」
伊東はマウンドに向かう。打席に立つのは、1番荒牧。
(俺の役目は――出塁すること!)
伊東の低めのフォークを無理矢理打ち返したピッチャー返し。反応できない伊東は後ろに逸らしてしまう。
(うぐっ!)
田中と今宮の間も抜け、ヒットとなる。雄叫びを上げる。
「……っしゃっ!!(ここで点を入れなきゃ負ける……あとはリュウとヒロ、そして後藤が打ってくれねえと困るぜ)」
同点のランナーが出たところで、2番宮口が打席に立つ。荒牧が盗塁を狙った瞬間、伊東のフォークを打ち返すヒットエンドランを見せるが、ファーストゴロになり、1アウト2塁となる。
「こういう状況でも攻めて来るな……さすが強豪」
江戸川が息を呑む。
「高月の体当たりしかり、後藤の体当たりしかり、強引に点を取りに行ったことが吉と出ているからな。それに最後まで攻め気を捨てないのは、勝つ上での最低条件だ」
「ああ、確かに」
大坂も福富商業の攻め方を評価した。柏木も笑っている。
「……でも、クロ高も結構大胆ですよね。新田さんずっと投げさせておけばいいものをフォークしか投げられないピッチャーに代えるなんて」
彼の言葉に、江戸川は青筋を浮かべる。
「(こいつは……)でも伊東だって二年生だ。良い球を投げるぞ」
「確かに、閑谷さんに憧れただけのことはあって、フォークの使いどころが非常に上手い」
大坂もそう評価するが、柏木は言葉を変えない。
「どうかな、打たれてるよ、実際」
初球、高めのストレートを読まれたのか、仙田に打ち返される伊東。サード大滝の頭上を高く超えた打球が佐々木の前に落ちる。
「バックホーム!」
金条が叫ぶ。予想以上の送球の良さに、荒牧は三塁ベースで足を止めた。
「いい肩してるの地味に邪魔だな……バッティング全然ダメなくせに……」
荒牧が渋々悪態をつく。大滝は汗か雨かもわからぬ筋を頬に浮かべていた。
(4番だけどスクイズもある……それぐらいの覚悟はしておかないとな……)
しかし、今打席に立つのは、4番高月。先の打席ではホームランを放っているため、伊東の表情に力が入る。
(新田で叩き込まれたのに大丈夫なのだろうか……?)
不安になる伊東の目の前に、高月というバッターが非常に大きく感じていた。
「タイムお願いします!」
プロテクターを外しながら、キャッチャー金条が腰を上げた――――
ヒットエンドラン……投球モーション中に走者が走り、盗塁するのかと思いきや、打者もヒット狙いで打球を飛ばす。ざっくり言うとそんな感じ。守備の裏を掻いたりできるが、バッターが失敗してライナーに倒れたりするとゲッツーの危険性がある。




