第34話「二日前」
ここは、福富商業高校野球部専用グラウンド。本日も、激しい練習を繰り返している。
「おらよっ!! 俺の球も打てないようじゃァ、あの球威モンスター対抗できねえぞ!!」
激しい声を上げてエース自らマウンドに立ってバッティングピッチャーをしているのは、高月広嗣。エースで4番、キャプテンだ。
「ひ、ひどい……鬼畜だよ、高月さぁん……」
打席に立っているのは一年生だ。エースの高月の球が少しもかすらない。
「おい射場ァ!! おめぇも一応下位打線担う立場として打てるようになりやがれェ!! 次は米田だぁ!!」
怒号をグラウンドに響き渡らせる高月を横目に笑っているのは、ショートの荒牧鉄平とセンターの仙田竜平。二人とも白銀世代に数えられている。
「相変わらずヒロは一年に厳しいなあ」と荒牧。
「ヒロは一年の秋にはもうエースだったしな。それに……俺たちが抜けたらウチは大きく戦力ダウンする。高月が期待したい気持ちもわからなくもないが……」と言った仙田が言った先に広がる光景は、太ももにデッドボールをうけて倒れこむ1年生の姿。
「あ、あれはやりすぎだろ馬鹿!!」
3分後、高月は正座させられていた。彼の目の前に立っているのは、後藤陸。白銀世代のキャッチャーだ。
「高月あのなぁ。お前が射場や米田やら一年で既にレギュラーのやつに期待するつもりはわかるが、怪我したら元も子もねえだろ。だいたいな、お前の球を打てるやつなんてウチにもせいぜい荒牧と仙田くらいなんだぞ!!」
後藤が口を尖らせながら高月に説教していた。彼はしょんぼりとうつむいている。
(何で後藤じゃなくてヒロがキャプテンやってるんだろな)
荒牧が苦笑いしていると、となりで仙田がバットを持って立ち上がった。
「よし、テッペー。俺らも練習しようぜ。寺田! バッティングピッチャーやって!!」
「はい!」
仙田に呼ばれてやってきたのは寺田礼二。左投手で外野手の一年生だ。彼らが練習している間、高月はずっと後藤に怒られていた。
クロ高は、左投手対策として、新田、古堂。右投手対策として、鷹戸、伊東をバッティングピッチャーとして、バッティング練習をしていた。
「ナイスバッチ田中!」
今宮がそう言って声をかける。田中はスイッチヒッター。どちらの対策も念入りに行っている。
「コドー、スクリュー投げられねえの?」
「ええっ……」
田中からむちゃぶりされる古堂。さすがに今は投げられない。
「まぁいいや……。パームは?」
「それも無理です!」
「まぁいいや。じゃあストレート一本でぇ」
そしてまた古堂のストレートを平然と打ち返す。そして次は今宮だ。
「お前、ストレートのノビ良くなってきたんじゃねえの?」
今宮はそう言ってまた古堂のストレートを打ち返した。全く、褒めているつもりなのか貶しているつもりなのかわからない。
「あれ? 佐々木、速球強くなったか?」
「え、そうですか?」
一年の外野手、佐々木隆の相手をしているのは伊東律斗。打ち返す回数が増えてきていた。
「もしかして、奥田から打って何か掴んだのか~?」
「だと良いんですけど……」
鷹戸から打つのは、山口寿と小林翔馬。彼の怪物球威に、手がしびれる思いの二人。
「鷹戸……すごいね。もしかしたら、白銀世代なんて目じゃないんじゃないの?」
山口は笑いながら鷹戸に言う。糸目をさらに細くしたその顔を見て、鷹戸は不敵に笑った。
(鷹戸って笑うんだ……実は褒められると嬉しいやつなのか?)
小林もそれがなんだか少しおかしくて笑った。
(全く、頼もしい後輩が入ってくるなんてな)
新田の球を打つのは伊奈と金条。二人共キレのある変化球に全く対応できない。
「こんな球投げる人、福富にいるんすか先輩!!」
「え、えげつねえな新田先輩」
伊奈、金条の二人共悪態をつく。新田は高笑いしている。
「ははは、そんなんでどうするんだ? 俺よりすごいピッチャーは県内にいっぱいいるぞ」
そこで投げられたのは、ナックルボール。案の定全く打てない。
「な、ナックルとかずるいですって先輩!!」
伊奈が新田に言うが、新田の表情はここで変わった。
「スライダーやシュートは藤崎のエース道中の得意な変化球だ。そして、ナックルボール。これは初巾の一年生エース、柏木邦也の得意な変化球だ。どうよ、あいつのナックルはこんな甘くないぜ?」
新田の言葉に二人は凍りついた。そして、心の炎に着火する。
「新田先輩! 俺、ナックル打てるようになりたいっす!」
「同じくっす!!」
伊奈と金条が気合を入れてバットを強く握った。新田はそれを見て嬉しそうに笑うと、またナックルボールを投げた。
絹田監督が練習を見回りながら次々に気になる選手に声をかけていく。
「芝、スイングに力が入っているぞ。もっと骨盤のひねりを意識して、下半身の力を感じてスイングするんだ。上半身はリラックス。それでいい」
「はい!!」
芝豪介という二年生の一塁手――バッティングがまだまだ苦手だったので、スタメンからは外れていた。
(芝は毎日体づくりに励んでいた。バッティングの技術さえ磨けばいいバッティングができるようになると思うのだがなあ)
「林里! お前も小手先に頼るな。もっと動的なスイングをしろ」
「はい!!」
一年のショート、林里にも声をかける。足が速いので、絹田監督は代打や代走での起用を考えていた。
「ナイスバッチ!!」「……っしゃ、積極的に行こうぜ!!」
翌日以降の練習にも気合が入るクロ高勢。野手陣がバッティング練習をしている最中、金条と返田、そして投手4人は、金条によって開発された高め中心の新配球を体感していたところだった。
「高め……やっぱり俺は苦手だな」
新田が苦笑いしている。コントロールはしっかりとできているのだが、投球の威力が少し弱まってしまうのだ。しかし、伊東は高めでもしっかりとフォークを投げることができている。そんな彼は新田に告げるのだった。
「先発は俺かもな……まあでも、新田の精密ピッチングと金条の低め中心の配球は相性が良すぎる。敵にマークされてもおかしくはねえ」
「確かに……そう思うと、俺も高めに慣れないとダメなのかもな」
新田はもう一度しっかりと変化球を握る。
「……次、高め内角のスライダー……」
再び投球練習が始まった。
準々決勝二日前。試合の前ということもあって、マネージャーの小泉は今日も東奔西走している。9月の下旬といえどもまだまだ暑い。いくつもの薬缶で麦茶を沸かした後、すぐに冷水につけて冷やす。これが小泉にとっての朝のルーティンである。中学の時から野球部のマネージャーをしていた彼女にとってはこの作業も慣れたものだが、やはり忙しさはいつまで経っても抜けない。
「……ふう」
一息つく小泉。時計は午前7時を指している。
(みんな朝練今日も頑張ってるなあ)
グラウンドから聞こえる声に、思いを馳せる小泉。
「そーえい!!」
バッティング練習を続けている大滝。バッティングピッチャーは古堂。
「全然甘いぞコドー!!」
「うっし!!」
高めのシュートを打ち返す大滝。古堂の背後のネットが揺れる。
「くぅううう!!」
悔しそうな表情を見せる古堂。先程から5本連続で打たれている。
「コドー、もっと試合のときのことを意識して投げろよ! 大坂さんを討ち取ったときみたいにさ!!」
「うっしゃ!!」
元気そうに聞こえてくる声に誘われた小泉。グラウンドに一歩入ってそのやり取りを見ている。
(元気だなぁ……古堂くんも大滝くんも)
大滝は三安打4打点、1本塁打という成績を残している他、古堂も9奪三振という好成績を残している。二人共、秋大会予選二つの試合の間に、かなり成長していた。そして、それでも張り切って毎日練習している二人に、小泉の心も不思議と弾む。
「……私も頑張らないとね」
また踵を返して走り出す小泉。まだ日は登ったばかりだ。
「っしゃあ! 中間試験のことはあんまり気にするなよ!! トーナメント勝ち上がればだいたい先生たちも許してくれるんだからな!!」
「うっす!!」
その日の午後も、テスト勉強の時間を返上しつつ、明後日、明々後日に控える準決勝、準々決勝に備えて実戦的守備練習をしている。近距離ノックをしており、息の上がる一年生内野陣二人。
「何している大滝、伊奈! 言っておくが白銀世代の打球はもっと鋭いぞ!!」
絹田監督の怒号と共に飛んでくる打球がどれほどキツかったかは、彼らの辛そうな表情が物語っていた。
「いいか、ボールだけに集中しろ! 送球のことを考えるのはボールを取ってからだからな!!」
「「はい!!」」
古堂も練習に参加させられた。彼は守備こそ苦手だが、毎朝基礎練習を欠かさず行っているので、技術さえ身につけさせればきっとモノにするというのが、絹田の考えであった。
「……何でこんな監督燃えてるんですか?」
古堂が問う。田中が笑う。
「きっと今宮のミーティングのときの言葉が響いたんだよ」
――――今まで俺は、誰にも言ってなかったんだが、勝手に目標を決めていた。それは、全国出場、及び優勝だ。そのためには……鉄日にも、甲子園で負けた明徳高校にも勝てなきゃいけない。でも、俺たちなら……きっと勝てる。今日確信した。絶対勝ち上がろう!!
「……そうですよね……確かに今まで俺は背番号もらえたのが嬉しくて必死こいてましたけど、ベスト8……ちゃんと俺たち勝ち上がっているんですよね」
「ああ」
しっかりと守備練習を経て、残りの二日間、しっかりと練習を続けた。
そして、試合の日がやってきた――。
スクリュー…手元で大きく沈み、右打者の外側へと逃げていく玉。主に左投手が使う。シンカーとよく似ている。




