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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
1.秋大会
31/402

第31話「リベンジ」

 12回が終わり、通算57回の勝負を投げ抜き、7回も打席に立った江戸川凛之介。19被安打、7失点と、数字だけ見れば決していい成績とは言えないが、4安打1打点。そして、18奪三振という数字をひとりで残す当たり、白銀世代としての格を、観客たちの記憶に焼き付けたのだった。

「江戸川!!」

駆け寄るチームメイト。江戸川がグラウンドの上で倒れた。

「ここで……力尽きたかよ」

「こんだけ投げりゃそりゃそーだ」

仕方ないと言わんばかりの表情の大坂。下唇を噛む。秋江工業のベンチでは、奥田が深呼吸をしていた。

「奥田、大丈夫か?」

紅葉監督の言葉。奥田はしっかりと頷いた。

「当たり前です。何のための10番だと思ってるんですか」

もう一度深呼吸をする奥田。延長13回にて、今大会初登板となる2年の控え投手、奥田洋太。練習試合ではクロ高の1年生相手に好投を見せているサイドスローのスライダーを投げる投手だ。


 「いきなり再戦じゃねえか。燃えるね大滝」

山口が笑いかけてみせた。伊奈が拳を肩に当ててくる。

「絶対に打とうぜ。練習試合の借り、返してやろう」

伊奈の言葉に、大滝も笑った。

「ああ」



 「ここで江戸川降板は痛いな……」「でも限界まで投げたってことじゃねえか。上等だ」「最後に同点タイムリー打ってから倒れる辺り、さすがとしか言えねえよ」

観客らのこの言葉は、騒音となって奥田への重圧となり、重くのしかかる。

(さあ……クロ高の奴らは鍛えてる。時間が経ってるからと言ってバッティングの精度が落ちていないのは明らかだ)

奥田は大滝と対峙する。練習試合のときは打点を入れられている。

(練習試合のころとはもう違うってことは、これまでのバッティングを見て重々承知ってところだし。俺だってここまで努力したんだ。江戸川を助けるために……)

初球スライダー、外に厳しく入ってストライク。

(ぐっ……いいコントロールしてやがる)

2球目、大滝がぐっと踏み込むも、外に逃げていくボール。振りそうになるバットをぐっと止める。

(俺は……また無様な姿を晒すのか? 凡打に倒れるのか? 外野にしょうもないフライを飛ばしてしまうのか? それでも……クロ高の四番なのか?? 大滝進一の弟として……ダメなんじゃないのか?)

3球目のストレート、タイミングが少し遅れてファウル。


 追い詰められる大滝。様々な葛藤が彼の脳内を襲う。

(打たなきゃ……ここまで新田さんや伊東さん、鷹戸にコドーが投げ抜いてきたんだ。俺が打点を入れることができたのも、田中さんたち二年生の先輩が食らいついて打ってくれたから……! 俺はどうだ、俺は!)

「真司ぃ!!」

古堂が叫ぶ。大滝は右耳でしっかり聞いていた。

「お前のバッティングを見せてやれェ!!」

(――だよな)

4球目。奥田のスライダー……。しっかりと内角際どいところに入っている。

(俺は、俺のバッティングを――打ち分ける技術がないなら、スタンドへ――)

打ち返した。奥田は打球を見上げ、上を見る。


 (ふざけんな……江戸川が体力尽きる思いで入れた1点を!!)

奥田は見上げる。練習試合では、一安打に抑えていた。あのとき打たれたのは最後の打席のみ。今回は……最初の打席から打たれてしまっていたのだから――

(俺は、俺は何をやっているんだよ!!)

奥田はただ、マウンド上から祈るしかなかった。大滝の打球がスタンドに入る。


 延長13回――ここでクロ高4番、”大滝真司”が本塁打ソロホームランを打った。



 「っしゃあああああ!!」

ダイヤモンドを回りながら大きな声で叫ぶ。喜びが溢れ出る大滝。ベンチも勢いづく。1点の勝ち越し。まだノーアウト。続くバッターは伊奈聖也。奥田の顔にも、さらに緊張の色が走る。

(おいおい、マジかよ……あいつって練習試合で二安打だったやつじゃねえか)

奥田が投げようとする前に、タイムを入れる溝口。内野陣が全員集まる。

「奥田……」

溝口が奥田に向かって口を開く。言いたいことはなんとなくわかる。ここで点差を広げられたら、いくら大坂に確実に回るとは言えど、勝てる保証はない。

「すまん」

「この伊奈、金条、小林で終わらせられるか? 最悪伊奈には打たれても、金条、小林さえ抑えれば、今日一切当たっていない佐々木と、投手の古堂だけだし」

「わりぃ、でもまあ……俺は下位打線まで極力回さずに終わらせる。特に、伊奈、金条は俺にとってのリベンジしたい相手でもあるからな」

奥田の力強い言葉に、溝口は頷いた。

「わかった。思いっきり投げていこうぜ」


 伊奈相手にスライダーとストレートを混ぜた投球を見せる奥田。2ストライク2ボールと追い込む。

(余裕を持って投げよう。フルカウントまで持っていける)

奥田が内角ギリギリに入るスライダーを投げる。伊奈はしっかり見極めることこそできなかったが、間一髪カットする。

(おっ、おお……)

伊奈は言葉を詰まらせる。練習試合でも、最初の二打席こそ安打を決めることができたが、最後の二打席では全くダメだった。思い浮かぶのは、悪いイメージ。

(俺が5番にいるのはこういう場面で打たなきゃならないからだろ……秋江の5番の大場さんだって、重要な場面では打ってたんだ……)

しっかりと奥田を見据える伊奈。江戸川からも安打を打てた。練習試合でもしっかり奥田の球を打つことはできている。打てない投手ではない。


――――お前、器用なんだし、もっと打てるだろ。

中学の時、ある男に言われたこの言葉。これがきっかけでクリーンナップ任されるまでの打撃力まで成長したことを、伊奈は思い出した。

(ランナー無し、むしろ俺にとっては好都合!!)

奥田のスライダー。アウトコースに逃げていくところを捉えた。打球が一塁大坂の頭上を大きく超えて飛んでいく。ライト志島がショートバウンドをしっかり処理したため、シングルヒットに終わったものの、このヒットは間違いなく追加点のチャンスとなった。


 6番金条。奥田にとっては二本のヒットを打たれた警戒すべき打者であった。金条は初球からストレート狙い撃ちでどんどん降ってくる。しかし、奥田の予想以上に伸びるストレートに、金条もタイミングを合わせられない。2球目のスライダー、3球目のストレート。いずれも金条は空振りに倒れ、アウトとなる。

「三振だぜ奥田ぁ!!」

「ああ!」

背番号10の奥田洋太は叫んだ。彼の頭の中にある、打たれたという負のイメージが完全に消え去った。

「絶対に抑え抜いてみせる。こいやクロ高!!」

挑発的に叫ぶ奥田。秋江工業高校全体がそれに同調する。

「こいつはムードメーカーだ……良かったな江戸川。秋江工業は、お前一人じゃない」

紅葉監督は、ベンチで意識を取り戻した江戸川に話しかけていた。江戸川も応える。

「ええ。本当に……良かった」


 奥田はこのままの勢いで7番小林も抑える。

「っしゃあ! 行ける、行けるぞ奥田ァ!!」「ラスト一人抑えてやれ!!」

「俺が打ってやるからラスト一人安心して投げろ!!」

大坂大磨も叫ぶ。奥田はにやりと笑って8番佐々木を見る。

(こいつだって……練習試合では抑えられたんだ。絶対に抑えてやるさ。この回を抑えれば、里田や大坂、大場が確実に返してくれるっ!!)


 対する佐々木は奥田を見据えて顔から汗を多量に流していた。

(やばいよな……1点じゃ足りないんだよ。あの秋江工業のクリーンナップ相手に確実に勝つにはよ)

ここまでの投手たちの投球を見てきた佐々木。自分はバッティングでは何一つ貢献できなかった。練習試合のときだって……せいぜい進塁打ぐらいしかできなかった。

(大滝や伊奈だってバリバリ打ってるんだ。俺だってクロ高のレギュラーとして、もっと打てなきゃダメだろ……)

初球のスライダーを見逃す。キレがある。打てる気がしない。それでも必死に首を振る。

「打てそうもないのか?」

溝口が話しかけてくる。佐々木は無視して黙っている。

(これは……リベンジチャンス……俺が打ってやる……!)

佐々木はバットを構え直す。そこをしっかり伊奈は見ていた。奥田が投げる。モーションに入ると同時に一塁ランナー伊奈が走りだした。

「スチール!」

セカンド杉が叫んだ。盗塁だろう。

(ちげえよ!)

しかし佐々木はバットを振った。低めの鋭い打球が、二塁ベースへと走る伊奈の背後を通り抜けた。それは、ベースカバーへと走るセカンド杉の背後でもあった。

(ナイスバッチだぜ佐々木ぃ!)

二塁ベースを蹴って三塁へと向かう。転がる打球は右中間へ。ライト志島が打球を拾う頃には、もう伊奈はホームを狙って折り返していた。

「バックホーム!!」

溝口が叫んだ。志島が投げる。伊奈がホームに突っ込む。

(暗黒世代、なめんじゃねえぞ!!)

伊奈のいい体格から繰り出される体当たりに、ブロックに入った溝口は弾き飛ばされ、伊奈はホームに足を滑り込ませた。

「……っっ!!」

クロ高追加点。9点目だ。

「っしゃああ!!」

ホームに帰った伊奈、一塁ベースでガッツポーズをする佐々木、先ほどホームランを放った大滝、そして、ここまで好投を見せている古堂。全員が喜びを顕にしている。


 クロ高と秋江工業の間に、2点差がついた。喜ぶクロ高。絹田監督はにやりと笑うと、帽子を深くかぶって表情を隠した。

(……一年生で取ったこの一点……大きい。古堂にとっても、相手にとっても。これからのお前たちにとってもな)


 13回表、2アウト1塁で迎えた古堂の打席だったが、三振になる。

「どんまい、気にすんな古堂、お前の真価はピッチングにあるんだろ?」

今宮が肩を軽く叩く。

「さあ、行こうや。この回守って、勝つぜ」

「はい!!」

古堂が笑いながらマウンドに立った。3番バッター、里田が対峙する。

「行くぜ」

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