第166話「悔しさ」
3回、4回とそれぞれが回を終え、5-0のまま5回を迎える。バッターは3番の田中からであった。
「ちっ……サイドスローだってのに下手するとエースよりも球はええんじゃねえのか?」
「それは無いよ……でも、手元で切れ良く伸びてくるから、そう感じるのかも」
田中の言葉に山口が冷静に分析する。
「つまりは、来年あたりに化けるってことだよ? 彼も一応暗黒世代」
大滝の顔を見ながら山口は笑った。
(そうか……でも……変化球の弱い烏丸だと思えば……)
大滝は脳内でイメージする。大阪の、開盟学園の2年生投手――烏丸智雅のストレートを。
(あれに比べりゃ、断然打ちやすい!)
大滝がその結論に至ったころ、田中はヒットで出塁していた。
「お前らがこの試合にどれだけ懸けてるか知らねえが……俺たちは高校野球の3年間だけっじゃねえよ。小学3年生から続いてる野球人生懸けてるんだよ」
田中が塁上でファーストに声をかけた――
「……くっ……あんたらが強豪だってのは知ってる……でも、俺たちだって簡単に敗けたくないんだよ!」
4番大滝を前にして、少し委縮する清水。
(7点取られたら終わる……ってことは……ここでホームラン打たれて、裏で点を取れなかったらここまで……嫌だ!)
清水はサイドスローの軌道から、インローにカーブを投げ込む。気持ちのこもった、しっかりと曲がる良い球だった……。
(打てるッ!!)
大滝はこれを――フルスイングで打ち抜いた――
白球は空高く打ちあがり、スタンドの遥か遠くを超えた。
「じょ、場外……?」
清水は絶句した。
(こんなに差があるのか……?)
中田も思わず震えた。
結局7-0で5回表を終える。清水も、他の選手も、疲弊しきっていた松野学園。
「なあ中田……」
「ん?」
ベンチからエース飯野が話しかける。
「……やっぱさ……こうなるってわかってても、めちゃくちゃ悔しいじゃねえか……」
「俺もだ!!」
「俺も」「僕もだよぉ!」
チームメイトが口々に悔しさを暴露した。
「……わかる。俺もだ」
中田は静かに答える。
「1点取ろう。幸いにも2番の清水からだ。絶対に、俺が打って……点を取ってやる」
中田の強い言葉に、全員が強く頷く。
そして、打席に向かう清水。目前の伊東を見て、少し委縮する。
(打たなきゃ……打つんだ!)
初球の高めに浮いたストレート。これを振るが、タイミングが合わない。
(もっと高いレベルのところと練習試合してれば……負けるのを嫌がらず、ぼこぼこにされるのを嫌がらず……しっかりとこういう高校とも戦っておけば……)
二球目の低めのストレートにも空振りする。早くも追い込まれる清水。
(まだだ……! 出るッ!! 出るッ!!)
三球目――インコースのストレートに手が出ず、見逃し三振となった。
「惜しかったな……清水」
「……どこが……何すか?」
涙溢れて嗚咽する清水をベンチで迎え入れたのは中田だった。
「……おい、まだ肩冷やすんじゃねえぞ」
「……!」
3番打者を伊東が三振にきってとった。そして、中田は息を吐く。
(ここで打たなきゃ……終わりか)
対する伊東――ひいてはクロ高の面々も、面持ちが変わる。
(ここまでノーヒット……ここで抑えたら無被安打完封勝利……)
伊東の顔にちらつく勝利――しかし首を横に振る。
(勝利は……俺のためにあるんじゃない。チームのためにある……新田を……甲子園のマウンドに再び立たせるまでは……俺は……打たれんッ!!)
伊東が投げた直球――中田の胸元に厳しく滑り込んでくる。ストライクである。
(なんて厳しさ……ふう……打たないと……)
夏の終わりが近づいていた――
「うおりゃあああ!!」
伊東が投げたのは――フォーク。ワンバウンドする打球だが、中田は空振りしてしまう。
(ぐっ……!)
「絶対三振取るからね」
「ふん……知るか。お前は俺がどれだけ頑張ってきたと思ってんだ」
金条のささやきにも、中田は動じない。
(……どれだけ頑張ったか……わかるよ。お前の目を見てたら)
金条がサインを出し、伊東が投げる。インコースに来る球を打ち返す中田。
(ッしッ!! 当たったッ!!)
打球が跳ねる――
(抜けろッ!!)
難しいバウンドだが、しっかりと捕球するショート田中。
中田は悔しそうに眼を瞑りながらも――一塁ベースを目指して駆ける。それに懸けるチームメイトたちは、大声で中田の背中を後押しした。
「っしっ!!」
「間に合ええ!!」
滑り込む中田――田中の送球は、寸分狂わず伊奈のファーストミットへ――
「アウト!」
ヘッドスライディングもむなしく、アウトになる中田。
「ゲームセット!!」
安堵の表情を見せるクロ高ナイン。ベンチも、ベンチ外のスタンドで応援していた選手たちも……全員が歓喜の声を上げたのだった。
「良かった……」
「まあ、今日は最高のパフォーマンスでしたね」
伊東が金条とグラブタッチをする。
「クソ……負けたか」
ベンチで呟くエースの飯野。
「仕方ないっすよね」
そう呟く清水の声は、震えていた。
(仕方なくない。お前らの代は……もっと強くなれるよ)
清水だけでなく、同じように俯くベンチの二年生を見て、中田は馳せていた。
黒光高校 7-0 松野学園
「よっし……まずは初戦突破……」
「まずは……だね」
強く拳を握り、喜びを露にする田中。その横で冷静に立つのは山口。
「二回戦は……昂大高校と高浜商業の勝者だ」
「……どうなるかわかんないのマジで怖いっすね」
今宮の言葉に対し、伊奈は少し弱気だった。
「ん、まあでも……バッティングもピッチャーもすげえ良かったと思うし、この調子なら“このままで”勝てる相手だと思うぜ俺は」
新田が腕を組んでいる。早速荷物をまとめて控室を後にしようとしていた。
「新田さんにそういわれたら、燃えざるを得ないっすね!」
「まあ間違いないな」
古堂の言葉に伊東も頷く。
「伊東さん、今日の調子良かったんで、一週間後の二回戦もリリーフ登板あると思うッス」
「ああ。鷹戸や古堂ばかりに頼ってはいられないからな」
間違いなく、その日のクロ高に驕りや余裕などは無かった。少なくとも、今日試合に出た者たちの中には。
翌日――早速、昂大高校VS高浜商業との試合を見に行っていたクロ高野球部。
「やっぱり……」
「予想通りか」
「6-0で昂大高校……一週間後の対戦相手が決まったな」
今宮と田中と山口はそれぞれ息を呑む。
「そこそこ強いよな……」
「……去年の秋江ぐらいには勢いあるよね」
「ああ……間違いない」
伊奈と大滝と金条も緊張感を見せていた。
「見たところ……三年生が一人しかいないね」
「え? マジ?」
佐々木がパンフレットを見ながら呟いた言葉に、古堂が寄ってくる。
「しかもチームのほとんどが暗黒世代……レギュラーの9分の8は暗黒世代だ」
「……!」
鷹戸もこれには反応していた。
(あのエースも……暗黒世代ってわけか)
早速クロ高グラウンドに情報を持ち帰る。ここで、一つのニュースが飛び込んできた。
「鶴工業高校が敗れました」
この情報の持ち主であった小泉の声に、全員がそこを向く。
「え?」
「一回戦から……」
「相手は強豪という印象はありません。阿賀黎明高校……5-4のシーソーゲームを制しました。ほかの強豪は難なく勝ち上がっています」
「情報収集サンキュー小泉ちゃん。んじゃ、ミーティング始めようか」
今宮が動揺する全員の目線を集めた。
「こういうことも起きるのが夏だ。準備は怠らねえぞ」
山口の言葉を思い出すチームメイト。一回戦から姿を消すかもしれないという、わざと緊張を煽るようなあの言葉を。
(……怖えな。夏)
「それじゃ、各ポジション、自分と同じポジションの選手を見てくれたと思うけど、どうだったか言ってくれ」
田中が立ち上がる。
「1番ショート、岩城瞬平。まあリードオフマンタイプの1番バッターだ。足は速いが、今宮や俺ほどじゃあない。なんなら林里の方がはええんじゃねえのか? あと、守備はビッグプレー狙いが多い。一か八かを狙うタイプの積極守備が持ち味だ」
「ミスがあったら漬け込みたいな。んじゃ、次は俺から」
次は小林が立ち上がる。
「2番ライト、小坂晋。小技を駆使してくる。スクイズで点を決める場面もあったし、良いバッターなんだとは思う。それ以外に目立つ部分は無いから、相当特筆された選手なんだろう」
「守備はどうだった?」
今宮が尋ねる。
「ライトにあんまり打球が飛んでないから肩はあまりわからないけど、ポジショニングは浅め。左バッターでもそんなに深くなかったから、肩よりは足で見せるタイプだと思う」
「なるほど。んじゃ、次は……伊奈だな」
「うっす。3番ファースト、熊野真。体格が良いパワーヒッターって感じです。ここ一番で打ってる印象は無いですが、普通に長打がある怖いバッターだと思っていいと思います」
「甘い所厳禁ってやつだな。次は山口」
山口はゆっくり立ち上がった。
「正直、こいつが一番ヤバいと思うよ。4番センター、朝地昴。確実に仕事をしてくるタイプの4番だね。なんてったって、状況判断が上手い。足も速いし、盗塁だってこなす」
「どっちかって言うと3番タイプのバッターだな。県内でも有数のセンターだと思うし」
(暗黒世代か……中学はどこでやってたんだろう)
佐々木はビデオに収められた朝地のプレイを見ながら首をかしげていた。
「5番サード、アダム=ダッドリー。ブンブン丸だがパワーは朝地より上だな。飛距離がレべル違いだ。肩も良い」
大滝の言葉に今宮は頷く。
「なるほど。朝地や熊野よりも飛ばすか……。彼らを出塁させた後だと怖いな」
「助っ人外国人みたいなスイングするよなあ」
古堂は楽観的に見ている。今宮は咳払いをしながら立ち上がった。
「次は俺だな。6番セカンド、鉄沢斗真。唯一の三年生でチームのキャプテン。守備の要って感じだな。カバーリング、中継やカット、挙句の果にはセンターライン抜けるかと思った打球の処理まで幅広くこなす。小泉がどっかからか集めてきてくれた練習試合の映像では、捕手、一塁手、遊撃手、外野手などもしているユーティリティプレイヤーってやつだな」
「なるほどいい守備をしやがる……岩城がぽろったボールを拾ってゲッツーにしてやがる……やべえな」
「次は俺っすね」
佐々木が立ち上がる。
「7番レフト、大島剛。大振りが凄いバッターですが、基本的にフライを上げがちです。ランナー三塁の時以外はあまり気にしなくてもよいかと。守備は安定感のあるプレイをしますが、肩は並みです」
「それじゃあ、次は僕が」
佐々木の次に、金条が立ち上がる。
「8番キャッチャー、武田玄水。バッティングは並みですが、肩、捕球力は文句なし。エースの変化球も相まって、なかなか読みづらいリードをします」
「盗塁はできそう?」
ランナーコーチを務めるであろう小豆が尋ねる。
「警戒心はかなり高いし、攻めすぎは良くないかと思う」
「そして、9番ピッチャー、氷室玲也。サイドスローのピッチャーで、球速は並。古堂よりもなんなら遅い」
鷹戸はばっさりと切り捨てるように言っていく。
(サイドスローだもんね……)
「変化球は、わかっている限りではスライダーとシンカー。シュートみたいな軌道の球も時折見られましたが、大して曲がりません。ストレートが抜けているのかも」
「なるほどサイドスローか」
田中が首をかしげる。
「いいピッチャーだな。映像見る限りじゃ」
伊奈が呟く。
その横の大滝は、何やら引っかかる思いがあったらしいが、ぐっと口を噤んだ。
「とりあえず、一週間……練習を通しての調整を怠るなよ。ケガは絶対に無しだっていうか……違和感あったらすぐに監督に言って練習中止しろ。いいな」
「はい!!」
今宮の言葉に、全員が応え、この日は自主練で解散となった。




